歌劇の終演
あまりにも反響が大きかったので、2話分スピード投稿します。
本来なら賭博で3話くらい続ける予定だったので、展開がやたら早く感じるとは思いますが、ご了承ください。
幼気な少女は冷酷な本性を露わにする。戦慄した空気が張り詰める中、新田はゆっくりと口を開いた。
「最初に少し疑問に思ったのは、貴方に出会った時です」
新田はセーベに入る前に、彼女を賊から助けた時のことを語る。彼はその時からニイナに“ある違和感”を覚えていた。
(・・・ずらかるぞ! ・・・お前、覚えてろよ!)
「あの時、賊の男は野村二尉の方を向いて『お前』と言った。最初は射撃の指揮を執っていた彼をリーダーだと考えての発言かと思いましたが、馬を殺したのは彼ではありませんし、やはりあの場面では『お前』より『お前ら』と言った方が自然でしょう・・・」
「・・・」
野村二尉と高尾上級陸曹長は、新田の説明を聞いて“言われてみれば”という様な表情を浮かべる。
「そこで思ったんです。もしかしたらあの時、賊の男はあの台詞を野村二尉ではなく、彼の後ろにいたニイナさんに言ったんじゃないかと。しかし、それではあまり言葉の意味が分かりません。この時は何か引っかかる物言いだな、くらいに思っていました」
新田は説明を続ける。そして話の舞台は昨夜の出来事に移る。
「それに私は昨晩、間違い無くバッグを部屋に持って帰っている・・・バッグにしまっていたはずの私のスマホが部屋にあったのですから。まあ正直、このことを思い出したのは賭博ゲームの時でしたし、携帯を鞄にしまうなんて言う無意識の行為に自信は持てませんでしたが・・・、それより気になったのは部屋に置いてあったワインです」
「?」
新田の説明を聞いていた使節団の面々は首を傾げる。
「酒に完全に飲まれる様な無茶な飲み方はしませんが・・・昨夜はボトル1本のワインで2人とも酔っ払ってしまいました。疲れのせいかと思いましたが・・・ニイナさん、貴方は昨夜の夕食の時、一回席を外しましたよね?」
「!?」
子門は新田が言わんとすることが何なのかを察し、驚愕の表情を浮かべた。
「じゃあ、彼女がそのワインに何かを盛ったと言うのですか!?」
彼女は声を張り上げながら新田に詰め寄る。
「あくまで可能性というだけです。今となっては確認のしようがありませんからね・・・」
「・・・」
新田は推理を進める。ニイナは顔色1つ変えること無く沈黙を保っていた。
「まあ、しかしそれならば、私のバッグは部屋で盗まれたことになる。その盗人の条件は2つ、我々が日本人であることを知っていること。そして、あのバッグの内容物が私にとって重要なものであることを知っていることです。特に盗人は、遠藤が管理していた金貨銀貨には手を付けていませんでしたから、外交旅券や免許証の価値が、それらに変えられないことを十二分に知っている人物・・・。
前者のみの条件ならば宿の人間が全員当てはまりますが、この国、いや、大陸において、2つの条件があてはまる人物は限られている。そして決定打だったのは、奴らが子門を正確に役人、すなわち外交官と認識していたことです。」
野村二尉はこの言葉を聞いて、先程のカードゲームの中でロークが発したとある一言を思い出していた。
(口上を言いな! さもねえと、そこのお役人は今すぐ国外に売り飛ばしてやる・・・)
「日本でも初の女性外交官の誕生は1950年。女性外交官などいないこの世界で、初見の彼女を役人と言ったのは不自然すぎる。そうですね、子門・・・」
「・・・」
あの時のロークは新田らと初見であったのにも関わらず、この世界ではまず役人だと思われることの無い子門が外交官であることを正確に認識していた。これらの説明を聞いていた子門は、ここまでの道中でニイナと交わしたある会話について思い出していた。
セーベに到着する前、トラックの荷台にて、水沢と子門、そしてニイナは女性3人で会話の華を咲かせていた。その時に水沢三曹は子門が外交官であることを述べるが、女性外交官など考えられないこの世界の人間であるニイナは、それを素直には信じなかった。その時に日本国外交官の証明である「外交旅券」のことを彼女に話したのだ。
「この街では、子門は一度も自分が役人であるとは述べていません。宿の主人でさえ知らないことを、何故彼らが知っていたのか・・・すなわち、情報をロークの一味に漏らしていた人物がいたことが分かります」
