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7. 灰色の願い

 馬鹿みたいに大雨が降っていた。

 いつも通り廃ビルから能力を使ってシナの店に前に立つ。立っているだけで後ろから雨が俺の体を濡らしてくる。

 まだ夕刻だというのにドアには『closed』と書かれた木のプレートが目線の高さに吊り下げられており、店内にも明かりは灯っていなかった。

 三度そのドアにノックをすると内側からドアが開く。ドアを開けたのはシナだった。彼女は俺を見ると笑みを浮かべる。

「あらあらん。待ってたわよ」

「くっそ濡れたじゃねえか。タオル貸せ」

「あらー水も滴るいい男なんてよく言うじゃないの」

 思ってもねえのによく言うよ。

 入って、と促されるままに俺は店に入る。シナはドアを開け、鍵をかけると一度奥の部屋に姿を消し、タオルを持ってすぐに戻ってきた。その途中店内の電気を付けてこちらにやってくる。

「品物には触れないでね?」

「分かってるよ」

 タオルを受け取ると濡れた頭と服を拭いていく。場所狭しと棚に置かれた品物に目を向けつつ、店の隅にあるテーブルを挟んでおいてある椅子に座ると、シナは俺の向かいの椅子に座った。

「じゃあはい。これが二日前の仕事の報酬ね。中身きちーんと確認してねん?」

 早速彼女はテーブルの上を滑らせるように、取り出した封筒をこちらに向ける。それを手に取ると中身の額を確認した。パッと見最初依頼されたときの提案額とほぼ同額、もしくはそれ以上だった。

「ああ、大丈夫だ。不備はねえ」

「そ。それは良かったわ」

 封筒をバックに入れると通信用の携帯電話を取り出してシナに渡そうとテーブルの上に置く。そのままそれを彼女に向けて滑らそうとすると、シナが首を横に振った。

「もう一件仕事あるんだけど。どーう?」

 続けて受けて欲しいということだろう。ニヤリと笑う彼女の表情はどこか楽しげだった。

「……内容は」

「前と同じようなものよ。今回は偵察はないけどねん。トップを殺せーって」

 本当にこの街は殺伐としてる。退屈しねえからいいんだけどよ。俺は足を組むとシナが新たに取り出した封筒を受け取った。

「そう言えば、あの女の子はどうしたのん?」

 封筒の封を切る前にシナに問われる。顔を上げて彼女を見ると俺は目を細めた。

「……てめえだろ」

「何のことかしらん?」

 とぼけんなよ。知ってんだぞ。

「あのガキの情報売ったのは」

 朝起きて、いつも通りに出かけて帰ってくるとそこにはもう湊の姿は無かった。忽然と姿だけが消えていた。

 部屋には彼女のやりかけの内職と、いつか作ってやった黒いキャップが残されていただけだった。帰ってくる時に彼女がいないのはこれが初めてだった。だからすぐに分かった。連れて行かれたんだと。見つかったんだと。

 別に何かを思ったわけじゃねえ。最初から俺は言っていた。『あいつがどうなろうとどうでもいい』と。側に置くとも言ってない。どうなろうがどうだって良かった。

「てめえは言ったな。自分から向こうに連絡を入れることはしねえ。けど――」

「誰かに情報を売らないなんて言ってない。よく分かったわねん」

 さすがだわ、とシナは笑う。

 ムカつく野郎だ。仕事をくれる相手じゃなかったらきっとすぐにぶん殴ってた。

「今ごろ彼女は研究施設の中じゃない?」

 研究施設。……研究施設ってどんなことしてんだ? 何度か仕事で赴いたことはあるけどスパイとかの潜入仕事じゃなかったしよ、どんなことをしているのかあまり知らないままだ。

「研究施設って何するんだ?」

「まあそうねえ。表向きは能力をどう生活に役立てるか、とかねん。あとはありきたりに医療のために薬の開発とか。裏向きは非道なことを簡単にやっちゃうところもあるわよん。全部が全部とは言わないけど。少なからずあなたが仕事で行ったことがあるところはぜーんぶ裏があるところね」

 投げかけた疑問にシナはスラスラと答えを返してきた。

「あの子の場合だと、能力があるから実験道具か実験体になるんじゃないかしら。誰かの能力の的になるか、はたまた新しい薬とかを投与されるか」

 『実験道具、にはしないでしょ』という湊の言葉が蘇る。

 なるほどな。あいつが言ってた実験道具ってのはそういうことをされるのか。

「なぁに。気になっちゃった? 助けに行く?」

「単純に疑問がわいたから聞いただけだ。それにガキのことはてめえが勝手に話しただけだろうが」

 からかうようなシナの言葉にそう返すと、封筒の封を開けて中の用紙を取り出し、広げる。

 狙いは一人、試薬の持ち出しと終了後すぐに報告――特別いつも受けてるものと変わっているところは無かった。そのまま目を通していると、見覚えのある座標が目に入った。

「…………おいこれ」

「ふふふ。言ったでしょう。私はあなたがあの子をどうするか気になるってね」

 片手で頬杖をついたシナは悪戯げに笑った。

 この野郎わざと……!!

「ッチ。余計なことしてんじゃねえぞ」

「あら、どうするかはあなたの自由よ? 別に助けなきゃいけない義理はないのだし、見捨ててもいいのだからねん」

 なんならその仕事も受けなくてもいいわよん、と彼女は続けて言った。

 頭を搔いて俺はその用紙を見続けた。座標が示す先は、以前見たリストに載っていた住所――天羽湊を欲しがっていた研究施設のものだった。

 せっかく欲しがったものを手に入れたというのに、潰されるだなんて皮肉なもんだ。第一情報を売ったシナが、潰す仕事を受け取っている時点で大分笑えるところがある。彼女が受け取るものはどれもお偉い方から回ってくる汚れ仕事ばかり。ということはこの研究施設も相当お偉い方の目に止まっていたのだろう。

「情報を売ったてめえが潰す仕事を受け取るなんてな」

 思ったことを口に出すと、シナもクスクスと笑った。

「あらー、だって報酬が良かったんだものん」

「汚ねえ女」

「あなたに言われたくないわ」

 パチンとシナはウインクをする。用紙を再度見てから、俺は一度目を離して考えた。もし研究施設のことが本当なら……些か許せない点がある。提案額の欄をもう一度見てから俺は彼女を見た。

「受ける気になったかしらん」

「……あぁ、いいぜ。だが一つ頼みがある」

 彼女はキョトンとした後に、興味津々に身を乗り出すと静かに口を開いた。

「何かしら」

「これから言うことがもし難しいって言うんなら、この提案額は下げてくれて構わねえ。こっちは文句を言わねえからよ」

 用紙をテーブルに置いて提案額のところを指でさす。そうしてから俺はシナのタレ目を見返す。おっとりと見せて、その目には芯がある。黄色の瞳は吸いこまれるくらいの力を持っているように見えた。

「交換条件ね? いいわよん。言ってごらんなさいな」

 条件を呑むと彼女は髪の毛を弄って問いかける。

 俺が望むのはあいつを心壊れる寸前まで苦しめること。そして――。

「あのガキを死なすのを手伝って欲しい」

 この手で、あの青い目を歪ませることだ。

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