とりあえず逃亡
やっと1章終わり。
ドタドタと足音が鳴る。
このエンゲルの街ほぼ全ての人たちがこの小屋に集まっている気がする。
状況は良いとは言えない。
ここが封印の祠だったっと言うことは恐らく元からここに住んでいた人なら知っていることだろう。
そして大きな音がして駆けつけてみればそこには余所者である俺。
つまりは宮嶋 零の姿。 どうなるでしょう?
「これは、お前達がやったのか!?」
当然こうなる。
なにせ街会議で回し者だとかスパイだとか疑惑をかけられているのだから。
いま喋りかけてきた人が恐らく街の議員ポジションの人だろう。
他よりいい服着てるから。
俺が何を言っても逆効果だとニーナに目配せすれば、ニーナはすぐにそれを察して前に出てくれた。
「いいえ、違います! 私達もあなたがたと同じで、大きな音を聞いて駆けつけてきたのです! 」
やはり街の領主の娘の発言は力があるようで、その一言だけで街の市民は手に持っている武器を降ろす。
議員らしき人もニーナだと分かり警戒心を緩めたように見える。
「ならば教えて下さい! あの小屋で何が起きたのですか!」
「何が起きたのかは分かりません 。 しかし何らかの原因であの小屋にあった原石がほぼ全て無くなっています」
ニーナのその言葉で市民に動揺が走る。
口々に「原石が!?」や「どうして!?」と声が上がるのがわかる。
ちなみに俺と遥香のもつ原石があるから全てと表現しなかったのだろう。
その光景を後ろで見ていると、先程の議員らしき人と目が合った。
その人物は俺に気がつくと、俺に向けて殺気に近い視線を向けてきた。
「お答えください、ニーナ様! そこにいる人物はつい先日この街にきたレイとかいう人物ではないですか? 」
あれ? 最初から気づいてると思ってたのに気づいていなかった?
多分違う。 あえて切り出して疑う口実を作ったのだろう
議員の人は俺を疑っているはずだから。
俺が街に来たのとこの事件が重なってしまったことで、おそらく議員の人の中ではもう俺が犯人でいいじゃん? みたいな考えが流れているのだろう。
ニーナも余計なことは言わずただ、「はい、そうです」とだけ答える。
そして議員の人は続ける。
「彼は議会で敵国のスパイだという疑惑がかかっております。 その彼が犯人でないという証拠はおありですかな? 」
平民は俺が余所者ということは察していたが、スパイという言葉を聞いて、警戒心を強くした。
議員の人はよくマンガで見かけるアリバイの有無を聞いてきた。
それにしても自分がやや優勢と見るや、少し気持ち悪い笑顔になったように見える。
この顔はあれだ、市民税を巻き上げて豪遊するタイプの人だ。 たぶん。
「彼は今日1日私やその従者が常に監視しておりました。 小屋に近づくこともしていません。彼がこの事件を起こすのは不可能だと言わせて頂きます 」
ニーナは毅然とした態度で応じる。
今までの柔らかな物腰とは違い政治家のような立ち居振る舞いが、やはりニーナは偉い人なんだなと再認識させる。
「なるほど、つまり彼が眠るところから起きるところまでのあいだも誰かに見張らせていたという事ですよね? 」
そう質問をされてニーナは動揺する。
「な、なにを馬鹿な…」
ニーナの動揺を目敏く(めざとく)察した議員の人はそこに追い討ちを仕掛けてくる。
「おや? 監視をしていなかったのですか? でしたらその時間のうちに彼が小屋に近づき何かしらの工作ないし魔法などの準備をしていた。 と考えられるのでは? そして生憎とルーシェ邸から小屋までは近いですからねぇ。 歩いても数分でつけてしまう距離なのです。 一時たりとも監視を怠るべきではないでしょう」
議員の人は暗にこう言っている。
例えば用足し、例えば就寝、そのどの行為に対しても監視をつけていなければ犯人だと疑われても仕方が無いのだと。
無茶苦茶な話だが筋が通っているのだろう。 多分。
しかしニーナが渋い顔をする要因がとなっているのが、先程議員の人が言っていたルーシェ邸から小屋までは近いという言葉だと思った。 これのせいで常時の監視が必要だという発言に強みを持たせてしまった。
「確かにあなたの言う意味でなら私は監視を怠ったと言えます。 しかし、この数日間で彼がそんなことをしない、する必要がない人物だと私は思っています! 」
ニーナは必死に弁護しようとするが、相手の方が何枚も上手なようだった。 交渉術のようなものだろうが、やはりそんな政治的なことは場数がものを言う。
若輩者であるニーナでは言い合いに勝つことは難しい。
しかしそうなると俺たちはどうなる?
