121. 死の連鎖
イヴが死んだ。
以前ウラノスから死んだと聞いた時は信じていなかったし、それに実際助け出した。ぽっかりと空いた胸の穴。千切れた右腕。散らばる霊剣。全てが現実以上に認めざるを得ない現実。
イヴは死んだ。
「うわあああああああああ!!!!」
コナミは怒りや悲しみの感情だけではなく、今までのイヴとの思い出が頭の中でフラッシュバックしたままウロボロスへと牙を剥けた。涙を流したまま怒りを顕わにして思考回路もぐちゃぐちゃになっていた。
「殺す。殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる!!!」
瞬間移動をして背後に回り込んだがウロボロスは対応して爪でガードした。だがデストレイズの能力が乗った攻撃力はウロボロスの想像を超えていて、受け切れずに爪が破壊されて吹き飛ばされた。
「ふ、ふはは……素晴らしい仕上がりだ。他の仲間も殺せばもっと強くなれるのか?なぁ、コナミ」
そう言ってウロボロスは壊れた霊剣を拾い上げた。そこにマナを込めると散らばる霊剣全てが集約されていく。
「お前、何してんだおい。そいつはイヴの剣だ!!アイツの剣に触るんじゃねぇ!!」
「これは剣だ。守る為の剣でもあれば使い方ひとつで殺す剣へと変わる。つまり剣とは所有者ではなく使用者が前提に置かれているんだよ。そして今、この霊剣は私の物となる」
全ての霊剣が一つになると禍々しい形へと変貌した。今になってコナミは思い出した。霊剣は元々鍛冶師の魂を注ぎ込んだと言われる武器であり、一つ一つに魂が宿っているからこそマナで回復させれば復活する。
だが今はその魂全てを一つに集約した結果、無茶苦茶な構造となりもがき苦しんでいるかの様な姿をしている。更には剣から小さな手が現れたり口が生えたりして声を出している。
「クル……シイ……」「タス……ケテ……」
「コロ………シテ……」
「全く五月蠅い剣だ。黙って言う事を聞け」
強いマナを込めると剣は痙攣し始めて剣としての形を成した。その姿は霊剣とは異なりまるで刀とも言える美しい造形となり青黒い炎のようなオーラを纏っている。
「準備は出来た。いいぞいつでも来いコナミ」
「うわああああああ!!!!」
火花を散らして剣が交わり合って始めて分かる。今まで爪で戦っていたが剣の使い方も達人クラスに強い。何よりしなやかで無駄が一切排除された剣捌きはコナミの剣技を遥かに超えていた。
「その程度か?お前の怒りをぶつけてみろ!!」
振るわれた剣の重みは刀よりも大剣に近く、【英雄】の能力を使って尚力ですらもコナミは劣っていた。速度、パワー、技術、全てがコナミの上を行っている。それにまだ試しているかの様な余裕すら感じられる顔付きにコナミは怒りながらも焦っていた。
だが傍らで地に伏すイヴの姿が見える度にコナミの怒りは燃え上がった。
幾打も交わる剣をウロボロスは平気な顔付きで受け流し続けている。
「デストレイズが死んだ今お前が目的とする新世界は消えた!!だったらこの世に未練なんかねぇはずだろうが!!」
「奴が死んだからどうだと言うんだ。初めから奴に期待などしていないし、これもまた計画の内だ。私が欲するのはお前だよ、コナミ。お前こそが私の真の理解者であり、そして私と同類なのだ。私の真の目的の為にはお前はもっと強くならねばならないのだ」
「真の目的だと?」
