調査隊出発
1月19日 首都エリー=ダレン 皇宮 応接間
エルムスタシア政府からの災害支援要請を受けた使節団団長の上村は、庭園に止めてあったトラックから、今回の一件について衛星通信機を用いて日本へと報告を行った。これらの報告を受けた日本政府、及び防衛省から送られた指示は、「本格的な討伐作戦に先立つ敵生物の戦力調査」であった。
その為に、使節団の艦である「おが」と、それに艦載されている各種全装備の使用許可が下りた。通信機で本国との連絡を取った上村がその成果を伝える。
「日本政府より正式に返答がありました。貿易路確保の為、リヴァイアサン討伐に協力すると」
「!」
上村の言葉を聞いた2人の皇帝は、表情が明るくなる。
「では・・・!」
シルドレアは話を急ごうとする。気負い気味な様子の彼を落ち着かせる様に、上村は日本政府より送られた内容を詳しく伝える。
「・・・本格的な討伐作戦の前に、リヴァイアサンの能力・性質を正確に調査する必要があります」
「“調査”ですか・・・成る程」
強大な力を持つにも関わらず、慎重な姿勢を見せる日本側の態度に、シルドレアは少しヤキモキした印象を抱く。しかし、敵は日本国にとってもまだその全容が明らかになっていない“伝説の海獣”である。敵をより詳しく知ってこそ、より入念な計画と準備が出来るというものだ。
「して、その調査の内容とは?」
「まず、我々が乗ってきた艦でリヴァイアサンが根城にしているホムンクルス王国沖に行き、そこで我々の武装・装備品が彼の怪物に有効かどうかを検証します。希望としては目撃証言も取りたいのですが」
上村はシルドレアに今後の行動について説明する。今回行う「戦力調査」の目的は、目撃談による推察や実際の調査によってリヴァイアサンの脅威を計り、実際に行う討伐作戦に必要な装備品や武装を、日本政府・防衛省に報告することである。
そこで「おが」単独で撃破出来るという結論に至れば、わざわざ日本へ増援を要請することも無くなるが、相手は“伝説の海獣”である。アルティーア戦役にてただの海獣にも接近を許し、被害を被っているという事実がある以上、そういうわけにはいかないだろう。
「・・・目撃証言なら、今まで行われた討伐作戦の中で、それらに参加した我が国の海軍兵による証言をまとめた資料がございます。それをお渡しする様に国防庁に通達しましょう」
「ありがとうございます!」
エルジェベートの申し出に、使節団2人は目を見開く。
「いえ、こちらこそ貴国の決断に感謝致します」
互いに礼を述べ合い、この日の会談は終了した。その後、エルムスタシア帝国国防庁から届けられた“被害記録書”は、すでに事の顛末が伝えられていた「おが」へと運ばれた。被害記録書を受け取った「おが」では、リヴァイアサン戦力調査についての会議が急遽開かれることになった。
・・・
港街クルボッサ 「おが」艦内 多目的区画
艦を管理する幹部自衛官たちが集い、リヴァイアサン討伐作戦の前座であるリヴァイアサン戦力調査、その具体的な内容について話しあっていた。大型画面の前方に置かれた議長席の中央に、艦長の安東佳季一等海佐/大佐、その両脇には船務長兼副艦長の賀藤篤二等海佐/中佐と砲雷長の佐竹義巳二等海佐/中佐が着席していた。そして議長席となるテーブルの両脇から前に伸びる様にして広がる幹部席に、他の幹部たちが着席している。
「皆さんもご存じの通り、海獣は本来ならば南極及び北極といった極寒地帯の海に棲息していますが、その中の一匹がアナンズクジラの群れを餌として追いかけて北上してきた訳です。現在のところ、アナン大陸東海岸で確認されているリヴァイアサンは1匹のみ。しかし、その迷い込んだ一匹によって多大な被害が出ているのです。全長20mのアナンズクジラを餌にしていることから、大きさも並みの海獣とは比較にならず、エルムスタシア国防庁による推測では全長150〜180m、太さは15m以上とか・・・」
進行役である賀藤二佐が立ち上がり、今回の会議の主題について説明する。
「水中を行く敵に対しては、ソナーを使うほか思いつく手段はありませんが・・・。しかし・・・相手が潜水艦では無く、海中を泳ぐ生物であるならば、磁気探知は意味を成さないかも知れません。怪物の鱗に鉱物が含まれていたりすれば別ですが・・・」
武器整備長の白瀬和彦三等海佐/少佐が不安点を述べる。確かに、金属機材の塊である潜水艦が生ずる磁場のわずかな乱れを探知する為に開発された磁気探知機では、生物であるリヴァイアサンに有効かどうかは疑わしい。
「パッシブソナーも役に立つかどうか怪しいですよ。何せ、潜水艦を探索するのとは拾うべき水中音が異なりますからね」
整備長の天野芳緒三等海佐/少佐が、さらなる懸念を提示する。水中聴音機であるパッシブソナーは海中・海上を行く潜水艦・艦船が発する音を拾うことで、それらの位置を探るという仕組みのソナーである。しかし、今回の場合だと海中の至る所に漂う水中生物の遊泳音から、リヴァイアサンの遊泳音を特定する必要があるが、それらを区別できるかどうかは怪しいところだ。
「アクティブソナーを使用すれば、その大きさを測定することで、他の生物との判別が出来ると思われますが、懸念としては、リヴァイアサンにこちらの方位を知らせてしまう可能性があります。また、この世界の海獣はエコーロケーションの様な能力を有しており、短魚雷を回避したとの報告があります」
