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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第2章 亜人大陸
27/48

初敗北

今話からかなりフィクションになります。

シーホーク(SH-60K) 畠山機内


 ヘルファイアミサイルによる攻撃をものともしなかったリヴァイアサンの姿は、畠山一尉が機長を務めるシーホーク(SH-60K)の内部からも見えていた。


「攻撃しますか!?」


「いや、もう奴には何も出来まい! かまわずに帰還する!」


 航空士の八柳一曹の問いかけに、主操縦士の畠山一尉はやや大きな声で答える。確かにヘルファイアの攻撃が効いていなかったというのは驚きだったが、すでに2機のシーホーク(SH-60K)は上空200mを飛んでいた。リヴァイアサンの最高到達点の2倍の高度を飛んでいる以上、もはやどう足掻いてもリヴァイアサンは自分たちを攻撃出来ない筈であった。


キュイイィィ・・・


 その時、海上に妙な音が響き渡る。八柳一曹が音の発信源である後方を見ると、リヴァイアサンが空を飛ぶ自分たちの方を向いて口を開けていた。


「な、何をやっている・・・!? ま・・・まさか!」


 謎の行動をとる怪獣の姿を見て、八柳一曹は困惑する。その後、彼はリヴァイアサンの行動からある可能性を思い浮かべ、後方のリヴァイアサンの様子が見えない畠中一尉に血相を変えて進言する。


「早く! 早急にここから離れてください!」


「!? どうした! 何があった!」


 状況が読めない畠中一尉は今の状況を尋ねる。


キュイイイ!


 海上に響き渡る音が大きくなったかと思うと、赤色の光がシーホーク(SH-60K)の後方から差し込んで来た。それはリヴァイアサンの口から発せられているものだった。


「恐らく・・・“ビーム”です!」


ヒュウゥゥゥ!


 八柳一曹の言葉と同時に、SFアニメに出て来る様な効果音が鳴り響いたかと思うと、深紅の火炎が巨大な光線状の形態を成してシーホーク(SH-60K)を襲って来たのだ。


「・・・回避!!」


 状況を察知した畠中一尉はすぐさま操縦桿を倒す。並走していた平元一尉のシーホーク(SH-60K)も、畠中らとは反対方向に機体を傾けた。その刹那、2機のヘリの側面に火炎が掠め、放たれた火炎は虚空に消える。


「レーダー使用不能!」


「!!」


 畠中一尉及び副操縦士の菅原治樹三等海尉/少尉は八柳一曹が述べた言葉を聞いて驚愕する。リヴァイアサンが繰り出した長距離火炎ビームは、シーホーク(SH-60K)の外壁・外部装備を融解させてしまっていたのだ。


「平元! 平元は大丈夫か!?」


 畠中一尉は自機の右を並走していた平元一尉のシーホーク(SH-60K)の安否を尋ねる。


「あ・・・あちら、右下に!」


 畠中一尉は機長席から、八柳一曹に言われた通りの方向を向く。そこにはフラフラとコントロールを失い、海に向かって落ちて行くシーホーク(SH-60K)の姿があった。よく見ると、メインローターが目視出来る程に変形している。恐らくは先程の火炎を浴びてしまった為、回転翼が熱で融解してしまったのだろう。翼の変形によって正常な飛行が出来なくなってしまった平元一尉のシーホーク(SH-60K)は、程なくして海面に落下してしまった。


戦闘指揮所(CIC)! こちら八柳! 平元一尉の機が海面に落下! 急ぎ救援を求む!」


 八柳一曹は必死の声で戦闘指揮所(CIC)に救援を申し入れる。


『こちらも、そちらの状況は全て把握している! 現在、平元一尉ら3名の救助を行う準備を行っている!』




「おが」 戦闘指揮所(CIC)


