ラーメンを啜る
冬の深夜2時。町は死んでいる。
都会から少し離れたこの場所は、喧噪を嫌うのだ。
多くのものが、安らかに眠るため、この町に住んでいる。
小さな川沿いの道で、冷たい風が男に吹き付ける。
その度に、男は肩を竦めた。
(今日はいつものところに来てるかな……)
男は期待を膨らませる。
しばらく歩くと、男は暗がりに浮かんでいる赤い光を見つけた。
それは、屋台の赤提灯だった。
(良かった、今日もやっているみたいだ)
男は駅から15分の道のりが徒労にならず済んだことに、ほっとした。
それから、男の歩幅は自然と大きくなって、最後は少し小走りになった。
近づくと、美味しそうな豚骨の癖のある香りが、男の鼻孔をくすぐる。
屋台に客の姿は無い。
男は覆われた透明なシートの切れ目に手をかけると、少しだけシートを持ち上げて、そこから顔を出す。
そして、ぶすっとした無表情で包丁を扱う店主に声をかけた。
「大丈夫?」
男がそう店主に確認を取ると、店主は何も言わずコクリとうなずいた。
男は、カウンターの前に並んだ4つあるパイプ椅子の一番手前に腰かけた。
「ラーメンを一杯」
男が店主に告げると、店主は小さな声で"あいよ"と答えた。
ここには以前訪れたことがあり、その際メニューがラーメンしかないことを知った。
そして、そのラーメンは男が今まで食べたどんなものよりも、美味しかったのだ。
店主が麺玉を鍋に突っ込むと、次に真っ黒で滑り気のある濃縮スープをオタマに掬い上げる。
そして器の縁にトントンとそれを当て、器の中に濃縮スープを落とした。
次に、サラサラとした小麦色の透明なスープを器に加えて、混ぜ合わせる。
そうすると、とても美味しそうな香りが立ち込めた。
男は店主が作業をするのをじっと眺めていた。
やがて麺が茹で上がり、"しゃっしゃっ"と湯切りをすると、スープの入った器の中にゆっくりと回し入れた。
次に煮卵、チャーシュー、メンマ、ホウレンソウを、順に盛り付けていく。
最後に刻んだネギを上からかけると、出来上がりだ。
「はいよ、お待ち」
店主が私の目の前に出来上がったラーメンを置いた。
男はゴクリと喉を鳴らす。
目の前のラーメンからは湯気が立ち込め、寒さでカチコチに固まった顔の筋肉をほぐした。
その匂いを嗅いでいるだけで、男は至福の時を過ごしているように思えた。
「いただきます」
男は割りばしを1膳、束の中から引き出すとすぐさま2つにパキリと割った。
麺をスープから掬いだし、口の中に放り込む。
ズズッ……ズズッ……
(うーん、、めちゃくちゃうまい!)
男はその後、ラーメンを夢中で啜ったのであった。
ラーメンを啜る -終-