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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第3章 ロトム亜大陸
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魔法の学府

首都サクトア 国土庁 会議室


 資源調査団がレーバメノ連邦に到着した翌日、国土庁から調査団へ目的地である北部の未開地域についての説明を行う為、護衛を除く調査団の10人が国土庁の会議室を訪れていた。


「これが現在我々が居るロトム亜大陸の全景です」


 アレクサムはそう言うと、調査団の前に大雑把なロトム亜大陸の地図を取り出す。彼らが詳細な地図を出さなかったのは国防上の理由からである。しかし、レーバメノ連邦側の面々は、すでに日本側が彼らが持っているものよりも精巧なロトム亜大陸の地図を有していることなど知らない。


「”ロトム亜大陸3カ国”の”レーバメノ連邦”、”セイラ王国”そして”リネオ公国”の北の国境線よりさらに北側は、万年雪に覆われ草木も生えない不毛の地となっており、いずれの3カ国もこの未開地域については領有を宣言しておりません。しかし、古来より豊富な金鉱の鉱床が存在することが判明しており、これを調査するのが今回の目的です」


 アレクサムは壁に貼られた地図を指しながら説明を行う。ちなみに共同調査・開発による利益の取り分については、事前協議にて日本とレーバメノ連邦で折半することになっていた。


「そう言えば何故、極北の地に豊富な金の鉱床が眠っていることが分かっているのですか?」


 資源調査団の1人である八重樫蓮太郎が、アレクサムに質問をぶつけた。


「それは古代に”ライム”との交易があったからです」


「・・・”ライム”?」


 首を傾げる資源調査団の面々に、アレクサムは説明を続ける。


「”ライム”とはこの未開地域に住む種族のことです。人型の巨体を持ち、狩猟を生業としていると伝わっております。かつてはレーバメノ連邦7支分国の一、カトレア支分国と交易関係を持っていたのですが、50年程前に彼らが居住地を大きく北へ移動させて以降、交易が途絶えてしまいました。

その取引の際に、彼らは何処からか良質な金鉱石を持参して来ており、故に未開地域にはこれらの鉱床が存在することが分かっていたのです。彼らとの交易が途絶えた後、3カ国はそれぞれ数度に渡って調査団を未開地域に送り出しましたが、その度に大きな犠牲を出し、尽く失敗しております」


 アレクサムは極北地域に居を構える謎の種族について伝える。


「彼らはその巨体に似合わず、友好的な種族だったと伝えられております。我々の方から未開地域に出向き、彼らに接触出来たという前例はありません。しかし今回、可能ならば彼らに接触することで、鉱床についての情報を得られれば願ったり叶ったりと言う訳です」


 村田はアレクサムの説明を聞きながらあることを考えていた。


(もしかしたら・・・ロトム亜大陸を写した衛星画像に写り込んでいないだろうか・・・)


 彼は日本が打ち上げた人工衛星から捉えたこの大陸の衛星画像の中に、”ライム”の居住域が写り込んでいる可能性を思い描いていた。


(狩猟民族が確認出来る金鉱ということは、鉱床が地上に露出している可能性が高いですね・・・。極寒の未開地域という劣悪な地理条件を加味しても、地中に埋まる金鉱の調査や試掘、開発を新規で行うよりかは、安く上がりそうです)


 調査団の1人である河本が、自身の右隣に座る村田に小声で話しかける。


「尚、未開地域には当然ながら危険もあります。今までロトム3カ国が組織、派遣した数多の調査団を跳ね返してきたその寒さ然り、調査団の生き残りの証言や報告から、極寒の環境に適応したあらゆる獣が存在していることが明らかになっています」


 アレクサムは未開地域に棲息する獣について説明を始める。


「最も目撃証言が多いのは”ロトムシロカラス”、全長半ルーブ(約40cm)程の白く飛べない鳥です。他には”リネオアザラシ”、これは全長が3ルーブ(2m超)あるとも言われる巨大なアザラシです。さらには・・・」


 その後もアレクサムの口から紹介される未開地域における生物種についての説明を、資源調査団の面々は頷きながら聞いていた。説明の中には”リネオアザラシ”の様に、獣としては巨大なものが幾ばくか有り、確かに遭遇に注意すべき種の生物がいくつか存在していた。

