「あすか」の危機
「あすか」 戦闘指揮所
「砲弾直進! 5、4、3、2、1・・・」
音速の壁を貫きながら、翼安定徹甲弾が一直線にリヴァイアサンへと向かって行く。射出速度マッハ7.2で空を飛ぶそれは、秒速2kmを超越する圧倒的な速さで目標に到着した。
キャアアァアァァアァァァ・・・!
攻撃を受けたリヴァイアサンは甲高い悲鳴を上げる。その大きさは今までの悲鳴の中でも一際大音響のものとなった。
『リヴァイアサン左腹部外側に着弾! 貫通!』
上空からリヴァイアサンの様子を観察していた御法川一尉が、状況を報告する。
「詳しい説明を求む!」
船務士の梶田二尉が、御法川一尉に対して詳細な報告を求める。他の隊員たちも固唾を飲んで耳を傾けた。
海上 F−35B機内
海上には腹部から血を流してのたうち回り、苦しむリヴァイアサンの姿があった。
キャアァ・・・! グオォオ・・・!
伝説の怪物が奏でる悲鳴が辺り一帯に響き渡る。
(17式でビクともしなかった装甲を・・・! レールガンの貫通力はさすがの一言だ・・・だけど・・・!)
リヴァイアサンの周囲を飛行していた御法川一尉は、通信機に口を近づけると各艦に詳細な現在の状況について伝える。
「どてっ腹には当たって無い! 脇腹の縁を掠めて、表皮と肉ごと抉ったって感じだ! 出血は多くダメージを与えたのは確かだが、体躯と比較して損傷範囲は狭い! 致命傷にはなっていない!」
「あすか」 戦闘指揮所
「くそっ! 外れたか!」
御法川の報告を聞いた岡橋二佐は、悔しさを込めた拳を振り下ろした。その後、彼は弾丸が正確にヒットしなかった理由について考察する。
「恐らく装弾筒のいずれか一片が完全に分離しなかったんだ! 高熱の為に翼安定徹甲弾に癒着したそれのせいで、弾道が狂っちまった!」
レールガンに用いる装弾筒付翼安定徹甲弾、または装弾筒付翼安定榴弾は当然のことながら、戦車が用いるそれとは名称が同じだけで異なる構造をしている。電流を流し、ローレンツ力を生み出す為の装弾筒と弾丸の本体である徹甲弾から成る。
しかし、実験が開始された初期の頃、膨大な電力によって生ずる高熱により、時折、装弾筒が弾丸の本体である翼安定徹甲弾に癒着することがあった。実験開始前よりこの問題点について協議され、その対策が練られた上で実験が開始されたのにも関わらずである。
その後、実験を重ね、電磁加速砲専用装弾筒付翼安定徹甲弾の改良が行われるにつれて問題は発生しなくなった。だが、今ここに至ってほぼ2年ぶりに装弾筒の癒着が発生してしまったのだ。
「っ・・・! 今、事ここに至って・・・寄りによってこの状況で起こるか!?」
解決したはずの課題が此処で脚を引っ張ってしまったことに、岡橋二佐は狼狽える。
(・・・普段とは違うことをしている時に限って、普段起きないことが起こるものだな・・・!)
岡橋二佐はすぐさま気を引き締め直し、戦闘指揮所の総員に対して次なる命令を下す。
「・・・第2射撃用意!」
「「はっ!」」
新たに下された艦長命令を受けて、隊員たちは第2射撃の用意を始める。
「すでに電力艦の主発電機は再稼働! 電力供給開始!」
「電力艦『しらゆき』の主発電機、問題無し!」
「同じく電力艦『しまゆき』の主発電機、問題無し!」
第1射撃と同様にして準備が進む。岡橋は各方面から送られて来る報告を黙って聞いていた。だがその時、再びアクシデントが起こった。
「機関科より連絡! コンデンサー2よりレールガンを繋ぐ回路が短絡! このままではレールガンへ電力を送れません!」
「!!」
その報告を聞いた戦闘指揮所の隊員たちは再び驚愕する。2隻の電力艦より送られて来る電力を貯蔵する為に、「あすか」艦橋の前方に設置された2基のコンデンサーから貯められた電力をレールガンへと伝える為の回路が、第1射撃時に短絡してしまっていたのだ。
(全く・・・! 次から次へと・・・!)
