伝説の種族 ライム
南極観測用雪上車内部
「レオーンチェフ中尉より連絡! ロトムシロクマが前方より接近!」
「「!!」」
村田の転落に続き、帰山二曹によって伝えられるその言葉に、調査団の面々に一気に緊張が走った。
「各員戦闘用意! BTR−Dはレオーンチェフ中尉を拾え!」
『了解!』
輪島の命令を受けたBTR−Dは隊列から離れ、前方のレオーンチェフ中尉の元へと走り出す。その中ではロシア軍兵士4名がPKT7.62mm機関銃の用意をしていた。対して陸上自衛隊員5名と残りのロシア軍兵士5名からなる計10名は、万が一BTR−Dが突破された場合に備える為、40mm回転弾倉式グレネードランチャーであるRG−6とカラシニコフを携え、非戦闘員が乗る南極観測用雪上車の周りを囲んでいた。
雪原 丘の上
(・・・こっちに近づいて来ているな! 私の声に気付いたか・・・不覚!)
レオーンチェフは双眼鏡を覗きながら、彼の猛獣の動きを監視していた。レンズの向こうには、巨体に似合わない俊敏な動きでこちらに向かって走っている猛獣の姿があった。
(一刻も早く、ムラタの救助を行わなければならないのに!)
レオーンチェフは下唇を噛む。早急に村田を助けに行けない焦燥感に駆られる彼の元に、BTR−Dがその姿を現す。
「レオーンチェフ中尉! 大丈夫ですか!?」
前部のハッチから姿を現した乗員が、レオーンチェフに無事を尋ねる。
「ああ! 私は問題無い!」
レオーンチェフはそう言うと、後部の大ハッチからBTR−Dへ速やかに乗り込んだ。
BTR−D内部
BTR−Dに乗り込んだレオーンチェフは、同じく車輌に乗る4人の部下に対して現状の通達を行っていた。
「例のシロクマは500m程前方から、一直線にこちらに向かっている。機関銃の用意は出来ているな!」
「「はい!」」
指揮官の問いかけに4人の兵士は、はっきりとした声で答えた。戦闘準備の完了を確認したレオーンチェフは、後方の南極観測用雪上車周辺に控えている輪島二尉にトランシーバーで連絡を入れる。
「ワジマ中尉! こちらで攻撃するぞ!」
『了解!』
もう1人の指揮官への連絡を終え、トランシーバーを切ったレオーンチェフは、すぐさま次なる命令を出す。
「機関銃用意!」
指揮官の命令を受けた2人の機関銃手が、前部ハッチを開けてその姿を寒空の元に晒す。
「うわっ・・・! マジでデカいな・・・」
機関銃手の1人であるヴェニアミン=アザーロフ上等兵は、地球の一般的なホッキョクグマの4倍以上の体躯を誇るロトムシロクマが放つ殺気と狂気に威圧されていた。
ウオオオォォン!
それは急速に距離を詰めており、何も抵抗しなければ間違い無く惨殺されてしまうことを確信させる程、凶悪な表情をしていた。
「・・・撃てぇ!」
ダダダダッ!
レオーンチェフの命令を受け、2人の機関銃手が発射装置に手を掛ける。同時に2丁の機関銃が火を吹く。
ヴオオオォォ!
突如放たれた高速の銃弾を食らったロトムシロクマは、驚いた様子でうめき声を上げた。しかし、その巨体に対して7.62mm口径の銃では損傷範囲が狭すぎるのか、致命傷にはなっていない様子だ。程なくすると、さらに怒りを深めた様子で凶悪な表情を浮かべるロトムシロクマの鋭い眼光がBTR−Dに向けられた。猛獣は再びBTR−Dへの突進を始める。
「戦車に機関銃を撃っている様なものか! この程度の火力ではらちが明かないな!」
その様子を見ていたレオーンチェフは、更なる指示を出す。
「対戦車擲弾発射器、用意!」
「了解!」
レオーンチェフの命令を受けた兵士は奥の手を取り出した。彼が抱えているのは、元の世界で正規軍から武装ゲリラに至るまで幅広く愛用され、世界的なベストセラーを誇ったグレネードランチャー・RPG−7である。RPG−7を渡されたもう1人の機関銃手であるレナート=コルシュノフ上等兵は、スコープを覗き込みながら照準を定める。スコープの先に見えるのは、怒りで我を忘れたかの様にこちらへ接近する猛獣の姿だった。
「目標確認! 後方安全良〜し!」
コルシュノフ上等兵は後ろに誰もいないことを確認すると、引き金に指をかける。機関銃の射撃を続けることにより、ロトムシロクマの牽制を続けていたアザーロフ上等兵はBTR−Dの中へと退避する。
「発射!」
直後、強烈なバックブラストと共に弾頭の榴弾が発射された。それは白煙を引きながら、すでに150mの所まで接近していた猛獣へと向かう。
ドガアァ・・・ン!
