街は一瞬にして姿を消す
何処から現れたのか街を包囲している人間達。
数多の魔法が一斉に襲いかかり、結界に当たって轟音を轟かせた。
だけど結界は損耗した様子はない。
『五月蝿いねハエ共は』
体の殆どを失い死に掛けているアバクァスに何やら魔法を施しぼやくアンバレス。
彼女に危機感は無かった。
悪魔界での戦争に比べれば児戯に等しいと人間の魔法を笑う。
亜人と鬼人族は城の地下、訓練場に避難していたが、響き渡る轟音に体を寄せ合い震えていた。
いつ人間達が雪崩れ込んできて、自分達は虐殺されるんだろう、そんな不安と想像が波紋のように広がってく。
アデレスが設置した転移魔法陣が輝き、そこからアデレスとアッシュが現れる。
「あ~、不愉快だ。
魔王アデル様が支配するこの街に向かってこの無礼は何なの?」
絶え間なく続く魔法の攻撃と轟音に眉を顰めるアデレス。
白く細い指をパチンと鳴らすと、響いていた音は一切消えた。
魔法が止まったわけではなく、空を見上げれば結界にあたり爆散したり、凍りついたり、電気が走ったりとすごい光景はいま尚続いついる。
『空間魔法ですか。
それも街を覆う程のものを一瞬で。
流石ですアデレス様』
背後から声がし、振り返るとアンバレスが宙に浮いていた。
「そんな事より状況を説明してよ」
促さされ、これまでの事を全て報告する。
最も驚いた事は、アバクァスが死にかけている事だった。
その彼の元へ足早に向かい横たわる大きな肉を見下ろす。
「魔王アデル様の下僕ともあるものが何たる醜態。
やってくれたな人間共。
この借りは今、街の外にいるやつで返そうか」
アデレスが地面をコツコツと二回踵で蹴ると、一瞬で気配が巨大化し、地面へ浸透していく。
アデレスが立っている中心から地中で大きく広がり、街の外へと猛スピードで向かっていった。
次の瞬間、街の外にこの街を囲むように無数の巨大な黒い触手が現れ暴れている。
暴れ終わると、その黒い触手は結界にへばり付く。
全ての触手が結界を隙間なく覆い、陽の光が遮断されて真っ暗になった。
ズンッと地面が揺れた感覚が一瞬して、触手は剥がれていき、天を向いてからズズズと地面へ戻って行く。
それはアデレスの足元に集約して、アデレスに戻った。
「面倒だから街ごと移動させた。
魔王アデル様がお待ちだ」
一瞬だけアバクァスを見てから街の外、見える大きな防壁、魔都ハーディスへと歩き出すアデレス。
アンバレスは黒い霧でアバクァスを包み浮かせ、自身も浮遊してアデレスの後を追った。
僕は亜人達が避難してるであろう城の地下、訓練場へと向かった。
僕の姿を確認した皆は一様にホッとしている。
「アッシュ様、外の様子は……」
「アデレスが敵を片付けたから大丈夫だよ。
これから外へ出るから、ライゴウは皆をまとめて」
「わかりました」
ライゴウは大きな声で俺の伝えた状況を説明し、ぞろぞろと城を出る。
皆は外に見えるこの街よりも大きな防壁に驚き、中にはそれが何なのか察している者がいる。
元ブダルダ王国王都、現魔王国ディアヴォルの防壁だ。
「悪魔ってのは本当に何でもありだな……」
この光景を改めみてポツリと呟く。
「みんな集まったね。
それじゃあまずは聞いてほしい!!
今日、ブダルダ王国は亡くなった!!
そして、新たな王アデルが僕達の為の国を作った。
魔王国ディアヴォルだ。
今日からここは僕達の国となる!!
人間の居ない亜人と魔族の国だ!!
この国の魔王となるアデルは君達を国民として向かえ入れた。
この街で暮らしていたなら分かるだろう。
ここは自由だ。
そして、安全だ。
魔王アデルは今まで通り君達に安心と安全を約束する!!
共に平和な国、平和な世界を作っていこう!!
今から魔都ハーディスへ案内する。
もう大きな壁が見えているだろう、あそこが魔都ハーディスだ!!
付いて来てくれ!!」
僕の話を黙って聞いていた皆は確かな足取りで後ろをついてくる。
多少不安に思っている者も居るが、概ね期待する眼で真っ直ぐ前を向いていた。
遠くで街を監視していた冒険者は異常な事態に混乱していた。
何処から現れたのか情報にない人間の集団が街を包囲していることにはじまり、バケモノとの壮絶な戦い。
もっと近くで監視していたら巻き込まれていたであろう大きな力のぶつかり合いは凄まじいとしか言いようがない。
そして、バケモノを倒す化け物じみた力を持った人間、英雄の一人だが、そいつは何処かへフラフラと消えてしまった。
最初に包囲攻撃してた奴等は英雄を除いて全滅し、第二陣と思われる集団が再度包囲し、魔法を連発し始めた。
街を覆う結界がなければ既に廃墟となっているであろう猛烈な魔法が続いた。
そして、少しして禍々しい巨大な触手だ。
見ただけで悪寒がし体の芯から、心の奥底から恐怖してガタガタと震える。
俺だけじゃなく、他の奴等も同じだ。
その触手は人間を潰して全滅させると、街を覆ってしまった。
まるで飲み込む様な感じで隙間なく覆い尽くし巨大な黒い塊ができたかと思った瞬間、瞬きするよりも早いだろうか。
一瞬で街と黒い触手が消えた。
残ったのは街のあったところにポッカリと空いた大きな穴だけだ。
「こんなのどう報告しろって云うんだ……」
誰かが呟いた。
みんなが思っている事を。
この日、街が一つ忽然と消えた。
王国が一つ消え、新たな国が生まれた。
後に語られる事になる混沌の始まり。
世界はもう止まらない。
波乱に満ちた混沌の波が人間の元へ迫っていた。