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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第3章 ロトム亜大陸
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雪原の底に待つもの

ロトム亜大陸「未開地域」


 4つの無限軌道車が雪上を行く。先頭を行くのは南極観測用雪(SM100S)上車である。後ろでは調査団の護衛である2輌の10式雪上車と、1輌のBTR−Dが隊列を成して走っていた。南極観測用雪(SM100S)上車の中では、調査団護衛の指揮を執る輪島二尉が、ハンドルを握りながら磁気コンパスを注視していた。

 ちなみに、この惑星の地磁気は地球のそれと比べて”極めて正確らしい”ということが分かっている。地球では磁気コンパスのN極指針は正確には北極点を指していない。つまり地図における真北と磁気コンパスが指す北は一致していない。それは、南極点及び北極点が「イコール地磁気のN極S極」では無いからである。しかしこの世界の磁気コンパスは地球のそれと比べて、極めて正確に北と南を指すことが分かっている。それは地磁気のN極S極を指し示す「磁極」が南極点及び北極点にほぼ一致しているかららしい、と推測されている・・・が、詳しいことはまだ分かっていない。


「進行方向に異常ありません」


 GPSの無い世界で、何の目印もない雪原の上を進んでいるのだ。頼れるものはコンパスだけである。天候は晴れ、視界はそこそこ良好であった。


「このまま天気が保ってくれれば良いが・・・」


 窓の外を見ていた村田は、天候が変わらないことを祈っていた。


・・・


6時間後 雪上


 4輌の車輌は、運転手交代と休息、そして昼食をとる為に雪原の上に停車していた。南極観測用雪(SM100S)上車の中では、調査員の男達がガスコンロや電子レンジを使い、レーションや冷凍食品を加熱していた。元は地球の南極にて、極寒の環境の中でも南極基地の隊員たちの生活を保障する、言わば極寒の地専用のキャンピングカーとして開発された南極観測用雪(SM100S)上車には、南極探査にて使用するものと同じコンロや、電子レンジが使用可能な発電機が備え付けられている。


「まさかここで暖かい白米が食べられるとはね・・・」


 白い湯気が上がるそれを眺めながら、村田はしみじみとつぶやいた。南極観測用雪(SM100S)上車の中で昼食をとるのは、主に非戦闘員からなる調査員の11名と医療スタッフの2名である。


(これは・・・何たる美味しさ! それに、まさかこの地で温かいものが食べられるとは・・・!)


 スパラスキーは、南極観測用雪上車(SM100S)の中で調理されたレーションの味と日本の技術力に感動していた。一方で南極観測用雪(SM100S)上車の外では、自衛隊員とロシア軍兵士計15人が、それぞれ調理器具を広げてレーションを調理していた。お互いのレーションが珍しいのか、自衛隊員とロシア軍兵士の中にはレーションを交換している者もいる。


「嫌な雲が出てきましたね・・・」


「・・・」


 窓越しに空を覆う黒い雲を見上げながら、調査員の1人である河本が医官の矢部三佐に話しかける。空の様相は、先程までのお天気が嘘の様に真っ黒だった。


「こりゃ、雪が来ますかね・・・」


 矢部がつぶやく。その後、休息を終えた調査団は大きな不安要素を抱えながら、ライムの集落が位置する北北東へと向かう。雪が降り出したのは、その30分後のことだった。


 更に6時間後、調査団は再び雪上に停止していた。ぱらぱらと降り出した雪はついに本降りとなっていたのだ。南極観測用雪(SM100S)上車の中から見える外の景色は、出発時とは一変していた。


「今日はここで泊まりましょう。外に出れられなくなる前に、早めに宿営テントを張った方が良い」


 BTR−Dから南極観測用雪上車(SM100S)へ移動してたレオーンチェフ中尉が、進行の中止を進言する。


「・・・確かに」


 輪島二尉も彼の提案にうなずく。その他の村田を含めた調査員たちも異を唱える様子は無かった。


「では輪島さん、寒冷地用天幕(寒天)の用意をしてください。今夜はここで野宿しましょう」


 村田の決定を受け、輪島は南極観測用雪上車(SM100S)の外で待機していた隊員たちに寒冷地用天幕設置の指示を出す。レオーンチェフ中尉も自身の指揮下にあるロシア軍兵士9名に対して、同様の指示を飛ばした。寒冷地及び積雪地での作業・訓練に身を置く各隊員たちは、寒空の下、慣れた様子でてきぱきとテントを組み立てて行く。

