0. 全ての始まりと終わりの物語
産まれて初めて貰ったものは愛だった。
物心付いた時に知った事は人間族と魔族のハーフだと言う事。父上である魔王勇者パーシヴァル様はかつての戦いで肉体はエンメイという勇者の身体で魂は魔王パーシヴァル様という不可思議な物となっている。しかしその過程で人間族と魔族の共存を図ろうとしているがこれには困難を期していると聞く。
………今となっては何も残っていないが。
―――――これは全ての始まりの物語
そして終わりの物語―――――――――
魔王城ゼロアスター。
当時のここは魔王勇者パーシヴァルが統べる世界最強の城。世界中の人間は魔王を恐れ、世界中の魔物が魔王の存在を認めていた。魔王は世界を統べる為に存在すると文献で読んでいたが実際はそうではなかった。現に常に頭を抱えて幹部にお叱りを受けている。
「魔王様!この企画で物を通すおつもりですか!これでは人間族に怖がられてしまうだけですよ」
人間との友好関係を図る企画書に物申すのは下半身が蛇型で上半身は人間の魔物であり魔王軍幹部エキドナだった。エキドナは頭が良く気が回り側近の中でもエリートだ。操れる魔法は強力なものが多く魔王勇者パーシヴァルですら一目置く存在とされている。
「仲良くする必要なんてあるのかね~。あの勇者エンメイにどれだけ殺されたのか分かったもんじゃね~ぞ」
そう言って話すのは魔王軍幹部のバルフレアという炎の様な髪型をオールバックにしながら常に筋トレをして自らを高めている。バルフレアは友好関係には協力的ではなく、ただ戦闘を楽しむタイプだ。エンメイとの戦闘で右腕を失ったものの、魔法使いを殺して勇者一向に大きな痛手を与えた唯一の幹部だ。
みんなの打合せを楽しく聞いているのが日課でいつか友好関係を築ける事を自分自身楽しみにしていた。それが父上の唯一の希望であり、世界の平和へと繋がるのだから。
「シガレット様、そろそろ剣技の磨きの時間ですゾ」
後ろから話しかけてきたのは執事でありながら剣の講師をしてくれているミームという老剣士だった。戦い自体好きではなかったシガレットは父上の威厳を保つ為だけに嫌々剣の稽古をしていた。
ブオッ、ヒュオッ!
「ほっほっ、闇雲に振るっても当たりませんゾ。剣には魂が宿り、振るう一撃一撃に重さがかかります。シガレット様は何の為に剣を振るうのです?」
「ぜー、ぜー、俺は剣なんかまっぴらごめんだ!父上が世界を平和にしてくれた後で剣なんて何の役に立つっていうんだ……」
ミームは長く伸びた髭をさすりながら深く考えるフリをして本当は答えなんか出ている。魔族の中でも人間族との友好関係に賛成派は殆ど居ない。事実身体が憎きエンメイに変わりその姿を崇拝しなければならない事も嫌気が差している魔族も多数いる。
シガレットがこの世界に生を受けて初めて与えて貰ったのは父上からの愛だった。人間族の血が多く流れてしまった事で魔族からの後ろ指を指されぬ様に多くの事を尽くしてくれたと聞く。
「俺が剣を振るっているのは父上の為だ。父上の迷惑をかけたくないだけだ!」
「魔王様は今の政策を進めていますが実現などとてもとても……。私自身家族をエンメイに殺され人間と兎角恨んでおりますゾ。その姿に成り代わり今の魔王様のあのお姿では、私も怒りの矛先を何処へ向けていいのやらと……。と、兎に角人間との抗争はいずれ起きるはずですゾ!剣を振るうのは必要な事ですゾ!」
「……今のは聞かなかった事にしておくよ」
ミームにとって戦いはまだ終わっちゃいない。それは年端も行かないシガレットでも理解していた。それ程に人間は脅威であり凶悪なのだろうか。であれば何故父上は友好関係を築けると自信があるのだろうか。
―――――――――――――――
その日はシガレットが生まれて16歳になった誕生日だった。魔王城で盛大に祝い事を執り行われ多くの魔物達が参列された。
「おお、シガレット様おめでとうございます」
「ご立派になられましたな」「こんなに大きくなられて」
「ああ、ありがとうございます」
褒められる事は余り得意では無かった為、どの様な顔をすればいいのか分からなかった。それ以上に人間の姿をしたシガレットを褒める行為よりも、魔王勇者パーシヴァルにお近付きになりたいという欲望の方がどの魔物の顔を見ても明らかだった。だから素直には喜べなかった。
その時だった。魔族の中でもひときわ美しく、可憐で、それでいてふんわりとした少女に目を惹かれた。少女はこちらに気付いて深く頭を下げ何処かへ消えてしまった。
「ほほ~う。色恋とはお前も成長したものだ」
魔王軍幹部バルフレアはニヤニヤとした視線を向けて背中をバシッと叩いた。力加減をろくに考えないバルフレアのせいで転げ回りそうになる。
「ち、違うよ!そういうのじゃない!」
「どれどれ、どの女の子ですか?」
興味津々のエキドナもやってきて身体に巻き付いてきた。バルフレアが指さした方向に先程の少女がいてキラキラと目を輝かせてその子を見た。しかしその少女を見てエキドナは少し眉をひそめた。
「あ~あの子は雷獣バリストンの使い魔ですね」
「バリストンといやあの魔王候補の化け物並みに強いアイツか。俺でも一目置く程だぜ~?だが男たるもの一度見惚れた女を簡単に手放すんじゃね~ぞ?」
「だ、だから違うって!そういうのじゃ……」