爆発音が雪原に響き渡る。
ギャアアァア・・・!!
それと同時に猛獣の断末魔が彼らの耳に届いた。
「どうだ!? やったか!」
「・・・」
レオーンチェフ中尉はコルシュノフ上等兵に攻撃の成果を尋ねる。彼の視線の先にあったのは、対戦車兵器を前になすすべ無く息絶えた獣の姿だった。
「攻撃命中! 目標は肉の塊と化しました!」
「良し!」
その報告を聞いたレオーンチェフは満足と安堵の笑みを浮かべた。彼はすぐさま、輪島ら後方に控えていた兵士と調査員たちの元へ、ロトムシロクマ撃破の一報を入れる。
「こちらレオーンチェフ、目標は駆除した!」
『こちら輪島、了解! 何かものすごい音がしたが大丈夫か!?』
「問題ない!」
『そうか! 我々も今すぐそちらに向かう!』
通信が切れる。その後、脅威を排した調査団は団長たる村田の救助活動に入るのだった。
「良し! 降ろせ!」
急ごしらえでセットされた降下用のロープを伝い、自衛隊員の1人である後田志郎一等陸曹/軍曹がクレバスの中へと降りていく。そんな彼の様子を、穴の上から他の調査員たちが心配そうに覗いていた。
「大丈夫ですか!?」
「・・・はい! 心配は要りませんよ・・・!」
クレバスの中に降りていくにつれて後田一曹の返事が遠くなっていく。そのクレバスは地獄にでも続いているかの様に深淵だった。
救助活動の傍ら、クレバスから200mのところでは、他の隊員とロシア軍兵士たちがRPGによって倒されたロトムシロクマの周りを取り囲んでいる。対戦車用兵器で吹き飛ばされたそれは、見るも無惨な姿となっていた。
「・・・まさかRPGを使用するとは思いませんでしたよ」
輪島二尉はレオーンチェフに対してやや呆れ声で言った。
「致し方ありません。体躯の大きさだけなら戦車と変わらない怪物です。7mmちょっとの豆鉄砲じゃあ、こちらの身が危なかった」
「・・・」
レオーンチェフの説明は最もだった。その後、何も言うことは無くなった輪島は再び、救助活動中のクレバスへと近づく。
「今の状況は!?」
指揮官から質問を受けた青塚藤雄二等陸曹は、敬礼のポーズを取ると問われた内容について答える。
「現在20mの深さまで降下していますが、まだ底が見えず、村田団長の姿も見えません・・・」
青塚は悲痛な表情で今の状況を述べる。
『そろそろロープの長さが限界だ!』
クレバスの中へ降下している後田一曹から、トランシーバーを介して青塚二曹の元へ連絡が入る。
「クレバスの底は見えますか?」
青塚は後田に問いかける。
『いや、見えない! 目算だがこのクレバス、深さは50m以上はあるぞ!』
「・・・!」
その報告を聞いた輪島は何やら決心した表情を浮かべる。彼は青塚のトランシーバーを手に取ると、その向こうにいる後田に指示を出す。
「こちら輪島。後田一曹、引き返せ! 残念だが・・・我々が現在所持している装備品では彼を救うことは出来ない!」
『!』
その言葉を聞いた後田と青塚、そして周りにいた他の調査団の面々は驚愕した。輪島は村田の救助を断念する決断を下したのだった。しかし、今あるもので彼を救出出来ない以上、それは致し方ないだろう。無理をして新たな犠牲者を出しては元も子も無い。
「・・・」
エベレストやマッキンリーなどの険しい雪山では、過酷な登山や極寒の環境に耐えきれず力尽きた者はそのまま放置され、ミイラと化すという。
「・・・待機組に連絡を取り、彼の”遺体”を回収する為の用意を本国へ要請する。我々は本来の任務に向かう・・・!」
「・・・了解」
輪島は今後の予定を淡々と述べる。彼の言葉を聞いた自衛隊員5名と、レオーンチェフ以下、10名のロシア軍兵士たちは出発の準備を始める。
「遺体って、村田さんは死んだと決まった訳じゃ・・・」
そうつぶやくのは河本である。しかし、希望はあると信じたい様子の彼の声も消え入りそうな小さいものであった。50m以上落下して生きているはずがない。そんなことは誰にでも分かることだった。直後、気持ちを切り替えた彼は他の調査員と同様に、火山地帯へ出発するための準備に取りかかるのだった。