 ちなみにこの時、気温は−17℃であった。夜になれば更なる冷え込みが予測される。碌な防寒装備のないロトム3カ国政府による調査団では、夜を越えることすら命がけだっただろう。

 夕食をとった後、28名の調査団は十分な防寒着に身を包み、南極観測用雪(SM100S)上車と寒冷地用天幕の中で眠りについた。


〜〜〜〜〜


翌日 現地時間午前11時


 翌日、夜が明けて雪も止み、調査団は再びどこまでも続く様に見える真っ白な大地の上を進んでいた。


「・・・そろそろ地平線の上に見えても良いはずなんですがねぇ」


 双眼鏡を覗きながら、調査員の1人である夜月良栄がつぶやく。彼が言っているのは、衛星写真で確認されているライムの集落のことだ。


「・・・! 村田さん、あれは!」


 夜月が叫ぶ。彼が双眼鏡越しに発見したもの、それは他の者たちにも遠目に見えていた。前方12時の方角に見える小さな丘の向こうの地平線から、異常な量のもや(・・)が立ち昇っている様子が見えたのだ。




 もやの様子を見る為に、村田とレオーンチェフが車輌から降りる。雪原の上を400mほど進み、もやの正体を確かめる為に小さな丘を1つ超える。


「「・・・!」」


 彼ら2人の前に現れたのは、本来なら彼らの目の前に現れないはずのものだった。


「あれは・・・火山地帯だ!」


 双眼鏡を覗きながら、村田は驚愕の声をあげた。彼らの場所からおよそ30km先に見えたのは、露出した岩肌と、そこから立ち上る大量の湯気であった。それは地底より昇ってくる熱に起因する雪原の大地の蒸発や、間欠泉の噴出によって発生していた。その大量の湯気が沸き上がる様子が丘を越えて見えていたのだ。


「おかしいぞ・・・グラッスオール火山地帯が真正面にあるのは!」


 現在、調査団が向かっているのは、カトレア支分国パパニコロウ村からまっすぐ北北東の方向にあるはずの”ライムの集落”である。対してグラッスオール火山地帯はパパニコロウ村からほぼ真北の方向に約310kmの地点にある。故に、北北東の方向へすでに280km近く進んだ彼らの目から火山地帯が見えるとすれば、北北西ないし北西の方向に90km以上進んだ地点に見えなければおかしいはずなのだ。


「進路が少し狂っている・・・」


 そうつぶやくと、村田はトランシーバーで南極観測用雪(SM100S)上車の運転席へ連絡を取る。




「・・・北へ向かってる?」


 村田の連絡を受け、南極観測用雪上車(SM100S)を運転していた陸自隊員の1人である帰山健夫二等陸曹/伍長は、調査団の行く先を指し示す磁気コンパスを注視する。


「コンパスは北北東を指してますよ!」


 帰山三曹は村田に伝える。その様子を見ていた調査員の1人である今朝川義典が運転席に近づく。


「・・・ちょっと見せてください。確認します・・・」


 今朝川はそう言うと地図を取り出し、周辺の風景・地形と見比べることで現在地を把握する。その後、運転席に取り付けられているコンパスを確認した。


「間違いありません。村田さんとレオーンチェフ中尉が見ているのは”グラッスオール火山地帯”です・・・!」


「・・・!?」


 今朝川の言葉に南極観測用雪上車(SM100S)の中にいる全員が驚愕する。


「コンパスの故障ですか!?」


「いいえ・・・そんなはずは・・・」


 帰山の言葉を今朝川は静かに否定する。磁気コンパスが正常に北を指していたことは、未開地域に入る前にサクトアにて確認されているからだ。


「コンパスがやや西側に振れている。ここは磁場が乱れているのか・・・!?」


 今朝川はコンパスが乱れた理由を考察していた。




「はい・・・、やはりそうですか」


 トランシーバーで連絡を取っていた村田は、今朝川から送られてきた報告に頷いていた。


「・・・我々は、間違った方向に進んでいたんですね」


 連絡を終えた村田の表情を見て、レオーンチェフは全てを悟る。


「・・・どうしますか?」


 レオーンチェフは今後の進退について村田に問いかける。


「・・・”ライム”との接触は諦めるしかありませんね。最悪の場合、待機組へ救援を求めることになりそうですし・・・」


 GPSが無いこの世界で、唯一の指針であるコンパスが狂ってしまったのだ。この状態でこれ以上、先に進もうものなら遭難は免れない。村田の決断にレオーンチェフは頷いていた。


「幸いにも、金鉱存在の筆頭候補である火山地帯には辿りつけたのです。数カ所で探索、及びボーリングを行い、金鉱は自力で探すことにしましょう」


 そう言うと村田は振り返り、調査団の元へと戻る為に足を進める。東京23区に匹敵する広さを誇るグラッスオール火山地帯の中から金鉱床を探しあてるのは大変だ。レオーンチェフはそんなことを思いながら火山地帯を一瞥した後、村田のあとをついて行く様にして歩き始めた。

 その時・・・


ピキッ・・・!