魔王の息子だからといって権力を振舞う程自惚れていないし、雷獣バリストンといえば第二の魔王として有力候補の一人だった。それにまだ話してもいないし、名前も知らない少女などただの一瞬の気の迷いに過ぎない。宴会の空気に酔っただけだ。
――――――――――――――――――
宴は3日間行われる事となってはいるが表面上のお話で、その間に上層機関がお互いの情報交換や取引等も行われている。だから夜も常に賑わいながらも祝いの場より交流がメインであるのはシガレットも分かってはいた。つまりこの時間にシガレットの事など誰も必要としていなかった。
床に着いたがそれでも少女の顔がどうしても忘れずにいた。名前は何というのか、どういった声で話すのか、どんな食べ物が好きか。悶々とした夜は続き眠れなかったシガレットは夜風に当たりに裏門から外へ出た。
「えっ!」
そこにはなんと先程の少女が座っていたのだ。振り返った少女はゆっくりと白いスカートの裾を上げてお辞儀した。あれ程頭の中で色々聞きたい事があったシガレットの脳の中は急な事に対応しきれず頭がパンクして何も考える事が出来ていなかった。
「初めましてシガレット様。私はバリストン様に仕えて身のお世話をさせて頂いております、ミリーシャといいます。この度はお誕生日おめでとうございます」
「あっ、えっと、ありがとう……。君を会場で見かけて、その……」
何を言いたいのか何を言っているのかすら分からない。それでもミリーシャはクスッと笑い両肩をさすってくれた。ただそれだけの行為に心は落ち着いて大きく深呼吸した。
「落ち着きましたか?」
「えと、うん、ありがとうミリーシャさん。ちなみに君はどうしてここに?」
「バリストン様は会合中でして少しお暇が出たので外の空気を吸いに。宴の雰囲気は私には苦手でして……なんてすみません。どうやら魔王様とお話しているそうですよ」
雷獣バリストン。彼は四天王の一人で魔物独裁国家の主張が強く人間嫌いで有名だ。世の全てを手中に収め征服する事を強く望んでいるがそれも叶わず。何故なら世界最強たる魔王勇者パーシヴァルが魔王に君臨しているからだ。
「シガレット様はどうしてこちらに?」
ミリーシャの事を考えていたら眠れなかったなどと言えるはずもない。でも本当は聞いてみたい。色んな事をもっと知りたい。透き通るような声をもっと聴いていたい。気が付けば頭の中はぐるぐると混乱していった。
「あら、お顔が真っ赤に。只今お水をご用意致しますね」
そう言って立ち去ろうとするミリーシャの手を強引に掴んだ。
「いや、待ってくれ!君ともっと話がしたいんだ!」
驚いたミリーシャも顔を赤らめながらもじもじした様子で隣へ座った。ふんわりとした頬を隠す程長い髪は月明りに反射してキラキラと輝いているようにシガレットは見えた。
その後多くを語らいあった。本当に取るに足らない他愛ない話だ。それでも多くを聞く事でミリーシャを知った。多くを語る事でシガレットを知ってもらえた。つい先程まではお互い知らぬ同士だったというのに言葉を交わす事でこれ程までに距離は縮まり相手を理解する。
「アハハハ!おっかしい!」
「それでさミームが剣をびゅうッと振り上げて―――」
そう楽しく話している最中だった。
外へ出る扉が勢いよく開き大きな身体がそこから現れた。それこそ雷獣バリストンだった。鬼神の如く表情や肉体は力強く、電気が身体から迸り近くにいるだけでピリピリとした痛みが続く。その目に睨まれただけで全く身動きすら取れずにいた。
「あっ……バリストン様……もうお帰りになられたのですね……」
「我は会議室の前で待つようにと伝えたはずだぞミリーシャ。貴様はこの雷獣バリストンの意を背き、我が難敵の倅と懇談しているとはな。仕置きが必要だ、来いミリーシャ」
バリストンはミリーシャの髪を掴みかかり室内へ連れ戻そうとした。ミリーシャの痛がる顔、ふんわりとした髪をあれ程の力で引っ張る行為、そして隠れていた頬に見えた殴られた様な痣。全てを理解したシガレットは不意にバリストンの腕を掴んでいた。
「バリストン様。その様な行為はお辞めください」
掴んでいるだけで電気が身体に伝い感電しているかの感覚に落ちる。離そうと思っても硬直した手が離れてくれなかった。更に電気の量を増し続けミリーシャと共に感電が続いた。
「がっ……あっ……ミリーシャを……離して……ください……」
「ほう。魔王の倅故に我に命令するのか小童が。親が親であれば子もまた然り、何を考えているのか分からぬ。お主が離せば許してやらんでもないぞ?どれ離してみせよ。どうしたほれ。手を離さぬか身の程知らずが。ハハハハ」
シガレットに流れる電気は更に増加し身体から肉の焼ける臭いと立ち込める煙を上げ始める。意識は朦朧として目の前が真っ白になるその直前だった。
ポンッ。
バリストンの肩に何者かが手を置いた。その瞬間電気は小さくなりミリーシャを掴む手も放した。意識を取り戻したシガレットは反射的ににミリーシャを心配して抱きかかえたが意識を失っているだけで呼吸はしていた。
「俺の愛息子が迷惑をかけたなバリストン」
そこに立っていたのは魔王勇者パーシヴァルだった。更にはその隣には魔王軍幹部エキドナ、バルフレアの姿も。幹部の二人はこちらを見て全てを察したのかニッコリと笑う。
バリストンの背後には世界最高戦力がここに集結していたのだった。




