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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第1章 アテリカ帝国
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出発!

12月24日・朝 首都ソマーノ 皇城 庭園


 「いずも」に積み込まれていた予備燃料と人数分の水・食糧とテントが乗せられた1tトレーラー、また、邦人護送のためにシーホー(SH-60K)クで一時的に「いずも」へ帰還していた2名の陸上自衛隊員、そして「いずも」に乗船していた医官と衛生員2名を乗せた73型中型トラックが首都ソマーノに到着した。


「ごくろう様です」


 新田は荷物を持ってきた陸自隊員に労いの言葉をかける。トラックの運転席を降りた隊員が新田に敬礼をする。


「陸上自衛隊二等陸曹、仲上翔と申します」


 その隊員は新田に素性を述べた後、今後の予定と概要について伝える。


「今回のクロスネルヤード訪問に必要と思われる物資を持参致しました。貴方方が乗ってきたトラックから、通信機をこちらへ移します。また此度の訪問には陸路を長時間走るということでしたので、医官と衛生員を同伴させよ、とのご命令を受けております」


 そう述べる彼の背後を見ると、2人の男性と1人の女性が立っていた。そのうちの1人が新田に近づき、仲上と同様に敬礼をする。


「この度特命を受け、使節団の皆さんの健康維持を仰せつかりました、海上自衛隊一等海尉の柴田友和といいます。こちらは衛生員の三津波拓真海士長と、同じく三等海曹の水沢小春です」


 柴田一尉に紹介された2人の衛生員は、気を引き締めた様子で新田に敬礼をする。


「よろしくお願いします」


 敬礼する3人の医療スタッフに対して、新田は握手する為に右手を差し出す。彼らの代表である柴田一尉はその手を強く握り返す。


「現在の状況はどうなっているのですか?」


「・・・今、皇太子殿下と外務大臣殿がジットルト辺境伯へ会談の打診を行っています。実際に出発するかどうかはそれ次第。ここで決裂すれば、奪還作戦を行わざるを得なくなるかと」


 新田は柴田一尉に現在の緊迫している状況について伝える。その後、自衛官を交えた使節団は皇城の中へと入って行った。




皇城内部 応接間


 応接間にて待機する使節団の下に、ジットルト辺境伯へ会談の打診を行っていた皇太子のサリードと外務大臣のラキムが入室してきた。


「ジットルト辺境伯殿に、訪問する旨をお伝えしました」


 サリードは相手方への連絡が済んだことを伝える。当然ながら、近隣国同士であるアテリカ帝国とジットルト辺境伯領の間には外交交流の関係が築かれていた。アテリカ帝国からジットルト辺境伯へ信念貝にて伝えた内容は具体的に、“日本国使節団がジットルト辺境伯領との外交交渉を急遽取り持ちたいと言っている。彼らは貴方が以前、我が帝国の第二皇子から手に入れたニホン人奴隷について、ニホン国には奴隷制度が存在せぬ故、その早急な返還を求めている。アテリカ帝国皇太子サリード=トローアスが仲介となるので、応じて頂けないだろうか”であった。


「で、相手側からの返答は!?」


 新田は食い気味な様子で問いかける。この打診に応じて貰えなければ、交渉も経ずに「特戦群」の出番となるからだ。


「それが・・・」


 外務大臣ラキムは相手から届けられた返答の内容について伝える。“今からそちらへ向かう”という急すぎる会談の依頼の上、少なくとも相手は正当な手段で購入したと思っているものを今すぐ返せ、というある意味で一方的な文言を添えているにもかかわらず、ジットルト辺境伯からの返答は、“こちらも日本国の使節団とサリード殿下を歓迎する。道中お気を付けて来られたし。ニホン人の返還にも交渉内容次第で応じる”と、穏便なものであった。