 しばらくして、アレクサムはしゃべり放しで乾いた口をコップの水で潤すと、最後に最も注意すべき獣についての説明を入れる。


「・・・これで最後になりますが、未開地域において最も注意すべき獣について説明させて頂きます。それが”ロトムシロクマ”です」


「シロクマですか・・・」


 調査団の1人である上沢仁伍がつぶやく。


「はい。全長約15ルーブ(10m超)の巨大な体躯を持ちながら、降り積もった雪原、吹き荒れる吹雪の中を猫の様に走り回る俊敏性を誇ると言われています。尚且つ性格は獰猛で、雪上で動く他の生物を一直線に襲うとされています。

これに遭遇した場合は、他者を身代わりにすることで難を逃れるしかありません。今までの調査の中で実際の目撃者はいずれも、結果としてその手段を執ることで”ロトムシロクマ”の追走を逃れています」


「・・・」


 アレクサムの言葉を聞いて、資源調査団の面々は息を飲んだ。


「その点は我々にお任せ下さい。それら脅威に対抗するために我々は護衛を引き連れて来たのですから」


 資源調査団の団長を務める村田は、今回の資源調査に同伴している自衛隊とロシア軍について言及する。その後、いくつかの質問と協議を経て、レーバメノ国土庁と資源調査団との会議は終了した。


・・・


同日昼過ぎ 首都サクトア 宿「雪の都」1Fロビー


 国土庁から帰り、本国へ向けて衛星画像を確認する様に伝えていた村田が、自身の部屋から階段を伝って降りてきた。


「すみません、お待たせしてしまって・・・」


 謝罪の言葉を述べる彼の視線の先には1人のメイドの姿がある。


「ふふっ・・・では行きましょうか」


 息を切らすスーツ姿の男を見て少し微笑みながら、アンナは正面出入口の扉へと足を進める。彼ら2人は親子ほど歳が離れていた。村田は”サクトア観光”の為、ガイド役のアンナに連れられて一時的に宿を後にするのだった。



 

サクトア 街中


 しばしの間、街中を並んで歩く2人は沈黙したままだったが、その気まずい雰囲気に耐えきれず、村田が最初に口を開く。


「・・・」


「・・・あの、アンナさんはおいくつなんですか?」


 彼は今考え得る中で最も無難な話題を振る。女性に歳を聞くのは失礼だと言うが、彼女の外見なら問題無いだろうと判断したのだ。


「・・・今年で18歳になります」


 少し間をおいてアンナは答えた。ちなみに、この世界の一年及び一日の長さと季節の移り変わりについては、地球と大差無い。


「18歳・・・お若いのですね。この仕事は何年やっているのですか?」


「・・・4年目になります」


 アンナの答えを聞いた村田は、予想外と言った表情を浮かべる。4年目ということは14歳の頃から宿の従業員メイドをしているということだ。村田は何気ない質問から、日本とこの世界との間に開く就労年齢の差を実感することとなった。


「ほう・・・それは・・・」


 村田は言葉に詰まる。”お若いのに結構ベテランなのですね”とでも言おうとしたが咄嗟に止めた。一般的に王族貴族から成る「雪の都」の宿泊客に対しての世話係、恐らくは”慰安”も業務として含み得るかもしれないこの仕事を、彼女が好き好んで選んでいるとは限らないからだ。


(まあ・・・俺には関係無いがな・・・)


 数秒の刹那、これらの思考を巡していた村田は別の話題を考えていた。その後も差し障りの無い会話を続けながら、2人は街中を行く。

 そして数十分後、彼らはとある区域へとたどり着いた。空から見れば、縦に長い塔の様な建物を中心として、放射線状に大小様々な家屋群が立ち並んでいる様に見えるその区域は、まるでサクトアの街の中に築かれた別の街とも言うべき様相を呈していた。


「ここが”魔法の学府”の中枢、『学術区域』です」


 ”魔法の学府”サクトア観光としてアンナが最初に村田を連れてきたのは、魔法研究の為の各施設が集中している「学術区域」であった。


 500年程前、かつて魔法がまだ“怪しげな術”の域を完全に抜け出していなかった頃、当時の魔術師たちが世界の外れであるこのサクトアに魔術師とその家族を集めて、魔法学舎「サクトア学院」を設立した。それが”魔法の学府”としてのサクトアの歴史のスタートである。現在もサクトア学院は、学術区域の中核的存在として変わること無く存続しており、世界各地から高度な魔法を学ぶ為に種族を超えた学徒が集まっている。