良くて拘束、或いは奴隷落ち。 最悪の場合モンスターを解き放ったとされ死罪もありうる。
そんな思考を巡らせていると、ニーナや俺より後ろで待機していた遥香が、相手に聞こえないように小さな声で喋りかけてきた。
「零、 あなたもわかっていると思うけど、このままだと捕まってしまう」
零も視線は前を見たまま同じく小さな声で応じる。
「あぁ、最悪死罪かもって思ってたところだ」
「…いまお嬢様と話している人は、この街では主に裁判官のような役職についてる人。 捕まれば間違いなく死罪は確定だと思っていい」
遥香は淡々と告げる。
…いやいや、マジですか?
「いやいや、それめっちゃやばいじゃん。 」
「うん、とてもやばい。 だから協力して」
「なにに? って聞くまでもないよな… 」
「うん、逃亡…」
そこまでの会話で遥香は既に逃げる決意をしているのだとわかった。
だから零も逃げる覚悟を決める。
「して、どうやって逃げるんだ? 」
「簡単なこと、この一帯を霧で包んだ隙に全力ダッシュ…」
なるほど、馬鹿でもわかる説明をありがとう。
「肝心の霧はどこから? 今日すっげぇ晴れ模様ですよ? 」
「…なければ作ればいい。 私とあなたなら霧を発生させられる」
俺と遥香にしかできないことで霧を発生させる方法なんてひとつしかないと、すぐ理解できた。
「つまり、お前が氷を張って、それを俺が大火力で気化させるってことでいいよな? 」
そう聞くと遥香から首を縦に振られる。
とても単純かつ今できる最高の方法だと思った。
単純に頭が悪いから他の方法が見つからないだけかもしれないけど…。
「タイミングは? 」
「任せる。 あなたが抜刀したのを確認してから私が地面に氷を発生させる」
はいはい、俺が合図すんのね。 責任重大だこと。
そうして遥香との作戦会議を終えたところでとうとう市民の方も熱が上がってきたように感じた。
すでに向こう側から「あいつが犯人だ」「スパイだ」などという人が続出している。
そろそろニーナも限界が近い。
よし、動くか…
そして俺は後ろに目配せしたあと、勢いよく刀を引き抜いた。
キィィィンと鞘から抜かれる音を聞き、その場にいる市民たちは怯えたようにすこし後退した。
「みろ!! あれが本性だ!! あいつはやはりスパイだったんだ!!」
議員が吠える。 次の瞬間には捕縛の合図がされるのだろう。
しかし、もう遅い!