「くそ! 新たにシーホーク(SH-60K)を出そうにもリヴァイアサンが邪魔だ! ・・・まさかリヴァイアサンが火炎を放てるとは!」


 船務長の賀藤二佐は拳を握りしめると、それを自らの大腿部に振り下ろした。彼は海上に落下した3人の救援に向かえないことに苛立っていた。救助の為、3機目のシーホーク(SH-60K)を出そうにも、ホバリング中に先程の火炎ビームで狙われてはたまったものではない。しかし、現在ウェルドッグ内に保管されている20式水陸両用車で救援に向かうとすれば、3人の元にたどり着く前にリヴァイアサンの餌食になってしまう可能性がある。


「何か手は無いのか・・・!」


 誰もが絶望に打ちひしがれていたその時、思案していた様子の安東一佐が戦闘指揮所(CIC)に指示を出す。


シーホーク(SH-60K)、及びF−35B発艦用意!」


 安東一佐は3機目のシーホーク(SH-60K)と、現在艦に1機だけ搭載されていたF−35Bの発艦を指示する。


シーホーク(SH-60K)の発艦に先立ち、17式空対艦(ASM-3)誘導弾を装備させたF−35Bを飛び立たせ、シーホー(SH-60K)クの救助活動の間、リヴァイアサンの視界を飛び回って囮、及び護衛とする。総員、直ちに用意!」


 ヘルファイアによる攻撃を受け付けなかったリヴァイアサンに対して、安東一佐は今持ちうる中で最強のミサイルである「17式空対艦(ASM-3)誘導弾」を使用する決定を下す。


「・・・了解!」


 その後、格納庫内に収められていたF−35Bが17式空対艦(ASM-3)誘導弾をひっさげて飛行甲板へと姿を現す。エンジンに灯が点り、瞬く間に甲板から飛び立つF−35Bの後を追う様にして、降下救助員を乗せたシーホー(SH-60K)クが甲板から飛び立った。




海上 F−35B機内


 短距離離陸・垂(STOVL)直着陸機であるF−35B戦闘機は、高速でリヴァイアサンに接近する。パイロットの御法川繁富一等海尉/大尉は、少し緊張した面持ちだ。


「こっちだ! トカゲ野郎!」


 御法川一尉は息巻きながらリヴァイアサンに向かって行く。リヴァイアサンも轟音を発し、急速に接近する物体に気付いたのか、こちらへと視線を向けた。


「気付いたか・・・これならどうかな!?」


 御法川一尉はリヴァイアサンをおちょくる様に、その近傍を高速で通過する。


「お、怒ったか!」


 海を見れば、こちらに向かって咆哮する怪獣の姿があった。上手いこと彼の怪物の注意をこちらに引きつけられた様だ。


「そう・・・それで良い! 救助は任せたぞ・・・!」


 御法川一尉はそう言うと、「おが」とリヴァイアサンとの間の海上に浮遊していたヘリの残骸に近づくシーホーク(SH-60K)を眺める。




シーホーク(SH-60K) 近江谷機内


 「おが」から飛び立った3機目のシーホーク(SH-60K)は、F−35Bが囮となってリヴァイアサンの気を引いている隙に、平元一尉らの救援に向かっていた。


「墜落した機体を確認」


 主操縦士の近江谷榮三一等海尉/大尉が、海に浮かぶシーホーク(SH-60K)とその残骸を見つける。それと同時に、今にも沈みそうな機体にしがみつきながらこちらに手を振る2人の隊員と、機体の上に横たわり、ひどい出血に晒されている1人の隊員の姿も視認した。


