伝説の艦隊
2027年4月30日
北の海を行く巨大な艦がある。その艦の名は「こじま」、岡山県の児島半島がその名の由来になっているしまばら型強襲揚陸艦の3番艦である。艦が目指しているのは中央洋の北方にある「ロトム亜大陸」である。この大陸の南部に位置する3カ国のうち、「レーバメノ連邦」の首都である「サクトア」に向かう予定であった。
「こじま」 艦橋
サクトアへ向かう道すがら、「こじま」の艦橋では2人の自衛官の男が会話をしている。航海長の池田竜一二等海佐/中佐は、艦長の宇喜田大輝一等海佐/大佐にある伝説について話していた。
「・・・幽霊艦隊?」
そう問いかけるのは「こじま」艦長の宇喜田一佐である。
「はい。何でもイロア海戦にて、アルティーア艦隊の大量の瓦礫が消え去った理由として、セーレンに駐在している隊員たちの間で真しやかに囁かれているそうですよ」
そう述べるのは、航海長の池田二佐である。彼は「海に沈んだ船や船乗りの魂の力によって、その船の残骸から蘇った幽霊船が艦隊を成して現世に現れる」というこの世界の伝説について語る。時折、この世界の船乗りたちに発見されるというそれらは「幽霊艦隊」と呼ばれており、「最遠の魔女」という異名を持つ魔女が率いているという。
「所詮、伝説なんだろう? それは?」
池田のオカルトチックな話に、宇喜田は鼻で笑う様にして言った。
「そうとは言い切れませんよ。伝説と言われしリヴァイアサンが実在したくらいですからね・・・」
池田二佐はにやついた笑みで述べる。艦橋の隊員たちは、そんな彼らの会話を耳に入れながらも変わることなく周辺海域の観察を行っていた。
今回の彼らの目的は外交交渉ではない。すでに日本国とレーバメノ連邦との間には、アルティーア戦役から5ヶ月後の段階で国交が築かれている。彼らがこの国を訪れた目的は「極北地域の資源共同開発」の為である。
ロトム亜大陸は大陸南部の3カ国の支配領域より北の地域については、万年雪に覆われ作物が育たない不毛且つ未開の極寒地域であり、3カ国のいずれも領有を示していない。しかし、この極寒地域は人を寄せ付けないのと同時に、古くより豊富な貴金属資源の鉱床が眠っていることが分かっていた。しかし、この世界の技術力では鉱床を探すどころか、その前に寒さと飢えで死ぬのが落ちであり、ロトム亜大陸に存在する3カ国は、大規模な開発調査団を度々送り込んではその度に多大な犠牲を出していた。
そんな折りに、海外における資源開発に躍起になって取り組んでいるという強国・日本国の噂が入って来た。日本の資源探査・開発技術に目を付けたレーバメノ連邦政府は、アルティーア総督府へと使節団を送り、その後の日本との国交樹立交渉の場において、極北地域の資源共同開発を持ちかけたのだ。金鉱銀鉱の獲得に難儀していた日本政府はこれを了承した。
幽霊談義から1時間後、ついに目的地が視界に捉えられる。
「前方12時の方角に陸地発見!」
双眼鏡を覗いていた航海員のうちの1人から報告が入る。それを聞いた艦橋は途端に慌ただしくなる。
「ようやく着いたか!」
待ちかねていた一報に航海長の池田二佐は、ほっとした様な声をあげる。その時・・・
「濃霧発生! 前方視界不良!」
「!?」
航海員の報告と共に、先程までロトム亜大陸を望んでいた視界が急激に曇り出したのだ。かと思うと瞬く間に「こじま」を濃霧が取り囲んだ。いきなり一寸先も見えない様な状況に陥り、艦橋は混乱する。
「・・・こ、これは一体!?」
あり得ない状況に池田二佐は動揺する。それは他の隊員たちも同じであった。
「焦るな! 減速しつつ、レーダーで周辺の様子を探りつつ慎重に航行せよ!」
宇喜田一佐の命令が艦橋に響き渡る。直後、戦闘指揮所へも同様の命令が伝えられた。
「こじま」 戦闘指揮所
艦長からの指示が伝えられた戦闘指揮所では、副艦長の小早川茜二等海佐/中佐の指揮の元、濃霧に対応するために慌ただしくなっていた。
「減速開始!」
小早川二佐の指示により、徐々に艦のスピードが遅くなる。電測員長の竹久夢雄海曹長/兵曹長をはじめとする電測員たちは、レーダーによって映し出される画像を注視していた。
「対水上捜索レーダー、周囲に船影無し」
「同じく上空にも脅威となる影無し」
伝えられる報告を耳に入れながら、副艦長兼船務長の小早川二佐は艦橋の航海科に指示を伝える。
「周囲に異常無し。方位そのまま直進」
「こじま」 艦橋
「方位そのまま直進!」
「了解!」
戦闘指揮所からの指示を繰り返す航海長の池田二佐の言葉に従い、操舵を担当する航海科員は艦の進路がぶれないように注意する。
辺り一帯が見えない中、「こじま」はレーダーによる手探りの状態で慎重に海の上を進んでいた。
「・・・?」
「何だ、あの音は・・・」
池田がつぶやく。他の隊員たちも困惑した表情を浮かべていた。彼らの耳には何処からか、腹に響く様な低音が届いていたのだ。
『・・・ニ・・・グ。コ・・ヲア・・ヨ・・・』
「!?」
低音に続いて、今度は頭の中に響く様な声が聞こえてくる。
「池田二佐、これが聞こえているか?」