そう述べるのは、船務士の栗田丞介一等海尉/大尉である。アルティーア戦役において、海獣“大海蛇”のアタックで「ふゆづき」が戦闘不能になったのは、彼らの記憶に強く残っていた。
参加者たちが思案に暮れる中、飛行長 東海林小次郎二等海佐/中佐が立ち上がる。
「帝国側から提供された“被害報告書”に依りますと、リヴァイアサンは水中からジャンプして、クジラや船を襲う姿が目撃されたという記録もあります。その際のジャンプ高度は、目算で40m程だったとのことですが、これが最高到達点だとは限りません・・・。ヘリが海面付近を飛行しなければならないディッピングソナーを使用するのは、海中からヘリが襲われる可能性もあるため少々危険かと」
「・・・・セオリー通りじゃあ駄目か」
相次いで出される不安要素に、艦長の安東一佐はため息をつきながらつぶやいた。
「では・・・調査においては、ソナーは全てアクティブ式のものを使用する方針でいきましょう。その他についてですが・・・」
船務長の賀藤二佐が出された意見をまとめ、調査方法の具体案を示す。その後、他の幹部たちからのいくつかの補足や質問を経て、リヴァイアサン戦力調査についての会議は終わりに近づく。そして最後に述べられたのは、目的地であるホムンクルス王国についてであった。
「小人の国!?」
賀藤二佐の発言を、航海長の園部陽子二等海佐/中佐は驚いた様子で聞き返す。他の幹部たちも目を見開いていた。
「そう、大陸東岸に領土を持つホムンクルス王国は掌に乗るサイズの“小人の国”とのことです。“戦力調査”において我々が停泊するのは彼らの領海ですから、その説明を行う為、彼らとの仲介役としてエルムスタシア政府から1人が『おが』に派遣される予定です。仲介役が到着し次第、ホムンクルス王国へ出航致します」
賀藤二佐の説明を聞いていた白瀬三佐は、彼が発したある単語に反応した。
「・・・仲介役?」
「はい、おそらく外交庁の役人か誰かでしょう。明日の昼頃にはこちらへ着くそうです」
賀藤二佐の言葉に、幹部たちは納得した様子で頷く。その後、会議は終了し、参加していた自衛官たちはそれぞれの持ち場に戻って行った。
〜〜〜〜〜
翌日 「おが」飛行甲板
ホムンクルス王国への出航の日、隊員たちは甲板に並び、首都から空を飛んでやって来るという、エルムスタシア政府の仲介人を待っていた。
「戦闘指揮所より連絡。レーダーにてこちらへ接近する針路を取る飛行物体を確認したとのこと! 後10分ほどでこちらに到達します」
船務士の栗田一尉が、船務長の賀藤二佐に飛行物の接近を伝える。
「恐らく仲介役殿だろう。甲板にいる総員に隊列を整えさせろ」
「はっ!」
命令を受けた栗田は賀藤に敬礼すると、言われたとおりに隊員たちに指示を出す。そして約10分後、ついに南の空から待ちかねていたものが飛来してきた。
「!?」
賀藤を含め、甲板に出ていた隊員たちは驚愕した。
(飛んで来るってそういうことだったのか・・・)
賀藤は心の中でつぶやく。首都から空を飛んで来る仲介人、このフレーズを聞いていた多くの隊員たちは、てっきり竜か何かの空飛ぶ生物に乗ってくる役人の姿を想像していた。しかし目の前に現れたのは、背中から白い翼を生やし、身一つで空を飛ぶ人の姿だったのだ。
少し唖然とする隊員たちを気にとめる様子もなく、人面鳥族の男は優雅に「おが」の甲板へ降り立つ。副艦長である賀藤は彼の前に出ると、握手の為の右手を差し出す。
「『おが』副艦長の賀藤篤と申します。乗員一同を代表して歓迎致します」
人面鳥族の男は賀藤の右手を握り返すと、同じく自身の素性を紹介する。
「エルムスタシア帝国外交庁副長官のレンティス=オルファクトリーと申します。今回貴方方が小人族の治めるホムンクルス王国に向かうにあたり、彼らの首都への案内役と彼らとの仲介役を仰せつかっております。宜しくお願い致します」
互いに自己紹介と挨拶を終えた後、賀藤はレンティスを艦の中へと案内する。艦長である安東一佐とレンティスが顔合わせを終えると、隊員たちは持ち場に着き、出航への準備にかかった。
「おが」 戦闘指揮所
「こちら機関室、異常なし!」
機関室から戦闘指揮所へ艦内通信で報告が入る。直後、艦のエンジンが動きだし、スクリューが回り始める。
「航海中、リヴァイアサンの襲撃を受ける可能性を考慮し、奴の遊泳深度より浅いと推測される海岸線付近を進む。海中から近づく物体に注意を払え!」
安東一佐は戦闘指揮所の隊員たちに指示を飛ばす。
「おが」 士官寝台区画
ゆっくりと動き出す巨大な鉄の塊に、客分であるレンティスは戸惑っていた。
「報道や噂には聞いていたが、これほどの巨大な艦を造り、動かす技術があるとは・・・」
今まで口伝えや文章でぼんやりと聞いていた、異世界の怪物の中に自分が乗っている。その事実を感じながら、レンティスは艦の揺れに身を任せる。
2027年1月20日、海上自衛隊の強襲揚陸艦「おが」はエルムスタシア帝国の港街クルボッサを出航し、リヴァイアサンが根城にしているというホムンクルス王国へと向かった 。
今回登場した自衛官たちの名前は、「おが」のネーミングの由来である男鹿半島にちなんで、秋田の偉人たちから取っています。




