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健康オタクの筋肉無双 〜脳みそは筋肉でできている☆〜




 はぁ はぁ はぁ …………。


 自分の呼吸音が小さくなっていくのを感じた。

 隣で叫ぶ母、父、兄……。

 その、別れを拒む『音』を感じながら目を閉じた。


「すまない、すまない……俺がもっと稼げれば、もしかしたらもっといい治療を受けさせてやれたかもしれないのに……すまない!」


「健康に産んであげられなくてごめんねぇ……」


「神様、俺いい子にしてたのになんで——!」


 俺の方こそ、健康になれなくてごめんね。

 心配ばかりかけて、ごめんね。

 悲しませてばっかりでごめんね——……。

 一筋、枯れ果てたはずの涙が伝う。


 誰も、悪くない。

 分かっている。

 それでも……もし、次に生まれて来る時は…………健康で、長生きして……家族に心配をかけないように————……







「…………………………夢?」

「カルゥー!」

「うっわあっ!」


 目を覚ました途端に誰かにしがみつかれた。

 いや、抱き着かれた。

 茶色い髪、褐色の肌。

 なにかの植物の葉で作られた髪飾り。

 目のやり場に困るような、布一枚を帯でくくったような服装。

 狼狽えた。

 カルゥー?


(俺だ!)


 突然そう思った。

 そして、天井を見上げる。

 白い木で編まれたような天井は、燦々とした太陽の光を巨大な葉っぱの屋根で覆うことで弱め、程よく風を取り込む構造。

 布の壁。

 地面に絨毯を敷いただけの床。

 側には母と父が安堵した表情で近付いてきた。


「あ…………」

「良かった! カルゥー、目が覚めたのか!」

「ああ、良かった! メメルの実が効いたのね……」

「ファーロ先生のおかげだな! あとで魚を釣って持ってかないと」

「ええ」

「…………」


 温かい。

 見上げると姉のメウが涙ながらにカルゥーを抱き締め続けていた。

 聞けばカルゥーはマウマウという海の中の生き物に刺されて熱を出し、十日も生死の境を彷徨っていたのだそうだ。

 当たり前だが記憶にない。

 熱に苦しんだ記憶ならない事もないが……。


(ここは、どこだ? 俺の知ってる病院じゃない……でも知ってる。俺はカルゥーだ。この人はお父さん、こっちの人はお母さん……そして……姉ちゃんだ)


 自分にいたのは兄のはずだが、それでもこの姉の事をカルゥーは知っている。

 あまり仲良くもなかったはずだが。


「ごめんね、ごめんねカルゥー……あたしが海でどっちが多くカウカウを獲れるか競争しようなんて言ったせいで……ごめんね、ごめんねぇ……」

「……………………」


 その声も、涙もカルゥーは良く知っている。

 だからふと、涙が溢れた。

 姉がカルゥーの頭を強く抱き締める。

 その腕にしがみついて「ううん」と繰り返し、その言葉を否定した。


「ねーちゃんは悪く、ないよ」

「っ……!」


 ずっと伝えたかった。

 家族の誰も悪くない。

 そう、悪くなんてないのだ。


(お金がないからいい治療を受けられなかったわけじゃない。父さんは悪くない。健康に産まれてこなかったのは俺だから、母さんは悪くない。兄ちゃんはそのままいい子でいて、父さんと母さんを助けて……俺は……)


 三人の願いを無駄にして死んだのを、覚えてる。

 ワッ、と涙が溢れた。

 大声で泣き叫ぶ。

 ああ、そうだ。

 誰も悪くないはずだ。


(健康になるんだ……!)


 よく分からないが、カルゥーとして生きている自分は健康になって、家族に心配を掛けない、たくましい人間になろう。

 家族を守れるように。

 強く、たくましく、とにかく病気をしない働き者になろう。


(俺は……もう病気なんかに負けないんだ!)