「そうだ。私の真の目的を達成する為には今のお前では困るんだよコナミ。もっと怒れ、苦しめ、叫び、悲しみ、それを糧にお前は強くなれる。私とお前の違いと言えば目的だけだ。私は自身の為であるが、お前は仲間の為だという。その仲間すら守れない非力なお前には試練が必要だ」
ウロボロスがチラリと目をやった先に居たのは力を出し尽くして座り込むアイリだった。不敵な笑みを浮かべたウロボロスはアイリに向かって地を破壊しながら進む強烈な斬撃を放つ。
「やめろおおお!!!」
瞬間移動しようとしたその時だった。
「ダークグラビティフォール」
斬撃もろとも地面に穴が開いて攻撃が止んだ。そこに立っていたのは長い長髪をなびかせてサングラスをかけた男。
「遅くなったが間一髪だったなコナミ」
「クルサーノ……!」
「さて遅刻したからには活躍しなきゃあな。メアリーはどこに――――」
サングラス越しに見たであろう死体となったイヴ、アルマ、そしてメアリーの姿を見たクルサーノは静かにコートを脱いだ。サングラスを投げ捨てて怒りに任せた闇のオーラを放つ。
「……私はな、メアリーの事が決して嫌いでは無かったし、あの後共にヴァイパーズパンクを立て直す話もしていたんだ。私自身自らの行いが愚かだったとも気付かされた。あの環境でたった一人足掻いていたのはメアリーだけだったよ。弱くて小さな身体でよく頑張っていた」
「だったらどうだと言うんだ。弱者が死んだ。それだけだ」
「その通りだウロボロス。淘汰されるべきは弱者だからこそ貴様が淘汰される番だ。このクルサーノにな!!」
身体から漏れ出る様に溢れ出した闇のマナが鞭の様にウロボロスに襲い掛かった。ウロボロスは切り裂こうとして剣がぶつかったその瞬間、何かに気付いて攻撃を避け始めた。
「マナの綛糸か」
「そうだ!!ダ・ハウの研究により編み出された肉体を強制的に強化して操る生命糸を我が肉体に入れた。魂を強化してコントロール出来るまで時間がかかったがやっと辿り着いたのだ!生命糸を何重にも重ね、更にそこにマナを追加する事でこの糸は決して切れない!!」
破壊力、スピード、そして鉄壁の硬さ。どれを取っても申し分ない程にその威力は絶大だった。しかしクルサーノの身体を波打って生命糸が外に出ようと足掻いていた。あれを無理やり中に閉じ込めながらこの攻撃を放つには途轍もない量のマナが必要になるだろう。
「うおおおおおお!!!雷光抜刀撃!!!」
いつもながらの時間との闘いを悟ったコナミは全力疾走でウロボロスへ向かった。隙を見つけては攻撃してクルサーノの攻撃の邪魔にならない様に動き続けた。
「華水鬼・加具土命」
地面が突如切られ一瞬足場を失ったウロボロスはクルサーノの鞭を顔面に打たれ、更に雷光抜刀撃を腹に直接食らった。負傷したウロボロスは【次元時空】を放つが、それに合わせてコナミも【未来改変】を放ち相殺した。
「やったやった!やったったで!ナイスやコナミ。コナミはその改変の能力解いたらアカンで!直ぐに回復されてまうからな」
「ああ、分かってる」
ウロボロスは腹もじんわりと血が滲み始め、鼻や口から流れ落ちる血を拭って舐めとった。コナミは【英雄】の能力を使いながらマナを行使して改変の能力を使ったせいかかなり心臓が痛む。立て続けに攻撃し続けているクルサーノも苦しい表情をしていた。
「ククク、もっとくれてやるぞウロボロス!この編み込まれた糸で作られた私の鞭を食らうがいい―――……?」
ズギャギャギャギャギャギャギャ!!!!
