0-6. 雷獣バリストン
パーシヴァルは壁に開いた大穴とエキドナの様子を見たが特に目立った表情の変化は無かった。会場の中にいた魔物達は息を吞んだまま動けずにいた。
「貴様の従者が我の従者を攫ったのだ。剰え炎帝はこの我に手を出しよった。非礼に対する当然の仕打ちだ。文句は無かろう」
「いいや?文句しかないな。自分の従者も大事に出来ない様な粗末な魔物が魔王を志すなど言語道断だ。俺の従者に手をあげた事をこの場で謝罪してもらおう」
バリストンは静かに聞いていたが突然雷が会場中を走り始めた。ニタニタと笑うバリストンは拳を握りパーシヴァルに向かって突っ込んだ。
その時だった。その場から二人は消えたのだ。
目で捉えられない見えない速度で戦っている訳では無く、この会場内から完全に姿を消してしまったのだった。先程まで雷が走っていた跡すらも無い。一体何が起きたというんだ。
そう思っていた時エキドナの手がマナに包まれて光っていたが、転移が出来る魔法など聞いた事が無い。エキドナは自分の怪我に対する治療をしていただけだった。
「エキドナ!!大丈夫か」
「ええ、問題ありませんわ」
シガレットとミリーシャはエキドナに駆け寄ったが大きな怪我は無く二人は安心した。
「父上とバリストンは一体どこに……一瞬で消えてしまったが」
「あら、二人には見えていなかったのですか?パーシヴァル様がバリストンの振り上げた腕を掴んでそのまま開いた穴から飛び出してしまいました。あの方角なら無理やり岩石地帯へ向かったのでしょう」
ポカーンとしたまま二人は聞いていたがそんな事になっていたなんて全く見えていなかった。恐るべき速さで砂煙一つ付けずそんな事が可能だなんて、なんて誇り高い父上を持ったのだとシガレットは感動していた。
「あとはモニターで真王儀を見ましょう。そのうちバルフレアも戻ってきますわ。役員さん!早くモニターを!」
真王儀のモニター係をしていた者達がバタバタを慌てながら岩石地帯の姿を映した。そこには確かにパーシヴァルとバリストンがそこに立っていた。本当に高速で移動していたんだ。
バリストンは頭をボリボリと搔きながら苛立ちを見せているが、一方パーシヴァルは剣を手にすら取っておらず落ち着いた態度を示した。そしてふーっと息を吐いたバリストンはパーシヴァルを睨んだ。
「貴様、一体何を欲する。地位か名誉か、それとも本当に和平だと申すか。なれば真に愚かな考えよ。魔物とは何よりも恐れられ、どんな我儘も貫き通す事が出来る力を持つ。その上に立つ魔王とはその全ての人智を超えた云わばこの世界の神に値する。その者が求め欲するのが人間との和平だと?勇者に敗れた挙句、借り物の身体で過ごす中で魔物全体の在り方を失ってしまったのではあるまいな」
パーシヴァルはシヴァルヴァ戦では決して抜かなかった聖剣エクスカリバーを引き抜いた。その輝きは勇者エンメイを思い出し会場の中でも目を伏せる者もいた程に強く瞬いた。
「平和で何が悪いんだバリストン。最近もエキドナやバルフレアと和平交渉の企画を話しているがなかなか手厳しくてな。何かと叱られているがそれを見て笑う息子を見て平和が一番いいと感じてしまう。無論ヴァイパーの様な言葉も通じぬ人間や魔物との交渉は別だ。そうで無ければ言葉を交わし、酒を飲み、宴を開けば今だって隣にいる知らぬ魔物とも仲良くなれる。それの何がいけないんだ?」
その言葉に更に苛立ちを覚えたのかバリストンは地面を叩き割った。地震が起きている様な地鳴りは会場にまで届く程に大きく揺れた。
「平和?言葉?そんな物は底辺種族が好む慣れ合いに過ぎない。少し撫でればただの塵芥と化す。そんな力こそ王に相応しい。つまり王は孤高であり最上であり頂点であり、何者にも