「救助目標を確認。2人は軽傷の様子だが、1人は重傷で意識も無い様子!」


 降下救助員の虻川海曹長/兵曹長は、戦闘指揮所(CIC)に現状を報告する。


『直ちに3人の救助を行え! 任務終了次第、艦に帰還せよ!』


 戦闘指揮所(CIC)からの命令を受けた直後、シーホー(SH-60K)クは墜落した機体の上へ到着した。


「降下!」


 ホバリング飛行で空中に停止するシーホーク(SH-60K)から、降下救助員の虻川海曹長がホイストケーブルを伝い、救助を待つ3人の元へと降りる。


「大丈夫ですか!」


 彼は墜落した機体にしがみついていた2人の隊員に問いかける。


「物部二尉が重傷です!」


 航空士の佐々木二曹はヘリの音に負けない声を張り上げながら、機体の上に横たえられていた副操縦士の物部二尉を示した。


「了解! まずは物部二尉から引き上げる!」


 虻川海曹長は額から血を流し、ぐったりとした様子の物部二尉を抱きかかえると、再びシーホー(SH-60K)クへと昇っていった。




F−35B機内


 パイロットの御法川一尉は、救助活動を進めるシーホーク(SH-60K)にリヴァイアサンが気付かない様にする為、まるで食べ物にたかるハエの様にリヴァイアサンの周りを飛び回っていた。リヴァイアサンは時折、火炎放射を仕掛けて来ようとするが、ヘリを遙かに凌駕する速度の戦闘機に対して照準が定まらないのか、中々撃って来ない。


「結構知能もあるな・・・」


 発射体勢を取りながら、デタラメに撃つ訳でもなく狙いを定めようとするリヴァイアサンの様子を見た御法川一尉は、敵の知能を考察する。御法川は、リヴァイアサンがシーホーク(SH-60K)の方へ注意を向けたと感じたら、迷うことなく17式空対艦(ASM-3)誘導弾で攻撃する様にという艦長の命令を反芻していた。シーホーク(SH-60K)の方を見れば、最後の1人を引き上げようとしている様子が見える。


「よし! もうすぐだな・・・」


 救出作業の為にホバリング飛行をせざるを得ないシーホーク(SH-60K)から、注意を反らすという任務を難もなく終えられそうな状況に、彼は安堵していた。しかしその時、御法川一尉はある異変に気付く。


「!」


 今までこちらに向けさせていたリヴァイアサンの視線が自分へ、すなわちF−35Bへ向いていない。リヴァイアサンの視線の先にあったのは「おが」、否、救助活動中のシーホーク(SH-60K)であったのだ。


「しまった・・・! 気付かれたか!」


 敵の注意が救助作業中のシーホーク(SH-60K)へ向かってしまったことを知り、御法川一尉は青ざめる。彼らにとっては知る由も無いことだが、リヴァイアサンの記憶の中には、ヘルファイアで攻撃してきたシーホーク(SH-60K)の姿が強烈に印象に残っていたのだ。

 一般的な動物の短期記憶(数十秒から数十分の間だけ保持される記憶)は平均して27秒だと言われている。しかし、カラスやゾウ、猫の様に1回だけ起こった出来事を長期に渡って保持出来る動物も存在する。リヴァイアサンはどちらかと言えば後者であった。すなわち、リヴァイアサンはただ自分の周辺を飛び回るだけのF−35Bよりも、先程自分に対して攻撃してきたものと同じ形をしている救助活動中のシーホーク(SH-60K)こそ、第一の報復対象であると判断したのだ。


戦闘指揮所(CIC)! リヴァイアサンがシーホーク(SH-60K)に気付いた! ただちに攻撃を行う!」


 彼は焦りに満ちた声で戦闘指揮所(CIC)へ連絡を行う。


『了解した! リヴァイアサンはこの場で駆除する! 奴が海中に潜る前に、直ちに攻撃せよ!』


了解(Copy)!」


 戦闘指揮所(CIC)からの指令を受けた御法川一尉は、17式空対艦(ASM-3)誘導弾の発射装置へと手をかける。




シーホーク(SH-60K) 近江谷機


「佐々木二曹、彼で最後です!」


 救助降下員の虻川海曹長は、最後の1人を引き上げる作業に入っていた。佐々木二曹の体を固定し、シーホー(SH-60K)クへと三度昇って行く。


「3名の救出完了! 直ちに帰還します!」


 航空士の加賀屋明美海曹長/兵曹長が、戦闘指揮所(CIC)へ任務完了を伝える。


『F−35Bから連絡! リヴァイアサンがそちらに気付いている! すぐにその場から離れろ!』


「・・・り、了解!」


 戦闘指揮所(CIC)から緊急警告が下る。その直後、火炎ビームが発射された時と同じ音が海上に響き渡った。音が聞こえる方を見れば、リヴァイアサンが口を開けてこちらに向かって攻撃せんとしている。