立て続けに起こる非常事態に、岡橋二佐はめまいがしそうになる。だが、彼は何とか持ちこたえながら、状況の詳細を問いかける。
「修復可能か!?」
「少々時間がかかる様子!」
船務士の梶田二尉は機関科からの報告を伝える。それを聞いた岡橋二佐は緊急の命令を下す。
「機関科に通達、早急に修復せよ! また修復作業中は作業員の安全確保の為、コンデンサー2への電力供給は停止! コンデンサー1への供給は継続せよ」
「あすか」甲板前方 コンデンサー設置部
応急長である乾三等海佐/少佐の指揮の下、艦のダメージコントロールに従事する隊員たちが、レールガン専用コンデンサー設置部へと集まっていた。2人の応急工作員の手によってレールガンとコンデンサーを繋ぐケーブルを覆うカバーが開けられると、煙と焼けた臭いが辺り一面に漂う。
「焼き切れている・・・!」
応急長の乾三佐をはじめとする隊員たちは、事態の悪さを見て顔を青ざめた。レールガンとコンデンサーを繋ぐケーブルが、高温の電熱に耐えられずに焦げて焼き切れていたのだ。
「予備の電線を用意! すぐに取り替えろ!」
「「はっ!」」
応急長の命令を受け、隊員たちはすぐさま配線の修復作業に入るのだった。
「あすか」 戦闘指揮所
ケーブルの修理が進む中、艦長の岡橋二佐は戦闘指揮所の中で変わらず指揮を執っていた。
「『しまゆき』及び『しらゆき』主発電機に問題無し!」
「砲身の冷却完了!」
各方面から伝えられる報告を、彼は余すことなく耳に入れる。
「回路修復完了までの時間は?」
「あと15分程とのこと!」
岡橋二佐の質問に、船務士の梶田二尉は端的に答える。その時、上空からリヴァイアサンを監視していたF−35Bの御法川一尉から、新たな報告が各艦に届けられた。
『目標潜行! 所在を見失いました!』
「!!」
直後、ソノブイを用いて海中からリヴァイアサンを監視していたシーホークから、さらなる報告が発せられる。
「シーホークより連絡! 目標、潜行後こちらへ急速接近中! 速度53ノット!」
「馬鹿な!」
岡橋二佐は目標の新たな動きに狼狽えていた。この時、リヴァイアサンは自身に損傷を与えたレールガンが発射された方角に目標を定め、潜行を開始したのだ。
海上 F−35B機内
(まずい、まさか狙撃隊の方へ向かっているとは・・・!?)
上空から囮としてリヴァイアサンの様子を探っていたパイロットの御法川一尉は、「おが」からの指示に従って、突如潜行したリヴァイアサンを空から追尾していた。
(痛みに悶えていた動きが、徐々におとなしくなったかと思えば・・・海岸の方を向いて・・・エコーロケーションか何かで狙撃隊の位置を悟られたのか!?)
御法川一尉は”伝説の怪物”が見せる能力の高さに舌を巻いていた。
旗艦「おが」 戦闘指揮所
旗艦「おが」の戦闘指揮所でも、自分たちの居る方へと急速に近づくリヴァイアサンへの対処について対策が講じられていた。
「攻撃位置を悟られたか・・・! リヴァイアサンがこちらに到着するまでの時間は!?」
「およそ10分程です!」
総司令を務める鈴木海将補の質問に、電測員長の浅石一等海曹/一等兵曹が答える。
(レールガンの修復まであと15分・・・、まずいな・・・)
鈴木は思案を巡らせる。その直後、彼は「あすか」をはじめとする3隻に命令を下した。
「『しらぬい』及び『まや』に通達せよ、対潜戦闘用意! また『あすか』については、第2射撃の用意を継続するように伝えて!」
「了解っ!」
総司令の命令は「しらぬい」と「まや」、そして「あすか」へと直ちに伝達された。
「しらぬい」 戦闘指揮所
「旗艦より連絡! 対潜戦闘用意!」
船務士の中尾一等海尉/大尉が旗艦からの命令を伝える。直後、艦長の今田助八二等海佐/中佐より、戦闘指揮所の総員に対して命令が下された。
「対潜戦闘用意!」
それを聞いた船務長の吉岡三等海佐/少佐が、今田二佐に注進する。
「相手は17式空対艦誘導弾が効かない化け物ですよ!? 今更対潜ミサイルが通用するかどうか・・・!?」
「分かっている! だが、何もしないよりはマシだろう!?」
「・・・! はっ、失礼しました!」
艦長のこの言葉に、吉岡三佐は気を入れなおした顔で答えた。今田二佐も恐らくは対潜ミサイルが効かないであろうことは分かっている。故に彼は総司令が自分たちに課した役割を正確に把握していた。
(せめてレールガン第2射撃を用意するまでの時間を稼がなければ!)
