クロスネルヤード帝国へ!
新田が語り出した衝撃の真実を聞いて、皇太子サリードと外務大臣ラキムはとたんに体中の血の気が引いていた。
「エイラントにて行方不明になった邦人は“2人”です。“山西恵美子”と“沢南美鈴”、2人とも皇子殿下が国境を越えられた日に失踪しています」
「!?」
新田は淡々と事実を述べる。2人の顔には冷や汗が垂れていた。新田の方も2人同時に連れて来ないことを気がかりに思っていたが、恐らくは衰弱が激しく別の部屋にて横になっているのだろうと考えていたのである。日本人を保護したという知らせをアテリカ帝国政府から受け取った彼は、当然2人共保護したものだと思い込み、人数の確認などはしなかったのだ。
「わ、我々が昨夜確認したニホン人は1人だけでして、2人は居ませんでしたが・・・!? も、もしやあの馬車の中にまだニホン人が・・・いや!
サリードは言葉に突っかかりながら思考を巡らす。そして彼は側に立っていた近衛兵の方を向いた。
「ファティーは今何処だ!」
「ファティー殿下は、今はご自身のお部屋にいらっしゃいます!」
質問を受けた近衛兵はすぐさま答えた。
皇城内部
兄であるサリードは怒りを湛えた足取りで弟の自室へ向かう。その後を日本使節団が付いて行く。そして目的の部屋に着いた皇太子は、第二皇子ファティー=トローアスの部屋の扉を破るようにして開けた。
「ファティー! お前、もう1人ニホン人を攫っていたそうだな・・・!」
「・・・」
ファティーは突如現れた兄と彼が発した剣幕に驚くも、黙りこくっていた。
「その身柄を何処へやった?」
サリードはドスの効いた低い声で弟に問いかける。日本国の使節団もその答えに耳を傾ける中、ついにファティーはもう1人の邦人の行方について語り出す。
「クロスネルヤード帝国の属国の一、ユリナンス国の首都で開かれた晩餐会でお会いしたジットルト辺境伯殿に大金を積まれたので・・・売り払った」
「!!」
サリードは弟の答えに愕然とする。彼の後ろに居た外務大臣のラキムも掌で目を覆いながら天井を見上げていた。直後、サリードはうつむくファティーの胸ぐらを掴み上げる。
「お前はトラブルを引き起こす天才だな! どうやったらそう次から次へと事態を悪い方に動かせるんだ!?」
「ちょっ・・・! 皇太子殿下、どうか冷静に!」
今にも弟に手を出しそうな兄を、外務大臣のラキムが必死に静止する。サリードはファティーを突っぱねる様にしてその胸ぐらから手を離した。
「どういうことですか? ジットルトとは一体何処なのですか!?」
新田は騒然とする3人に強く問いかける。ラキムは事態の説明を求める彼にゆっくりと答えた。
「・・・ジットルトとは、ここより北方のクロスネルヤード帝国を構成する11の辺境伯領の内の1つ、及びその主都の名です・・・」
「!」
その答えを聞いた使節団員たちは驚愕する。「クロスネルヤード帝国」、その国の名は日本の外交官でも知っている。この世界で最大版図を誇り、最強の七龍の呼び声が高い国だ。新田は腹心の部下である遠藤和哉の方を向いて指示を出す。
「とりあえず、『いずも』に連絡! 山西さんからも、もう1人の邦人がどうなったのか可能であれば確認を取るように通達して下さい!」
「は、はい!」
皇城庭園 73式トラック車内
新田の指示を受けた遠藤は、首都郊外から皇城の庭園に移動してあった73式中型トラックの中で「いずも」への連絡をしていた。
「はい・・・やはりそうですか」
彼は通信機を切ると、神妙な表情を浮かべながら背後に居る新田たちの方を向く。
「山西さん本人からの証言も取れました。確かにファティー殿下が拉致した邦人は2人、そのうちもう1人は今回の外遊の途中に訪れた『ユリナンス国』で居なくなったと」
やはりアテリカ帝国の第二皇子は邦人を2人共拉致していた。事実関係の裏付けも済み、使節団は事の重大さに頭を抱える。
「どうしますか・・・まさかの事態ですよ!?」
使節団の1人である子門葵が新田に問いかける。日本とクロスネルヤード帝国の間には外交が築かれておらず、故に彼の国の政府と日本政府の間には一切の繋がりが存在しない。さらにこの世界では奴隷という存在が当たり前に取引されている為、邦人の返還交渉は難航すると思われるのだ。
「どうするも何も邦人がそこに居る以上、取り戻しに向かうしかありませんでしょう・・・」
「・・・まさか!」
「そのまさかです」
遠藤は新田の真意を悟った。
「行ってみようじゃないですか。“最強の七龍”クロスネルヤード帝国へ」
新田は不敵な笑みを浮かべながら答える。遠藤と子門は思わず息を飲んだ。その後、新田の報告はすぐに「いずも」へ、そして日本政府へと届けられた。報告を受けた日本政府は邦人奪還の為、外交使節団に急遽「クロスネルヤード帝国」へ向かうように正式に指示を下したのだった。