能力
5歳になった俺は生きていく為に日中は外に出て雑草を食べる毎日だ。
俺がそうするようになってから母は家で見掛けなくなった。
ボロ屋にはもう俺と俺にしか見えない醜い生き物だけしかいない。
全身が黒く醜悪な顔をしたそいつはいつも俺を気にかける。
「今日もありがとう……」
こいつは未だに時々食い物を持って来てくれる。
何処で調達してくるのかはわからないけど今の俺にはありがたい。
生きる為に外に出て食べられる雑草を探すだけでも俺にとっては過酷な道のりだ。
このボロ屋を出れば同じ村に住む住人は俺をバケモノを見るような目で見てくる。
「またあいつは出歩いてるのか」「さっさと野垂れ死ねばいいのに」「見ろあの目つき……、悪魔の子供だ」
散々に陰口を叩かれ、時には石を投げられることもある。
皆は口々に俺を悪魔だと罵る。
数日後。
いつものように雑草を探していると、村に滞在する冒険者に出くわしてしまった。
「おい、あのガキが居るぜ。
やっちまうか?」
「殺すなよ~。
死体の処理はゴメンだぞ」
ゲヘヘと笑い声を上げて俺に近づいてくる。
殴られるのをわかっててただ突っ立ってる俺じゃない。
もうこの村で5年も生きていれば学習した。
俺が5歳の子供でもあいつらは俺に容赦はしない。
だから陰口を叩かれるだけならいい。
こうして俺に危害を躊躇なく与えてくる奴からは必死に逃げる。
はぁ……はぁ……。
俺の短い足では直ぐに遠くへは逃げられない。
日頃の栄養不足でろくに筋肉も成長せず、他の5歳児に比べれば身長も低くかなり痩せ細っている。
体力も普通の子に比べれば圧倒的に少ない。
冒険者達はゆったりとした足取りで下卑た笑顔でゆっくりと俺を追い詰めていく。
「ううううっ……はぁ……痛いの……やだぁ……」
背後から迫る恐怖に涙を溢れさせながら必死に逃げる。
だけどその逃走劇もそう長くは続かなかった。
襤褸服の襟首を捕まれとうとう捕まってしまった。
「ヒィッ!!」
甲高い悲鳴が森の中でさえずる。
「追いかけっこはもう終わりだぞ~」
ニヤァと男は笑い俺を見る。
ビクビクと震える俺の様子を愉快そうに見ている。
「糞ガキが、な~んでお前みたいな奴がのうのうと生きてんだよ」
そう言って俺の頬を強く叩く。
パシンと乾いた音がなる。
「ひうっ。
い、いやぁ……」
「べそかいてんじゃねぇよ!おらぁ!」
もう一度頬を叩かれ肋の浮く脇腹を小突かれる。
冒険者からしたら本当に小突く程度かもしれないだろうが俺はそれだけでも激痛だった。
「ほら、腹減ってんだろ。
食えよ」
男か持っていた袋の中からよくわからない血を滴らせる肉片を取り出し俺の口に近づける。
臭い、怖い。
嫌だと涙を溢れさせながら首を左右に振り抵抗すると男は激昂した。
「てめぇみたいな奴に食いもん分けてやってるのになんだその態度はぁああああ!!」
地面に俺を叩きつける。
他の仲間たちはそれをただ笑って見ているだけだ。
「ゲホッゲホッ!!
ハァハァ……ううう……」
痛い……痛い…痛い!
男はうずくまる俺の頭を踏みつけて笑う。
目の前に男が持っている袋が置かれる。
俺がまるまる入りそうな袋はパンパンに膨らんでいた。
「お前、それ持って村までついてこい。
少し役に立て糞ガキが」
言われた通りにしないと何をされるかわからないからいう通りに持ち上げようとするが当然持ち上がる訳がない。
この弱った体で引きずる事もままならない。
「早くしろ糞ガキ!!」
男は俺にそう怒鳴りつけ小石を投げてくる。
痛くて、怖くて必死に持ち上げようとしていると、荷物は急に軽くなった。
不思議に思い見てみると、俺にしか見えない醜い友達が持ってくれていた。
お陰で運べるようになり必死に冒険者の後を追う。
冒険者達は俺に気を使う素振りなんて一切なく、自分達の歩幅で歩み、俺はハァハァと息を吐きながら小走りでついていく。
時々、遅いと言って小石が飛んでくるけど必死に食らいついた。
なんで……。
なんで俺はこんな目に合わなきゃいけないんだ。
憎い。
こいつらが憎い。
村人の奴等が憎い。
俺を産んだ両親が憎い。
こんな運命が憎い。
この世界が憎い。
どす黒い感情が日々心を満たす。
そんな感情の中、俺に抗う力なんてある筈もなくただ命令された事を生きる為に必死にやるだけだ。
息を切らし今にも倒れそうな状態になりながらもなんとか村にたどり着き、俺は解放された。
もうその日は何も食べる気力もなく、這うようにボロ屋へ帰った。
途中、村の子供達に石を投げられることからあったけど大人達は笑って見ているだけだ。
耐える。
ただそれだけだ。
憎しみをつのらせただ耐える。
やっとの事で到着し、倒れこむ様にボロ屋に入る。
「体中が痛いよぉ……」
自分の体を抱き締め涙を零す。
いつの間にか眠ってしまったのだろう。
目を覚ますと辺りは暗くなていた。
ヨロヨロと起き上がり周囲を見ると、例の醜い友達が俺の側で跪いていた。
今までそんな事はしなかったのになんだろうと不思議に思う。
痛む体中をなんとか動かしいつもの寝床へ這う。
「今日も散々な一日だったなぁ……」
そしてふと思う。
「あれ?
今夜だよな?
なんで見えるんだ……?」
そう、住み着いているこのボロ屋に灯なんて物はない。
夜になれば暗闇の中で物なんて何も見えなくなる。
なのにさっきは醜い友達が見えたしこうして寝床にも辿り着いた。
今も薄暗くではあるけど部屋の中がちゃんと見える。
「なんだ……?」
混乱している時、不意に側から声がした。
『主、コレヲ』
恐る恐る声のした方を見ると、例の俺にしか見えない友達が果物のような物を俺に差し出す。
「お前が喋ったのか……?」
『主、タベテ』
再度そいつから声がした。
ガラガラと地を揺らすような醜い声だけど俺にははっきりちゃんと聞こえる。
そして、不快な気持ちなんて一切なかった。
むしろなんだか喜びが心を踊らせる。
「い、いつもありがとう」
お礼を言って差し出されたそれを受け取る。
『主、タメ』
俺は躊躇なく受け取ったそれを口に運んだ。
この世に生を受けてから初めて口にする甘味だ。
今まで生きてきてこんなに美味しい物はあったのかと感動し涙を流した。
果物を食べきり余韻に浸りながら友達に見まもられて再び眠りに落ちた。