 そう強く、強く心に誓った。





 十年後————。






「カルゥー! 危ないからダメよ!」

「大丈夫! 骨は強ければ強いほどいいもんね……」

「はあ!? なんてー!?」

「心配ないからってー!」


 カルゥーと姉のメウは集落の側の森の奥、とある断崖絶壁の崖を命綱無しで登っていた。

 姉のメウは早々に諦めて地面に降りたのだが、カルゥーはその上にあるケフの実を求めて登り続けている。

 ケフの実には骨を強くする効果があると長老に聞いたのだ。

 日々欠かさず筋トレを行い、このように崖登りで指の筋肉と握力を鍛え、とりあえず健康に良さそうな事はなんでもやる。


「届いた! っ!」

「カルゥー!」


 メウが叫ぶ。

 片手でケフの実を掴んだ為にバランスが崩れたのだ。

 十メートル程の落下中に一回転して着地する。


「うわ……相変わらず普通できない事をさらりとやるわね……」

「そう? まあ、鍛えてるからね!」


 健康の為に!

 十年前に病弱だった頃の自分を思い出し、鍛えに鍛えた。

 全ては健康を手に入れる。

 そして、普通の生活をして、友達と遊び、家族を守るのだ。

 その為にありとあらゆる健康法を試し、体に良いというものはどんな事をしてでも体内に取り入れ、より健康になる為に筋肉を磨いた。

 ……簡単に言うと健康オタクの脳筋に仕上がりつつあった。


「あーん」

「うわ、しかも生で食べるの?」

「生で食べるのが一番良いってルル婆が言ってた」

「ま、まあ、言ってたけどさぁ……」

「ねーちゃんも食う?」

「いや、いらんけど。つーか、あんたそんなに鍛えてどーするつもり? そんなんだから男友の一人もできないんじゃないのー? まあ、女の子たちにはモテてるみたいだけど……。そういえばあんたももう十五なんだから、結婚したい娘の一人や二人いるんじゃないの?」

「…………」

「は? 無視?」


 もぐもぐと実を食べながら思い出す。

 集落の若い男どもときたら……。


(違うんだよなぁ。ねーちゃんは働き者だし美人だし優しいしお淑やかだからすんごいモテる。俺じゃなくてねーちゃんがモテるんだ。……どいつもこいつも……おっさんどもまでねーちゃんにデレデレといやらしい目を向けやがって……!)


 という理由でカルゥーが集落の若い男どもと一部いばり散らしていた男どもと決闘して、全員『ねーちゃんに相応しくない判定』を下した。

 父とも相談の上なのでなんの問題もない。

 そう、「ねーちゃんと結婚するのなら俺より強くなければならない」……である。

 で、カルゥーがモテるという話。

 カルゥーは仕事も好きだ。

 父と一緒に漁にも行くし、山に狩にも出掛ける。

 集落の中では断然働き者だろう。

 あの時強く誓った、家族を守る男になるという誓いを実践しているに過ぎない。


(うちには俺がいるんだから……俺より働き者じゃねーとねーちゃんは苦労する。そんな奴認めねー……!)


 ……簡単に言うとだいぶ拗らせているだけである。


「ん?」

「どうかした?」


 目的の実は食べ終えたので、集落に戻ろうとした時だ。

 海の側にある集落を見下ろす形になるこの山の道。

 ここから見下ろすと、海の遠くの方まで見える。

 そして、その海から船が一隻、島に近付いていた。

 それ自体は問題ではない。

 実際この島はルオールフィオ王国とエンデルフェィル公国という国の中間に位置し、この集落の裏側にあるアデンという港町は集落とは比べ物にならないほど栄えている。

 そこから生まれた豪商人たちにより統治され、アデンはアデン自治領区として二つの国に独自の統治を許されていた。

 正確には壁である。

 二つの大国が武力抗争に発展しないのはこの島とアデン自治領区のおかげと言っても過言ではない。

 カルゥーたちの暮らす集落は塩と胡椒の生産地の一つ。

 どちらも、二つの国の料理には欠かす事が出来ない。

 カルゥーたちは難しい事が分からない『生産者』故に、自分たちの食事はその日獲ってきた魚などを塩で焼いたものなど、質素なもので満足しているのだがお偉い人々はそうではない。

