四日目 話上手と聞き上手
本日二度目の投稿です!
さて、泣きそうになっていた紗耶香さん、一体どうなるのでしょうか?
それではどうぞ!
「...すみません。少し席を外します。」
俯いたまま席を立つ紗耶香に、動揺の色を見せる私と、冷静なままの長谷川君。少し長めの前髪のせいで、彼女の表情までは読み取れないが、震える声だけで何を思っているのか、分かる。
「紗耶香っ。」
私も思わず立ち上がる。しかし、彼女は此方を振り向きもせず、その場を立ち去ってしまった。彼女の独特なヒールの音で、外へと出たことが窺える。
「...行っておいで、倉橋?あの人、今きっと後悔してる。」
顔はまっすぐ前を見つめたまま、静かに言葉を紡ぐ長谷川君。私は、どうしていいか分からず、彼を見下ろす。
「...長谷川君は?」
「俺?俺は、二人の帰りを此処で待ってるよ。...だって、編集さん、コーヒー一口も飲んでないみたいだし、折角買ったのに、勿体無いでしょ?」
そう言って、此方を見上げた長谷川君は、右手で紗耶香のブラックコーヒーを指さし、優しく微笑んでいた。見た目だけじゃなく、性格までもイケメンな長谷川君に胸を躍らせながらも、しかし彼女を追いかけないとと気を引き締める。
「い、行ってきます!」
真剣な顔をしたくて思わず敬礼してしまい、それに気付いた時には、長谷川君がクスクスと笑っていた。目は閉じられ、眉間に皺を寄せ、目尻には涙が溜まり、左手を握り口元へと当て、声を押し殺したようなその笑い方。高校生活三年間に見ていたそれと変わらない。相変わらずカッコイイ...。
「さ、早く行かないと!編集さん、見つけられなくなるよ?」
涙を長い綺麗な人差し指で拭いつつ、まだ笑い足りないのか笑顔のまま私を急かす。私も意識を戻し、急いで支度する。
「10分、待ってて!片を付けてくる。」
返事は分かってる。敢えて聞かずに店を出た。店員さんが驚いた様子で私の出ていく様を見ていたけど、長谷川君に事情説明は任せた。後は、紗耶香を追うだけ。
店を出てすぐに紗耶香は見つかった。店の横にあった段ボールの前にしゃがんでいたのだ。
「紗耶香...。」
そっと呼ぶと、紗耶香は段ボールの中に居た子猫を抱きながら立ち上がり、此方へと向かってきた。その子猫は泥が少し付いているが、綺麗にすれば真っ白い毛並みの子猫のようだ。瞳はブルームーンストーンみたいな神秘的な青。自然と顔を覗き込んでしまう。
「六華、猫好きでしょ?この子、捨て猫みたいだから、貰ったら?」
その言葉に顔を上げる。子供の様子を伺うような穏やかな眼差しに、思わず口を開く。
「...もう良いの?絶版のこと...。」
しかし、彼女の面様に変化はない。寧ろスッキリしたようにも見える。訳が分からず怪訝な顔をしていたのだろう、彼女は呆れたと言わんばかりにため息をつき、言葉を発した。
「私は、今まで自分の行動に対して後悔したことはないのよ?あの時だってそう。...だって、貴女自身があの本を出すことに躊躇してたでしょ?」
的を射た発言に反論できない。確かに、あの本は自分の書きたかったものじゃなかった。それでも当時の担当さんの必死になって頑張る姿に後押しされて出したのだ。
...本音を言うと、書きたくなかった。
「作者が書きたいものを書きたいように書かせること。そして締め切り前に完成させること。それが私のモットーよ!作者が書きたくないものなら、それを強制させるのは私の義に反するわ。だから、私は絶版にした。それについて貴女が負い目を感じることはないのよ?あれは私と貴女で決めたこと。良い?」
「はい。...ありがとう、紗耶香。」
彼女の晴れ晴れとした顔つきに安心し、私も笑顔になる。それを嬉しいと感じてくれたのか、紗耶香の腕に抱かれていた子猫も「ナァーオ」と鳴いた。
無事、解決して良かったですね!
これからの展開もお楽しみに!