進撃のゴブリン
「バンザーイ! バリケードの完成だー!」
ドワーフの里は、要塞と化していた。
ゴンゴン協力のもとバリケードを用意すること数時間、もともと手先が器用だったドワーフ達の魂に火が付き、とんでもないものが完成していた。
鋼鉄の防壁と巨大な堀に囲まれ、敷地内には大砲が多数設置された強固な城。野生動物と獣人を相手取るには明らかに過剰防衛なこれらの完成に男達は涙を流していた。
「おお、よくできとるのぉ……ところで出口はどこじゃ」
「「「…………あ!!」」」
ドワーフ族長の言葉に、はっとなる男達。
そんな彼らのもとに、飛来する謎の存在。
――ドガッシャァァァアアンン!!!
出入口の心配は、杞憂に終わった。
すべての防壁を一瞬で飛び越える、化け物が現れたからだ。
その化け物を、人はゴブリンと呼ぶ。
ゴブリンは、キルモーフと並んでとても弱い魔物だ。装備と人数さえそろっていれば、特に訓練を積んでいない者でも狩ることができる。
……ただし、何事にも例外は存在する。
「よう、あんたらか。うちの連中をかわいがってくれたのは」
「な、な、な、な……お、おれ達の努力の結晶が……」
そして、この目の前の男は例外中の例外だった。
そのゴブリンは、ドワーフ族の記録にないほど大きかった。
ゴブリンといえばドワーフ族と背丈は同じぐらいのはずだが、このゴブリンはその2倍も3倍もの大きさがあった。
背が高いだけでひょろ長なんてことはもちろんなく、手足は太くがっしりと、身にまとう防具も相まって、まるで熟練の戦士のようだ。
何より目を引くのがその肌の色だ。
まるで煌めく太陽のように、その肌は赤い輝きを放っていた。
――太陽の化身
時代が時代であったなら、彼はそう呼ばれ崇め奉られていただろう。
ディアーク=ゾ・バルディッシモ、それが彼の名前だった。
「ディアァァァァァァアアアク!!!」
騒ぎを聞きつけたアレックスが絶叫し、ディアークを討とうと飛び掛かった。
アレックスの剣は稲妻を帯び、周囲への被害もお構いなしに破壊の力を高めていった。
剣を握るアレックスの腕はジュウジュウと焼き焦げ、激痛に顔をゆがませながら、それでも彼は止まらなかった。
アレックスとディアークが初めて相見えてから早2年、アレックスは今日のため、今この瞬間のため、ディアークとの雪辱を晴らすために修行に励んできた。
――ゴッ……
太陽の化身と、雷神の一撃が激突した。
「……外が騒がしいな、工事に励むのはいいが寝てる人間のことも考えてほしいものだ」
シリウスは、用意された寝室で猫の獣人の傷の具合を確かめながらそうつぶやいた。
「骨折はないようだな。どうだ、傷みが激しい場所はないか?」
「……なぜ助ける、この世は弱肉強食! オレは殺し合いで敗北したんだぞ!」
「そうだな、たぁ~のしぃ~殺し合いごっこだったな」
「な!?」
猫の怒りの感情を無視するように、手当てを続けるシリウス。
「ふ、ふざけるな! 何がごっこだ! こんな屈辱を受けるぐらいなら死んだほうがましだ!」
自らの喉を掻き切ろうと爪を伸ばした猫を、シリウスが抑え込んだ。
グエッと、猫は空気を吐き出した。
「弱肉強食……それが世の摂理と言うなら、今のお前には死を選ぶ権利すらない。俺は勝者だ、敗者の生死与奪を自由にする権利がある、そうだな?」
猫は、無言のまま答えない。
「そもそもお前は、他人に雇われてる身だろう? 傭兵として生きる事は、お前の主義に反する事じゃないのか?」
「あ、いや、オレは……ちょっと待て、なんでオレの事を知ってる!?」
「お前の相方から聞いたからな」
すす~っと、室内が揺らぎカメレオンの獣人が現れた。
「レオン……やってくれたな」
「後悔はないでござるよ、おかげでお主が助かったのでござるからな」
そもそもシリウスには彼らの命に興味はなく、ただただ襲ってきた理由を知りたかっただけだった。
しかし獣人達にも傭兵としての守秘義務がある。依頼内容をばらせば今後の信頼に関わってくるうえ、話したところで相手が犯罪集団だったりしたらここにいる2人のみならず、基地で待っている他の仲間にまで危険が及ぶ、そのため事情を今しがたまで話せないでいた。
「ともかくだ! 事情が分かった以上、俺はお前達に危害を加えるつもりはない。それどころか感謝さえしてる、この辺りで活動している傭兵を味方にできるかもしれないんだからな」
――ドン!
シリウスは、自分の財布を机に放り投げた。
「はん! 馬鹿にするなよ、今の主を裏切れってのか」
「いや、そいつはただの手間賃だ、報酬は他にある」
「手間賃……何のことだ?」
「こいつはビジネスだ、そっちの依頼人と話がしたい」
「「!!」」
シリウスは、獣人達の後ろにいるであろう人物との面会を望んだ。
獣人達の目的が、自分達の命でないことは分かった。
だが彼らが傭兵である以上、彼らの行動は依頼人の意思に準じている。仮にその依頼人が自分達を煙たがってきた場合、再び彼らが敵に回る可能性があった。
だから依頼人のほうにも探りを入れたうえで、今後の活動方針を決めようとシリウスは考えていた。
「どうだ、引き受けて――」
会話はそこで遮られた。
突然、爆発でも起こったかのように壁が吹き飛び、室内は砂煙で覆われた。
そして、シリウスの望んだ面会は、意外な形で果たされることとなった。
「よう、リュック、レオン、迎えに来たぜ」
「「ディアーク様! なぜここに?」」
「契約期間いっぱいまで働いてもらわねえと、損だからだよ!」
突如現れたゴブリンが、獣人達を手招きした。
「これは、酷い……」
シリウスは、吹きっ晒しになった部屋から外を眺めて言葉を漏らした。
そこにはズタボロになった街並みと、地面に倒れ伏す人々の姿があった。
この惨状が全て、アレックスの雷撃による自爆だという事実をシリウスはまだ知らない。
「そいつが例の依頼人……だな」
「あ、ああ、そうだ」
「俺の予想は正しかったわけだ、こんな奴が後ろについてたなんてな」
シリウスは銃を手に取り、戦闘態勢をとった。
「いやいや待て待て、それどころじゃ、もう時間が!」
「時間?」
外はすでに真っ暗だった。
危険な夜行生物でもいるのだろうか? シリウスは、その考えがいかに甘っちょろい考えだったかを無理やりにも理解させられる事になる。
見上げるほどの巨大生物、ジャイアント。
まるで亡霊のように、そいつは姿を現した。




