勝利の余韻
第2章最終話です。
「しょうなん」 艦橋
海中探査担当の海洋観測艦「しょうなん」にも、リヴァイアサン死亡の報告が届いていた。
「やったあぁ!!」
隊員たちは飛び上がって手を叩き、喜びを分かち合う。歓喜の渦に包まれる艦橋の中に観戦武官であるレンティス=オルファクトリーとバルトネラ=ヘンセレの姿があった。
「本当にリヴァイアサンを倒してしまうとは・・・!」
窓の縁に立っていたバルトネラは、驚愕した表情でレンティスに語りかける。彼らの視線の先にあるのは、謎の攻撃を食らい海面に倒れて死亡した伝説の怪物の姿だった。
「ええ・・・! これは早く本国へ報告しないと!」
その後、レンティスは外交庁より支給されていた中距離用信念貝によって、リヴァイアサン討伐成功の一報をエルムスタシア帝国外交庁へと伝えた。また、首都へ戻ったバルトネラもこの事実をすぐさま王宮へと伝えたのだった。
2日後 ホムンクルス王国 砂浜
「おが」の格納庫内にて、リヴァイアサンの討伐成功を祝うささやかな宴が開かれてから2日後、幹部たちはリヴァイアサンの遺骸をどうするかについて悩んでいた。
「さて、こいつをどうしようか・・・」
水深8m程の海底に横たえられ、躰の左半身を海面の上に晒している伝説の怪物の遺骸を眺めて、「おが」船務長の賀藤二佐はつぶやいた。彼ら幹部たちの脇では、森の中から出てきた小人族たちがリヴァイアサンの遺骸を見て大騒ぎしていた。
「何と・・・! あの伝説の怪物を倒すとは!」
「彼らは一体・・・!?」
「彼らはニホンという人族国家の海軍なのだそうだ」
「何でもエルムスタシアの皇帝陛下がリヴァイアサン退治を依頼されたそうだよ」
騒ぐ小人たちを尻目に、幹部たちはリヴァイアサンの処遇について話しあう。此処にこのまま放置すれば、腐乱した遺骸からあらゆる汚染物質や悪臭が放出され、確実に周囲の環境を破壊する為に放置は出来なかった。
彼らにとって1番理想的なのは、日本へ帰還する前に一度、リヴァイアサンの遺骸をクルボッサまで運搬し、アナン大陸全体に対して戦果を誇示することであったが、討伐隊の中で1番大きな「おが」でも、どうやっても乗せられない185mの巨体と体重を誇るリヴァイアサンを運搬する術を見い出せないでいた。
「・・・良し!」
幹部たちが悩む中、鈴木海将補は突如手を叩くと何かを思いついた様な顔をする。
ホムンクルス王国 首都ペンフィールド 王宮 玉座の間
首都ペンフィールドに戻っていたホムンクルス王国の観戦武官であるバルトネラは、戦果報告の為に国王レイビーズ=ヴァイアラスに謁見していた。
「何と! その報告は真か!」
国王レイビーズは玉座の前に膝を付く武官バルトネラの言葉に驚き、堪らずその内容を聞き返す。
「左様でございます。彼のリヴァイアサンはニホン海軍の”レールガン”という名の砲術兵器の前に破れ去りました」
ザワッ!!
