とりあえず異常発生
続く。
寝室から出てきて少し経ったあと。
零とニーナとモアは、家の食堂で昼食をとっていた。
食事の内容は特段おかしいものはなく、異世界だから…と、すこしゲテモノっぽいものが出てくるわけでもなく、 どこかイタリアンな雰囲気さえあった。
・・・まぁ、本場のイタリア料理なんて食べたことないんですけどね。
そうして食事をしていると足音がこちらに向かってくるのがわかった。
その方向を見ると、そこには先程まで寝ていた遥香と寄り添っていたグリアの姿があった。
零は先程の戦闘の名残か、少し緊張したような面持ちだったが、遥香はなにかすこし憑き物が落ちたかのよう、晴れやかな表情だった。
遥香はこちらの姿を見てから、迷わず俺のところに来て、正面に立った。
「お、おう、起きたのか。 もう怪我とか大丈夫なのか? 」
とりあえず挨拶を、と思ったのだが緊張で舌が回らない。
喋りながら「怪我させたの俺じゃねぇか!」と内心ツッコミをいれてから、遥香の返答を待つ。
遥香は、なにも話さずに、いきなり零に頭を下げた。
「さっきは、ごめんなさい。 話はグリアから全部聞いた。 私が暴走してしまったことも含めて…」
遥香は謝ってきた。
出会い方が悪かっただけに零の中の遥香像は印象のいいものでは無かったため唖然とする。
惚けている俺のことを咎めるようにモアが会話に入ってくる。
「ちょっと! 何か言い返さないとダメでしょ、お兄ちゃん!」
わ、分かってるよ!と心の中で訴えはしても、何を言っていいのかよく分からない。
こんなところで俺のコミュ障が!! え? そんな能力は設定されてない? 良いんだよそういうのはノリなんじゃから。
頭の中で某ゲームのノoブのセリフっぽいものを思い出して落ち着く。深呼吸深呼吸。
「とりあえず頭を上げてくれ。 俺もモアから話は聞いたから大体の事情は察したし。 暴走のことなんて、俺も人のことが言える立場じゃないからな、気にしなくていいよ」
無難なことを言えた気がする。
遥香も申し訳なさそうながらも頭をあげる。
とりあえず俺とのいざこざはこれで手打ちになってくれると俺的に助かる。
そう考えていたら、遥香はニーナの元に歩き出した。
ここまでの会話の中で、ニーナは一言も話さずに向かいの椅子で茶を啜っていた訳だが、遥香が向かってくることで、遥香に体を向けた。
遥香は叱られるのを待つ子供のような雰囲気を漂わせている。
遥香は自分の腰に下げていた拳銃型の原石を机に置いて頭を下げようとする。
しかし遥香が頭を下げるのを止めるように、ニーナが喋りかける。
「大した怪我もなくて良かったです。 その原石も壊れてなさそうですし」
「え? 」
盗んだことを咎められるのだとばかり思っていた遥香はニーナの言った言葉の内容が理解出来なかった。
そんな遥香に追い討ちをかけるが如く零から援護射撃が入る。
「全く、銃なんて卑怯すぎる、途中まで勝ち目なかったしな。 ニーナもどうせ原石紹介するなら刀じゃなくて遥香のみたいにすごいやつ教えてくれれば良かったのに」
「そんなの分かりませんよ、それに零が原石を手に入れたのは事故じゃありませんか」
そんな会話を続ける。
まるで私が
原石を盗んだのではなくニーナから貰い受けたかのように聞こえる内容だった。
「どう、して…」
あまりに予想外の出来事のせいで何も考えることが出来ない。
なぜこの人達はこんな会話をしているのか。
なぜ盗んだことを咎めないのか。
彼らの会話からそのことに関することを読み取ることなどできない。
しかし零がこちらのつぶやきに近い言葉に返答する。
「どうしても何も、俺たちがニーナから貰った原石は戦いで壊れてなかったし、お互い五体満足で良かったな? って話だろ」
それを聞いてなんとなく理解した。
零とニーナは最初から遥香を咎めるつもりなど全くなかった。 むしろ有りもしない設定まで作って遥香を許そうとしてくれている。
二人のことを見ていれば、後ろからポンと肩に手を置かれたので振り返れば、そこにはいつもどおりの笑顔のグリアが立っていた。
遥香は考えた。 この二人の有りもしない設定と、グリアの部屋での言葉。
