もう1人の同伴者
レーバメノ連邦 港街ノーヴァル
ノーヴァルの沖合に停泊している「こじま」の艦尾門扉から発進したエアクッション揚陸艇によって、ウェルドッグに積まれていた今回の資源探査に使う機材や車輌がノーヴァルの海浜に揚げられる。
「船が陸に上がってるぜ!」
「ああ、あんな船があるとはな!」
ノーヴァルの住民たちは浜と「こじま」を往復するLCACを見て興奮していた。浜に揚げられた車輌の中には、特大型トラックに積載された状態の10式雪上車と、本来、転移前に南極地域観測隊と共に南極へ輸送される予定であった南極観測用雪上車の姿があった。さらには、陸上自衛隊が所有するものではない無限軌道車の姿もある。
人員モジュールの中から出てきたのは、官営機関または民間企業から派遣された非戦闘員からなる資源調査団、彼らの護衛である、陸上自衛隊の中でも豪雪地帯である北海道・札幌に居を構える冬季戦技教育隊所属の隊員たち・・・そしてさらには”白人の軍隊”の姿もあった。
「各種機材、及び車輌の揚陸を完了しました!」
資源調査団護衛の指揮を執る輪島啄徳二等陸尉/中尉が、調査団団長である村田に敬礼し、揚陸作業の完了を伝える。
「分かりました」
村田はそう言うと、”もう1人の指揮官”の方を向く。
「そちらはどうですか?」
村田の声に気付いたその男は輪島二尉とは違い、ややフランクな様子で村田に現状を伝える。
「ええ、問題ないですよ! いつでもサクトアへ向かえます!」
彼の名はアルカディー=レオーンチェフ陸軍中尉である。彼の前には、彼と同じ白人による隊が列を組んでいた。
(しかし、ここは何だか懐かしいな! 俺の母国にそっくりだ!)
レオーンチェフ中尉は極北の地であるロトム亜大陸の景色を、彼の祖国の風景に重ねていた。実は、日本国の「転移」に伴い”軍隊”を引き連れて来た国は、アメリカ合衆国だけではないのだ。
転移前に日本が経験した未曾有の国難である「東亜戦争」が終結した2024年、空母や強襲揚陸艦を建造し、公然の秘密としてアメリカから貸与された核兵器を所有するなど、軍事力を増強していた日本は、ついに「北方領土問題」についてロシア連邦とケリを付けた。
結果としては「面積等分」、すなわち色丹、歯舞、国後の3島と択捉の一部を日本領、択捉のその他大部分をロシア領とすることに決定したのだ。後に国土地理院から出版される地図には択捉島に陸の国境線が引かれることとなった。
この結果に日本国内では反発の声も大きかったが、領土問題としてはロシア統治のまま余りにも長い時間が経過しすぎていたこと、すでに北方領土には多くのロシア人が居住していたことを考えれば、「国後が返って来ただけでも良かったじゃないか」という世論が多数派となっていた。
その後、色丹、歯舞、国後の3島と択捉の一部からロシア軍が撤退し、”北方領土の不法占拠”は幕を閉じたのである。
ちなみに竹島については東亜戦争時に、北朝鮮軍に攻め込まれた本国からの支援と補給が一切絶たれた竹島の武装警察に対し、海上保安庁が竹島を取り囲んで兵糧攻めを行い、武装警察を投降させることで奪還していた。投降した武装警察約40名は戦後、傷跡が深く残る韓国本国へと送還された。その後の韓国国内には竹島再奪取を唱える声が多かったが、東亜戦争における第2次朝鮮戦争による戦災からの復興事業に予算と人員を大きく割いている為、そこまで手を回せる状態では無かった。
この時、日本と北朝鮮の間で密約が交わされていたと主張するジャーナリストが存在するが、真偽の程は定かではない。
その後、2025年に発生した異世界への「転移」は一部を除き、ほぼ日本の全領土を転移させていたが、ここである問題が発生した。北方領土のうち、ロシアとの国境線が存在する択捉島の全土が、「転移」に伴い異世界に来てしまったのだ。
それに伴い、在日アメリカ軍だけではなく、択捉島に駐屯するロシア軍までもが巻き添えを食らって、日本と共に異世界に来ていた。在日アメリカ軍とは違い、領土と共に異世界に来たロシア軍に対して、日本政府は最初にアメリカ軍に対してそうした様に、択捉島ごと自衛隊に編入することを提案したが、ロシア大使館はこれを拒否。さらには、屋和半島への移転も拒否し、択捉島にて新たなロシア連邦の建国の援助を日本政府に対して要請した。
日本政府は、今後ロシア軍が日本政府の要望に従って出撃する義務を追うという条件付で、択捉島でのロシア連邦建国の支援を容認したのである。故に今回、アルカディー=レオーンチェフをはじめとする”白人の部隊”は、日本政府の要請により、極北の地ロトム亜大陸にて冬季戦技教育隊と共に資源調査団護衛の任務を与えられた「ロシア軍」なのだ。
「よし! 出発だ!」
村田の声と共に、資源調査団とその護衛が各車輌へと乗り込む。全員が乗り込んだ後、エンジンがかけられ、1台1台がゆっくりと動き出す。それらは一本の列を成して、やや内陸に位置するレーバメノ連邦の首都サクトアへと出発するのであった。




