102. カウントダウン開始
胃から吐き出る物。血。血。血。止めどなく吐き続ける。
頭の中が空っぽになった様に何も考えられないのに、支える事が出来ない程に重くそのまま地面へと倒れ込んだ。苦しいから息をしたいのに血が喉に詰まって出来ない。
手の感覚が無いと思っていたら気付けば目の前に落ちて。落ちて?なんであんな所に剣を握った右手が落ちてるんだ?確かに神龍閃を使ってウロボロスを背後から消したはず。
あれ?大事な事を忘れている様な。なんだっけ、思い出せない、なんだっけ。
あれ?よく考えたらなんでこんな血吐いてるんだ?
「足りぬ」
そこには右手に付着した手を舐め回すウロボロスがいた。平気な顔で立っている。何事も無かったかのように。今まで与えた攻撃も全て消えて無くなっている。
「あ……が……あああああああああああああああ」
全て思い出した。あの時放った秘剣・神龍閃は命中して下半身を全てを消し飛ばしたが、その後に肺を右手で貫かれた。魂の限界とウロボロスの一撃から能力を維持出来ずにそのまま倒れ落ち、次元時空によって何も無かった事にされてしまった。
「私は実に感動しているのだ。互いに命を賭けた戦いをする事で生の実感を思い出した。ありがとうコナミ。そしてさようなら」
『――――【英雄】』
頭を潰そうと振り下ろした足はコナミには当たらず既にシャックスと入れ替わり瞬間移動でウロボロスの背後に立っていた。シャックスのニタニタと零れる笑みに異質さを覚えたウロボロスはすぐさまコナミではないと判断出来た。
「あの泥塗れの内側ではその様な薄気味悪い顔をしていたとはな。どうりで胡散臭いわけだ。それで、何しに此処へ来た?お前直々に私を撃ちに来たのか?」
「いいやぁ、違う。最近魂の結びが上手くいかずコンタクトを取れていなかったから話し合いに来たんだ」
シャックスの様子に苛立ちを覚えたのかウロボロスが攻撃を仕掛けるがクロノスの能力を使って未来を予知した為当たる事は無い。
「おいおい辞めておけ。お前が攻撃に重きを置いても俺が防御に全ての力を乗せれば戦いにすらならない。いいから聞けウロボロス」
「私はお前の様な亡霊染みた者に用はない。コナミを出せ。私には奴が必要なんだ」
「神命を与えたのは俺だという事を忘れたのかぁ?感謝しろよ感謝をよ。いいか聞け。俺が世界を破壊してやる。シガレットが行った災厄の再演だ。お前も好きだよなぁ、人間が発する破壊と絶望と恐怖、痛み、叫び。その全てをもう一度見せてやる。だからその魂を寄こせ。俺の中でその惨劇を見ているといい」
理想を掲げて不敵な笑みを零しながらシャックスは手を伸ばしてみせた。
「私の魂を手に入れる事で正義の魂は完成するが、本来正義の魂は必要な物なのか?悪の魂さえあればそれでいいのではないのか」
「お前の言っている事も分かる。悪の魂は本質的な魔王としての力のみ。正義の魂はお前の知るシガレット其の物の強さとなる。今はコナミの身体を媒体に仮の正義の力を得ているが、本来の力を得るには正義の魂を集めきり我が魂をこの世界に受肉する必要がある。残る悪の魂も回収し全ての個が全となった俺は世界最強となるのだアハハハハハハ!!!」
高笑いするシャックスにウロボロスも同じくして笑った。ああ、もう世界が終わるんだ。こうやって終わってしまう。ウロボロスを倒した時点で正義の魂が完成して受肉してしまうなんて―――。
「アハハハハハハ!!!!」
「フハハハハハハ!!!!」
二人の笑い声を魂を通して見ている事しか出来ないコナミには泣く事も藻掻く事も何ひとつ許されていなかった。ただただ絶望。そしてみんなの死。ディバインズオーダーは闇と化す。
「アハハハハハハ、ア?」
その瞬間視界は在らぬ方向へ向いていた。ぐるぐると世界が反転する。
ウロボロスはシャックスの首を吹き飛ばしていたのだ。
「な、なにをするシャックス。【英雄】!!うっ!!」
能力によって治した次の瞬間には心臓を突き破り、更には目に指を突き刺した後、腕も切り裂いていた。