 特に胡椒は肉を腐らせない為に高値であり、どちらの国も大金を叩いて一定量を欲しがっている。

 それ故にアデンの商人たちは、二つの国の貴族よりも金持ちで権威もあった。

 もはやここは一つの国と呼んでも差し支えないほどに、二つの国から重要視されている場所なのである。

 ……という事をもちろん二人は知らない。

 そして、町の方ではなく裏側である集落の方に船が近付く。

 迷子かなにかか。

 最初はそう思っていた。

 だが……。


「ドクロのマークだ!」

「大変! 海賊だわ!」


 時折……本当に時折現れる、海賊という存在。

 二人は顔を見合わせた後慌てて集落へと駆け下りた。

 二人が港に着く頃には、集落のみんな……男たちが武器を持って待ち構える。


「ねーちゃんは家へ!」

「う、うん……気を付けるんだよ、カルゥー!」

「うん!」


 そして、カルゥーは初めての海賊戦だ。

 今までは子どもという事で家の中に隠れていた。

 おそらくすでに馬持ちの家の誰かがアデンの町へ応援を呼びに走っている。

 時間を稼ぐのだ。

 幸い相手は一隻。


「来たぞ!」


 最年長の男が叫ぶ。

 武器を持った海賊が、ロープや縄ハシゴを下ろして浅瀬に降り始めていた。

 カルゥーも長い木の棒を持ち、男衆の中へと駆け付ける。


「カルゥー! 来たか! いいか、倒そうと思うな! 時間を稼ぐだけでいいんだ!」

「分かった!」


 父がカルゥーに叫ぶ。

 戦う術はもちろん仕事と同じように学んできた。

 そして、集落の男たちと(一部一方的に姉を賭けた)喧嘩でも。

 だが、今回の緊張感はこれまでのものと異なる。

 相手は海賊。

 本気でこちらを殺しにくるやつらだ。

 そう、殺しに——。


(…………ねーちゃんとかーちゃんを……)


 若く美しい姉と、優しく働き者の母。

 海賊は女を攫うという。

 そして攫われた女はとても酷いことをされるのだと習った。

 それを思い出したらふつふつと怒りが湧く。


「ヒィヤッハーーー!」


 足の速い海賊が剣を振り上げて間近まで来た。

 父が一人に応戦する。

 カルゥーは、無意識に飛び出していた。


「カルゥー! 前へ出るな! お前は後ろへ——!」


 周囲の声が遅い。

 そして、海賊たちの動きがスローモーションで見えた。

 手前に来ていた海賊が表情を笑みから驚愕に歪ませていくのをゆっくりと感じながら、棒を突き出す。

 それを横に、振り払う。


「「「ぎゃあーーーーーーー!!!」」」


 三人ほどが吹っ飛んだ。

 どうやら武器を持っていても、集落のやつら程度のようだ。

 ズダ、と右足を軸にして体を回転させる。

 棒を右腹に構え直し、左足を前に出す。

 接近していた海賊五人が同じような顔になった。

 棒を突き出し、右足に力を込めて飛び出す。


「「「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁ!」」」


 五人が吹っ飛ぶ。

 そして、更に後ろから来ていた海賊はさすがに妙だと立ち止まった。

 その表情は驚愕というよりは恐怖に歪んでいる。

 そう、今更気が付いたのだろう。

 そして、集落の男衆は『スン……』と無表情に変わった。

 その、異様な空気。


「なっ、なんだ……!」

「なんかやべぇ、ヤベェ!」

「うおおおおおおおおおおぉっ!」

「「イ、イヤァァアァァァ!」」


 なにやら甲高い悲鳴を上げながら大の男が背を向けて逃げていく。

 もう遅い。

 ダン、と右足を主軸にする。

 そして身を捻り、棒を両手で持ち、己の筋肉が叫ぶまま下から上に向かって振り上げるのだ。

 それはもう……筋肉という本能が告げるままに————!


 ドーーーーン!



