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4. 藤黄の瞳は何を見る?

 用事を済ませ、帰りに一軒の店による。アンティークなものもあれば、今どきの女子が好むようなテイストのものまで置いてある――読んで時の如く「雑貨屋」のシナの店だった。

「あらー、いらっしゃい」

 店に入ると待ってたわよん、と音符マークがつきそうな声色でシナがレジ越しに出迎えてくる。店の中は数人のお客がいる程度で比較的空いていた。

 湊は、というと、揃えられた数々の雑貨に目を輝かせ、早速棚の方へ近づいて行った。客も皆女だしこういうものが好きなのかもしれない。俺にはよく分かんねえけど。

 さっさとレジに寄るとシナの前に立った。するとシナはこちらの腕を掴み、顔を寄せて耳打ちをしてくる。

「っ、んだよ」

「ちょっとまた別の要件があるの。いいかしら?」

「あ?」

 別の要件?

 首をかしげたところで、シナはレジに『ただいま退席中!!』と書かれたカードを置き、俺の腕を掴んだまま店の奥の扉を開いて中に入った。薄暗かったが、中に置いてあるのはダンボールの山。恐らく商品の在庫を置くスペースなのだろう。

 扉を閉めるとようやくシナは俺の腕を離し、ダンボールに寄りかかった。俺も俺で扉に寄りかかって腕を組む。

「で、要件ってなんだ。さっさと帰りてえんだよ」

 長居は無用だ。元々この店に用があるわけでもねえ。

「そうねぇ。早く帰りたいわよね。だってあの女の子のことがあるんだものね?」

 クスリと笑うシナの声。

 何でこいつがあのガキのことを。知っているってことか? 帰りたいって言ったってことは――。

 数テンポ置いてから俺は軽く舌打ちをする。

 ――してやられた。くそが。こいつは何もかも知っているのだろう。湊の正体も、彼女を狙っている者達のことも。むしろ、その者達から既に探し者として通達が来ていたのかもしれない。先ほど大人しく引き下がったのはそういうことだったのか。

「一匹狼で過ごしてきたあなたがどうしてあんな子拾っちゃったのかしらん?」

「拾ったんじゃねえ、着いてきたんだ。勝手にな」

 息を深く吐いて告げる。するとシナは驚いた声を出した。

「勝手に? あなたに着いてきた? ふぅん、物好きな女の子だこと」

 物好きって単語一つで済ませられんのかよあれ。

 彼女はアウターのポケットから二つの封筒を取り出す。それらを向けられると、大人しく受け取って中身を確認するために封を切る。

 一つは昼間言っていた偵察と暗殺の仕事内容についてだった。そしてもう一つは――探し者のリストだった。その中で一つ、ピンクのラインが一本横に引かれている。よくよく見てみるとそのラインには『天羽 湊』と、あの少女の名前が書かれていた。その下には彼女の身体的特徴や――能力のことが事細かに書かれている。

「……見つけてそこの住所に届ければ報酬ももらえるって話よ?」

 湊の隣にはとある住所が書かれている。彼女を探し者として探している者の居場所だろう。

「この住所の先がまともなことあったかよ」

「無いわね」

 シナはすぐに答えを返してきた。

 大概、ここに載せられている住所は研究施設か或いは裏の顔を持つ者たちが集まる場所を示している。その上探し者として載せられている者達も事情持ちが多い傾向にあるのが現状だ。

「どうするの? 連れていく?」

 探し者のリストを見てからシナの方を見る。こいつとは長い付き合いになるが、未だに何を考えているか分からねえ。黙る俺を見てシナはおかしそうに吹き出した。

「ああ、安心してちょうだい。私からそこに連絡を入れるつもりはないわ。報酬は確かに美味しいけど、別にそこまで飢えてるわけでもないのよね。私が連絡入れたと思ったのかしら?」

 てっきり俺が心配してると勘違いしたらしい。馬鹿違う、そうじゃねえ。

 シナが仮に連絡を入れて、あいつをよこせと言っても、俺は好きにしろとしか言わねえよ。そうではなく。

「……これを渡してきた意味が分かんねえよ」

 目の前の女の真意を知りたかった。

 湊が狙われているのは知っている。今更見せられてもだから何だよ、としか思わねえ。それともこれを俺が知らないとでも思ったのか?

