新たな敵
「目覚めないな……こいつ」
「いや、すでに目覚めていて脱走の機会を模索しているかもしれぬでござる、油断なさるな」
「しかしだな……」
シリウス達は鉄格子の外で、カメレオンが目覚めるのを待っていた。
ここサバンナ地方が、現在どうなっているのかシリウス達は知らない。ならば外からやってきた、このカメレオンに事情を聴くのが一番手っ取り早いだろう。うまくいけば、情報と味方がいっぺんに手に入るかもしれない。
そう思い外からつついてみるが、やはり目覚めない。
「まさか死んだのか?」
「息はしてるでござるよ」
「よし、耳を貸せ、まずはだな……」
このまま待っていてもらちが明かない、そう判断したシリウスはカメレオンを叩き起こす事にした。それにともない、鍵の管理を忍者にまかせるつもりのようだ。
――ドサッ!
忍者は倒れた。
「な!」
――シュタ、シュタ、シュタタッ
常人には聞こえないような静かで的確な足さばき、物音の度に壁や天井が微かに削れているのが分かった。何者かが、この部屋にいる。
「【サーチ】……不能!!」
【サーチ】は索敵魔法の1つで、条件を指定する事で物陰に隠れた盗賊を見つけたり、対象の大まかな強さを見極めたりできる。ただしカメラで撮影するときのように、相手が素早く移動していると測定結果にぶれが生じてしまう弱点がある。
シリウスの集中力をもってすれば、並大抵の速さなら問題なく鑑定できるはずなのだが、それが出来ないという事は相手が超高速で移動し続けている事に他ならない。
「ぐっ、どこだ? どっからくるんだ!?」
シリウスは、敵のしっぽをつかんでやろうと前へと歩みでた。
――ギャリィ
牢の鍵が破壊される音がした。それと同時にシリウスの足蹴りが、敵の顔面を捉えていた!
「手こずらせてくれたな」
「……なぜ居場所が分かった?」
「お前はカメレオンを助けに来た仲間だ、そう予想を立てて敢えて牢屋から距離を取ったんだ、お前が鍵を破壊しに近づいてくるのを待ち伏せるためにな」
シリウスは、敵の顔面から足をどけながら答えた。
敵の正体はやはり獣人だった、大きな瞳に大きな耳、胴体は水玉、シマ模様の短い尻尾、そして素晴らしく発達した足の筋肉。
「まさかこんな所に、ヤギが現れるとはな!」
「どっからどう見ても猫でござるよ!!」
猫の足蹴りを受け気絶していた忍者が、ツッコミを入れるために目を覚ました。
「まあどうでもいいさ、レオンも連れ戻せたし、あんたらが敵じゃないって分かったしな」
よっこらしょっと立ち上がった猫は、スタスタと外に歩き出した。
それを許すまいと、シリウスが猫の前に立ちはだかった。
「待て、なぜ俺達を襲った? お前達の目的はなんだ?」
「守秘義務がある、黙って通せ」
「……」
「……」
――
「な!?」
シリウスは、その場に倒れた。
音もない一撃。その正体が猫の放った足蹴りだと気が付いたのは、地面の感触を覚えた後だった。
「……言ったろ、お前らは敵じゃないって」
そう言い残して猫は、カメレオンを連れて立ち去ろうとした。
「待て! こっちは命を狙われたんだ、黙って帰すと思うか!?」
猫の右足を、噛り付くように抱えるシリウス。
――ゴッッ!