感情が高ぶっていたクルサーノが目にしたのは異常な光景だった。
切り裂かれていく自慢の糸。そしてそのまま突っ込んでくるウロボロス。あれだけの血を流しながらなんという剛力、なんという表情、なんという殺気。怯えた表情になっていくクルサーノは鞭の攻撃を解除してマナの攻撃を溜め込んだ。
「馬鹿な、有り得ない有り得ない有り得ない!!うわあああ!!ダークペンデュラム!!」
闇のマナを弾き飛ばしてウロボロスは既にクルサーノの目の前まで差し迫っていた。そして死を悟ったクルサーノは茫然としたままウロボロスの剣先だけを見つめていた。
「やめ―――」
「させない」
背後からウロボロスの剣の軌道を弾いたのはヌルだった。クルサーノは急ぎその場を脱出したが糸が身体から一部突き抜けて苦しみ藻掻いている。ヌルを視界に捉えたウロボロスは神命を理解しているのか決してヌルから目を離す事は無かった。
「お前も言霊を集めきったと聞くのにどうしてその役目を終えない?」
「アタシはアタシを必要としてくれたコナミさえいればいい。それにシガレットの魂はアタシを残して消えてしまった」
「ではお前は何も残っていない空っぽな無だ。名前に相応しいなヌル」
苛立ちを覚えたのかヌルはウロボロスの視界から消えて襲い掛かろうと動き回ったが全ての動きを捉えられていた。コナミはヌルの危険を感じて瞬間移動で背後に回ったが、ウロボロスはヌルを視界から外さないままコナミの相手をしていた。
「邪魔をするな。コナミを想う大事なお仲間をもう一人殺す所だ」
「ヌル逃げろおおお!!」
ガギギギギギギギン!!!!!
ヌルが脱出を試みるも立ち位置を次元時空で元に戻されてしまう上に、コナミへの攻撃の手も緩める事は無かった。こんな状態でヌルを逃がす為に未来改変を使ってはこっちの身が持たない。
「くっそおおおおお!!!」
「フハハハハハハハハハハ!!!!」
チラリと周りを見たがクルサーノは苦しみに藻掻きながら蠢いている、メサイアとアイリは動いている気配はない。スイレンは扇子で舞いながら空気中にあるマナを溜め込んでいた。ウロボロスも口から血が流れ落ち続けているからダメージは入っているはずなのにどうしてこんな動けるんだ。
「ウロボロス!!!いい加減にしやがれ!!」
コナミは剣に光のマナを急速に集め始めると、ウロボロスは一瞬コナミへと標的を変えた。以前にこの攻撃を食らっているお陰か光のマナを溜め込んだ瞬間危険を察知してコナミに対して大振りで剣を振り上げる。
そのたった一瞬にヌルはウロボロスに飛び掛かり刀で斬りかかる。が―――――!!
「甘いな」
ぐるりと身体を捻らせたウロボロスは背後にいたヌルを切り裂いた。ヌルは胸元から大量に血が流れ落ちて力無く膝を付く。
「背後から飛び込んでくるのは読み通り。見えずとも分かりやすい」
「あああああああ!!!!秘剣・神龍閃!!!!!」
全力で撃ち出した攻撃はウロボロスに命中して身体を吹き飛ばした。そして改変の能力を使い次元時空を封じ込めた。
ドクン!!
「ごはぁ……!!」
多重の能力使用と多大なマナの放出で口から大量に出血したコナミは倒れそうになる。それでもフラフラのまま剣を支えにヌルの元まで近付いた。倒れたまま動かないヌルの傷は深く血が治まる事無く出血し続けている。
「ああ……ダメだ。ヌル。ダメだ、死ぬな」
また守れなかった。また救えなかった。あの時ヌルを逃がしておけば。もっと早く技を使っていれば。ああ、ダメだもう何も考えられない。
するとヌルはゆっくりと目を開けてコナミを見た。震える手でコナミの手を持つ。
「コナミ。アタシ、居場所が欲しかった。何も無いアタシの、存在すら忌み嫌われるアタシの、居場所が欲しかった」
「お前の居場所ならいくらでも作ってやる!だから死ぬな!」
ヌルはコナミの手を自身の頬に当て、その感触を確かめる様に目を閉じた。
「コナミの手、あったかい。コナミ、アタシを忘れないで。そこが、アタシの、居場所だから――」
「あっ……」
パサッと音を立ててヌルは眠る様に力尽きた。コナミはヌルの頭を心を込めて撫でると少しほほ笑んだ様にも見えた。ヌルの中にいるシガレットの魂は既に無く、シャックスに回収すらされず文字通りこの世から消えて無くなってしまった。
「おやすみ、ヌル」
いくら屍を超えたらその先へ進めるのだろう。その先の未来に何が残っているのだろう。もう何も残っていないのかもしれない。
それでも。
今年もお疲れ様でした。
良いお年を~。