多分グリアは全部分かっていた。
いや、グリアが主犯なのかもしれない。
そう自分の心の内で、納得した。
遥香は3人に向き直ってから
「ありがとう」
と一言だけ、お礼を言った。
その言葉に3人は
「あぁ」と零
「えぇ」とニーナ
「はい」とモアが短く返事をした。
「さぁ、遥香もお腹が空いたでしょう? まずは腹ごしらえをしてください」
ニーナが手をポンっと鳴らし、会話を締める。
遥香は少し前なら見られなかったような、笑顔でその提案に頷く。
「わかった。 頂きます」
そして、遥香、グリアを含めた5人の会話は、長いと感じられるほどに時間を経過させた。
ーーーーーーーー
「まさか、こんなに早く原石同士の戦いが成ってしまうなんてね。 今回は今までよりも楽しめそうだね」
何も無い空間に声だけが響く。
「そうねぇ、今回の主役は当たりかしらね。 これからの成長が楽しみだわ」
そこにいる二人はとても楽しそうに嗤う。
「そうだ! いいこと思いついた。 今回は当たりってことでこの世界、もっとメチャクチャにしてあげよう! 僕達の手で、さらに餛飩にしてあげよう! 楽しみだなぁ~」
「フフフ…やり過ぎない程度にね」
「それじゃさっそく準備しよう! 楽しみだなぁ~! 」
此処はいつも変わらず、二人?の声がいつまでも反響していた。
ーーーーーーーー
時は昼食から数十分後、遥香も食事を終えて、5人は寝室で打ち切っていた話を仕切り直した。
「それじゃ、改めて、お兄ちゃんと遥香の原石への対策会議みたいなものを始めようかな! 」
モアはちょっとテンション高めだった。
まぁ、暗い感じに始めてもアレだしな。
「しかし、これと言って対策は出来ないのでしょう? ならば、同じ場所に封印するのが妥当では?」
ニーナが一番真面目な提案をする。
しかしその案はグリアが否定する。
「無理ですね。 これは、遥香が1度試したことですが、原石は、1度使い手を決めると、その使い手の側から離れなくなってしまうのです」
「一時的に距離を置くことはできた、 …だけど、すこし時間が経つと、まるで最初からそこにあったかのように自分の手元に返ってくる。 だから、封印はもう無理」
グリアと遥香は自分の検証した事柄を端的に説明する。
「装備したら離れなくなるとかもう、呪いのアイテムじゃん、さすが魔獣だよ、迷惑極まりねぇな! 」
碌な対策ができないことでもう手詰まり感な雰囲気が漂う。
「確かに防ぐことは出来ないけど、一時的な措置なら、私やグリアなら出来るよ」
モアが零と遥香を見てそういった。
零はそんな方法があるのかと、驚いていたが、遥香の方は分かっているような顔つきだった。
「簡単なことだよ、というかお兄ちゃん1回体験したんだから忘れないでよ」
そう言われて零は考える。 自分が食らったことある対処法…、といえば…。
「あ、モアと接触した時にきたあのスタンガンみたいなやつか!」
「そうだよ、と言ってもスタンガンが措置なんじゃなくて、気絶させることで暴走状態を一時的に解除できるって言うだけの話なんだけどね」
モアは知ってました? ドヤっ、 みたいな顔で零を見ている。
それを受けて零の額に青筋が出たり、しなかったり。
「それじゃあ、当分のあいだはそれでいいんじゃないか? 暴走してなけりゃ何ともないんだし」
「うん、…問題ないはず」
零と遥香は、また殺し合いになる可能性が低いことに安堵する。
「とにかく、しばらくは私のグリアで何とかするけど、二人とも、要は魔獣の催眠にかからなければいいだけなんだから、頑張ってよ!」
上がっていくモアのテンションに若干引き気味だった。
「「が、頑張ります! 」」
吃りながらも返事はする。
「宜しい! では作戦会議は終了だよ! みんなお疲れ!」
そんな天井しらずに上がっていくモアのテンションで会議に幕が降ろされた。
…早くね? 対策なんもないじゃん。
そこからは普通に雑談していた。
遥香とグリア、ニーナとモアがペアになり、楽しそうに笑っている。
つまり俺はぼっちだという事だ。
べ、別に悲しくなんてないんだからね!