残る左足でシリウスを蹴り飛ばしたが、シリウスは拘束を緩めない。
何発も蹴りをくらいながら、シリウスは続けた。
「俺達はただ、この土地での安全が欲しいだけだ! そっちだって、知らない奴に縄張りを歩き回られたら困るはずだ。だから、お互いが納得いくように取り決めを――」
シリウスは、その場から飛びのいた。
あ、ダメだ。
シリウスは、その感触を肌で理解した。
猫が闘争本能をむき出しにしていくのを、今のままでは話し合いなど到底不可能であるとシリウスは悟った。
獣人にとって、弱肉強食こそが最大にして唯一の掟。
今なお地面に這いつくばり、防戦一方の弱者が自分達の行動を制限しようなどと、思い上がっている事が腹立たしくて腹立たしくて仕方がなかったらしい。
だからこの猫の獣人は、シリウスを殺す事にした。
里の真ん中に晒し首にして、誰が強者かを理解させる必要があると考えた。
死合開始の合図など、不必要だった。
互いの殺気と気迫のぶつかり合い、それが開戦の合図となった。
「【バァァァストォショットォォォォォォ】!!」
シリウスの10本の指から、無数の魔弾が放たれた! だが猫は、それらを軽々とかわし続けて見せた。
「今だ! 忍者、明かりを消せ!」
「承知したでござる!」
鉄格子の囲まれた冷たい室内を照らすロウソクのかすかな光が失われ、それと同時に出入り口付近の天井が崩れ去った。シリウスの魔弾は猫に対してではなく、最初から天井を破壊する事が目的だったのだ。
こうして死合場は、完全な闇に包まれた。
「やったでござる! 視力を失えば慎重になる、素早くは動けんでござる!」
「……それが、どうしたぁぁぁぁぁぁ!!!」
猫の動きは、今までとまるで遜色がなかった。それどころか、こんなつまらない小細工を仕掛けてきた事にさらに怒りを燃やし、動きの切れがどんどんあがっているようだった。
シリウスの方も負けじとさらに連射速度を上げていったが、猫はそれらを全てかわしシリウスのガードの隙間を縫うように一発ずつ丁寧に、殺意を込めた足蹴りをお見舞いしていった。
「ぐっ! ぜっ! だ!」
「しぶといな、撃たれ強さはまずまずか」
「俺の上着は、母さんが長年かけて幾重にも防御の紋を縫い込んでくれた一級品だ。テメエの蹴りなんざ、蚊ほどにも感じねえ」
「なら頭を砕いてやろう」
猫の膝が、シリウスの顎を打ち抜いた。
――バシュン
そして猫の脇腹を、魔弾がかすめた。
攻撃に集中したせいで察知が遅れたのか、それとも苦し紛れの一発が偶然当たったのか? どちらにせよ、まぐれ当たりなど気にする必要はない。猫はそう考えて、距離をとられてしまった獲物を再び追い詰めようと足に力を込めた。
――バシュン
今度は頬をかすめた。
――バシュン
次は右腕に命中した。
――バシュン
今度は背中を直撃した。
ここまで来て、猫は気が付いた。
命中したすべての攻撃が、背後から襲ってきている事に!
猫は耳に意識を集中させたことで、そのカラクリを理解した。
「お前の目が暗闇に強く、耳は超音波をも捉える事は俺も知っている。暗闇にしたのはお前を騙すため、本来の目的から気をそらす手段に過ぎない」
シリウスが話す間にも、猫に無数の魔弾が襲い掛かっていた。
「出入り口を塞いだのは外に被害を出さないため、それと技の威力を高めるためだ」
両の指から弾を打ち出しながら、シリウスは猫にそう告げた。
360度、全方位から襲い掛かる魔弾に対処する猫に対して。
「この魔弾は、まるでゴムボールのように跳ね返り続けるようカスタマイズしてある。そしてお前の足蹴りより、俺の連射の方が早い、この意味が分かるか?」
「みゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!!!」
「お前の負けだ」
「ぎみゃぁぁぁああああああ!!!」
全身を弾幕に包まれながら、猫は意識を失った。
自然界の唯一にして絶対の掟は、弱肉強食そして敗者必滅。「オレは死ぬのか」、意識を失う直前に猫はそんな事を考えていた。
「みゃ……」
「気が付いたようだな、よかった」
再び猫が目にしたのは、見知らぬ天井だった。