 最悪の場合、この連絡で相手の機嫌を損ねて会談にすら応じて貰えない可能性も高かったことを考えれば、随分と好意的な内容だ。それでも交渉内容次第とある以上は会談の場で邦人返還に応じて貰えない可能性はある為、「特戦群」出動の可能性が消えたという訳ではない。

 日本政府としてはマスコミに突かれる様な人身売買の真似事はしたくない。よって“買い戻す”という手段はとりたくないというのが本音であった。その後、ジットルトへの出発も決まり、そこまでの道筋と日程について話しあう為、仲介役として同伴するサリードを交えて、使節団員たちはテーブルを取り囲む。


「では、行程の確認を行いましょう」


 護衛の陸上自衛隊員の1人である野村幸誠二等陸尉/中尉は、日程の説明を行う為に、テーブルの上にジュペリア大陸南部の地図を広げる。


「・・・これは!」


「?」


 自国とその周辺諸国の地形が事細かに描かれている地図を目の当たりにして、皇太子のサリードは戦慄した。精巧な地図は国防に関わる。本来なら皇城から門外不出にでもすべき代物を日本人が取り出したことに、驚きを隠せなかった。


「これ程精巧な地図、私は目にしたことがありませんが、一体いつの間に!?」


 地図の出所を興奮気味に尋ねるサリードに、外交官の1人である遠藤が落ち着いた様子で答えた。


「これは上空140リーグ(100km)以上の“空”よりさらに上の“宇宙空間”と呼ばれる領域に我が国が浮かべた人工衛星から撮影したものです。言わば“風景の写し”です」


「ウチュウクウカンですか・・・国交を樹立した暁には、貴国から学べることは多そうですね・・・」


 皇太子を含むアテリカ帝国の面々は思わぬ形で日本の技術力を見せつけられ、動揺を隠せなかった。驚愕する彼らを余所に、野村二尉は説明を続ける。


「ここが今、我々が居るソマーノ。ここからジットルトまでは鹿児島から青森までの距離に近いですが、道が舗装されておらずトンネル等も無いことを考えると、まあ3日で着けば上出来というところでしょう・・・」


「やはり、艦で行くことは出来ないのですか?」


 中世近世の世界観から成るこの世界では、陸路での長距離移動は危険と隣合わせだ。それを不安がる遠藤の質問に対して、野村二尉は一呼吸置いて答える。


「・・・艦で行くとなると、まずアテリカ帝国とその他近隣諸国を成す、この『ウィッケト半島』を周り込まなくてはなりません。陸を車で走るより、確実に足は遅くなります。またジットルトは内陸の街。仮に彼の街に最も近い海岸に着岸してとしても、今『いずも』に搭載されているシー(ヘリ)ークだと、行きはともかく帰りの燃料が保たないので、どちらにせよ陸路を車輌で走る必要があります。一刻も早い目的地への到着が望ましい今回の状況では、不適切かと思われます」


 野村二尉はそこまで説明した後、ジットルトへ向かう途中に通過することとなる“ある街”を指さして説明を続ける。


「この・・・途中で通過することとなる『ヨハン共和国』の首都セーベにて滞在し、水と食糧の補給を行います」


挿絵(By みてみん)


 それはジットルトまでの道中に位置する、テラルスを代表する一大港湾都市であった。その後も質問と協議を繰り返しながら日程の確認を終えた使節団員たちは、73式中型トラックが停めてある皇城の庭園へと降り立つ。




皇城 庭園


 自衛隊員たちが出発の準備を整える。その様子を見ていた皇太子のサリードは側に立っていた日本国使節団の団長である新田に声をかける。


「では、宜しくお願いします」


 今回、クロスネルヤード帝国へ向かうチームは日本国外交官が3名、護衛として同伴する陸上自衛隊普通科隊員が5名、医療スタッフとして同伴する海上自衛隊の医官・衛生員が3名、そして仲介役である皇太子サリード=トローアスとその近衛兵2名も同伴することとなり、計14名のパーティーとなった。