バルトネラの言葉に、玉座の間に並ぶ近衛兵たち、そして国王の側に控える宰相のコクシェラ=バーネッティをはじめとする閣僚たちはざわついた。
「ニホン国とは一体、どういった国なのだ!?」
コクシェラは興奮気味な様子でバルトネラに尋ねる。
「以前彼の国の軍人が数名、レンティス殿に導かれてこのペンフィールドを訪れたのはご存じかと思います。彼らの弁に依れば、ニホンとは世界の東端に位置する新興国家で、彼らは異なる世界から国ごと転移してきたと述べているそうです」
「異なる世界から・・・?」
国王レイビーズは、バルトネラの言葉に首を傾げる。
「はい。ニホンの軍艦はまるで小さな島か人族の城かと思う程大きく、まさに異世界の技術というべき想像を絶する兵器が搭載されているのです・・・」
「・・・」
バルトネラは日本国について語り始める。レイビーズはその報告内容を緊張の面持ちで聞くのだった。
〜〜〜〜〜
2月16日 エルムスタシア帝国 港街クルボッサ
「リヴァイアサン討伐作戦」から5日後、リヴァイアサン討伐隊に属する8隻の艦は、エルムスタシア帝国の港街であるクルボッサに帰港する。
「おい、また来たぞ!」
再び現れた巨大艦隊に、街はちょっとした騒ぎになる。しかし、その装いは行きとは違った。鋼鉄のワイヤーを巻き付けられ、「おが」によって頭を、「しまゆき」と「しらゆき」によって胴体を持ち上げられ、曳航されるリヴァイアサンの姿があったのだ。
曳航を担当する各艦はバランスを崩さぬ様に慎重かつ低速で海を進む。故に行きの数倍の時間がかかることとなった。
同市 砂浜
討伐隊によって海浜に引き上げられようとしている巨大な遺骸を見るため、砂浜に群衆が押し寄せていた。
「おい! あれを見ろ!」
「まさか、あの”伝説の怪物”リヴァイアサン!?」
「本当に倒したのか!」
「なんと言う強大な力だ!」
クルボッサの市民たちは、リヴァイアサンの遺骸を曳航する日本の艦隊、すなわち伝説を倒した存在に畏怖の念を抱いていた。また、その人混みの中には行きと同様にアナン大陸の各国から派遣された武官、または偵察隊が紛れ込んでいる。
1時間後、討伐隊はリヴァイアサンの遺骸を、左半身が海の上に出るようにして海底に横たえることに成功した。その後「おが」のウェルドッグ内から2輌の20式水陸両用車が発進し、その中から計40名程の海上自衛官がクルボッサの砂浜へと降り立った。隊員たちは浜辺で作業を続けている。すると、人混みの中から2人のスーツ姿の男が浜に現れ」、上陸する隊員に話しかけた。
「へぇ〜! よく仕留めましたね!」
日本国よりエルムスタシアへ派遣された外交使節の1人である上村基一は、海底に横たえられたリヴァイアサンの遺骸を眺め、その大きさに気圧されながら、そばにいた海自隊員に話しかける。彼ら使節団は、討伐作戦が進行している間は首都エリー=ダレンに滞在していたが、討伐隊帰還の知らせを聞いて護衛の陸自隊員と共にクルボッサに駆けつけたのだった。
「はい。この世界で一番手強い敵でしたよ」
「おが」の船務長である賀藤二佐は、討伐作戦での苦心を吐露するように答えた。その後、浜で準備していた海自隊員たちによって、クルボッサの市民たちにリヴァイアサンの一般公開がなされ、他国の偵察隊や逓信社の記者によってこの功績は全世界へ向けて発信されたのだった。
同市 領主の屋敷
「何と! 本当に倒したというのか!」
リヴァイアサン退治成功の報告を受け、急遽街の高台にあるクルボッサ領主の屋敷を訪れていた”皇兄”シルドレア=ツェペーシュは、屋敷のバルコニーからもその巨大さが分かるリヴァイアサンの遺骸を眺め、驚愕していた。レンティスの報告により伝えられてはいたが、実際に伝説の怪物の遺骸が横たわっているのを目にすることで、それを現実として実感する。
「兄上・・・」
兄の傍らに立つ”皇妹”エルジェベート=ツェペーシュは、少し心配そうな面持ちで兄に語りかける。
「いやはや、喜ばしいことではないですか! リヴァイアサンの脅威は去り、これでまた各国との貿易が再開出来ます!」
クルボッサ領主のカーマ=アルビカンスは、意気揚々とした様子で2人の皇帝に話しかける。まさに災害とも言うべき被害をアナン大陸にもたらしたリヴァイアサンの死は、彼らにとって大いに喜ぶべきことであった。しかし、2人の皇帝の顔はカーマとは対照的に少しさえない様子である。それは彼ら政府の内心に、”日本国からの見返り要求”という不安要素があったからだ。
(リヴァイアサンは討伐され、ニホン国には大きな恩義が出来た・・・。これが吉と出るか否か・・・まあ、後のニホンとの交渉次第か・・・)
シルドレアは浜辺を眺めながら心の中でつぶやいた。
