小人の国 ホムンクルス王国 壱
1月21日 アナン大陸東海岸 ホムンクルス王国 沖合
クルボッサを出港した翌日、海上自衛隊の強襲揚陸艦「おが」は、アナン大陸東岸のホムンクルス王国沿岸部に到着していた。
(もう着いたのか! 何という速さだ!)
昨日よりこの艦に客分として乗っているレンティスは驚きっぱなしである。普通の船なら早くても1週間半は掛かるところを、「おが」はわずか1日で辿り着いてしまったのだ。海上に大地のごとく広がる飛行甲板、艦内に設置されている巨大格納庫、そして海の上を行く城の様な巨体からは想像出来ない圧倒的な速度に、レンティスは再び驚愕する。
「おが」艦橋
航海長の園部二佐が双眼鏡から眺める先にあったのは、美しい砂浜とその奥に生い茂る森林だった。
「あれがホムンクルス王国・・・。港なんか何処にも無いですよ・・・一体、小人族の首都は何処に?」
彼女は側に立っていた案内役のレンティスに問いかける。
「彼らの首都はあの森の中です。現地に詳しい者でなければ、まず見つけられません」
「え!? では・・・!」
園部二佐を含むその場にいる皆が、彼の言葉に驚愕する。
「ご安心下さい。彼らの首都までのご案内をする為に私は派遣されたのですよ」
レンティスは動揺する園部二佐を落ち着かせる。その様子を見ていた艦長の安東一佐は、その場にいる全員に指示を出した。
「しかし、あれでは艦の着岸は無理だ。ウェルドック内の水陸両用車を準備せよ」
「はっ!」
安東の決定により、ウェルドック内に注水が開始される。その後、彼らとの交渉役である自衛官3名と運転手を乗せた20式水陸両用車が、「おが」のウェルドックより出発した。今回の交渉の目的は、リヴァイアサン討伐の為、ホムンクルス王国の領海内に日本海軍が軍事展開を行う許可を貰いに行くことである。
小人族には“信念貝”を始めとする魔法道具を使用する文化が無い。また彼らが外海に出ることも滅多に無い。なので、基本的に彼らと交渉する場合には、こちらから彼らの住む領域を訪ねる必要がある。しかし、広大な森の中から彼らの首都を見つけるのは至難の技なのだ。
ホムンクルス王国の主産業は装身具の製造である。人間の手で行うのは不可能な精密且つ緻密なディティールが施された小人族製の装身具は、亜人大陸だけでなく、他の大陸でもその価値が評価されている。
しかし、小人族が対外向けに作る装身具は、市場に出回っている数が少ない。故にアナン大陸の商人たちはこれらを手に入れるために競う様にして、月に1回、ホムンクルス王国にて行われる小人族との商取引に参加するためにこの地を目指すのだ。
・・・
ホムンクルス王国 砂浜
「おが」のウェルドックから発進した20式水陸両用車は24ノットの速さで水上を進み、砂浜に乗り上げる。AAV7の後継として日本独自に開発されたそれは、地球の軍用水陸両用車の中でも、輸送できる兵数や速度などを鑑みて世界最高水準の性能を誇っていた。
「夢幻諸島のものとは違い、我々の元いた世界ではあまり見たことの無い植生ですね・・・」
水陸両用車から降りた自衛官の1人である衛生員 平田胤光二等海曹/二等兵曹が、生えている植物の1つを摘みながらぽつりとつぶやく。
「それはまずくないか? この世界のこの大陸独自の生態系が存在するということは、この世界独自の病原菌が存在する可能性も・・・」
今回、交渉団代表を任された船務長の賀藤二佐は少し動揺した様子で平田に問いかける。
「・・・本国帰還前に、全員の防疫検査はしましょう」
平田の言葉に賀藤は頷く。その後、少し遅れて案内役兼仲介役であるレンティスが「おが」から飛来してきた。
「皆さんおそろいですね! では、早速出発しましょう!」
レンティスはそう言うと森の中を指差す。自衛官3人からなる交渉団は森林へ入ると、その中を彼の先導に従って進む。
「まさに道無き道・・・、案内が無ければ辿り着ける訳が無いな・・・」
