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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第2章 亜人大陸
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兄妹の皇

エルムスタシア帝国 首都エリー=ダレン 皇城・応接間


 日本国使節の上村と仲嶺、そしてエルムスタシア帝国皇帝のシルドレアとエルジェベートは互いに見つめ合う。そして最初に口を開いたのは“皇兄”シルドレアであった。


「驚かれたのではないですか? あなたたちから見れば異形の姿をした者たちの国であるこの帝国を治める長が、あなた方人間と変わらぬ姿形をしていることに」


「!」


 いきなり核心を突かれたことに、上村は少し戸惑う。その言葉の通り、シルドレアとエルジェベートの2人は獣の耳も異形の身体も持たず、人間と同じ姿形をしており、上村と仲嶺はそのことを疑問に感じていた。


「私たちを人間だと勘違いするのも無理はありません。この国の皇族は人と一切変わらぬ外見をしているのです。ただ体内の構造は人とは全くの異形の存在。我々は血を糧とする一族なのです」


「!」


 “皇兄”のシルドレアに続けて“皇妹”のエルジェベートが口を開いた。その言葉に上村と仲嶺は驚く。エルムスタシア帝国の皇族である「ツェペーシュ家」は「吸血鬼」の一族なのだ。

 吸血鬼・・・我々の世界の伝承では、数多く存在する怪物の中でも不老不死という最強クラスの特徴が存在し、死者から蘇ることで誕生すると言われている。伝説上の存在にも関わらず、語り継がれるその恐ろしさは古代より人々の意識に色濃く影響を与え、その恐ろしさを紛らわす為か、後世に伝わるに従って様々な弱点が付加されている。さらに20世紀に入ってからも吸血鬼退治が行われたという記録が残っている。


 尚、この世界の吸血鬼は我々の世界に伝わるものとは少し異なる。第一に、この世界の吸血鬼は“吸血鬼”という一種の生物であり、死者から蘇って生まれるという様な事はない。さらに、この世界にはキリスト教が存在しないので、十字架は弱点ではない。そして人間や他の亜人と比較して、遠大な寿命を誇ってはいるが不老不死という訳でもない。しかし太陽の日の元に出ると、灰にはならないが無力化してしまうあたりは、こちらの世界の伝承に近い特徴である。


(吸血鬼・・・!?)


 伝説上の存在を目の当たりにし、上村と仲嶺は妙な緊張感に捕らわれる。彼ら吸血鬼族はこの世界のあらゆる亜人種の中で最強と謳われる生物なのだ。


「それはさておき・・・今、我が国と周辺諸国は、ある脅威に晒されています」


 少し唖然としていた使節団に対して、シルドレアは本題に踏み込む。


「脅威・・・ですか?」


 気を取り直した上村が、シルドレアが述べるその“脅威”について尋ねる。それはエルムスタシア帝国が、日本との国交樹立に不安材料を抱える元凶であり、アナン大陸東岸の各国にとって頭痛の種となっているものであった。


「実は・・・毎年この季節になると、アナンズクジラの群れが南極海からアナン大陸の東岸へ北上してくるのですが・・・今年、彼らは南極からとんでもない化け物を引き連れて来たのです」


 アナンズクジラとは、この世界の南極海に生息する固有種のクジラであり、毎年ある一定の季節になると、海流に乗ってアナン大陸の東の沖合に北上してくるのだ。それ自体は毎年のイベントであり、気に止めるようなものではないのだが、今年はあるやっかいな問題を連れてきてしまっていた。


「クジラの群れを“餌”として追いかけて来た“それ”は現在、我が国の衛星国の一、ホムンクルス王国の沖合を根城としています。しかし、時折我が国の沖合に現れては、出入港する船を襲うのです」


「“それ”とは、海獣か何かですか?」


 シルドレアが語る“それ”の正体について、上村は問いかける。


「はい、と言ってもそれはただの海獣ではありません・・・」


「・・・?」


「伝説の怪物“リヴァイアサン”なのです・・・!」


「・・・何ですって!」


 シルドレアが述べた脅威の正体、それは旧約聖書にも登場する伝説の怪物の名だった。その名前がこの世界で現れたことに、外交官2人は驚く。


「リヴァイアサンによって今まで沈められた船は、官民・国籍問わず100隻以上。軍船も被害に遭っており、犠牲者は2万人に昇っています」


 エルジェベートは今までの被害状況を説明する。確かに日本側としても、その様な怪物が近海に出没するとあっては、例え港を建設しても、エルムスタシア帝国への貿易船の出入港に多大なリスクを抱えることとなる。事実、アナン大陸の各国では、この忌まわしい怪物の存在を恐れて貿易船が出せない様な状態が続いており、船舶への被害も相まって経済的に多大な損失を出していた。


「海軍を動員し、今まで数多くの討伐作戦を行ってきましたが、尽く失敗し多くの犠牲を出しています・・・」


 砲撃を跳ね返す硬い鱗に覆われ、海中を自由自在に動き回る大海獣を相手に、エルムスタシア帝国の屈強な兵士たちも海の上では無力であった。


「それで・・・我が国から貴国へ、国交を樹立するに当たって要望があるのですが・・・」


「・・・」


 エルジェベートは上目使いで上村と仲嶺に“頼み事”があることを述べる。ここまでの前置きで、2人はその内容を9割方把握していた。


「このままでは、貴国との国交を樹立することもままなりません・・・。リヴァイアサン討伐の為に、どうかニホン海軍のお力をお借りしたいのです!」


(ああ、やっぱりそういうことか・・・!)


 シルドレアの言葉を聞いて、上村と仲嶺は予想通りという表情を浮かべる。その後、このことはすぐさま外務省へと伝えられるのだった。

予想された方もいらっしゃった通り、ツェペーシュ家は吸血鬼の家系です。

ちなみにツェペーシュの名も、ドラキュラのモデルであるワラキア公ヴラド・ツェペシュから、シルドレアとエルジェベートという名前も吸血鬼とも称される実在の連続殺人鬼である、フランス王国のジル・ド・レと、ハンガリー王国貴族婦人のバートリ・エルジェーベトから取っています。

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