八日目 編集長と図書室の王子様
長らくお待たせしました。櫻井千桜です。リアルの方では、まだまだ忙しいのですが、今日は大量に投稿していくつもりですので、お楽しみに。
それでは、前回に引き続き、視点は紗耶香でお送りいたします。
「...正確には、『死神と少女』や『迷宮』の時に担当していたのは、新人編集の方で、あの二冊が発売されてから担当になったのが、彼女なんだよ。」
編集長のフォローは、私達を無言へと誘ってしまった。白鳥さんは、あの子の作品を絶版へと導いた張本人である私を、何とも言えないような微妙な表情で見つめてきた。私はその視線から逃れたいが逃れられず、そのまま睨みつけるように見上げた。身長高いと首痛くなりそう...。
「...そうですか。では、教えて下さい。絶版にした理由を。」
真剣な目だ。一読者として、だけではない。その瞳には、編集者としての興味云々もあったのだろう。私は一つ息を吐き、彼が求めているものを話そうとした。
「...その話はここではなんだから、別室でも用意しようか。」
が、それを阻む男が居た。爽やかに微笑む編集長を、冷ややかに見る。編集長はそれにたじろぐも、すぐに態勢を立て直すと、そのまま白鳥さんを連れて歩き出す。私もため息を深く吐いた後、二人の背に続いた。
第二会議室の扉の前、編集長はプレートを『会議中』へと変え、私達を中へと誘導した。その後は、心得たように「今、コーヒー持ってくるな?」と言い、退出した。この空間には、私とあの子の本を愛している男以外には居ない。緊迫した雰囲気が辺り一面に漂う。
「さて、何から話しましょうか。」
私は気分を変えようと、少し明るくそう言った。そして、一番遠い席を選んで座る。できる限り、彼からは遠ざかっていたかった。近くにいると、思ってもいないことを口走ってしまいそうだったからだ。
「どこからでも?時間はありますので。」
端的にそう言った白鳥さんも、同じく席に着く。私との距離は、椅子4つ分だ。向かいあうような形じゃないだけ、少し気分が楽になる。
「...では、まず作家から話しましょうか。呉橋 はな先生は、主に10代から40代までの幅広い年齢層の女性に人気の恋愛小説家です。...今では、その認識がかなり定着してきておりますが、デビュー当初はそうではありませんでした。」
あの子は、自身の恋愛経験を何かに残しておきたい、その思いで初めは書いていたそうだ。しかし、応募作品では「ありきたりすぎる」「夢見がちな少女だ」との批判が多く、入賞には至らなかった。そこで、心機一転し、書いたジャンルが、現実味のある悲恋をテーマとした、かの有名な絶版本『死神と少女』『迷宮』の二作品だ。あの子としては、悲恋を意識することは胸が痛む、と嫌がったのだが、ヒットさせるにはこれしかない、と新人編集がごり押ししたのだとか。ま、結果はヒットなんかせず、私が絶版にしようと提案するに至ったのだけど。
「私は基本、作家の嫌がるようなことはしたくないんです。作家には、作家の書きたいように書かせ、そして最高の本になるようアシストする。それが、私の正義です。」
「それは、あくまで理想論にすぎないでしょう?」
私の主張は、冷ややかな目と共に一掃される。だが、ここでひるんでは私の正義が廃れてしまう。
「...しかし、私は自分の正義のために、呉橋 はな先生の本を絶版にした、と言ったら、貴方はどうします?」
「何だって?」
口調が砕けたものへと変わる。表情も目を大きく開き、次いで訝しむようになる。私はその様変わりする表情にほくそ笑み、机に両肘をつき、口に前で指を組んだ。
ここからだ。ここからが、私の反撃の時間だ。
はい。ブラック紗耶香さん降臨です。ここからの展開は、次回のお楽しみです。