侵されず全てを掌握出来る。そんな者が平和等と御託を並べるはずもない。貴様は魔王の器では無いのだパーシヴァル」
「そうだな。お前の言う通りだバリストン」
パーシヴァルは小さく笑みを零しながら肯定した。
「ならば、俺が魔王となった暁にはお前の従者ミリーシャを俺が頂く。全てを掌握出来るんだろ?お前にこれを覆す権利などないぞバリストン。お前が言った魔王の定義だ!」
その言葉にミリーシャは涙を流した。シガレットは心臓の鼓動が早く動いた。これが、力ある者のみが出来る選択――――。
その事にブチギレしてしまったバリストンは身体から雷を溢れんばかりに放出させた。岩石地帯だというのにバチバチと電流が流れている程に強力な放電だ。
「図に乗るな!偽物がああああ!」
雷となり消えたバリストンは目にも止まらぬ速さでパーシヴァルに攻撃を仕掛けた。その速度はパーシヴァルですら目で追えず何とか剣で防いでも、次の攻撃には既に背後に回っており殴り飛ばされ、飛ばされた先にも既に追い付いている程の速度だった。
まだ開始して10秒と経っていないのにバリストンは暴風の様に攻撃を繰り返しパーシヴァルはその度に吹き飛ばされていた。
「父上!!」
「安心しな。俺達の主君はこんなもんじゃねぇさ」
戻ってきたバルフレアは口の血を拭いてモニターを見た。シガレットの目にはバリストンの姿は映っておらず殴られ続けるパーシヴァルの姿だけだった。この状況の何に安心しろというんだ。シヴァルヴァ戦では攻撃を避けながら詠唱を唱えていたが、今回はまるで違う形の余りにも一方的な試合の流れだ。
「このままでは……父上は……」
その時突然シガレットの目にバリストンの姿が映った。バリストンの拳を避けてパーシヴァルがバリストンに対して回し蹴りを顔面に叩き込んでいたのだった。目を閉じて呼吸を整える事で五感を限界まで引き出し、空気の揺らぎのみで反射で避けたのだった。
更にパーシヴァルは手にマナを込め始める。それを見たバリストンは目が大きく見開き震えあがった。
「俺がかつてより魔王と呼ばれている理由を教えてやろうか」
それは今まで見たどんな魔法よりも禍々しく空気が怯えて震えだし、時空自体が歪んでいる様にも感じる程だった。
「貴様っ!まさか!」
「覇魔羅魔眼」
ぐぱっ。
パーシヴァルの背後に突如巨大な目が空間を切り取ったかのように見開いて出現した。その瞬間前方にある岩石地帯、そしてバリストンは音も無く消し飛んだ。空の雲や目の前にある地面の一部さえも消えた。砂になって木端微塵になったのではなく、この世全てから消え去ってしまった。
「覇魔羅魔眼は闇魔法の究極系だ。その視界に触れた物は全て消え去る。この世で使える存在は俺以外存在しない技。これが魔王の力だ」
「言わずとも知れた事」
ズンッ!!!
パーシヴァルの背中から貫いていた手は胸元から飛び出していた。消し飛んだはずのバリストンがその場で無傷のまま立っていたのだった。
「我は雷獣。我から発せられたこの岩石地帯に広がる雷は全て我。貴様の覇魔羅魔眼の技など初めから見切っておったわ!!オラァ!!」
強引に引き抜かれた風穴から止めどなく血が流れ出てその場に膝を付いた。そしてベチャッと血と臓物を撒き散らせながらパーシヴァルはその場で倒れた。目は虚ろなままピクリとも動かない。
その光景に誰もが目を疑った。息を呑んでただ、ただ見守った。現実を受け入れられないシガレットはガクガクと震えたまま息が上がっていた。
「ち……父上……父上えええええええええ!!!!」




