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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第1章 アテリカ帝国
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邦人の行方

日本国 東京 外務省 大臣室


 遠き大陸から届けられた失踪邦人の発見報告を受けて、外務省ではちょっとした騒ぎになっていた。


「まさか邦人がジュペリア大陸へ拉致されているとは・・・」


 外務大臣の峰岸孝介は自身の机に座りながら、事の顛末にため息をつく。ここ数ヶ月の間、多くの属領を失ったアルティーア帝国の食糧自給を支える為に、ウィレニア大陸への青年海外協力隊の派遣が行われていたのだが、未だ安全が確立されない大陸に民間人を派遣することへの批判は多く、実際に失踪者を出してしまったことは世論に政権批判を巻き起こしていた。


「ええ、しかし失踪者が発見出来たのは不幸中の幸いです。アテリカ帝国政府には邦人返還の意志がある様ですし」


 外務事務次官の大影正治は、偶然ながらも邦人の所在が判明した幸運に安堵していた。


「まあ・・・無事に邦人が帰って来ることを祈ろう」


 峰岸はそう言うと椅子に深く腰掛ける。彼の机の上には2枚の資料が置かれていた。


〜〜〜〜〜


5日後 夜


 アテリカ帝国の首都ソマーノの郊外を馬車と騎馬の行列が進んでいる。列の中央を進む馬車は、それに乗る者の身分を示すかの如く絢爛な装飾が施されており、騎馬はその馬車を護る様な配置で並んでいた。列の最後には粗末な作りの別の馬車が進んでいる。恐らくは貨物用なのだろう。


「父君・・・皇帝陛下は一体何を考えておられるのだ。外遊を中止して今すぐ国へ戻れ、とは」


 アテリカ帝国第二皇子のファティー=トローアスは馬車の中でつぶやく。彼とその外遊団は愚痴をこぼしながら帰路を馬で走っていた。そして家路を急ぐ彼らの目に首都ソマーノの灯が見え始める。数時間後、首都に到着した外遊団は街の中央通りを駆け抜け、自分たちのホームである皇城の庭園へと足を踏み入れた。


「おい! 帰ったぞ!」


 ファティーが乗る馬車は皇城の正面玄関の前に停車した。彼はその馬車から降りると、付近に居る筈の近衛兵や侍女たちに向かって叫ぶ。だが、皇城はたいまつの火が燃えているだけで窓には全く光が点っておらず、辺りには人の気配さえ無かった。


「誰かいないのか!」


ガサッ!!


 ファティーは静まり帰った城に向かってもう1度叫んだ。その直後、城の中や城壁の後ろ、彼らの四方八方から近衛兵たちが突如として現れた。


「居るのではないか! 早く返事をし・・・?」


 ファティーがそこまで言いかけた時、近衛兵たちはなにやら殺気に満ちた様子で彼らを取り囲む。その直後、帰還したばかりの外遊団を取り押さえる様にして襲いかかって来た。


「な、何のつもりだ! お前たちは!」


 ファティーは警護するべき対象である自分に対して牙をむく近衛兵団の狼藉に怒り、怒号を飛ばす。だが、近衛兵隊長のピラミダ=デカセションは冷静な声で告げた。


「皇帝陛下のご命令です。ファティー殿下、無礼を申し訳ありませぬ」


 その直後、ファティーは近衛兵数人によって取り囲まれて馬車から引き離される。さらに近衛兵たちは皇子の外遊に同伴していた御者や護衛兵たちも、皇子同様に馬車や貨物から引き離した。その後、彼らは外遊団の馬車の捜索を始める。


「ああ! 何をする!」


 ファティーはいきなりの強制捜査に動揺して喚き散らした。近衛兵たちはそんな彼の声を無視したまま、馬車の捜索を続ける。外遊団の馬車は三台であり、一台は皇子が乗るもの、残り二台は貨物用の粗末なものである。