討伐隊の艦はすべて、太さ約15mのリヴァイアサンが遊泳不可能な水深の海域に停泊している。故に海中から攻撃されるということはない。また「あすか」をはじめとする5隻の狙撃隊が停泊している水深12mの海域から、15m以上の水深になる海域までは1.8km程離れていた。その為、こちらへ接近しているリヴァイアサンが狙撃隊に対して行う攻撃手段は火炎ビームに限られる。
その際、リヴァイアサンはどうしても海中から顔を上げる必要がある。鈴木海将補の狙いはそこにあった。「しらぬい」に与えられた役割は、現在修復中のレールガンが発射準備を整えるまでの時間稼ぎであった。
「ミサイル垂直発射装置準備!」
VLS員長の命令を受け、「しらぬい」のミサイル・セルが次々とその口を開ける。作戦開始より継続して行っていたアクティブ捜索により、リヴァイアサンの位置はすでに分かっている。あとは対潜ミサイルを発射するだけだ。
「07式垂直発射ロケット発射!」
水雷長の吉野三等海佐より発せられた命令を受け、艦橋前方に位置する16セルのミサイル垂直発射装置から次々と07式垂直発射ロケットが発射された。それらは亜音速で飛行し、大きな孤を空中に描く。各ロケットが切り離した前部の弾体は、リヴァイアサンがいる海上へと落下する直前にパラシュートを開き、減速した各弾体のフェアリングから放たれる12式魚雷の群れは、海中のリヴァイアサンへと向かって行った。
「着弾!」
直後、次々と着水する12式魚雷は、海中でリヴァイアサンと邂逅し、次々と爆発を起こした。
『07式垂直発射ロケット、目標に着弾も新たな流血は無く、何かダメージを受けた様子は無い!』
空からリヴァイアサンを追尾していたF−35Bの御法川一尉から、攻撃評価についての報告が下る。リヴァイアサンは自身の体表で次々に起こる爆発に少しばかり手こずりながらも、「あすか」をはじめとする狙撃隊に向かって接近を続けていた。
「目標、減速も接近を継続! 速度47ノット!」
「・・・やはり、足止め程度にしかならんか!」
電測員長の品川海曹長/兵曹長の報告を聞いて、船務長兼副艦長の吉岡三佐は苦虫を潰した様な顔で独白する。
「短魚雷発射管用意! 何とかレールガンの準備完了まで時間を稼ぐんだ!」
吉岡三佐より命令が発せられた直後、魚雷員らによって左舷の短魚雷発射管から12式魚雷が発射された。その後、「あすか」の護衛である「まや」からも、リヴァイアサンに対する攻撃が行われた。これら2隻による攻撃はリヴァイアサンの進行を止められないながらも、その足を確実に遅らせていた。
15分後 「あすか」 戦闘指揮所
「乾応急長より連絡! コンデンサー2とレールガン回路を繋ぐ回路の修復完了!」
ついに回路の修復が完了したことが伝えられる。この報告に戦闘指揮所の全員がほっとした表情を浮かべる。
「直ちに『しまゆき』『しらゆき』の電力をコンデンサー2に注げ!」
岡橋二佐の命令を受け、「しまゆき」と「しらゆき」から送電用ケーブルを伝って送られてくる電力が、修復作業が終了したコンデンサー2へと送られて行く。
「フル充電の必要は無し! 50%まで充電完了したところで発射体勢に入る!」
標的であるリヴァイアサンの位置は第1射撃時と比較してかなり近くなる。故に岡橋は、コンデンサー2基をフル充電しての最高速射撃を用いる必要性は不要との判断を下した。
「電力艦2隻からの電力供給問題無し!」
「コンデンサー2、50%充電完了まであと35秒!」
「レールガン狙撃準備! 装弾筒付翼安定徹甲弾装填!」
「了解! 装弾筒付翼安定徹甲弾装填!」
砲身内部を貫く2本のレールの間に、装弾筒付翼安定徹甲弾が設置される。
「リヴァイアサン、間も無く水深15m水域に突入! 接近2km!」
「!!」
ついにリヴァイアサンが海底へと乗り上げた。「しらぬい」「まや」によるVLA攻撃をはね除けながら、リヴァイアサンは自身が遊泳不可能な海域へと到達したのだ。リヴァイアサンの巨体がこすりつけられる海底からは大きな砂煙が上がり、珊瑚礁は小魚の住処ごと破壊されて行く。
『リヴァイアサン停止! 座礁したものと思われる!』
御法川一尉の報告が各艦へとつたえられる。伝説の怪物の巨体が海底に乗り上げる様は、上空からそして各艦の艦橋からもはっきりと見えていた。この時、「あすか」を含む5隻とリヴァイアサンとの距離は2kmを切っていた。
グオオォオアァアァァ・・・!
リヴァイアサンは「あすか」に向かって咆哮する。180mの巨体から発せられるその叫びは、隊員たちの鼓膜を破らんばかりの勢いで狙撃隊5隻に降りかかる。
「あすか」 艦橋
「おいでなすったか・・・!」
双眼鏡を覗きながら、航海長の松本善之三等海佐/少佐はつぶやいた。2km先にいるにも関わらず、まるですぐそばに居るような錯覚に捕らわれる深紅の巨体、龍の様な頭部、そして”伝説の怪物”という名を冠するのにふさわしい凶悪な表情、それらがとうとう2km先にまで接近し、リヴァイアサンの息づかいまでがはっきりと分かるまでになっていた。




