タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。
「し」 -死・思・偲-
さ行
彼女の葬儀は少し都心から離れた町の合同葬儀場だった。
喪服が重たい残暑の中、余生を嘆くかのように鳴く蝉の声が煩くて
逆に静か過ぎた。
箱の中で切花に囲まれた彼女の寝顔は怖かった。
祖父母の葬式以外には参列したことがない私にとって、彼女の死顔は
確率的に年寄りが多く死ぬだけで死に順番なんてないんだよ、と言っている
ようで怖かった。そして確実に死んでしまったことを教えてくれた。
箱が閉じられ、黒い車へと向かった。
ここから先は家族だけ。
駅へと向かう参列者のために用意されたタクシーに私は乗り込んだ。
後部座先に彼女の学生時代の友人らしき女の子が二人乗り、
わたしは助手席で彼女たちの会話に耳を傾けていた。
「正直さ、あの子との思い出ないんだよね」
「うん、あんまり目立たなかったしさ」
現実的過ぎる会話に聞かないふりをした。
彼女の死を知り告別式に来てくれた近所の元クラスメイト。
別段、とても仲良しだったわけでもないけど来ないわけには……と
少し義理で来たような軽さを感じた。
さほどショックじゃない彼女の死。ただ同じ年の、元クラスメイトが事故死した
というニュース性に衝撃を得ただけで、それを受けた日常は何も変わらない。
その後二人の会話は続かなかった。
4人の人間が乗った小さな密室は黙って駅に向かってく。
数ヵ月後、彼女の家にお線香をあげに行った。
片付けられていない彼女の部屋の壁にかけられた冬物のジャケットを見て
わたしは冬服を着た彼女を見たことがないことに気づいた。
彼女との思い出はみんなの思い出の一人にすぎず、わたしと彼女との思い出は
ないに等しいかもしれない。そう気づいた。
立派な思い出なんかなくても悲しい。
あの日、タクシー後部座席の二人。
あんな会話しかできない悲しい気持ちだったのかもしれない。