どっかのヒロインが言いそうなセリフを頭に流しながら、近くに立ててあった自分の原石を手に取った。
黒く妖しく光沢を放つ、切れ味抜群の獲物を見ながら思う。
俺は、多分この世界にいる間は、こいつと一緒に過ごすことになるんだな、と。
「よろしく頼むぜ! 相棒!」
なんか聞いたことあるようなセリフと共に剣を持ち眺めていると、次第に剣を持つ手が熱くなるのを感じた。
その熱は次第に手から腕、肘を伝い肩から体へと渡っていく。
「あ、あっつぁ! な、なんだこれ!?」
その熱さは、熱量に差はあるが、初めてこの原石に触った時と同じ熱さだった。
俺の異変に気づいてモアとニーナが駆け寄る。
「お兄ちゃん!」
「零!? 大丈夫ですか!」
熱さを堪えて、遥香の方を見てみると、グリアが遥香に駆け寄っていた。
熱さで悶えてる俺と違い、遥香は、まるで寒そうな表情と仕草をしていた。
持ってる武器の属性で身に起こる異常が違うのかな? などと一瞬思ったが、そんな思考を蹴飛ばす。
今は熱に耐えられるように思考に余力を残しておくためだ。
そして半時間くらい経過した時、次第に体を駆け回る熱が引いていくのを感じた。
「な、なんだったんだ? いったい」
その問に答えられるものはこの場には居なかった。
しかし、すぐそのあと、どこからが屋根を突き破るような轟音が聞こえた。
「次はなんですか!?」
突然の事の連続に、ニーナが動揺する。
そこにグリアと遥香が近づいてくる。
遥香はもう無事なようだった。
「方角的に、原石の眠る小屋の当たりのようです。 行ってみましょう!」
グリアがそう提案すると、みんなで小屋まで走る。
家を出て、小屋に行ってみると、当たりに木の破片らしきものが散らばっていた。
小屋には屋根が空いているのから、先程の音は屋根の壊れた音だと察した。
物の見事に天井に穴が空いていた。
「いったい誰がこんなことを…」
ニーナが疑惑顔で小屋の中を見る。
「ッ!? 皆さん、こちらに来てください!」
ニーナに呼ばれてみんなが小屋の中の見える位置に集まる。
小屋の中は、何もなく、気の破片散らばっているだけだった。
「なんだ? なにもないけど…」
小屋の中を見たことがない零以外は、その異常さに気がつく。
「……ない」
「え? 」
状況が飲み込めていない零と違い、遥香がなにか分かったように呟く。
「中にあった原石が全部、無くなっています」
ニーナが零に教えるように状況を説明する。
「なっ!? 原石ってここにあったのか!? でもニーナに連れてきてもらった時、ここは魔法の属性とかを見る場所だって…」
「この小屋は、原石を封印するための祠でした。 ですが封印のことやそこに宿る力を知れば悪用するものが現れるからと、表向きは魔術診断の場所として扱っていたのです」
しかしその封印されていた原石が、零と遥香の原石を残して他に何一つ無くなっていることで、ニーナは若干青ざめて押し黙る。
喋らなくなったニーナの代わりに今度はグリアが喋り出す。
「この小屋の現状を見るに原石は誰かに、取られた訳ではないと推測しますが、屋根の壊れ方から見ても、原石がまるで意志を持って飛び去っていったように思えます」
グリアに言われて屋根を見ると、確かに内側から突き破ったかのように木の端々が上側に押されたように押し上げられている。
つまりは内側から外側に何か突き破ったという感じだった。
「まるで、じゃなくて、意志があったんじゃないかな? 」
「モア?」
それまで会話に混ざらず確認作業に従事していたであろうモアが突然そんなことを口にした。
「意思があったって、どういう事だよモア。」
「そのままの意味だよ、お兄ちゃん。 今ここにない原石達は自分たちの意思でここから出ていったの。 正確には原石の中の魔獣の、だけどね」
モアが端的に自分の考えを話した。
「でも、封印されている魔獣は自分の力では動けない。 意志を持っていても動くことなんて出来ないはず…」
遥香がモアの意見を否定する。
しかし俺だって遥香と同じ意見だ。 第一、モア自身が説明してたのに自分で説明と違うこと言ってるというのは筋が通らない。
「うん、原石が自分で動けた理由だけは分からないよ、それこそ神様がなにかしたんじゃないかって思うくらい。 でもそれ以外でも原因はあると思う」
「原因? 」
「原石が無くなる前、お兄ちゃんと遥香は自分の持つ原石の力を使って殺し合いをしたでしょ? 多分その時の魔力は二人だけじゃなく他の原石にも共鳴していたんだと思う。 そして同時に他の魔獣たちも気づいたの。 封印を解くために使用者同士を殺し合わせるって方法に…」
そこからグリアが補足した。
「どのように移動したかは分かりません。 まさしく超常現象のような力で魔獣たちは自分を使える適合者のもとへ旅立ったと言えるでしょう」
二人が説明を終えたと言った感じに小屋の方を向き直す。
そして間も無く多くの足音が聞こえてきた。
そして現れたのはエンゲルの街の人達だった。
あとがきまでたどり着けた人、ありがとうございます!
しかしすいません。あと1話続きます。
そして次から2章でやっとバトンタッチ