「こちらこそ、殿下の御身は責任を持ってお守りいたします」


 新田はサリードの期待に応えるようにして、言葉を返す。


「出発準備、整いました!」


 使節団員たちに敬礼し、野村二尉は準備完了を伝える。その後、今回ジットルトへ向かうメンバーたちが、次々と1tトレーラーを引いた73式中型トラックへと乗り込む。


「良し! 出発だ!!」


 新田の言葉に呼応し、最初の運転手である高尾誠司上級曹長がアクセルを踏み込む。馬や牛によって引かれることもなく、サリードと同伴の近衛兵2人はゆっくりと動き出す異世界の乗り物に少し戸惑いながらも平静を保っていた。城門から出て行くトラック、皇太子を乗せていくその姿を、外務大臣のラキム、皇帝のパリス2世、そして近衛兵たちが見送る。


「では、我々も行きましょう」


「はい」


 物資を乗せた73式中型トラックを運転してきた仲上翔二等陸曹/伍長は、元々、使節団が乗っていた別の73式トラックにアテリカ皇帝パリス2世の文書を携えた帝国宰相コール=タサルを乗せて「いずも」へと帰還した。その後、彼らを乗せた「いずも」は拉致被害者と、アテリカ皇帝パリス2世の文書を乗せて日本へと出航したのである。


・・・


アテリカ帝国西海岸 沖合 「いずも」艦内 医療区画


 アテリカ帝国の宰相コール=タサルと、拉致から保護された山西を乗せた「いずも」は、波に揺られながら日本への帰路についていた。病床についていた山西は、故郷に帰れる喜びをしみじみと噛みしめている。


「これで日本へ帰れるのですね・・・」

 

「ええ・・・本当に、大変でしたね・・・」


 彼女の治療や検査を行った内科衛生士の谷口英治二等海尉/中尉は、彼女の3ヶ月に思いを馳せる。いきなり遠き異国の地に奴隷として拉致され、数ヶ月にわたって非人道的な仕打ちを受けてきたであろう彼女の悲劇を思うと、悲しまずにはいられない。


「あの・・・美鈴は?」


「外交官たちが返還交渉に向かっています。彼女ももうじき帰国出来ますよ!」


 山西はもう1人の邦人の安否を尋ねる。谷口二尉は同僚の身を案じる彼女を励ます様にして答えた。


〜〜〜〜〜


後日 ウィレニア大陸 ショーテーリア=サン帝国 国境の街マセナル


 アルティーア帝国の間接占領統治を行う「総督府」から派遣された外務官僚の倉田条介は、邦人拉致時の様子を尋ねる為にこの街の領主であるイヴァール=アムニオニスの屋敷へと訪れていた。この街は青年海外協力隊に属する山西恵美子と沢南美鈴が、農業指導の為に派遣されていたアルティーア帝国の都市エイラントに最も近いショーテーリア=サン帝国の街であり、アテリカ帝国の第二皇子であるファティーが彼女らを拉致した際に滞在していた都市である。


「うーん、まさかその様なことがあったとは・・・」


 マセナル市の領主であるイヴァール=アムニオニスは、手をあごに当てながら事態の重さに戦慄していた。


「では、ご存じ無かったと?」


「はい、恥ずかしながら・・・」


 倉田の問いに対して、イヴァールは首を振って答える。まさか自分の知らないところで、自分が接受を行った異国の皇族が日本人の拉致事件を起こしていたなど、彼にとっても寝耳に水であったのだ。その後、彼は拉致事件のあった日の詳細について語り出す。


「交流のため狩猟をしようということになったのは事実です。ですが、そのしばらく後、別行動をしようということになりました。どちらが先により大きな獲物を捕らえられるか、と・・・再合流したのは日没ごろでした」


