死の軍団
亜人達を魔都ハーディスに移してから数日、アデレスは魔都と王城をアデルに言われた通りに魔改造し始め、アストーは北をゾルヴァルは西をアンバレスとアスタルは東を完全に手中に治めるために人間狩りへ赴いた。
アバクァスは黒い繭の中でどうなっているかはわからない。
そして、アデルは大きな屋敷に引きこもっている。
僕はアデルと共にその屋敷で暮らしている。
街ごと転移し戻ってきたその日の夜、僕はアデルに呼ばれ寝室へ向かった。
「僕だけど、入っていい?」
「ああ、入ってきて」
扉を開け部屋に入ると、中は蝋燭で薄く照らされ仄暗い。
ベッドに腰掛けているアデルはあの滲み出る魔力を抑えていて、翼や角は無く、爪も元通りだ。
ただひとつ変わらなかったのは黒目と赤い虹彩だけだ。
「僕の隣に座ってよ」
言われるがままに従い隣に腰を下ろす。
それから長い沈黙が続いた。
気まずい沈黙の中、僕が何かを喋ろうとした時突然押し倒された。
僕の上に跨がりその目で僕をまっすぐ見つめる。
不覚にも真っ黒な中にある鮮やかな赤色に目を奪われてしまった。
「な、なに?
どうしたのアデル」
「アッシュは僕のものだよ。
僕だけの家族」
改めて言われるまでもなく、僕もアデルの事をそう思っている。
だけど急にどうしたんだろうと目を見つめ探っていると、その目には僕しか写っていない。
他の一切の感情を読み取れず何処までも深く真っ直ぐに僕を見ていた。
「ずっと我慢してきた。
どんな時でも側に居てくれて、僕の事をちゃんと見てくれる。
僕を見つけてくれた事をずっと感謝してる。
僕にとってアッシュは特別だ。
母さんの次に命よりも大事なアッシュ。
こうしたかった……」
僕の上に乗っかったまま覆い被さってくる。
相変わらず普通の13歳と比べて小さい華奢な体。
右腕だけで強く抱き締めてくる。
いきなりこんなことをされて戸惑いはあったけど、伝わってくる鼓動や体温、息遣いが僕をくすぐった。
何故だがアデルの事が愛おしく思えて、抱きしめ返す。
この小さな体で生きている。
僕と出会うまでどんな人生を歩んできたのか聞いただけで全ては理解できないけど、生まれた時から一生懸命生きてきたこの小さな体と命を考えると心が締め付けられ、愛おしさが溢れてきた。
「僕はこんな風になっちゃったけどアッシュは僕の事を僕だと思ってくれる?
僕は僕だけどずっと心の奥底にいた僕だ。
それでも僕の事を見てくれる?」
なんて答えたら良いのだろう。
魔王化なんてものはただの深層心理に押し込められたアデルを構成する感情だっただけなのだろうか。
その答えはほぼ正解だった。
理性によって抑制された心。
理性を崩していき表層に現れる本性、本音、本心が現れる事が魔王化とされていただけだった。
理性に抑えられた偽りのない今のアデルが本来のアデルなのだ。
人間に対する際限無い憎悪とアッシュに対する深い愛情が今のアデルなのだ。
「アデルの側を離れないよ。
僕はずっと側にいてあげるから」
頭を優しく撫でてあげながら言うと、全身に緊張が解れるのを感じて、アデルは僕の上で寝息を立てる。
こうして見るとまだ幼く見える。
改めてアデルをこれ以上傷つけさせてはいけないと心に誓った。
それからはほとんど毎日、夜になると呼ばれ一緒のベッドで寝るようになった。
魔都は着実に作り変えられ、元の様相が跡形もなくなり、大きな美しくも魔のような雰囲気を伺わせる妖しい都市になっていった。
魔改造のお陰で生活水準は底上げされ、インフラは整っていく。
亜人達は自分達のできることを仕事にし、協力しあって生活をしていき活気があり賑わってきた。
迫害する人間が居ないから子供達は伸び伸びと暮らし、走り回る。
最初に戻ってきたのはゾルヴァル。
18ある馬車には処女である年若い女と子供がギュウギュウに押し込まれていた。
それをミノタウロスが牽引し、晴れ晴れとした顔で魔都を堂々と歩み、仮の住処にしている屋敷に現れた。
「魔王様、東の人間を殲滅して参りました。
生け贄を献上致します」
「良くやったゾルヴァル。
その顔を見るに楽しんだようだな」
「それはもう。
我の芸術をお見せしたかったですよ」
アデルはゾルヴァルの言葉を聞き流し、屋敷の庭にある馬車を見る。
確かに上質な生け贄だ。
悪魔が喜びそうな純粋な魂なのだろう。
恐怖に怯え精神を病んでいるのも何人がいるが概ね問題ないだろう。
「生け贄を馬車から引きずり出せ」
アデルの命令にミンのタウロスは従い、引きずり出しては放り投げる。
幼い子供は泣き叫び、女性は子供を守るように背に隠して怯えつつも背に隠す。
数百人の女子供が一箇所に集められた。
穢を知らない純粋な魂。
「あははは!!
美しい!!
この美しさは永遠になるんだ!!
穢を知ること無く純粋なままに永遠となる名誉を甘受しろ。
僕に感謝して生け贄になれ」
どす黒い魔力がアデルから漏れでて人間たちを覆い隠す。
魔力がどんどん注がれ、空間が重苦しくなる錯覚を起こす。
魔法陣が地面から浮き上がり禍々しさを放ち、それに当てられた生け贄は恐怖に精神が歪む。
誰も彼もが泣き叫び青い炎が燃え盛る。
生きたまま体を溶かされ魔法陣へ浸透していく。
魔法陣が強く輝きを放ち、収束するとアデレスと同じ雰囲気を纏う悪魔が立っていた。
獅子の顔をした人間の体に漆黒の鎧を纏っている悪魔だ。
「我が名はデガヴェル。
第13魔王ベレト様に仕え一つの軍団を預かる魔公爵である。
新たなる我が主よ、我が力御身の為に振るいましょう。
我が権能【軍】は必ずやお役に立ってみせます」
「僕は悪魔王アデル。
よろしく頼む。
早速だけど、その力を見せてほしい」
「ご覧ください我が力。
לייגן דיין שטאַרקייַט פֿאַר די האר, האר אַרמי קאָר」
地面に大魔法陣が出現し、そこから骸骨の騎士が出てくる。
庭を埋め尽くすほどだ。
出尽くすと整列し、命令を待つ骸の軍団となった。
「どれ程召喚できる?」
「今回はこの庭に合わせて召喚しましたが、魔力が続く限り。
悪魔界はこうした骸は溢れておりますから」
「こいつらはどれだけ戦える?」
「召喚できる中で最弱の部類ですが、この矮小な世界であれば国を一つ滅ぼすことは可能でしょう」
期待以上だ。
アデルは満足気に骸の軍団を眺めていた。
そして、新たなる仲間はこの先の戦争に十分役立つのだった。