その後、リヴァイアサンの遺骸は討伐隊によって、3日間に渡ってクルボッサの市民たちに公開された。伝説の怪物とそれを倒した海軍の姿を一目見ようと、クルボッサとその周辺の村落の住民が我先にと押し寄せ、事故を防ぐ為に彼らを誘導する海自隊員が出動し、騒ぎに便乗して出店が立ち並ぶ。この3日間、クルボッサの浜辺はお祭り騒ぎとなった。
その後、リヴァイアサンの遺骸はクルボッサから日本へと運ばれ、然るべき研究機関によって、その重厚な装甲と火炎放射の機構、さらには遺伝情報について調査されることとなる。研究の終了後は深海へ投棄される予定である。
〜〜〜〜〜
同日 日本国 首都東京 首相官邸 総理執務室
リヴァイアサン討伐の成功から5日後、首相官邸に2人の閣僚が入室していた。部屋に設けられている応接用のソファに、2人の閣僚と首相である泉川が着席していた。
「今回の討伐作戦に要した費用、そして被害総額は約150億円・・・対潜ミサイル約30発とシーホーク1機を堕とされたのが高くつきましたね」
防衛大臣の安中が、リヴァイアサン討伐作戦にて費やした戦費について説明する。
「まあ・・・アルティーア戦役で浪費した戦費に比べれば安く済んだと考えられるでしょう・・・」
外務大臣の峰岸が腕を組みながらしかめ面でつぶやく。かつてアルティーア戦役後、セーレン王国に約9500億円を請求した際、セーレン代表団はそれを平時の国家予算の3分の1と言って騒いでいた。ただ今回の場合について言えば、そもそもセーレン王国とエルムスタシア帝国では国力の差に違いがあり、エルムスタシア帝国の国家予算はセーレンのそれとは比較にはならない。さらに請求額も以前ほど膨大では無い為、彼の帝国の支払い能力については恐らくは問題は無いと思われる。
「エルムスタシア政府への”見返り要求”についてはどうしますか?」
泉川が話題を変える。
「現在、アナン大陸周辺を調査中の『しょうなん』から各種データが送られて来ています。それを全て見てからでも遅くは無いかと。ちなみにグレンキア半島沖にて、海底油田と思しき海底地形と底質を確認しているとの報告が入っています」
「成る程・・・」
安中の答えを聞いた泉川は頷いた。
「正直なところ・・・戦費の回収よりも見返りを認めさせることが重要ですね。まあ海底資源と言う概念は、魚介類を除いてこの世界に存在しない様ですから、これについては難儀しないとは思われますが・・・」
峰岸は不安をはらんだ表情で述べる。
「海底油田に加え、アナン大陸に燃料の補給が可能な港を有すことが出来れば、尚良いんですがね・・・」
安中はテーブルの上に広げられたアナン大陸の地図を眺めながらつぶやく。
そして討伐隊が日本に帰還してから1週間後、日本政府からエルムスタシア帝国政府へ、リヴァイアサン討伐の見返りについての協議の場を設けるように、同帝国に残っていた使節団を介して伝えられたのだった。
〜〜〜〜〜
2027年3月12日 エルムスタシア帝国 首都エリー=ダレン 外交庁会議室
リヴァイアサン討伐作戦が世界を騒がせてから約1ヶ月後、日本国から新たな交渉団が派遣され、エルムスタシア政府と日本政府との交渉の場が設けられることとなった。
「今回の会議の議題は1ヶ月前の協議によって取り決められたリヴァイアサン討伐の”戦費”と”見返り”についてです。”見返り”については我々の要求を尊重して頂けるということになっておりますが、宜しいですか ?」
「はい・・・」
交渉団の代表である外務事務次官の大影正治の問いかけに、エルムスタシア側の代表である皇兄シルドレアはきっぱりと答える。しかし、その表情には緊張が見られた。
「ちなみに戦費は如何ほどかかったのでしょうか?」
宰相のセラレタ=オプティックが大影に尋ねる。
「貴国の最高額貨幣である”リヌ金貨”にして16万3200リヌ、我が国の通貨にして約150億円です」
「・・・!」
財務庁長官のイマナ=アブデューセントをはじめとするエルムスタシア側の面々は渋い表情を浮かべる。因みにこの額は、彼らにとって支払いに応じられない程では無いのだが、日本との経済格差を考慮すると、日本人の金銭感覚と比較すれば、感覚的にケタが1つほど違って聞こえただろう。
「しかし、我々が欲しているのは金ではありません。戦費の支払いはこの際、我々の求める”見返り”に応じて頂けさえすれば、全額免除致します」
「!?」
大影の言葉を聞いたエルムスタシア側の面々は驚愕する。
「して、貴国が求める”見返り”とは?」
セラレタが再び大影に尋ねる。
「・・・グレンキア半島沖の海底における資源採掘権。それと、以前の協議で費用について、こちら持ちで建設・強化することになっているクルボッサ港とルシニア港ですが・・・この2つの港のうち、グレンキア半島に位置するルシニア港に、周辺海域を往来する我が国の艦船の補給及び整備、停留の為の海上基地を建設することを認めて頂きたいのです」