「直ちに離脱する!」


 ランプドアが閉じられたことを確認した主操縦士の近江谷一尉は、すぐさまその場から逃げる様に飛び立った。




F−35B機内


 シーホー(SH-60K)クが逃げ出した直後、F−35Bから放たれた17式空対艦(ASM-3)誘導弾が、マッハ3の速度でリヴァイアサンに襲いかかった。かなりの近距離から発射された空対艦誘導弾の攻撃は、その速度のために、傍目には発射と同時にリヴァイアサンの体表で爆発が起こった様に見えた。


「誘導弾命中!」


 パイロットの御法川一尉は、戦闘指揮所(CIC)へ攻撃成功の報告を入れる。


キャアァアァァ・・・!!


 シーホーク(SH-60K)を撃ち落とそうと攻撃体勢を取っていたリヴァイアサンは、再び甲高い叫び声を上げながら、うつぶせで床に倒れ込む様にして、その巨体を海面に叩きつけた。F−35Bから繰り出された背後からの不意打ちに悶えていたリヴァイアサンの巨体は、徐々におとなしくなる。そして海風に吹かれて背中から消え去った爆煙の下にあったものは、再び御法川を驚愕させた。


「!!?」


 直撃地点の体表を覆う鱗にはひび(・・)が走っていた。また、数枚の鱗が少しめくれており、そこから肉眼でぎりぎり観察できる程度の少量の出血が見られた。すなわち、マッハ3の17式空対艦(ASM-3)誘導弾は、リヴァイアサンにかすり傷程度の負傷を与えることしか出来なかったのだ。


「・・・化け物!!」


 目の当たりにした現実が信じられず、御法川一尉は唇を振るわせながら独白する。直後、再び活動を始めたリヴァイアサンは海の中から頭を上げる。


「・・・!」


 御法川一尉はリヴァイアサンの周囲を旋回しながら、その行動に最大限の警戒体勢を取る。すると、リヴァイアサンは口を天高く上げると、空に向かって一際大きな咆哮を放った。


ヴオオォオォォ・・・!


 まるで、腹に溜まった苛立ちを開放するかのように天高く響き渡る叫び声は、そこから12km離れたところに居た「おが」の隊員たちの耳へも悠々と届く。その後、咆哮を終えたリヴァイアサンは、これ以上戦闘を続ける気が無くなったのか、海面へと頭を突っ込み、背中の傷を癒す為に海の中へと帰って行った。


「・・・」


 御法川一尉は機上から、リヴァイアサンが帰って行った方向をしばらくの間眺めていた。




「おが」 戦闘指揮所(CIC)


 沖へと消えて行くリヴァイアサンの姿は戦闘(CIC)揮所のディスプレイにも映し出されていた。


「リヴァイアサン、ソノブイの捜査域より退出」


「・・・状況終了! 対潜戦闘用具収め」


 水測員長の小花海曹長の報告を聞いた安東一佐は、戦闘指揮所(CIC)内に指示を飛ばす。


「まもなく救助班が着艦!」


 航空管制室の飛行長である東海林二佐から、近江谷一尉の繰るシーホーク(SH-60K)の帰還が伝えられる。


シーホーク(SH-60K)が着艦し次第、すぐに負傷者を医務区画へ運べ!」


 賀藤二佐の命令は艦内通信にて、すぐさま衛生科の隊員たちの元へ届けられた。シーホー(SH-60K)クの着艦後、最も重傷であった物部二尉は担架に乗せて運ばれ、その他2人の軽傷者は他の隊員の補助を受けながら、自身の足で医務区画へと向かった。

