表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お題で軽い読み物を(即興習作集)

僕は君のすべてになれるかな【即興習作】

作者: 雪海みぞれ

本作は以下のお題を使って書いています。

海月くらげ』『登場人物が泣く(最低一人)』『秘密』『宇宙人』『砂時計』『2000文字以内』

「わたし、くらげ型のはぐれ宇宙人なんです。ずっと秘密にしていてごめんなさい」


 夜の堤防で二人。彼女の体から、少しずつ触手が盛り上がってくる。

 僕は異形と化しながら涙する彼女を見て、壮絶なまでの美しさを感じていた。


「誰でも、よかったんです」


 彼女との出会いは半年前、堤防で。僕が一人で海釣りをしている時だった。

『楽しそうですね』

『――うん。これしか趣味がないからね』

 そんな平凡な会話が出会いの言葉だったのを、よく覚えている。

 それから、毎週末の趣味に、彩りが一つ加わった。


「安定を得るためなら、誰でも。そのために、貴方に近付いたんです」


 彼女はよく、くらげの話をしてくれた。そして僕の話をよく聞いてくれた。

 くらげは実はプランクトンに分類されること。脳も心臓もないこと。

 どうやって動いているのかは、ちょっと専門的になってきて聞き流してしまったけど。


 よく喋る彼女も、よく聞いてくれる彼女も、とても綺麗で。

 いつからだろう。僕が彼女のために生きているようになったのは――


「……百年に一度ほど。わたしは人間を取り込まないと、人としての体を維持できません」


 流れる涙を拭いもせずに、彼女が砂時計を一つ取り出した。

 普通の砂時計より、砂の落ちる速さがとても遅いそれは、しかし完全に落ちきるまで残り僅かな量しかなかった。


「この砂時計は、私が人間として活動できる時間です。……あと二日ほどしかありません」


 今にも泣き出してしまいそうな――もう泣いているけれど――声で、彼女は言った。

 僕の体に、半透明の触手がゆっくりと巻き付いてきていた。


「……だから、誰でも、よかったんです。だけど、あなたとのお喋り、本当に楽しかったんです……ごめんなさい」


 もう彼女の見た目は九割ほどくらげになっていた。

 今の彼女には脳や心臓はあるんだろうか。僕はそんなとりとめもない事を考えていた。


「元の姿に戻ると、私は理性を失い、人類に攻撃を仕掛けてしまいます。……この世界が壊れてしまう」


 彼女が徐々に僕に迫ってくる。僕は特に何をするわけでもなく、彼女の言葉を聞いていた。


「それだけは、嫌なんです。私はこの世界が好きだから。壊したくないから」


 彼女の中に僕が入る。

 安らかな温かさに、思わず眠りそうになってしまうけれど、我慢する。

 最期の時まで、彼女の声を聞いていたいから。


「ごめんなさい、故郷に帰る手段を見つけられなくて。ごめんなさい、自ら命を絶つ勇気を持てなくて。ごめんなさい……ごめんなさい」


「……謝らないで」


 僕は言った。

 今日は無理でも、明日からは彼女に笑っていて欲しいから。


「僕は嬉しいんだ。これで、僕と君は、一心同体になれるんだから」


 彼女は言っていた。くらげは種類によって体の99%が水分だったりすることもあるらしい。

 彼女の中で、僕は何%を占められるんだろうか。


 すでに彼女はくらげになっていた。返ってくる言葉はない。

 だけど、もうそれで構わない。


 君は僕のすべてを知って。僕は君のすべてを知るんだから。


 消えていくいしきの中で、おちきりそうになっていた砂時計に、すながみちていくのが分かった。

 ああ、よかった。これで彼女はまた、このせかいで、いきていけるんだ――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