大影は日本政府より伝えられた要求をそのまま伝える。日本側のこの要求は、将来的な西方への貿易圏拡大を見据えたものであった。
「海底の資源・・・? 海の底にも金銀が埋まっていると言うのですか?」
財務庁長官のイマナが目を丸くして日本交渉団の面々に問いかける。
「いえ、我々が海底で欲しているものは金銀銅などの金属ではありません。もちろん海産資源の類でもありません」
交渉団の1人である外務官僚の上村が答える。
「・・・海の底に金銀銅以外で価値のあるものが埋まっているのですか?」
今度は宰相のセラレタが疑問を投げかける。
「ご存じ無いのなら、貴方方にとってはその程度のものだと言うことでは?」
「っ・・・」
上村の切り返しにセラレタは言葉に詰まった。その後、いくつかの問答を経た後に、皇兄シルドレアの判断によって”グレンキア半島沖の海底資源採掘権”は認められることとなった。そして話の議題は、もう1つの見返りについてに移る。
「もし海上基地が建設された場合、入港及び停留する貴国の艦船には軍艦も含まれますか・・・?」
皇兄シルドレアは大影に1つの疑問をぶつける。
「・・・はい」
鋭いところを突いて来たなと思いながら、大影は少し弱い声で答えた。日本政府は遠隔地に使節団を送る時には専ら護衛艦を派遣している。海上基地と石油リグ、そして重油の精製所がルシニア港に完成した暁には、貿易船を含め、これら使節の艦の補給の為にも使用することになるだろう。
また、日本政府の意向としては、貿易路の安全確保の為にもルシニア港に護衛艦隊地方配備部隊のうちの一隊を駐留させたいと考えていた。大影はこれらのことを説明する。そして一息つくと再び口を開く。
「国交が樹立された暁には、日本と貴国は同盟国となる訳です。アナン大陸の各国には、他大陸の人族国家に対して不信感を抱く風潮があることは我々も重々承知していますが、我が国には貴国、そしてアナン大陸に敵対する意思はありません」
「・・・」
大影は嘘偽り無く日本政府の意向を打ち明ける。彼の言葉にシルドレアは考え込む様にして黙りこくっていた。
「皇兄陛下・・・いかが成されますか?」
宰相のセラレタをはじめとするエルムスタシア側の面々は君主の顔色を伺う。その後、シルドレアはゆっくりと口を開く。
「分かりました。・・・詳細については明日の協議に回しますが、結論としてルシニア港における海上基地の建設を認めます」
「!」
シルドレアは日本側の要求を承諾する決断を下した。日本交渉団の面々の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
交渉団代表の大影が礼を述べる。
「いえ、我々には貴方方ニホン国に多大なる恩義があります。貴国を信頼するのが本来ならば道義ですから」
シルドレアはそう言って立ち上がると右手を差し出す。大影は吸血鬼の冷たい右手を熱く握り返した。その後、いくつかの問答を経て、この日の会議は終了した。この会談の後、数日間に渡って日本とエルムスタシアの間に交わす各種条約の詳細が取り決められたのだった。
〜〜〜〜〜
3月17日 夜 エルムスタシア帝国 首都エリー=ダレン 皇宮 皇帝の自室
「ふう〜・・・」
数日間に渡る日本との協議を終え、シルドレアは疲労を溜めた様子で自室に帰って来ていた。
「お疲れのご様子ですね・・・」
椅子に座って一息つく皇兄に、部屋で待ち構えていた皇妹エルジェベートが話しかける。
「ニホンとの協議はいかがでしたか?」
エルジェベートは兄に協議の結果について尋ねる。
「これと言った問題は無い。ただ相互防衛の名の元、ルシニアにニホン海軍の駐留を認めることになった」
「ニホン海軍の駐留・・・ですか?」
エルジェベートは驚いた様子で聞き返した。
「何・・・心配は要らないさ」
シルドレアは安心させる様な口調で妹に語りかける。
(しかし・・・ニホン人とは随分腰が低いのだな・・・)
シルドレアは協議の様子を思い返していた。彼がそう思ったのは、日本人が協議の場において、”アナン大陸を救ってやったんだぞ”という横柄な態度を取るものだとばかり思っていたからだ。
確かに資源採掘権など見返りの要求はしっかりしていたが、日本側の代表団の言動は礼節のあるものであった。シルドレアが彼の国の要求を結果として全て受け入れることにしたのは、力が外交関係を決めるこの世界において、大きな軍事力を誇りながら、それを笠に着た態度を取らなかった日本側の代表団に対して、好印象を抱いたというのもその一因である。
交渉団が帰還して2週間後、建築資材と民間建築企業の作業員を乗せた輸送艦と、本格的な海底油田探査の為の海洋調査船が、エルムスタシア帝国グレンキア半島の港街ルシニアに派遣されたのだった。