「私ね、気になるのよ」

 ダンボールに寄りかかり続けるシナは言う。

「あなたがあの子をどうするか。即死さえさせなければ何度だって治せるんでしょう? 他人の苦痛を何よりも楽しむあなたが、あの子をどうするのか。……ふふ、まあ物によれば研究施設とやる事は変わらなくなっちゃうかもしれないわね」

 楽しそうにシナは両手を合わせて笑みを浮かべ、続ける。

「それとも、助ける? ひ弱で一人じゃ生きていけない、女の子に手を貸す? あの子の守護者にでもなってみる?」

「……守護者だと? 笑わせんなよ。気に食わねえ」

 誰が守護者だよ。そんな立場なんて願い下げだ。

 鼻で笑い飛ばすと封筒にリストを入れ直し、バックに突っ込んだ。変わらないわねえ、とシナはやれやれと首を横に振る。

「今回のお仕事の報酬、何割かくれたら私があの子の面倒見てあげるわよん?」

 冗談っぽく提案する彼女は、ダンボールから離れると俺に近づいてきた。

「やらねえよ。俺だって面倒見てるわけじゃねえんだ」

 そんなことのために報酬を分けるなんてしたくねえ。

「じゃあ私や誰かがあの子を狙おうとしても止めないのね?」

 身長差的に俺が彼女を見下ろす形になる。掴みどころのない笑みを見せるシナに、俺は口端を歪めた。答えなんて決まっている。

「好きにしろ」

 ――あいつがどうなろうが知るかよ。

 それだけ言うと、俺は扉を開いて店内に戻る。湊は雑貨を見るのに夢中になっていた。このまま置いて帰ってやろうか。それが一番楽だな。

 善は急げだ、さっさと店の外へ……と足を動かそうとしたのだが。続いて出てきたシナがこちらの腕をがっちりと掴み、湊に声をかけたおかげで彼女は品物から目を離してこちらに視線を向けてしまった。

 シナの手を振りほどこうとするがなかなか離れない。なんだこの握力は。こいつ女だよな?

 すると彼女はこそりと呟いた。

「忘れ物されちゃ困るわよん」

「……暗に『面倒事は押し付けるな』って聞こえるが」

「あらー、言ったでしょう。あなたがどうするかが気になるって。勝手に逃げたら今回の仕事の報酬は私が全部もらっちゃうわよん?」

 やな言い方しないで、とシナは肩を竦める。湊がこちらにやってくると、シナはこんにちは、という挨拶から始まるなんてことない会話をし始める。

 その間ずっとこちらの腕を掴まれ、挙句の果てには抓られもした。と言っても報酬全部かっさらわれるなんてそんなことはごめんだ。俺がシナをずっと睨み続けている中、湊もシナを困惑と若干恐怖も入り混じった目で終始見つめていた。俺がかなり苛ついてるのが分かったからだと思う。

 湊は自分の目的を忘れてなかったのか、仕事の話を持ちかけると、シナはまあ!! と声を上げた。

「働き者はお姉さん嫌いじゃないわよん? ちょっと待ってて」

 嬉しいとばかりに笑うシナ。一体どんな仕事をかますのだか。呆れ顔で様子を見ていると、彼女が持ってきた封筒の中身は簡単な内職系のものばかりだった。意外だな。こんなまともなものを渡すなんて……。

 俺の驚きに気がついたのか、シナは「女の子に汚い仕事なんて渡せないわよん」とウインクをしてくる。

 確かにガキにそんなことはできねえな。……逆に捕まえられてるのがオチってところか。

 湊はこれならできそう、と選んだ仕事の詳細を受け取り満足そうだった。

「この赤毛に変な事されたらいつでも来なさいな」

「あ、あははー……」

 シナは穏やかな笑みで言うと、湊はぎこちなく笑う。俺はジト目でシナを見た。誰が赤毛だこの野郎。潰すぞ。

「赤毛いうんじゃねえタレ目やろっ、バッカそれ抓るって言わねえちぎろうとしてんだろ!!」

「あらあら一種のコミュニケーションよん」

「どこがだ!!」

 肉をちぎられる勢いで思いっきり抓られると、何を言ってるのかしらとばかりにシナはため息をつく。人の肉を抓るのがコミュニケーション? 何言ってんだ動物でもそんなことはしねえだろ。

 ちらりと湊を見ると、彼女はしきりに引きつった笑みを浮かべるだけだった。

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