俺の足元を中心に氷が地面を侵食していく。
遥香が能力を発動させたからである。
後は零が能力を発動し氷をとかし、気化させればその一体は深く霧に包まれるはずだ。
ぶっちゃけると、暴走してない状態で能力の発動をしたことがないから出来るか不安だった。
しかしそんな不安を裏切り、刀は、その刀身から炎を生み出し、足元の氷をとかし、気化させていく。
もとの、遥香が作り出した氷の量が膨大だったのか、蒸気は瞬く間に視界を遮った。
「今です!」
モアの合図と共に遥香、グリアが走り出す。
恐らく俺に話す前に打ち合わせしたのだろう。
しかしそんな打ち合わせもせずに俺たちの弁護をしていたニーナは俺たちの行動の意味が理解出来ていないはずである。
「おい! 遥香!? ニーナを置いていく気か!?」
「それは仕方の無いことと割り切って。 打ち合わせができなかったニーナも他の市民同様に立ち尽くしている。 いま戻って連れていくのは無理」
そこまで言って遥香は加速していく。
こいつらマジでニーナを置いていく気だ。
と思っていると今度は反対側からモアがくる。
「大丈夫だよ! お兄ちゃん! ニーナさんはこの街の領主の娘! 私たちと違って殺されることは無い! だから今は自分のことだけ考えて!」
それを言われて零は納得のいかないような顔をしながらも全力で遥香たちのあとを追った。
内心で、ニーナに謝罪しながら…。
――――――
それから数十分、零、遥香、モア、グリアの4人は走り続けた。
街から少し離れた森の中で4人はやっと一息いれた。
遥香の頑張りのおかげである。
後から来る追撃を遥香が氷の障壁で塞ぎ通れなくすることで追っ手がそれ以上進めなくなり、追撃を一時的に中断させたからだ。
こういう場面での遥香の能力は本当にずば抜けていた。
そして大した怪我もなく森の中へ入ったあとも、遥香が作った氷の壁の中に隠れることで野良のモンスターに襲われることもなく、こうして休憩を取れたというわけである。
遥香さんすごいっす。 いやマジで
「遥香のおかげでなんとか逃げられたな、お前がいなかったら危なかったかもだ」
「…どーも」
笑顔で接したのに塩対応されると思っていなかった。 地味にダメージ…。
しかしそんな塩対応も遥香の余裕のなさから来るものだとわかった。
ここまで全然で走りながらバンバン魔法の行使もしてただけに遥香の疲労は他の人よりも目に見えて酷い。
息切れこそ治ったが、顔色は悪いし、寒そうにしている。
「遥香、すこし横になっていてください。 見張りは私たちでしておきますから」
見兼ねたグリアが遥香に休息を勧める。
「…まだ、だめ。 とりあえずこの状況を打破しないと、寝てなんかいられない」
その言葉を聞いたグリアは黙って遥香の後ろ側に回って、自分の着ている上着を遥香に被せる。
なるほど、これがイケメンか…
「さて、じゃあこれからどうするか決めようか」
モアがタイミングを見計らって切り出す。
「最初はどこか別の街に行くって言うのは? 」
まずは遥香が提案する。
「駄目だね、いまの私たちはお尋ね者だから別の街にしてもかなり遠いところ、隣国くらいじゃないと検問で引っかかってしまうから」
「それでは、隣国を目指しながら検問のない村や集落を転々としていけば良いのでは? 」
グリアからいっちゃん無難そうな提案がきた。
「そうだね、多分それが一番安全だと思う。敵国側の国境を出れさえすれば狙われることは まずないだろうから」
しかし1つだけ疑問があった?
「何をするにしても金はかかるだろ? そのへんはどうするんだ? 」
「うん、それだけどね、 冒険者になればいいと思うの」
聞くと、冒険者は、大きなギルドが取り仕切っており、冒険者ギルドだけは万国共通敵対国でも例外なしで商売しているらしい。
冒険者カードを発行すれば、それを提示して、自分の集めたモンスターの素材や鉱山の鉱石、敵から奪ったアイテムを精算してくれる。
さらに冒険者ギルドに指名手配はなく犯罪者でも一応のカード発行は許されているらしい。
いまの状況の俺たちになんて優しい場所なのだと思う。
これが優しい世界…か。 いやすでに結構厳しいけどね…。
というわけで大体の方針は決まった。
「とりあえず冒険者をしつつ国境を渡る。 そして逃げた原石を見つけたらゲットしていって、いつか俺たちの冤罪を無くすこと。 それが当面の目標でいいよな!」
その俺の言葉で皆頷いた。
状況は最悪だが生まれ直したんだから死ぬわけには行かないと、今1度心に決めて一行は歩き出す。
「さぁ、 それじゃいっちょ頑張りますか!」
次話からやっとリレーらしく2番手のカツラギネコさんです。
3話くらい連続をごめんなさい。