 村田とアンナは学術区域に足を踏み入れる。幻想的で整然とした印象を受けたサクトア中心街と比較して、雑多な印象を受けるその区域の中を2人は進む。周りを見れば、学徒と思しき若人が所々に集まって何やら談義をしている様子や、恐らくは下宿にて下働きをしている様子が見えた。彼らの方もスーツ姿が珍しいのか、村田の方をちらちらと見ていた。


(何か落ち着かないな・・・)


 そう思いながらも、村田はアンナについて行く。するとアンナは学術区域の中心部に位置する塔状の建物に、ある程度まで近づいた所で立ち止まると、その塔を指し示して説明を行う。


「ここでは区域の中心部にある、あの”サクトア学院”を中心として、学院に属する学徒や導師の住居、そしてそれらを相手にする下宿屋や食堂などの施設が広がっているのです」


「ほぉ〜・・・」


 アンナの説明に、村田はやや間の抜けた声で相づちを打つ。


(・・・一種の学園都市だな、これは)


 学術区域の様相を見ながら、彼は母校である筑波大学、そして若き日を過ごした研究学園都市つくば市を思い出していた。


(・・・と言ってもつくばはこんなに雑多とはしていなかったがな)


 村田は同じ学園都市でも、サクトア学術区域と比較して整った景観を誇っていた「つくば市」に思いを馳せる。


「では、次の場所に行きましょうか・・・」


 案内役のメイドはそう言うと、再び歩みを始める。村田はアンナに導かれるがまま、別の場所へと移動するのだった。




学術区域内 魔獣研究所


 村田が次に案内された場所には畜舎の様な建物が並んでいた。しかしそこで飼われているのは牛や豚ではなく、”龍”であった。様々な種の龍の周りに、研究者や学徒と思しき人々が集まり、何やら記録をしていた。


「こちらは、魔獣の研究を専門として取り扱っており、現在は”紅龍”、”青龍”さらには”銀龍”の完全な家畜化を研究の主軸としております」


「・・・!」


 アンナの説明に、村田は驚いた表情を見せる。この「魔獣研究所」は、この世界で最もメジャーな航空戦力である龍を研究する為の施設なのだ。


 この世界では、軍事戦闘用に飼育されている竜を騎馬になぞらえて「竜騎」と呼称している。一般的な国の軍隊では「翼龍」という全長5~8m程の、飼育が容易くもっともスタンダードな種の龍が主に採用されている。さらに言えば人間が完全な家畜化に成功した龍は現状、翼龍だけなのだ。

 アルティーア帝国軍、さらにはショーテーリア=サン帝国軍では加えて「紅龍」と「青龍」という、翼龍より一回り大きい10~13m程で、さらに機動力・飛行速度・火炎射程ともに翼龍を上回る種の竜騎を所有している。更にクロスネルヤード帝国については、これら2種を上回るジュペリア大陸固有種である「銀龍」を航空戦力として所有しているのだ。

 しかしこれらは完全な家畜化、特に”人工的な繁殖”に成功しておらず、現状としてこれらを航空戦力に加えるには、野生の龍が産み落とした卵を奪取して来るしか方法が無い。さらには元来、龍はデリケートな生物種であるため、完全に家畜化された翼龍とは異なり、これら3種の龍は人間管理下の飼育ではその育成過程で原因不明の衰弱死を遂げることがままある為、それらのリスクや翼龍の軽く2〜3倍には昇る餌の量を考慮すれば、ある程度の軍事予算が算出出来る大国でなければ、これら3種の龍の飼育に踏み切れないのである。


「・・・」


 村田はアンナの説明を黙って聞いていた。興味深々な彼の様子を眺めていたアンナは、更に説明を続ける。


「最も、これら3種の龍の家畜化を研究している国家は我が国だけではありません。研究の進捗具合については機密故、我々の様な一般国民が知るところではありませんが・・・」


 アンナはそう言うと、村田を次なる場所へと案内する。




学術区域内 魔法研究歴史資料館


 村田が最後に連れて来られたのは、サクトアで行われて来た様々な研究の歴史について展示されている「歴史資料館」であった。


(一種の博物館の様なところか・・・)


 様々な展示品が並んでいる様子を見て、村田は心の中でつぶやく。館内には様々な研究によって生み出された発明品がその試作品を含め、まさしく博物館の様に並べられていた。2人はしばらく館内を歩き回いていたが、館内の一角に”貝”が所狭しと並べられている区画があった。