 その後、リヴァイアサンに対する囮として出撃したF−35B戦闘機、及び御法川一尉が「おが」へと帰還した。その表情は暗かった。また墜落したシーホーク(SH-60K)の乗員たちについては、1番重傷だった物部二尉は墜落時の強打により右肋骨5本、及び胸骨を骨折。肺に刺さっていなかったのが不幸中の幸いだった。また軽傷だった2人については、平元一尉はガラス片が右上腕部に刺さり19針を縫い、佐々木二曹は大きな傷は無かったが、他の2人同様に体を強く打っていた。

 斯くして、「リヴァイアサン戦力調査」は、異世界で初の航空機墜落という大損害を出して終了した。この調査の結果、隊員たちの胸に刻み込まれたのは、現代兵器の“敗北”、この2文字に尽きた。


〜〜〜〜〜


同日夜 ホムンクルス王国沿岸部 「おが」多目的区画


 戦力調査を終えた「おが」は、ホムンクルス王国の沿岸に停泊していた。そして今、出発前と同様に幹部達が一同に会して、此度の調査結果について話し合っている。出発前の時とは違い、参加者全員の顔色は一様に暗い。また、その場には客分であるはずのレンティスとバルトネラの姿もあった。


「大きさは全長180m台。また速度については、巡航速度ですら潜水艦を凌駕する46ノット。さらに最大瞬間速度に至っては、例の跳躍から考察するに、仮にリヴァイアサンの体重が1000トン程だとすれば、重心の位置にも依りますが、100mの跳躍を実現するためには海面からの初速度が70ノットは必要かと思われます」


 進行役の賀藤二佐が資料を片手に、今回の調査で得たリヴァイアサンのデータについての説明を行う。


「さらにヘルファイア、そして17式空対艦誘導弾(ASM-3)の攻撃を受け付けない鱗、そしてエルムスタシア政府の記録には無かった火炎ビーム・・・。これは本日確認された限りでは、ヘリの外壁を融解させる程の高熱と、1.5km近い射程、さらにはシーホーク(SH-60K)が回避しきれない程の射出速度を誇っています。映像からの推測値ではマッハ1を超えています・・・」


 賀藤二佐が説明を続ける。今回、リヴァイアサンが披露した「火炎ビーム」については、今までリヴァイアサンの被害に悩まされていたアナン大陸の人々にとっても初見のものであった。彼はその事実を述べる。


「少し・・・良いですか? 話に入ってしまって申し訳ありませんが・・・」


 沈黙を保っていた、本来なら部外者であるレンティスが、意見を述べる為に手を上げる。此度の会議に彼が参加した理由は、現代世界の価値観からは規格外の怪物に対して、この世界の住民の目線からの見解を取り入れる為であった。


「・・・どうぞ」


 安東一佐は発言を促した。レンティスは立ち上がって意見を述べ始める。


「リヴァイアサンに対して、あの“誘導弾”という兵器が通じなかった理由ですが、恐らくは鱗の硬度に加えて“魔法防壁”を展開しているのでは無いかと・・・」


「“魔法防壁”!?」


 レンティスが述べた言葉を、その場に居たほぼ全員の幹部が聞き返した。


「はい。一部の高等な魔獣は、その躰を覆う様にして、“魔法防壁”を発動させることが可能なのです」


 レンティスは「魔法防壁」についての説明を始める。

 「魔法防壁」とは、魔術師が敵の攻撃から自分の身を防御する為に使用する防御魔法である。元々は魔法攻撃によるダメージを軽減する為のものだが、ある程度の打撃や斬撃程度なら耐える防御力があり、かつて各列強国では、この魔法を一般の兵士でも使用可能にするための魔法具の研究・開発が競って行われていた。

 “かつて”と称したのは、今やこの研究に国単位で取り組んでいる国はほとんど無いからだ。その理由は“火薬兵器の発明”である。“とある大国”で開発された火薬、そして砲や銃といった火薬兵器の登場はこの世界の戦術に多大な変革をもたらした。

