神と呼ばれるまで
構想30分で書きました
ある時、俺の勤めていた会社が潰れた。
俺は、独身で若かった事もあり、次の仕事もすぐ見つかるだろうと高をくくっていたが、そう簡単には次の仕事は見つからなかった。
蓄えは多少あったが、それもだんだん少なくなる。
仕事を新しく見つけるまでの間、俺はバイトなどで食いつなぐ必要があったのだ。
そこで俺は考えた。
あの時は俺も必死に考えた。
そして、とうとう俺はある事を思いついた。
思い立った俺は、都内の某駅へと向かったのだ。
この駅には、トイレが有る。しかし、男性用トイレの大便器が三つしか無い。
そのため、ここには慢性的に行列が出来ていた。
その行列の最後尾に、俺は並んだ。
別に、トイレに入りたいわけでは無い。しかし、俺は並んだ。
俺のトイレに入る順番が、だんだん近くなる。
時間が経つにつれて、行列の前の方に、俺は徐々に進んで行く。
俺はその時、トイレに駆け込んで来る人が居ないか、出入り口の方を見ていた。
そして狙い通り、その男は現れた。
切羽詰まった、青ざめた表情でトイレに駆け込んでくる、知らない男を。
そして、行列を見て絶望の表情を浮かべた、その男を。
その男に、俺は優しく微笑みながら言った。
「すいません、もし良かったら、千円で場所、交代しますよ?」
そう、俺はトイレの行列に並び、苦しむ人々に対し、その行列の場所を交代する権利を売り始めたのだ。
結論から言うと、この"ビジネス"は、当たった。
大当たりだった。
彼らは、少しでも早くトイレに入りたかったのであろう、金に糸目はつけなかった。
金を持っていそうな奴には、二千円とか三千円とか吹っかけてみたが、彼らは迷わず金を出し、俺とトイレの行列を代わった。
朝の混む時間と、夕方の混む時間帯だけで、調子の良いときには一日で一万円稼いだ。
就職活動の傍ら、俺はこの"ビジネス"を続けた。
そうしているうちに、俺も分かってきた。
並んでいる者のうち、誰か切羽詰まっているのか。
どんな奴なら金を出すのか。
どのタイミングで声を掛けると、効果的なのか、をだ。
客となる男たちを見分ける眼力。
あくまでも、優しさから来ているかのような話し方。
俺も早くトイレに入りたい所ではあるけど、代わってあげるよ、といわんばかりの表情の作り方。
俺は、そのような特技を身に付けつつあった。
そんな俺の事は、一部の人たちの間で知られ始めた。
そして、「あそこの駅ならあいつが居るから、トイレに行かせてくれる」という評判が立ち始めたのだ。
そして、苦しむ者たちは、俺の元へやって来た。
そんな迷える者たちを、俺は出来る限り救い続けた。
「あそこなら……あそこなら! あの男がいるっ……!」
ある時は、息も絶え絶えになってやって来たオジサンを。
「ケンちゃん! がんばって! ほら、もうすぐあそこのトイレに着くから!」
ある時は、もう限界になりつつある半泣きの少年を連れた、おばちゃんを。
俺は、的確に、もう待てないであろうという人間を見抜き、行列を譲り続けた。
そのようにして人を救い続ける俺は、いつしか、人々からこう呼ばれるようになっていた。
……「トイレの神様」と。