交渉団とレンティスは草木を分けて進む。その中の1人、初岡庸治二等陸曹/伍長は案内役の存在に安堵する。30分ほど森の中を進むと、突如レンティスが立ち止まり、3人の方へ振り返る。
「・・・これより先が小人族の居住域である“首都”です。彼らはアナン大陸の中でも穏やかな種族ですが、無断で彼らの居住域に入ると必要以上に警戒されてしまいます」
レンティスは真剣な表情で注意を述べる。交渉団の3人は彼の言葉に頷くが、同時にある疑問が浮かんでいた。
「・・・では、どのようにして彼らの首都へ入るのですか?」
賀藤がレンティスに尋ねる。するとレンティスは再び正面を向き、息を大きく吸い込んだ。
「・・・私です、レンティスです!! 此度は貴方方小人族にお話があってここへ来ました!!」
「!?」
森のど真ん中でいきなり大声を張り上げるレンティスに、交渉団の3人は驚愕する。
「ちょ・・・! レンティス殿、いきなり何を・・・」
「しっ! お静かに・・・」
「?」
レンティスは両手を耳に当て、聞き耳を立てる。3人は彼の一連の行動に疑問符を浮かべる。刹那の静寂が辺りを支配した後、どこからともなく彼ら4人以外の者の声が聞こえて来た。
「おお! レンティス殿であったか!」
「!?」
3人が声のした方を振り向くと、そこには草の葉の上に身長10cm程の小さな人間がいた。
「お久しぶりですね、グラム殿!」
いきなり現れた小人に唖然とする交渉団の3人とは裏腹に、レンティスは慣れた様子でその小人に対応する。その様子を見ていた賀藤は、レンティスに尋ねる。
「・・・お知り合いなのですか?」
「ええ、彼、グラム=バルニフィカス殿は『首都出入管理局』の局長・・・言わば“首都の番人”をされている方で、この方の許可を頂かなければ首都へは入れません」
「な・・・成る程・・・」
賀藤は納得する。番人のグラムは、人面鳥の傍らでやや困惑した表情を浮かべる3人組の人間に視線を向ける。
「・・・おや、レンティス殿・・・彼らは?」
「ああ、そうでした。この方たちは我が帝国にいらしたニホン国の方々です」
レンティスは賀藤ら交渉団の素性を説明する。
「ニホン・・・聞いたことの無い国ですな。そのニホン国の方々が、何故このホムンクルス王国へ・・・?」
さらなる疑問を投げかけるグラムに、レンティスは少し間を置いて答える。
「実は、我々エルムスタシア帝国政府は“例の海獣”の討伐をニホン国海軍に依頼するという決定をしました。そこで今回、特例的に『アナン亜人諸国連合』の非加盟国であるニホン国の海軍が、貴国の領海に軍事展開を行う許可を、ホムンクルス国王陛下に頂きに来たのです」
レンティスの言葉を聞いたグラムは驚愕の表情を見せる。
「なんと! あの怪物を倒すと!?」
「はい。ニホン国はそれに足る力を持っているのです」
「・・・」
それを聞いたグラムは少し考える素振りを見せる。直後、交渉団の3人の方を向くとゆっくりと口を開いた。
「ううむ・・・、分かりました。そういうことでしたら、貴方方4人を我らがホムンクルス王国の首都、ペンフィールドへご案内しましょう」
「・・・ありがとうございます!」
レンティスはグラムに礼を述べる。同様に交渉団の3人も頭を下げる。
「という訳だ! お前たち良いな!」
「はい! 局長!」
突如グラムが空に向かって声を張り上げたかと思うと、周囲の木の枝の上、草むらの中から、その問いかけに呼応する声が聞こえてきた。
(・・・いつの間に!?)
賀藤が回りを見渡すと、いつの間にか小人たちに囲まれていることに気付いた。これらの声は、首都出入管理局の局員、つまりグラムの部下たちのものであったのだ。その後、4人はグラムの案内でホムンクルス王国の首都、ペンフィールドに向かうこととなった。そしてしばらく歩くこと数分、4人はついに小人の王国の首都へと到着した。