 さらに人間程度の魔力量では、全身全霊の魔力を動員した魔法防壁ですら、有効射程に入った火薬兵器の貫通力に対抗出来ないことが判明し、またこれらに完全にアウトレンジされてしまう魔法による攻撃は、各国における軍事研究の主軸としての地位を火薬兵器に浸食されていた。

 それでも何とか魔法を大きな戦力として利用できないかという理論は根強く、例えばアルティーア帝国はかつて、海獣を手なずけ海上戦力とする為の「操作魔法」の研究を秘密裏に行っていたが、海獣1匹を捕獲して調教する為に費やす予算と犠牲の多大さから、同国内ではこの研究開発に対する批判の声の方が大きかった。


「“魔法防壁”を破るのは“貫通力”です。魔術師が展開する様なものでは銃で貫通可能な代物ですが、“伝説の怪物”ともなれば、恐らく体内に湛える魔力も一般的な魔獣と比較しても桁違いなのでしょう。“誘導弾”では恐らく貫通力が足りないのかと・・・!」


「・・・!!」


 レンティスの言葉を聞いた幹部達は驚愕する。


「・・・どうしますか? 17式空対艦(ASM-3)誘導弾を超える貫通力を持つミサイルなど・・・」


 船務長の賀藤二佐は幹部達に尋ねる。幹部達はうなだれた顔をしていた。そもそも第2次世界大戦時とは異なり、艦の装甲が薄い現代の水上戦闘において、貫通力はあまり重要なファクターでは無いのだ。故に現代戦における対艦ミサイルは“貫通”を重視した造りにはなっていない。


「貫通力・・・、大和型戦艦の主砲ならば、リヴァイアサンに通用したかも知れないでしょうが・・・」


 砲雷長の佐竹二佐は、手をあごにあてながらぽつりとつぶやいた。


「無いものを考えても仕様が無い。今ある装備で敵を撃破する方法を考えましょう」


「・・・」


 航海長の園部二佐が述べた言葉に皆が頷く。艦長の安東一佐は変わらず腕を組んだままうつむいていた。


「短魚雷はどうでしょう? 対潜水艦兵器であるこれらを使えば・・・!」


 砲術長の白瀬三佐は、潜水艦の厚い甲殻を侵徹することを前提にした兵器である、対潜水艦兵器の短魚雷の使用を提案する。


「いや、それは回避される可能性が高い」


 砲雷長の佐竹二佐は白瀬の提案を否定する。


「艦はリヴァイアサンが出現する海域には出られないから、魚雷発射時に、どうしてもリヴァイアサンまでの射程が長くなってしまうでしょう。回避する余裕は十分あると思われます。至近距離から撃とうにも、機動力という面でリヴァイアサンに大きく劣る潜水艦を出すのはもっての他です」


 佐竹二佐は、自身の考えを幹部達に伝える。


「それに・・・これ以上の作戦進行は無駄な消耗を重ねるだけでしょう? 今回は犠牲者が出なかったことは幸いでしたが、現代兵器すら効かないリヴァイアサンに対して、最早どのような手立てを立てれば良いのか・・・私には分かりません」


 悲観的な持論を述べる佐竹に対して、飛行長の東海林二佐が反論する。


「いや、御法川一尉の報告によれば現代兵器が効かない訳ではありません。大型貫通爆弾を使用するか、それか威力だけを上げるとするならば・・・」


「!」


 東海林二佐の言葉に、レンティスとバルトネラを除く幹部たちは同じ物を思い浮かべていた。


「まあ・・・自衛隊(我々)は大型貫通爆弾を所有していませんし、それに非交戦国の領海に核爆発はNGでしょう・・・」


 賀藤二佐がつぶやく。東海林二佐も、あくまで現代兵器でリヴァイアサンを倒し得る方法としてこれらを上げただけであり、実行が非現実的であることは重々に分かっていた。


「・・・とりあえず、今はこれらのデータを本省に送り、進退については指示を仰ぐことにする。良いな?」


「・・・」


 今まで沈黙を保って来た艦長の安東一佐がまとまりの付かない会議をまとめる結論を述べる。他の幹部達も異を唱える様子は無かった。その後、衛星通信によりリヴァイアサンに関する全てのデータが防衛省へと送られることとなった。