「はい・・・」
艦長の宇喜田の問いかけに、池田は首を縦に振って答えた。謎の声は彼ら2人だけでは無く、艦橋、戦闘指揮所、機関室の隊員たち、そして居住区画に配置されていた民間企業からの派遣員と”厄介な客”・・・この艦に乗る全員の耳に届いていたのだ。
謎の声はまるで近づくようにして、段々と大きくなっていく。
『『こじま』ニ・・・告グ。航路ヲ開ケヨ。我ガ艦隊ノ通過ヲ妨ゲテハナラナイ・・・!』
「ぐっ・・・! 何だ、これは!」
池田二佐が叫ぶ。他の隊員たちも苦しみの表情を浮かべながら頭を抱えていた。声がいきなり大きくなったかと思うと、それははっきりとした警告文となって、頭痛と共に「こじま」に乗る全ての人間の頭の中に響いて来たのだ。
「こじま」 戦闘指揮所
戦闘指揮所でも艦橋と同様に、頭の中に響いて来る謎の声による頭痛に船務長の小早川二佐を含む全員が苦しんでいた。
「艦周辺に異常は無いか!?」
頭痛に苦しみながら、小早川は電測員長の竹久海曹長に周囲の状況について尋ねる。竹久海曹長が映像を見ると、なんとそこには先程まで無かったはずのものが映っていた。
「・・・7時の方向に船団の影! 速度40ノット、距離3km! 並走する様にして接近! このままでは衝突します!」
「!?」
竹久海曹長は頭を抱えながらレーダーの観察を続けていた。彼より戦闘指揮所内へと伝えられた報告に、小早川二佐は驚愕した。
「・・・この”声”はその船団によるものか! しかし、先程まで周囲には何も無かったと言うのに!」
戦闘指揮所は驚きに包まれる。船団が急に現れたという事実もさることながら、問題はその速度である。この世界の船がそんな高速で走れるはずが無い。
「船団の規模は?」
船務長の質問を受けた竹久海曹長は、再び画面に映し出されている船影を注視する。
「数は2000隻以上、大きさは150m近いものも有り!」
「・・・は?」
竹久電測員長の答えを聞いて、小早川は目を丸くする。この世界でそんな巨大な船の存在は確認されていなかったからだ。
「見間違いじゃないのか!?」
船務士の内田百助二等海尉/中尉は、竹久海曹長に報告の真偽を問う。
「間違いありません!」
竹久海曹長は再度画面を確認するも、報告に間違いは無かったことを伝える。戦闘指揮所更なる混乱に襲われ、彼らがあたふたしている間にも謎の船団は着々とその距離を詰めていた。
『航路ヲ開ケロ、愚カ者!』
謎の声のトーンが大きくなる。隊員たちは更なる頭痛に苦しむ。
「船団までの距離、あと700m! このままでは衝突します!」
竹久が叫ぶ。謎の船団との距離はすでに1kmを切っていた。
「右舵を執りながら加速! 船団の航路から直ちに退避する!」
船務長の小早川二佐より発せられた指示は、すぐさま艦橋へと伝えられた。
「こじま」 艦橋
「戦闘指揮所より連絡! 右舵急げ!」
「了解!」
池田航海長の指示を受け、操舵を担当する航海科員は頭痛を耐えながら、舵を右に回す。「こじま」は今出し得る全速力で、本来の航路を右に逸れて離脱する。数十秒後、それらはついに彼らの前に姿を現した。
「左舷後方に船団を発見! 近づいています!」
見張りの1人から船団の出現が伝えられた。濃霧の中から現れた謎の船団は、縦に長い隊列を成して「こじま」の方へと近づいて来たのだ。
「わあっ!」
池田二佐は思わず驚きの声を上げた。
「こ、これは・・・!」
艦長の宇喜田は絶句していた。彼らの前に現れた謎の船団、その正体は何と”幽霊船”の群れだったのだ。
「ま、まさか・・・本当に”幽霊艦隊”!?」
池田二佐が恐怖の声を上げる。他の隊員たちも、あまりにも現実離れした事実を前にして恐れの表情を浮かべて固まっていた。
「こじま」の左舷を掠めるようにして通過していく幽霊船の船団は、縦に長いだけでなく、濃霧によって狭まった視界いっぱいに広がっている様に見えた。その中には竹久電測員長の報告通り、帆船とは思えないほど大きな船もあった。
ピシッ・・・ピキッ・・・!
幽霊船が放つ霊気によるものなのか、左舷側の窓は凍り付き、艦内が一気に寒くなる。隊員たちの恐怖心が益々煽られる。
(もし、進路の変更がもう少し遅かったら、あれらの船団と間違い無く衝突するところだったな・・・)
隊員たちが恐怖する中、宇喜田一佐は心の中で安堵していた。しばらくして、幽霊船による艦隊はその全ての船が「こじま」を追い抜き、濃霧の中へと消える。
「帆船に追い抜かれるとは・・・」
宇喜田がつぶやく。その刹那、沈黙が艦の中を支配する。直後、出現した時と同じように瞬く間に霧が晴れ上がる。目の前にはロトム亜大陸の地がさらに近づいている様子が見えた。
「こじま」 居住区画
艦内の居住区画に滞在していた資源調査団の面々は、謎の声と頭痛が消えて安堵するも、不安を隠せない様子であった。その中の1人に、資源調査団の代表である村田義直の姿がある。
「一体、何だったんだ・・・」
2027年4月30日、資源調査団を乗せた「こじま」は、ついにロトム亜大陸・レーバメノ連邦に到着したのであった。




