第55話 神の試練
プレアデス達の故郷が存在する中央大陸、そこから海を渡り西に進んだ先に存在する大陸、西大陸と呼ばれる場所に変化が起こった。
サバンナのように広い平原の真ん中に突如巨大な魔方陣が現れ、まばゆい光と共に巨大な岩山が出現したのだ。その岩の正体がドワーフの里であると、その場にいた野生動物達は知る由も無かった。
「うおぉぉぉお、お……何が起こった、竜族はどうした!?」
「まぶしっ! 太陽だ、夜中になぜ?」
「大変なのだ! 海が消えちゃったのだ!」
里の中心で戦っていたシリウス達は、突然の状況変化についていけない様子だった。しばらくして、隠れていた里の住人達も騒ぎ始めた。
外を確認し竜族の姿が見えないと知るや、人々は里の長そしてシリウス達に詰め寄った、何が起こった、説明しろと。
「吾輩がやりました、転移魔法で里ごと西大陸まで」
口を開いたのは、プレアデスの補佐であるバールだった。
彼はつづけた。
恐ろしき力を秘めた黒竜が現れた事、それにより自分達が壊滅の危機にあった事、常識的な方法での逃走が不可能であった事、それらを一切隠すことなく話した。
それを聞いた住人達から、怒りの声が上がった。
転移魔法は高度な技だ、それ相応の準備も無く突発的に発動させれば術者に悲劇が降りかかるだけでは済まない。対象範囲全てが時空間との摩擦で燃え尽きる危険は勿論、そこを潜り抜けたとしても世界のどこに飛ばされるか分かったものでは無い。
そんな危険な行為に、怒りを燃やすのは当然だろう。
里の長が民衆をなだめ、バールに更なる説明を要求した。
「ご安心を、術の仕込みは予め完了しておりました」
「嘘をつくな! あの短時間で正確な転移術式が組み上がるものか!」
「嘘ではございません、仕込みを始めたのは昼過ぎから、こんな事もあろうかと半日掛で準備しておりました」
シリウス達が模擬戦を始めた直後、バール達は情報収集に向かっていた。
そこでバールは、国王が戦争の準備をしているのではないか? そんなうわさ話を何度も耳にした。バールは人々に尋ねた「逃げなくてよいか? 隠れなくてよいのか?」と。「戦いが始まる前にお触れが出るだろう、それから考えるさ」それが彼らの返答だった。
明日にでも始まってしまったら、彼らはどうするつもりなのだろう? そう疑問を抱き、バールは老婆心と思いながらも行動を開始した。
そして見つけたのは古代魔法の残滓、かつてのドワーフ達が緊急脱出用に組み上げたまま、使われる事無く忘れ去られた転移魔法の痕跡であった。バールは里をぐるりと1周しながら、その転移魔法を再起動可能なように修繕していたらしい。
「長様、申し訳ありません。修復不可能な場合を考え復旧のめどが立った後、ご報告に上がろうと思っておりましたが、その前に敵の襲撃を受け事後報告の形になってしまった事深くお詫び申し上げます」
そう言ってバールが頭を下げるより早く、長は地面を舐めるように頭を低くし、バールに対して感謝の意を表した。
「な、俺の言った通り、みんな無事だったろう」
「本当だったのか、さっきの話は」
――パッチ、パッチ、パッチ、パッチ
サハクィエルから、乾いた拍手が送られてきた。
「正解です、プレアデスの分身、試験は合格ですね」
サハクィエルの槍の効果で、俺達はバール達の無事を確認させてもらっていた。
なぜ頑なに協力を渋っていた彼女が、そんな事を許したのか。それは彼女が現れてから今までのやり取りは全て、真実を見通す力を試すためのテストだったからだ。今見せてもらっているのは正解した報酬、または答え合わせという事だろう。
俺は思った、このゴタゴタが全部嘘なら楽なのにと。
そう思った時、1つの疑問が浮かんできた、なぜ魔王は転移魔法を使ったのだろうかと。
俺はてっきり、転移で戦力を分散させ個別撃破する為とかそんな事を思っていた。だがそれならなぜ、竜族も一緒に飛ばさなかったのか、これじゃあまるで人間を逃がしたみたいじゃないか。
そもそも転移は高等技術だ、突如現れてささっと使える代物ではない。
仮に魔王にそれだけの力があったとしたら、直接攻撃したほうが何倍も楽だ。
この時点で俺は確信した、サハクィエルの発言が虚言であると。
とまあ偉そうにみんなには語ったが、物的証拠は一切ないガバガバ理論だった。
俺の話をヒントに、プレアが【天眼】で魔術の痕跡を調べ始めなかったら。
もしプレアが【天眼】に目覚めておらず、宙を舞っている魔力の残滓を発見し鑑定できていなかったら。
サハクィエルが、俺の不十分な推理を正解扱いしてくれていなかったら。
……たらればはやめよう。結果だけ見れば、俺は助かり、プレアは無駄な捜索をしなくてすみ、サハクィエルは試験の合格者が出て満足げだ。
「さあプレア、もう一仕事だ! 竜族をぶっ倒して、この国を平和にしようぜ!」
「ああ、もちろんだ」
「それはなりません、竜族が滅べばこの国も滅びますので」
「え!?」「な!?」
サハクィエルいわく、この国にとって竜族の存在というのは海外に対しての抑止力であり、竜族が滅ぶと他国に攻め込まれて確実に滅んでしまう……らしい。
「ですので、両者に損害が出ぬよう和解させてください。それが今回あなたに課せられた任務です」
まるでお隣に塩でも借りて来い、という感じでサハクィエルは答えた。
まあ、解決できる手段は無くもないが、それが果たしてうまくいくか……。
――キィィンィィィ
俺の思考を遮るように、サハクィエルの槍が地面を貫いた。何事か!? と考えるよりも早く、地面が音を立ててせり上がり温泉が噴き出した。
この匂い、この輝き、間違いない、清龍の湯だ!
「この水源さえ無事なら安心ですね。近い将来、この地に再び人が集まるはず」
「この輝き、どこかで……」
プレアは、不思議そうな目で水柱を眺めていた。
さっきルノワが持ってきた水がこれだぞ、井戸で汲めないから温泉の水を桶に入れて運んでたんだ。記憶力大丈夫なのか? 目の前で汲んでただろうにもう忘れるなんて。
『この国の未来を、頼みます』
「今の声誰だ?」
声のした方に顔を向けると、吹き上がる水柱しかそこにはなかった。
打ちあがる水柱が、太陽に照らされて金色に輝く龍のように見えた。今の声はもしかして……いや、水音を聞き間違えたんだろう。
「ぱぱ、とろろろ」
「おっと、実体化が終わるみたいだ、じゃあなプレア後は任せた」
「ああ」
俺は再び精神体に戻り、プレアの肉体と同化した。ああ疲れた~、しばらく動きたくね~、おやすみなさい。
シンクが消え去った後、プレアデス達は荷物を整理して歩き出した。
目指すはイオルムガルド王都、人と竜の戦いを収めて、囚われの身となってしまったテニシラと再会するために。