〜〜〜〜〜


日本国 首都東京 防衛省 大臣執務室


 アナン大陸に派遣されていた「おが」がまとめたリヴァイアサンに関する資料は、防衛省の安中洋介防衛大臣に届けられてた。


「うーん、まさか空対艦誘導弾が効かない生物がこの世にいるとは・・・」


 手渡された資料を眺めながら、防衛大臣の安中洋介はつぶやいた。


「米国に協力依頼を出してはどうでしょうか?」


 資料を持って来た防衛官僚の妹尾長知が、屋和半島に居を構えている米軍に対する協力要請を提案する。それは主としてアメリカ空軍が保有する「大型貫通爆弾」を目的としたものであった。


「いや・・・この世界での母国(ホーム)を得たばかりの彼らにとっては、1つ1つの武器弾薬が貴重だ。それにまだ建国事業で人手が回らん状態だし・・・応じては貰えんだろう」


「・・・!」


 防衛大臣の的確な指摘に、妹尾は口を紡いだ。安中は机の上に置いていた資料を再び手に取ると、その内容を再び精査する。


「“貫通力”か・・・」


 安中は考え込む。沈黙が部屋の中を支配する。


「・・・・・そうだっ!! 今すぐ自衛艦隊司令部へ連絡を取ってくれ!」


「は、はい!」


 防衛大臣の命令を受けた官僚は、走り去る様にしてその場を後にした。その後、受話器を取った防衛大臣によって、横須賀基地に本拠を置く“とある群”に対して特命が下されたのであった。


〜〜〜〜〜


6日後 神奈川県 横須賀


 この日、海上自衛隊の横須賀基地にて、急遽組織されたリヴァイアサン討伐隊の出陣式が行われていた。


「これが我々にとって、最初(・・)で、そして恐らく最後(・・)の戦闘出撃だ! 皆、気を引き締めて任務に当たる様に! 諸君らの活躍を期待している!」


 壇上に立つのは海上自衛隊開発隊群司令の新子清悟海将補/少将である。港に並ぶ自衛官たちは皆、新子の言葉に集中して耳を傾けていた。出陣式の終了後、壇上から降りた新子は、今回の討伐隊の指揮を取る第一護衛隊群司令の鈴木実海将補/少将の元へと足を運ぶ。


「私の隊を宜しくお願いします・・・!」


「・・・はい。責任を持って預からせて頂きます」


 艦を託すという立場である新子海将補の強い言葉に、鈴木海将補は少しプレッシャーを感じながら答えた。2人の司令の邂逅の後、司令官を乗せたリヴァイアサン討伐隊に属する計7隻が港から離れ、アナン大陸へと発つ。その後ろ姿を今回の討伐隊の編制に関わった全ての隊・群の司令たちが見守っていた。討伐隊の中には、試験艦「あすか」と、すでに退役したはずの練習艦「しまゆき」と「しらゆき」の姿があった。


・・・


<リヴァイアサン討伐隊>

司令 鈴木実海将補/少将(第1護衛隊群司令)


護衛艦「まや」「しらぬい」

海洋観測艦「しょうなん」

試験艦「あすか」

練習艦(退役済み)「しまゆき」「しらゆき」

補給艦「ときわ」


・・・


「あすか」 艦橋


「まさか試験艦に戦闘出撃命令が下ることになるとはね・・・」


 「あすか」艦長の岡橋亮二等海佐/中佐は艦橋から水平線を望みながら、思ったままをつぶやく。海に降り注ぐ日の光は、「あすか」の前方に新たに取り付けられていた“砲身”を煌々と照らしていた。

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