僕は君のすべてになれるかな【即興習作】
本作は以下のお題を使って書いています。
『海月』『登場人物が泣く(最低一人)』『秘密』『宇宙人』『砂時計』『2000文字以内』
「わたし、くらげ型のはぐれ宇宙人なんです。ずっと秘密にしていてごめんなさい」
夜の堤防で二人。彼女の体から、少しずつ触手が盛り上がってくる。
僕は異形と化しながら涙する彼女を見て、壮絶なまでの美しさを感じていた。
「誰でも、よかったんです」
彼女との出会いは半年前、堤防で。僕が一人で海釣りをしている時だった。
『楽しそうですね』
『――うん。これしか趣味がないからね』
そんな平凡な会話が出会いの言葉だったのを、よく覚えている。
それから、毎週末の趣味に、彩りが一つ加わった。
「安定を得るためなら、誰でも。そのために、貴方に近付いたんです」
彼女はよく、くらげの話をしてくれた。そして僕の話をよく聞いてくれた。
くらげは実はプランクトンに分類されること。脳も心臓もないこと。
どうやって動いているのかは、ちょっと専門的になってきて聞き流してしまったけど。
よく喋る彼女も、よく聞いてくれる彼女も、とても綺麗で。
いつからだろう。僕が彼女のために生きているようになったのは――
「……百年に一度ほど。わたしは人間を取り込まないと、人としての体を維持できません」
流れる涙を拭いもせずに、彼女が砂時計を一つ取り出した。
普通の砂時計より、砂の落ちる速さがとても遅いそれは、しかし完全に落ちきるまで残り僅かな量しかなかった。
「この砂時計は、私が人間として活動できる時間です。……あと二日ほどしかありません」
今にも泣き出してしまいそうな――もう泣いているけれど――声で、彼女は言った。
僕の体に、半透明の触手がゆっくりと巻き付いてきていた。
「……だから、誰でも、よかったんです。だけど、あなたとのお喋り、本当に楽しかったんです……ごめんなさい」
もう彼女の見た目は九割ほどくらげになっていた。
今の彼女には脳や心臓はあるんだろうか。僕はそんなとりとめもない事を考えていた。
「元の姿に戻ると、私は理性を失い、人類に攻撃を仕掛けてしまいます。……この世界が壊れてしまう」
彼女が徐々に僕に迫ってくる。僕は特に何をするわけでもなく、彼女の言葉を聞いていた。
「それだけは、嫌なんです。私はこの世界が好きだから。壊したくないから」
彼女の中に僕が入る。
安らかな温かさに、思わず眠りそうになってしまうけれど、我慢する。
最期の時まで、彼女の声を聞いていたいから。
「ごめんなさい、故郷に帰る手段を見つけられなくて。ごめんなさい、自ら命を絶つ勇気を持てなくて。ごめんなさい……ごめんなさい」
「……謝らないで」
僕は言った。
今日は無理でも、明日からは彼女に笑っていて欲しいから。
「僕は嬉しいんだ。これで、僕と君は、一心同体になれるんだから」
彼女は言っていた。くらげは種類によって体の99%が水分だったりすることもあるらしい。
彼女の中で、僕は何%を占められるんだろうか。
すでに彼女はくらげになっていた。返ってくる言葉はない。
だけど、もうそれで構わない。
君は僕のすべてを知って。僕は君のすべてを知るんだから。
消えていくいしきの中で、おちきりそうになっていた砂時計に、すながみちていくのが分かった。
ああ、よかった。これで彼女はまた、このせかいで、いきていけるんだ――