「ではその間に峠を越えてアルティーア帝国に侵入し、我が国の邦人を攫い、馬車に詰め込んだと・・・」


「恐らく」


 イヴァールは首を縦に振る。


「皇子殿下は、貴方の領内の農奴だと思い込み、攫ったと申しております。そのことについては、何か伝えられなかったのですか?」


 ファティーは農作業に従事する邦人の2人を、イヴァールが所有する農奴だと思い込んで自国に連れ去ったのである。もちろんこの世界でも、他人の所有物を黙って持ち去れば普通に窃盗になる。その点を尋ねる倉田の疑問に、イヴァールが答える。


「確かに農奴を2人連れて行って良いかと聞かれました。我が国では農奴の譲渡や売買は普通に行われている行為故、これを了承しました。尚、殿下が連れて行った2人の顔は確認していません」


 イヴァールは説明を続ける。


「それに仮に皇子殿下が私に何の断りも無く我が領地の農奴を連れ去ったとしても、私は気づかなかったでしょう。

農作業に従事する奴隷や農民が消えるというのは、特段珍しいことではありません。ノルマをこなせずに夜逃げ、または女性の場合だと特に、今回の様に夜盗や人攫いの餌食になることも、ままあります。農奴の場合は“同盟属領”より補充を行うのは容易いことですから、多少数が減っても気にはとめません」


 ショーテーリア=サン帝国の“農奴”は、没落農民、または属領の中でも“同盟属領”と呼ばれている地域から連れて来られた奴隷から成り立っていた。彼らには臣民としての人格は認められず、譲渡や売買の対象となることもあった。

 ちなみに同盟属領とは、帝国政府によって待遇が3段階に分けられている属領群のうち、すなわち「分割統治」の元に置かれているもののうち、最下層の扱いを受けている属領を指す。全属領に過酷な統治を敷いていたアルティーア帝国とは異なり、ショーテーリア=サン帝国では、その属領ごとに待遇を変えていた。ちなみに同盟属領より待遇が良い2種の属領は“植民属領”“自治属領”と呼ばれている。

 植民属領が最も待遇が良く、属領民は通常の帝国臣民とほとんど変わらない権利を持つが、その代わりに自治権は無い。中間に位置する自治属領は、納税と引き替えに限定的な臣民の権利と自治権が与えられている。そして最下層の同盟属領には納税の義務があるのにも関わらず、臣民の権利も自治権も無い。さらに領民の人格も認められていないため、奴隷の供給源として位置づけられているのだ。また、この属領の統治機関の職員に他の2種の属領の民を積極的に登用することにより、同盟属領の民の恨みや羨望の矛先を、帝国政府ではなくこれら2種の属領に向く様に仕向けている。また同盟属領同士は隣接しない様に配置している為、これらが結託することも防いでいる。

 このようにして、ショーテーリア=サン帝国は一部属領からの搾取を行いながら、それらによる恨み辛みを帝国から反らすことにより、反乱を匠に回避していた。


(成る程・・・この国の農奴制は我々が想像する中世ヨーロッパの荘園のものとは異なり、古代ローマのラティフンディアとコロナートゥスの中間と言った形態なのか・・・)


 イヴァールの話を聞いた倉田は、この国の制度について考察する。


「実際に攫われたのは貴国の国民ですから、私としては管理不行き届きを詫びなければなりませんね・・・申し訳ありませんでした」


 イヴァールは自分の非を認めて頭を下げる。倉田は今回の訪問により判明した全てを、そのまま日本政府へと伝えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告 「・・・艦で行くとなると、まずアテリカ帝国とその他近隣諸国を成す、この『ウィッケト半島』を周り込まなくてはなりません。 ↓ 回り込まなくてはなりません。 さらに領民の人格も認…
[一言] 未だこの先は読んでないけど、二人が無事に助かったとしても18禁に触れることをされてる可能性が高いですね。 そもそも治安の悪いのを分かっていて自分の意思で向かったんだったら自業自得とも取れま…
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