「・・・これは」


 村田は興味ありげに貝を眺めると、側に立っているアンナの方へ振り向き、それらの貝について尋ねる。


「これらは・・・”信念貝”ですか?」


「おや、ご存じでしたか」


 魔法を使えない民である日本人が魔法道具の名前を知っていたことに、意外そうな顔を浮かべながらアンナは答えた。


「50年以上前、当時の魔術師であるプリートレット=フィリノーゲンを首班とする開発チームが、遠隔地間の迅速な音信が可能な魔法道具の開発を目指して作り上げたのが『信念貝』です。サクトアの魔法研究の歴史上、これほど世界に変革をもたらした発明品は後にも先にも無いと言われております。これらはその開発過程において作り出された試作品、言わば失敗作なのです」


 アンナは信念貝の開発の歴史について語り始める。

 「信念貝」とは、「遠隔地間音信魔法」を用いるための魔法道具である。”長距離用”、”中距離用”、”短距離用”の3種類があり、貝それぞれに降られたコード、所謂電話番号を唱えると、貝の中に向けて発せられた音声を所有者の魔力に乗せて、他者が持つ特定の信念貝に飛ばすことができる。これによって中近世の世界観を基軸とするこの世界において、第2次大戦時並みの情報伝達速度を実現することが可能になっているのだ。

 値段はそれなりに高価であるため、一般庶民1人1人が個人所有する様なものでは無く、また通信可能な距離は貝の種類によって異なり、大陸間の通信が出来る”長距離通信用”の貝は個数も少なく高価である。ちなみに、アルティーア戦役において、日本と帝国との繋がりがテマの信念貝しか無かったのは、自衛隊が鹵獲に成功したアルティーア帝国の長距離用信念貝が、テマの物と通信兵であったマイネルトが持っていたものの2つしか無かったからである。


「信念貝の開発は苦難と挫折の連続だったと聞きます。何よりも、人が有する少量の魔力で音声を遠隔地に飛ばす為の”効率的な魔法機序”の構築に苦慮し、開発チームのメンバーの中には、機序の構築が不完全であった試作品の貝の使用実験の際に、自身の魔力を”貝”に全て奪われて亡くなった者もいたとか・・・」


「・・・成る程」


 アンナは信念貝の開発に携わった者たちの苦労について語った。村田は遠い昔の技術者たちの信念に思いを馳せる。

 この世界において基本的に全ての動植物に宿る”魔力”。中でも龍やリヴァイアサン、エルフ、更にはマンドラゴラの様に、身一つで魔力を使用できる亜人、動植物のことを”魔獣”と総称しており、人間においては”魔術師”と呼ばれる存在がそれに当たる。

 そして”魔力の喪失”とは、魔力を体内に宿す生けとし生けるものの”死”を意味するのだ。魔力を持たない民であるイスラフェア人が他の民族から”死の民”という蔑称を与えられたのは、生きていながら体内に魔力を有さない彼らを亡霊や死人と同様の存在として恐れたからである。


「・・・では、他の所も見て周りましょうか」


 信念貝の展示をじっと眺めていた村田はようやく気が済んだのか、側に立っていたメイドにそう言うと次の展示区画へと足を進め始める。

 資料館内には信念貝の他にも、「声響貝」や「透明インク」などあらゆる魔法道具の試作品や、その開発の歴史について綴られた資料が展示してあり、魔法に馴染みが全くない日本人である村田にとっては興味の尽きないものであった。


「・・・私からも・・・質問を宜しいでしょうか?」


 展示品を眺めていた村田に、アンナがやや憚りながら尋ねる。


「はい、どうぞ?」


 村田は率直な物言いで質問を促した。


「ニホン国には魔法は存在しないそうですが、ならば如何にしてアルティーア帝国やリヴァイアサンを倒す程の力を手に入れたのでしょうか?」


「・・・!」


 予想外の質問に村田は少し面食らう。彼女個人の単なる知的好奇心なのか、諜報活動の一環なのか。質問の内容から村田はその様なことを思っていた。


「我が国・・・と言いますか、我が国が存在していた世界において技術発展の主軸を担うのは『科学』と呼ばれているものです」


「・・・『科学』・・・ですか」


「はい。何故物は地面に落ちるのか、何故風は吹くのか、何故季節は変わるのか・・・そういった諸現象の原因と法則を見出すことで、我が国は技術を発展させて来ました・・・」