「隊長! 居ました、こちらです!」


 近衛兵たちは捜索を始めてすぐに、最後尾の荷物用馬車の中に数人の女性を見つけた。彼女たちは第二皇子が今回の外遊に連れ出した奴隷たちであった。奴隷たちは近衛兵団による強制捜査という突然の事態に驚き、震えている。粗末な薄着しか着せられていない彼女らの中に1人、顔立ちが明らかに異なる人物が居た。


「貴方がエミコ=ヤマニシ殿ですね?」


 近衛兵隊長のピラミダは他の奴隷と同様に震えている彼女に近づき、その素性を問いかける。


「は、はい・・・、そうです・・・」


 山西と呼ばれた彼女は、か細い声を出しながら首を縦に振る。その返事を聞いたピラミダは側に立っていた部下に命令を出す。


「目標を発見したと、皇帝陛下と皇太子殿下にお伝えせよ!」


「はっ!」


 命令を聞いた近衛兵が城の中へと走る。その様子を確認したピラミダは再び山西の方を向く。


「ニホン国外交使節団の方々が貴方をお待ちです。我々と共に来て下さい」


「!!」


 日本政府の人間がこの国に来ているという隊長ピラミダの言葉を聞いて、山西の顔が明るくなった。その後、近衛兵団の報告を聞いた皇太子サリードによって再び派遣された伝達係により、日本人の身柄を確保したことが首都郊外に待機していた使節団に報告された。


〜〜〜〜〜


首都ソマーノ 皇城 庭園


 邦人の身柄を引き渡してもらうため、日本使節団は再び首都の内部へと足を踏み入れる。身柄の引き渡しを終えた直後、山西恵美子は治療と検査の為、使節団の護衛として同伴していた陸上自衛隊員に連れられ、皇城庭園に着陸したシーホーク(SH-60K)から、使節団を乗せて来た護衛艦「いずも」へと護送されようとしていた。その様子を見ていた新田を初めとする使節団は、外務大臣のラキムと皇太子のサリードに事の顛末を尋ねていた。


「それで、第二皇子殿下は彼女を何処で?」


 新田が今回の事態に至ったその経緯を、ヘリの音に負けない様に少し大きな声で尋ねる。ラキムは少し間を置いて答える。


「以前、ショーテーリア=サン帝国へ外遊にお出かけになった際に訪れた国境付近の街マセナルにて、現地の領主の方と狩猟をされた時、アルティーア帝国との国境を無意識の内に越えたそうです。その時にたどり着いたアルティーア帝国のエイラントの農業地帯にて、農業指導をされていた山西殿に目を付け、彼女を農奴、もしくは農民の娘と思い込み、攫ったとのことです・・・」


 ウィレニア大陸を二分するアルティーア帝国とショーテーリア=サン帝国、この2カ国は大陸の中央を走る“ウィニレノン山脈”によって分けられているのだが、この山脈によって隔てられていない場所が2カ所だけある。1つは大陸北部の「アルカード平野」、かつて大陸を二分する2カ国の間で、激戦が数度に渡って繰り広げられた地帯であり、国境警備隊の大きな基地が置かれている。

 もう1つが大陸中央部の「ルル峠」である。標高1000m超級の山々が連なるウィニレノン山脈がかなり低くなる場所であり、馬、または徒歩でも比較的容易に国境を越えられてしまうのだ。現地の地理事情に疎かった皇子ファティーは国境と分からずにこの峠を越え、エイラントの農業地帯に侵入してしまったのである。


「事情は良く分かりました」


 ルル峠にも国境警備隊の基地が存在していたが、アルカード平野の基地とは異なり、ここには増援のための自衛隊は派遣されていなかった。総督府への報告案件が出来たな、新田はそう考えながら次なる議題を提示する。


「では、もう1人は何処へ?」


「・・・は、え?」


「?」


 サリードは目を丸くする。“もう1人ってどういうことだ?”、彼の頭の中では疑問符が踊り狂っていた。

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