セーベの街で子門が外交官であることを知っているのは、新田や野村二尉など日本人を除けば、皇太子サリードとその護衛として同伴している近衛兵ノードとキャピラ、そしてニイナだけである。
「・・・路頭に迷う少女を装い、我々に近づき、私のバッグを盗み出すことでセーベの街で我々を分断させた・・・その目論見と演技力は見事なものでした。まさかあのようなことを企んでいたとはね」
ここまでの説明を黙って聞いていたニイナは、説明が一段落したことを見計らったのか再び口を開く。
「フフッ、最初から疑いを持っていた訳ですか・・・。今日のあなたの行動はその様な猜疑心を一切私に見せぬものでした。貴方の演技力も見事なものですよ・・・」
「・・・貴方を追いかけていた賊は、さしずめ、我々が近づいたところを見計らって自分を追いかける演技をしてくれとでも言って雇ったというところですか?」
「まるで見ていた様ですね・・・」
「・・・」
対峙する新田と“魔女”の口から衝撃の真実の数々が次々と語られる。それを端から聞いていた高尾上級陸曹長と野村二尉、そして子門は青ざめた表情を浮かべていた。
「それで貴方は今後どうするので?」
「・・・とりあえず、我が主の下へ帰ります。もう2度と会うことは無いでしょう」
「そうですか・・・」
新田はニイナとの別れを惜しむ様な哀愁の表情を浮かべる。彼女が述べる主とは、恐らくロークの一味を雇っていた者と同一人物なのだろう。
「その前に1つ・・・忠告をしておきます。貴方たちニホン人は、この世界に新風を巻き起こす存在。常に狙われることになる・・・。それを覚悟しておくことです・・・」
「・・・ほう」
ニイナと名乗った少女は脅迫が入り交じった忠告を新田たちに告げる。その直後、彼女はまるで風の様に市場の人波に消えていった。
「・・・」
新田たちはつむじ風の様に消えて行った少女の行く先を眺めていた。その後、新田と子門、野村二尉と高尾上級陸曹長、そして近衛兵のキャピラの5人は、トラックにて待機していた使節団の面々と合流を果たした。彼らは次なる目的地であるジットルト辺境伯領の主都「ジットルト」へ向かって、セーベの街を後にする。
・・・
首都セーベ 郊外
セーベを旅立った一行は再び73式中型トラックの荷台で揺られていた。新田たちとは別行動を取っていた者たちは、あの幼気な少女が自分たちを騙していたとは信じられず、やるせない気持ちになっていた。
「しかし、我々外交官を標的にするとは・・・」
外交官の遠藤は今回の顛末について戦慄を覚えていた。日本政府も危惧している“奴隷狩り”の魔の手が、自分たちに伸びていたのである。
「奴隷狩りは通常、不確定な身分の者を対象としますが、見境が無くなっていたのでしょう。ジットルト辺境伯殿は弟から金貨150枚で沢南殿を購入したと聞いていますから」
金は人の正常な判断を狂わせるという。サリードはロークたちがこのような凶行に走った経緯を考察していた。子門と水沢三曹を見れば、何やら顔色がさえない様子である。それだけニイナが回し者だったことがショックだったのだろう。その後、ヨハン共和国とクロスネルヤード帝国の国境付近の村で夜を開かした使節団一行は、12月26日の正午、ついにクロスネルヤード帝国への入国を果たしたのだった。
・・・
12月26日・夜 首都セーベ
使節団がセーベを旅立った日の夜、とある屋敷の一室の窓際で、1人の男が夜風にあたりながら部下の報告を聞いていた。
「ロークはしくじったか・・・」
「はい、残念ながら」
男への報告を行うその声は昨夜とは異なり、1人の少女のものであった。それは新田たちを騙そうとした“あの少女”の声だった。
「まあいい。元より奴には期待していなかったが、これまでそれなりの利益を上げてくれたのだ。もう用済みだな・・・」
「・・・」
男はロークの一味を斬り捨てる非情な一言を述べる。少女はその言葉を黙って聞いていた。
「この街にて収集する資金は『我が国』の発展、そして『我らが神』の御威光をこの世界に広めるために不可欠なものだ・・・お前も分かっているな?」
男は自身の背後でひざまずいている少女に問いかける。
「はい・・・。全ては”神聖ロバンス教皇国”と絶対の神”ティアム”のために・・・」
蝋燭の灯が夜風に揺れる。その淡い光は2人の人影を朧気に映し出していた。