アッシュとゾルヴァル
アデルが悪魔召喚を行おうとしている時、僕はアデルの行動にショックを受けて逃げ出してしまった。
アデルが頑固なのは分かっていたけど今回ばかりは許せなかった。
なんで分かってくれないんだよ……。
僕はもうアデルに傷ついてほしくない。
もうアデルしか居ない。
アデルは両親やレミと同じくらい僕にとって大事な存在だよ。
無事で居てくれるなら復讐を諦めたっていいと思ってたのに……。
楽しかった記憶が溢れる。
徐々に仲良くなって、一緒に強くなって、狩りもして、帰りが遅くなって一緒に怒られたり、村の子供たちに一緒に無魔法を教えたり、レミと三人で釣りに行ったり。
あの時のアデルはすごく楽しそうに笑っていた。
もうあの頃のアデルは居ないのかと不安になる。
人間は憎い。
殺してやりたいけど一番に望むのはアデルが無事に生きている事だ。
もし暴走なんてしなかったらアデルと共に復讐に行ってたけど、あれを見たらアデルが居なくなるんじゃないかと不安と恐怖でいっぱいになる。
あんなのになるくらいなら復讐なんて……。
そう考えていると、突然巨大な気配が屋敷に現れた。
「やったのか……」
上級悪魔の召喚。
アデルの望む悪魔が召喚された。
これでアデルは更に復讐に取り憑かれて傷ついていくんだろう。
どうしたら……、どうしたらアデルを守れるんだ……。
「ふむ、お前がアッシュか。
憎悪と友情に揺れているな。
そして力を欲している。
我は今機嫌がいい。
その願い叶えてやってもいいぞ」
突然話しかけられ、そこに居た悪魔を見ると怪し気に笑っていた。
これが……アデルが召喚した悪魔……。
物凄い圧力、圧倒的な力を感じる……。
「我は主に、お前を守るように言われた。
これからもよろしく頼むぞアッシュ。
我のことはゾルヴァルと呼ぶことを許す」
頭に一言“バケモノ”と浮かんだ。
ゾルヴァルは愉快そうに備え付けてあった椅子に座る。
「お茶をご用意いたしました」
アスタルは優雅な動きぜでゾルヴァルにお茶が入ったカップを差し出す。
「主は今休んでいる。
この我を呼ぶ為に片腕と全魔力を使ったのだ、しばらくは目覚めんだろう。
それまでの余興としてお前を主の騎士として育ててやろう。
お前の望んだ力だ」
優雅にお茶を飲みながらそう言うゾルヴァルはチラッと俺を見て計る。
主が目覚める迄には使い物になるだろうとゾルヴァルは思った。
その日から訓練は開始された。
先ずはどう戦うのか見てみたいという事で全力でかかってこいと言われたから鬱憤を載せて本気で攻撃しに行く。
剣を抜き雷を全身と剣に纏う。
感情に反映されているのか雷は激しくバチバチと放電している。
「ふっ!!」
一歩目でゾルヴァルの懐に入り、本気で剣を突き刺そうとする。
剣先を人差し指の爪の先で止められる。
ゾルヴァルは退屈そうにして余所見をしていた。
「くそっ!」
今のは今までで一番早かったのに……。
このままバチバチと激しく放電しゾルヴァルに絡みつく。
それでも余裕そうにしているのが悔しい……。
2時間攻撃し続けたが一歩も動く事なく剣は止められ魔法は受けてもノーダメージだった。
「弱過ぎるな。
中級下位程度か。
それならこいつが丁度いいか」
僕とゾルヴァルの間に大剣を持ったミノタウロスが現れる。
「こいつはミノタウロスと言う。
この世界のダンジョンでは中ボスをやるくらいだな。
悪魔界ではただの家畜だが。
家畜如きに死ぬなよ」
僕が返事をする前にミノタウロスが攻撃を仕掛けてきた。
「早い!?」
あっという間に目の前に立ち大剣を振り上げる。
全身に雷を纏ったことで反応速度が大幅に上昇し余裕で回避する。
振り下ろされた大剣は訓練場に叩きつけられる大きな衝撃で地面が微かに揺れた。
その攻撃力の高さに冷や汗が出る。
ミノタウロスは直ぐ様、僕の位置を把握し迫る。
巨体であの俊敏さは厄介だ……。
だが速度は僕のほうが格段に上だと確信して高速で動き翻弄する。
後ろががら空きだから背後から心臓を一刺ししてやろうと一瞬で入り込み突き刺そうとした瞬間、ミノタウロスは一瞬で振り向き剣を振り下ろす。
「!?」
わざと隙を見せ誘い込んだのだ。
「何を遊んでいる。
訓練にならんだろうが」
ゾルヴァルはそう言うと退屈そうに見ていた。
強烈な威圧がミノタウロスから放たれる。
あれは僕にじゃなくミノタウロスに言ったのかと理解した。
ミノタウロスは一瞬で僕の前に立ち、剣をもう振り下ろしていた。
「さっきよりも格段に早い!?」
避けても直ぐにそばに立たれ剣を薙ぎ、突き、叩きこもうとする。
避け逃げるので精一杯だ……。
「逃げてばかりではいつまでたっても倒せんぞ。
お前は主の騎士となるのだ。
主の前に立ちあらゆる敵を薙ぎ払え。
それが騎士の役割だ。
逃げる事など許されんぞ」
アデルを守る……。
それを改めて自覚した時、アッシュの気配が変わった。
戸惑いから守り通すという強い意志に。
「もうアデルが自分を犠牲にしないように……。
傷つかないように……。
悪魔を召喚しないで済むように……強くなって守り通す」
その目にもう迷いはなかった。
ゾルヴァルは満足し何処から用意したのかわからない椅子に座り眺めていた。
逃げるのを辞め、真っ向から挑んだ。
僕はミノタウロスに傷一つ付けられず、逆に自分はボロボロになった。
「今日はこの位でいいだろう。
戦闘センスは圧倒的にミノタウロスが上か。
越えろアッシュ」
倒れ意識が朦朧とする中それだけが聞こえた。