「・・・」
仲間を失った悲しみを押し殺し、本来の任務に戻る彼らの姿を見ていたスパラスキーは何とも言えない気持ちになっていた。
調査員たちが南極観測用雪上車とBTR−Dの周りで出発準備を整えている傍らで、後田と青塚は雪原に設置した降下用ケーブルの回収を行っていた。その時・・・
「ありゃりゃ、せっかくここまで追って来たのに、倒しちゃったのか〜!」
「私たちの獲物だったのにねぇ〜」
「!?」
突如聞こえてきた話し声に、南極観測用雪上車とBTR−Dの周りで作業していた調査団の全員が振り返る。彼らのうち、誰のものでもないそれらの声が聞こえてきたのは、先程倒したロトムシロクマの死体の方からだった。
「・・・?」
そこにいたのは大きな槍を携えた2人の男女であった。極寒の雪原の上だというのに、2人ともやや薄着の恰好をしている。そして何より調査団の目を惹いたのは、その身長である。2人とも人間と変わらない姿形であるにも関わらず、男は3m超、女の方は2m半以上はある。
「何だ、お前たちは! 何処から出て来た!?」
突如現れた巨大な男女に、後田は警戒心をむき出しにして問いかける。
「それはこっちの台詞だよ。何故人間がこんな所にいるんだ?」
「何処からって歩いて来たに決まってるじゃない」
後田の質問に2人の男女は口々に答えた。
「それに・・・これ、仕留めたのはお前たちだな? 人間がロトムシロクマを倒すなんてお前達、ただ者じゃないな」
やや威嚇の入った表情を浮かべ、1m半ほど上にある高い目線から男が尋ねる。両者の間に睨み合いが続く。その時、その様子を遠くから見ていた調査員の河本が、息を切らしながら彼らの元に駆け寄った。
「も、もしや! 貴方たちは”ライム”の方々では!?」
「「!」」
河本の言葉に後田と青塚の2人は驚く。
「・・・そうだが。お前たちが何者だと聞いているんだ」
男が答える。
「私は河本と申す者です。我々はレーバメノ連邦、そして日本国より派遣された調査団です。金鉱を探し求めて、この地にやって来ました!」
河本はライムの2人に自分たちの素性を伝えた。彼の言葉に2人は驚いた様子で顔を見合わせる。
「・・・レーバメノって言えば確か」
「ええ、ちょっと前に我々が交易していた国の名ね」
50年前を”ちょっと前”と例える彼らの価値観に少し驚きながら、河本は話を続ける。
「我々は貴方方に会いに来たのです。かつて貴方方がレーバメノとの交易関係を持っていた時に、持ち込んでいたという”金”を求めて!」
「”キン”・・・?」
ライムの男は河本の説明に首を傾げる。彼は言葉の意味を解していない様子だった。
「・・・ほら、レーバメノに持っていったら人間たちが喜んでたあの”黄色い石”のことよ!」
女の説明に男は”ああ、あれか”と納得した様子で手を叩いた。男に比べて、ライムの女の方が記憶力が良い様子である。男は”あんなのを探し求めてここまで来たのか?”と、不思議そうな様子でつぶやくと、河本の方を向いて話し始める。
「あれが欲しいなら、石を採ってきた場所を覚えている奴に案内させても良いぜ?」
「!!」
男の申し出に河本、そして後田と青塚の3人は目を見開いた。偶然とはいえ、こんなにも当初の目的通りに話が進むとは想定外だった。
「でも・・・どうだろ? 覚えてる奴いるかな?」
ライムの男はそう言うと、女の方へ視線を振る。女は少し考える素振りを見せると、河本の方を向いて話し始める。
「う〜ん、貴方・・・コウモトだっけ? とりあえず貴方たち、私たちの集落へ来てくれないかしらね? 一応酋長の許可も要るし、勇敢な客人を持て成したいから・・・」
女の申し出に、河本は首を縦に振って答えた。
「はい! 宜しくお願いします」
斯くして、リーダーを失った資源調査団27名はその直後、極北の狩猟民族”ライム”との接触に成功し、彼らの集落へと案内されることとなった。




