魔人族の村
アッシュによく似た男性と見つめ合う。
お互いに唖然とするが俺の脇に見えるアッシュを見て我に返り駆け寄る。
俺を無視してアッシュに怪我がないかを確認し男は心底安心したのかハァ~っと深い息を吐く。
正直居心地が悪い……。
「んぁ……?」
俺があんだけ揺り動かしても起きなかったのに父親に抱き抱えられると目を覚ましたアッシュ。
「あれ?父ちゃんが居る。
なんで?」
「馬鹿!心配したんだぞ!!
この森には偶に冒険者の人間も出るんだ。
勝手に村を出たらダメだと言われてるだろう!
帰るぞ!」
「あっ!父ちゃん!あの子連れ帰っちゃダメ?
ずっとひとりだったんだって!
ドラグルって友達が居るって言ってたけどそんなの何処にも居ないしきっと一人なんだよ!」
そう言って俺を指差す。
男は俺を見てう~んと考えだす。
俺の姿を注意深く観察して出た結論は。
「わかった。
とりあえずここは危険だ。
連れて帰ろう」
俺は脇に抱えられた。
非力な俺が抵抗しても自分より遥かに強い力に抗えず、体力がまだ完全には回復してないからすぐに疲れてぐったりする。
ドラグルは大人しく俺達に付いて来るから危険は無いんだろうけど。
アッシュは抱っこされ俺は脇に抱えられてぐったりしていると村に到着したようです何人かが駆け寄ってくる。
女の人はアッシュを受け取り抱き締めて泣いている。
他の集まってきた人は良かったと安心する人や微笑ましく見ている。
一人の男が近づいて来て言う。
「所でレイン、その脇に抱えてるのはなんだ?」
「あぁ、これか。
アッシュを見つけた所で一緒に居てな。
妙な情が湧いて一緒に連れて帰りたいって言うから連れてきた。
この姿を見るに捨て子だろう。
焚き火の周辺に荷物なんて無かったし森の中に全裸の子供なんておかしい」
「確かにな。
随分痩せ細ってるし必死に生きて来たんだろうな。
こんなまだ小さいのによ。
それにこの体の傷跡は……」
「あぁ……。
それにこうして脇に抱えてるからわかるがこの子ずっと震えてるんだ」
「……そうか」
条件反射で体が反応して強張り震えてしまうのだ。
この人達は俺を殴るような素振りはしないけど怖い事は怖い。
俺は地面に降ろされた所で走って逃げようとする。
自分とドラグルしか信用出来ない。
一刻も早くここから離れたい気持ちでいっぱいだ。
逃げ出そうとしている俺の腕をアッシュに似た男は掴む。
「ちょっと待て!!
今の時間森に入るのは危険だ!!」
別に危険じゃない!モンスターなんか寄ってこないって言いたいけど言葉に出来無い。
とにかくここを離れたい気持ちでいっぱいだ。
ただ見ているだけのドラグルが口を開く。
『主、ココ、安全、ダイショウブ』
そう言われても怖いものは怖いんだ!と必死に逃げようとする。
「待って!!
行かないで!!」
アッシュも俺の手を掴んで引き止める。
その様子に村人達がだんだん集まってきた。
俺の姿を見て可哀想だのと聞こえてくる。
必死の抵抗も虚しく体力が尽きてその場に座り込んでしまう。
ハァハァと息を漏らしながら地面を見て、体は心の底に植え付けられた恐怖心に震えたままだ。
そんな俺の姿に一人の女性が近づいて来て俺を抱きしめる。
条件反射で強張りビクッとした俺の様子を痛々しく見て優しく抱きしめて「もう大丈夫よ」と優しく語りかけてくる。
感じる温もり。
不思議だ。
その温もりに包まれて俺は何故か涙が溢れた。
その女性に抱えられながら建物の中へと連れて行かれる。
村は俺が居なくなった後も俺の話で持ちきりだ。
「見たかよあの体……」
「あぁ……、まだあんな幼いのにな……」
「あんなの見たらほっとけないだろ。
とりあえずこの村で保護しよう」
「そうだな。
とりあえず生きていけるように何かしてあげよう」
自然と保護する流れになり集まっている皆は誰も反対しなかった。
そんな話し合いがされているとは露知らず、俺は椅子に座らされて目の前にはスープとパンが置かれた。
「お腹空いてるだろう?
残り物で悪いんだけど食べな」
女性は俺の頭を撫でてそういう。
正直腹は鳴りっぱなしで目の前のご馳走に今すぐにも食べたいがなかなか手が出せないでいた。
「私はお皿洗ってくるからその間に食べちゃいなね」
優しい声でそう言って席を立ち台所に向かた。
お皿香る美味しそうな匂いに温かいスープ。
腐ったパンじゃなくてちゃんとしたパン。
この世界に生まれて初めて見るご馳走に涙がまた溢れてきた。
木の匙を持ちスープを救って一口飲む。
薄い味付けだけど野菜がしっかり入っていて暖かくて凄く美味しく感じた。
極上のご馳走に止まらなくなり貪り飲む。
パンも臭くも無くて少し硬いけどとても美味しかった。
「ううう……美味しい……グスッ……」
泣きながら一口一口を味わって食べる。
女性は空になったお皿にまたスープを入れて持ってくる。
「沢山あるから遠慮なく食べな。
ついつい作り過ぎちゃって、食べてくれて嬉しいよ」
慈しむ顔で俺の頭も撫でながら言う。
もう恥なんてない。
優しさに、温かさに泣き声を上げながらスープを飲み干した。
トラグルは俺の側でただ俺を見守っている。
「あ、あの……、ありが、とう……ござ、います……」
俯いたまお礼を言う。
「いいんだよぉ子供が遠慮しなくて。
お腹いっぱいになるまで食べさせてあげるよ。
名前はなんて言うんだい?」
名前は無い。
親に名付けられる前に父親は直ぐに消え、母も俺の事をお前とかクズとかゴミって呼んで消えた。
村人たちは俺の事を悪魔の子とかクズとかって呼んで致し、名乗るとしたら一番呼ばれていたクズかな。
「……名前、ありま、せん」
「そ、そうなのかい?
それじゃあ私が名付けていいかい?」
「え!?」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったから思わず顔を上げてしまう。
「あらあら、そんな嬉しそうな顔されたら張り切って名付けなきゃね」
無意識に俺は顔を綻ばせていたらしい。
恥ずかしい。
何で俺は喜んだ?
名前が無いのが俺にとって当たり前なのに。
ドラグルは主と呼んでくれるし別にそれでの良かった。
なのに何で今さら名前を貰えるのに喜んでるんだ。
心の奥底、無意識の所でみんなが持ってるのに自分は持ってないものに憧れを持っていた。
名前のない自分はこの世界に存在していない気がしていた。
名前が無いことで全てから存在を認められていないんだと心の奥底で感じていた。
この人は俺を認めてくれる。
この世界に居て良いと繋ぎとめてくれるんだ。
心が弾まないわけがない。
無自覚の自分がそう思っていたのだ。
「決めました。
貴方の名前は……」