「【英雄】!!【英雄】!!【英雄】!!やめろ!!おい!!」
何度治しても何度治してもウロボロスは死に値する攻撃を永遠に辞めなかった。攻撃は凄まじい速度で身体を破壊し尽くすが口や肺を破壊する事はなく、シャックスは何度も能力を発動し続けた。
「あぐあ……やめろ……俺の魂が、擦り減って行く……ああ……【英雄】」
発動したその時コナミの魂がシャックスの魂を上回り元に戻ってきた。コナミ自身魂が大きく削れてはいたがそれでもシャックスはもう限界に達していたのだろう。コナミと確認した瞬間ウロボロスの指先は目の前で止まり攻撃を辞めた。
「え、なんでだウロボロス。俺を、助けてくれたのか?」
「お前が必要なんだ。彼奴如きにこの魂をくれてやるものか。私は決めたぞコナミ。残る悪の魂2つを殺してシャックスを受肉させ、その肉体をぐちゃぐちゃにしてくれる。その為に協力しろコナミ。私と共に残る闇の使者を葬り去ろう」
そう言いながらコナミの身体の血がべっとり付いた手を差し伸べるウロボロスに恐怖の表情が湧いた。ヌルは元々戦いの中で殺すつもりだったがこのままではアイリまでウロボロスの標的となってしまう。
「待て、ダメだ。全部話した時話したが闇の使者の中には俺の仲間がいる。その仲間を救う為に俺は戦っているんだ。だから、それは……ダメだ」
言えば言うほどにボロが出る。こんな取引乗るはずがない。なぜならウロボロスはコナミと戦いたがっているのだから。
「そうか。そうだな。コナミよ、お前も興を心得ているじゃないか。つまり私がコナミの仲間を殺されるのが困るなら、必死で私を殺してみせろ」
一番嫌な予感が的中した。いや分かっていて話を振ってきたのだ。こうなったら勝てる勝てないではない、もうここで止めるしかない。コナミの剣を持つ手は震えあがり既に今の擦り減った魂では勝てる見込み等あるはずも無かった。
「ま、待て。俺は俺の魂を強靭化させてお前を必ず超えられる。3か月、3か月くれれば何とか行ける。頼む、猶予をくれ!!」
コナミは頭を下げて懇願した。今のままで勝てるわけがない。どこにいるかも分からないアイリを探す時間も必要だ。もう余裕なんかあるはずもない。3か月と適当な思い付きを口走ったがそれでも足りるとは思っていなかった。
「誰に向かって物を言っている。頼み事をする態度ではないな」
殺気が一瞬にして漏れたのを自覚した。だが唇を噛みしめて悔しさを堪えてコナミはゆっくり膝を付いた。今すぐにでも殺してやりたい。沢山の命を壊したコイツを殺してやりたい。それでもこれからの未来を考えるとどうしようもない現実が目の前にはあった。
「お願いします。猶予をください」
コナミは土下座をした。ウロボロスの正義の魂は本来コナミの魂。心の奥底に眠る他人にマウントを取りたい事の本質は変わりなかった。我ながら意地の悪い性格だ。
「1ヶ月」
「え?」
「1ヶ月でなんとかしろ。私はここで本を読みながら待つ。それくらいの期間があればちょうどここの本全てを読み終わる頃合いだ。1ヶ月後に私は残る2人の闇の使者を探し出して殺してやる。それまでに準備が出来ればここへ来て私を殺しに来ても構わない。但しその時までには私と受肉したシャックスをも相手取る準備もしておけ」
1ヶ月――――。
余りにも期間が短すぎる。だがここに居てくれるのは助かった。襲撃される前にずっと遠くへ逃げて時間を作る事だって出来る。それにメサイアが生きている以上結界を強く張り巡らせその中に立て籠もる事だって出来る。巡り廻る頭の思考回路は色んな作戦を思いついたが、まずやる事は決まってただの二つ。
とにかくアイリを探さなくてはならない。そしてコナミ自身も強くなるしかなかった。
「……わかった。約束だからな」
「ああ、約束だ。必ず私を殺してみせろよコナミ」
ウロボロスは席に着いて優雅に本を読み始めた。その姿を横目にコナミは魔法図書室を後にしたが、もう時間は無い。余りにも猶予はない。
世界の運命を賭けたカウントダウンが始まった。