 村田はこの世界では馴染みが薄い「科学」について説明する。


「まあ、『科学』について詳しく知りたいなら、我が国を訪れるのが1番早いでしょうな・・・」


「・・・」


 1時間後、歴史資料館を一通り見て回った2人の男女は、入館時と同じ出入り口へと向かっていた。


(いや〜、面白いものを沢山見られたな)


 村田はそんなことを考えながら、館の出口へと歩いていた。


「・・・?」


 その時、村田は視線を感じた。そしてはっと上を向くと、資料館に入った時には気付かなかったが、出入り口の扉の上に1人の女性を描いた1枚の肖像画が掛けられていたのだ。


「・・・アンナさん、彼女は?」


 彼は肖像画を指差しながら、それに描かれている女性について尋ねる。


「サクトア学院創設に携わった当時の魔術師の1人であるルァディール=ガートロォナの娘で、学院の第1期首席卒業生であるジェラル=ガートロォナの肖像画だと言われています」


 アンナは肖像画の女性の素性について述べる。


「彼女は学院が始まりそして今に至るまで、歴代の学徒の方々の中で”最高の天才”として、学術区域の住民にとっては伝説的な存在です。しかし、彼女は卒業後に消息を絶ち、その行方については全く分かっていないのです」


「それは・・・何とも謎な女性ですな・・・」


 村田はそう言うと、肖像画の中の女性から感じる視線に何とも言い難い感触を受けながら歩みを進め、歴史資料館を後にする。サクトアの魔法研究の見学を終え、学術区域から退出した2人は宿への帰路に付くのだった。




サクトア 宿「雪の都」1F ロビー


 観光を終え、村田とアンナの2人は宿へと帰って来ていた。すでに日は落ちかけており、窓からは鋭い夕日が差し込み、2人を煌々と照らしていた。


「いや〜、面白いものを見ることが出来ましたよ! 今日はありがとうございました」


 村田は今日、ほぼ半日に渡って案内役を勤めてくれたアンナに心から礼を言う。


「いえ、お客様のご命令を承るのが私たちの仕事ですから。ご満足頂けたのなら何よりです」


「・・・」


 一瞬、2人の間に沈黙が流れる。”それでは”と言って村田がその場を去り、自室に戻ろうとしたその刹那、アンナは何やら思い詰めた様な顔で口を開いた。


「・・・あの、ニホン国では・・・奴隷は存在しないというのは本当ですか?」


 彼女は別れ際、2つめの質問を村田に投げかける。前の質問とは何ら繋がりが無いその内容に驚きながら、村田は答える。


「・・・我が国では奴隷的拘束・苦役は憲法で禁じられています。そもそも皇族を除く国民の間には、貧富の差は有れど、身分の差はありませんから」


「!」


 それを聞いたアンナは驚いた表情を浮かべ、更なる質問をぶつける。


「・・・ニホンでは、国民は国家によって生活を保障されているというのは、本当ですか?」


「!」


 日本国内における「社会保障」についての質問に、村田は”よく知っているな”と思いながら、問われた内容について偽り無く答える。


「ええ、我が国には『生活保護』や『国民年金』といった、生活困窮者や障害者、また就労年齢を超えたご老人の生活を支える為に、国が給金を出す制度があります。また『国民皆保険』と言って、日本国民や長期滞在の外国人も含め、日本国内の医療機関を受診した際にかかる医療費の7割を、公的機関が負担すると言う制度もあります。最もこれらの保護を受けるには、常日頃から国に対して保険料や税をちゃんと収めていることが最低条件ですが・・・」


「・・・」


 アンナは村田の説明を聞きながら黙りこくってしまう。そんな彼女の様子を見ながら、不可解な質問の数々に村田は戸惑っていた。


「・・・!」


 直後、何かを決心した様な表情を浮かべたアンナは、身長差から頭1つ分は上にある村田の顔に向かって、何かを懇願する様な上目使いで眼差しを向け、両手の指を祈るようにして組みながら、村田に寄りかかるようにして彼の一寸先まで突如として近づいた。


「・・・へ?」


 いきなりの出来事に驚き、村田は間の抜けた声を出す。いままで感情の起伏に乏しかったメイドの、大胆な行動に驚く彼に対して、アンナはまるで彼を誘惑する様な声を出しながらゆっくりと口を開いた。


「・・・どうか、私を・・・ニホンへ連れて行ってくださいませんか!」


「・・・ええっ!?」


 一瞬の出来事に頭が追いつかなかった村田は、彼女の口から発せられたお願い事に、驚嘆の声を上げるのであった。

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