 ……と、浅瀬の海水が船の甲板の高さまで上がり、降りていた海賊がみんな船の真ん中の方ま吹き飛ばされ浮かぶ。

 そしてなぜか……ああ、カルゥーには分からないのだが船もまた側面が(多分風圧)で破壊された。

 ぐらりと揺らぐ海賊船。

 左に向かってその船は傾き続け、上にいた残りの海賊とおそらく船長と思しき海賊は悲鳴を上げて船にしがみつくがもう遅い。


 ドーーーン!


 先ほどと種類の違う轟音と、激しい水飛沫。

 快晴の空に虹がかかり、カルゥーは「わぁ」と笑顔になった。

 雨期の大嵐の後以外で虹を見ることはなかなかない。

 集落の男衆が武器をしまったり肩に担ぐ中、カルゥーは父を振り返って「とーちゃん虹出たー!」と年相応の子どもの顔に戻って駆け戻ってくる。

 父は笑顔で「そうだな」と答えた。

 男衆も笑顔で頷く。

 もう、なにも言うまいて……。


「あー、久しぶりに思いっきり素振りできたよ〜」

「そうかー、それも良かったなー」

「海賊って思ってたより弱いんだな!」

「そうだなー」


 カルゥーが今より幼い頃……この世界とは随分違う、別な両親のところの子どもだった頃に見たアニメや漫画はこの程度のことは余裕でできていた。

 だから『みんなできる』のだと思っている。

 それに気づいていたが、みんななにも言わない。

 カルゥーが集落の外へ出るつもりがないからだ。

 この極度のシスコンとマザコンとファザコンが、集落の外へ出る事を誰も想定していない。

 だから集落の中だけの『現象』として完結しているのだ。

 船が倒れたのは……まあ、元々どこかの岩盤に擦ってなんとかここまで来たが、結局着岸の際バランスを崩した、とでも言えばアデンの町の者も納得するだろう。

 海賊の証言?

 そんなもの、利己主義のアデンの町の誰が信じるものか。

 というわけでみんなも適当な笑顔で頷いた。


「まあ、なんにしても海賊どもは縄で縛り上げておこう」

「そうだな」


 カルゥーの父の提案にみんなが頷いて、吹っ飛ばされた海賊は皆お縄についた。

 そして倒れた船の中の食糧なども持ち出しが始まる。

 そのままにしておいても海賊たちは逃走できないだろうが、食糧は食糧。

 頂いてしまおうという事になった。

 アデンの町の連中が来れば持っていかれる事がほとんどだが、集落の外の食べ物にはみんな興味はある。

 その日暮らしの彼らにとって食糧はあるに越した事がないものなのだから。

 カルゥーももちろん、海賊の食べ物に興味がある。


(健康に良いものないかな!?)


 ……という理由からとても熱心に野菜や果物のようなものを探した。

 そして、船底の方の倉庫を大人と一緒に運び出しつつ、一人別の部屋などもこっそり探してみる。


「……!」


 そして、気づけば牢屋のような場所に迷い込んでいた。

 倒れた船内。

 牢屋に閉じ込められていた少女が、その鉄格子に引っかかっている。

 ほぼ真上に見えるその少女の手脚、首には枷が付いていた。

 世に言う奴隷であるということを、カルゥーは知らない。

 そもそも、奴隷を見るのも初めてだった。

 なのでただ、邪魔そうだな、悪い事したのかな、という感想しか抱かなかった。

 ただ、自分よりも少しだけ歳上の……そう、姉と同い年くらいの少女がここまでされる悪事を働くとは思えなかった。

 なので、飛び上がって鉄格子にしがみ付くと、筋肉の語るままに鉄格子を捻じ曲げて少女を出した。

 側壁という名の床に降りてから、手枷足枷、そして首輪を引きちぎる。


(変な髪の色。肌も白いし……)


 カルゥーの集落の人たちはみんな褐色の肌と茶色い髪、茶色い目だ。

 なのに彼女は白い肌、淡い赤の髪。

 小綺麗な服。

 気絶している彼女を、少し考えた後担ぎ上げて外へと運ぶ事にした。


(ねーちゃんの友達になるかもしれないもんな〜)









 その少女がよもや公国のご令嬢だとは思わない。

 健康食品を追い求め、カルゥーがし集落から旅立つのは……この数時間後の事である。

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