 2人の耳に何かが割れる様な音が聞こえた。


「え」


 突然の出来事に、村田は思わず間の抜けた声を出す。


バキバキッ・・・!


「うわあぁぁ!!」


 何かが崩壊する音と共に、村田の叫び声がこだまする。今まで地面だと思っていたところがぱっくりと大きな口を開け、彼をその中へ飲み込んでしまったのだ。


(・・・ヒドゥンクレバス! しまった!)


 レオーンチェフは心の中で叫ぶ。彼らの前に現れたのは、厚い雪に覆われその姿を隠していた”クレバス”だった。幸運にもクレバスの上には立っていなかった彼は、咄嗟にクレバスへと駆け寄り、その中へ手を伸ばした。しかしもうそこには調査団団長の姿は無かった


「ムラタさん!!」


 彼の悲痛な叫び声が、クレバスの深淵な闇の中で響く。レオーンチェフはトランシーバーを取り、後方400mのところで控えていた調査団に連絡を入れる。


「こちらレオーンチェフ! ムラタがクレバスに落ちた!」


『何!? 本当ですか!』


 トランシーバーの向こうの今朝川は、レオーンチェフの報告に狼狽していた。


「安否は不明! クレバスもかなり深い!」


 レオーンチェフは今の状況の詳細について伝える。その時・・・


ウオオオォォン!


「!?」


 まるで先程のレオーンチェフの叫びに呼応するかのように、どこからともなく獣が吠える声が聞こえてきたのだ。レオーンチェフは、村田がクレバスに落ちた拍子に雪の上に落として行った双眼鏡をすぐさま拾い上げると、声の正体を確かめる為に周りを見渡す。


「・・・!」


 その正体を見つけたレオーンチェフは、更なる緊急報告を調査団へと送る。


「こちらレオーンチェフ! 2時の方角に巨大な獣を発見した!」


『!!』


 その知らせに今朝川をはじめとする南極観測用雪(SM100S)上車の中にいる全員が再び驚愕する。


「恐らく・・・”ロトムシロクマ”だ!」


 獣の正体・・・それは、このロトム亜大陸未開地域で最も恐れるべき猛獣であった。10m以上の巨体を誇るそれが、調査団の前に姿を現したのである。


・・・


(ここは・・・)


 クレバスの中に落ちた村田は、幸いにも意識は残っていた。しかし、数十メートル以上の深さがあるクレバスの壁面に叩きつけられながら落下したため、全身を強く打ち、肋骨と足の骨を折っていた上に、額から出血までしており、言わば命が危うい状態であった。


(・・・しかし何だ、ここは?)


 薄れ行く意識の中、村田は視線を動かすことで周りの様子を探っていた。入り口こそ小さかったクレバスだが、その底は氷の大空洞と言っていいほど巨大な空間になっていた。


(・・・ここまでだな・・・)


 彼は死を覚悟しながら瞼を閉じる。これまで彼の人生において体験してきた出来事が、走馬燈のように瞼の裏を巡っていた。


(・・・)
























「・・・なあに? お客さんが降ってきた?」


 大空洞の向こうから、誰かと話しながら気を失っている村田の方へと近づく声がする。


「いきなり落ちてきたから咄嗟に支えてあげたけど、力が足りなくて落ちちゃったのね・・・」


 その声は女性のものであった。その女性は徐々に村田の方へと歩み寄る。


「・・・おや、本当だわ。珍しいわね。こんなところに人間が居るなんて」


 女性は、大空洞の氷の上に横たわる村田の姿を見つける。


「・・・このままでは死にそうね・・・。あなたたち、彼を家まで運んでくれないかしら」


 女性がそう言うと、倒れていた村田の体が突如浮かび上がる。その後、意識の無い村田は、浮かんだまま女性と共に大空洞の奥へと消えていった。

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