117. 誰かの期待に応える事
目の前は真っ暗闇。
身体は凍り付いた様に冷たく、何も無い空間寂しく漂う。浮いているのか落ちているのか立っているのか寝ているのかさえ分からない。このままこの世から消えて無くなってしまうだろう。
どれくらい時間が経ったのか分からない。時間という概念すらも正しく記憶さえしていない。そもそも今の自分が何者なのかさえ分からなくなってきた。
夢の様で、現実の様で、それもまた夢の様にも思える。どこまで行っても救いようのない現実である事は確かなのだが。
「間に合いましたね」
誰かの声が聞こえた気がした。懐かしくて響きがいい穏やかな春の風を呼び込む様なこの世で最も優しい声。
「目を開けられますか」
「え……どうしてここに」
そこに立っていたのはかつてコナミを助ける為に死を救済する復活魔法であるフィレメイシを使って代わりに死んでしまった【大司祭】レイテだった。穏やかな表情でニッコリと笑うレイテに思わず微笑み返してしまった。
「フィレメイシは自身の魂を強制的に結び付けて補強し、相手の魂を肉体から離れない様にする魔法です。だから僕の魂はコナミくんの魂へと結び付けられている為、ずっと傍にいるんですよ」
「そう、なのか。気付かなかったや。いやずっと支えてくれてたのは本当かもな。でも俺もアイリにフィレメイシを使ったけど今生きてるぞ?」
「それは恐らく既に魂に何らかの施しがされており介入できる余地がなかったのかもしれません。そうなると回復する為に必要な生命エネルギーを吸い尽くされる恐れがあります」
だから魂が移動したのではなく全身にアイリが受けたダメージを背負った事になったのか。死にかけた肉体をシャックスが英雄の能力で直したが魂は削られ過ぎた。だからウラノスが回収して補強し直したといった所か。
「実はフィレメイシは強力な魔法過ぎて深い絆で結ばれていないと効果を発揮できない魔法なんです。だから僕にとって過去のパーティーの頭文字から魔法の名前を取ったのもその為。だけど本来ならコナミくんと僕とではフィレメイシは使えなかったかもしれません」
レイテは不思議な事を言い始める。絆は十分に繋がっているはずだしそれに実際に行使出来た。
「かつて教会都市ジンライムでの戦いでコナミくんの戦う背中にシガレットの面影を感じたのです。疑問は多く残っていましたが、フィレメイシを使えた時点で確信しました。君は、一緒にパーティーで共に魔王を倒しに旅立ったあの頃のシガレットですよね」
レイテは多くを語らずに手を伸ばしてきた。それにコナミは手を伸ばして握手した。
「……ああ、俺がシガレットだ」
それからレイテにも全てを話した。魂で繋がっているからといっても外の情報はどうやら入ってきていないらしい。それはシャックスとは違い、レイテの魂がコナミを乗っ取ろうとせずに支えてくれているからだった。レイテはずっとこの暗闇の中でコナミを支え続けてくれていた。
「そうですか。シガレットが反旗を翻した事について全ての疑問が解消されました。ですが今のコナミくんにはまだやる事があるんじゃないですか?」
「と言っても死んだからここにいる訳だぞ。俺は無力だ。何も出来やしない」
レイテはコナミの手を取って強く握った。真っ直ぐで曇り無き眼差しが眩し過ぎて、全てを諦めようとしていたコナミには目を背けたくなる。
「貴方はなんですか」
「俺?コナミ……だけど」
「違います。そうではありません。貴方はなんですか!」
「俺は……」
ここ最近口にしていなかった。能力を失ったせいなのだろうか。アイリに頼り過ぎていたからだろうか。何とかなると思っていたからだろうか。いや、現実から目を背けていたかっただけなのだろう。
「俺は……【英雄】だ」
「そうですね、貴方は英雄です。さぁまだ戦いは終わっていませんよ。貴方の英雄としてのその姿をまた僕に見せてください。コナミくんにそんな姿は似つかわしくありません」
「全くその通りだ」
暗闇の奥底から現れたのはウラノスだった。コナミとレイテの魂が繋がった上からウラノスがカバーしてくれているから魂として繋がっていたのか。
「君に全てを託したんだよ?コナミくん。魂の外側からクロノスもギャーギャーと喚いている。こんなお誂え向きの最終決戦の序盤で死ぬとは情けないとは思わないの?」
「でもどうすりゃいいってんだよ!」
「叫べ。君は【英雄】でしょ?」
「でもアルテウスが死んでその能力は失ってしまった!今はもう回復が出来ない。どうにもならないんだ!」
実際問題それはどこまでも現実であり真実だ。あれ程の外傷を治す術は無い。レイテ程の治癒魔法が出来る人がいればいいが今いるメンバーではあれはもうどうにもならない。
「だそうだよ、レイテ」
「全く仕方ないですね。僕もウラノスさんに教わって間もないですからそこまでの力を有する事が出来るのか分かりませんが力にはなれるはずです」
「待て待て、どういう事だ?」
「実は僕、生命と秩序を司る神に任命されまして。アルテウスさん程ではありませんが近しい能力を行使出来ると思います」
あまりに突拍子も無い話だったがこんな所でこの二人が冗談を言うとは思えない。それにあれ程の治癒能力を有するレイテなら秩序は分からないが生命を司る神として十分な素質はあるだろう。
「ふふ、私は神の中でも最も権力がある存在だ。ま、責任を押し付けられただけだがね。その人間の力次第で神の座に任命する事は可能なのよ。故にコナミ、あとは分かっているね?」
レイテとウラノスはコナミの肩に手を置いた。ああ、伝わる。
誰かに期待されてそれに応える。それが【英雄】だって事が。
「ああ、いってくる」
「「いってらっしゃい」」
自分が何者か忘れていた。アイリ、待ってろよ。
俺は―――――――――――――!!!!
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「【英雄】だ!!!!!」
凄まじい轟音と共に力が湧き上がってくるのが感じる。身体の左半分の感覚が戻り力が漲ってくる。視界も瞬時によくなるがデストレイズの効果を得ていないからか英雄発動時の効果とはいかずただ回復しただけだ。今のコナミにはそれでも十分過ぎた。ありがとうレイテ。
見回してみるにあの時と何ら状況は変わっていない。時間が止まっていたかの様な感覚だ。そして隣には愛する人の存在がそこに居た。アイリは何度も泣き叫んだせいか顔が涙でいっぱいになっている。
「コナミさん!!!」
「ただいまアイリ」
デストレイズとウロボロスはこの状況の異常性に驚きを隠せていなかった。確かにアルテウスを殺したはずなのに、というのが顔でバレバレだ。イヴとメサイアは小さく微笑むだけで心配はあまりしていなかった様に見える。
「遅いぞ。英雄」
「よかった……けどコナミなら……きっと戻ってくる……って信じてた」
「ああ、悪かった。それじゃ反撃開始だ!!」




