お前は誰だ
(上乗せ! 誓約書はそのためか・・・)
新田はロークが発した言葉から彼らの企みを悟る。彼らはこの危険なギャンブルの中で、新田たちから絞り取れるものを全て取り上げるつもりなのだ。誓約書には「負けた方は賭け金の支払いに異議を唱えない」「ゲームで失った賭け金はゲームでしか取り返せない」とある。そしてゲームを続ける為にはコールをし続けないといけない。そしてコールを続ける為には、新たな賭け品を提示してレイズをしなければならなくなるだろう。
このまま新田がずるずると連敗しては、例えニイナの命を救えても、バッグと拳銃を取り戻すどころか身ぐるみを剥がされてしまう。彼は何としてでも勝つことを決意していた。
・・・
第2ゲーム 0点:「秋のカード」 1点:「夏のカード」
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(3枚)
新田 9mm拳銃(2枚)
・・・
「ベットはそれで良いのかい?」
「・・・ああ」
新田は1枚のコインを場に出した。彼はロークの問いかけに小さな声で答える。
「じゃあ、俺はコール! そして・・・!」
コールを宣言したロークは自分の手元にあるコインをおもむろに掴むと、それらをテーブルの上に叩き付ける様にして置いた。
「バッグ5枚分を! 上乗せする!」
「・・・!」
戦況を見ていた野村二尉と子門、そしてキャピラは驚愕する。彼が場に置いたコインは計6枚、対して新田の所持コインは1枚であり、このままでは新田はコールが出来ない。
「待て! 新田殿にはコインは後1枚しか無いんだぞ?」
近衛兵のキャピラはロークに詰め寄る。興奮する彼を落ち着かせる様な口調で、ロークは口を開く。
「いや、あるじゃないか。上乗せ出来るものが」
ロークはそう言うと新田の体を指差す。
「次はその衣服を賭けろ! ニホン製の衣服と銘打って市場に出せば高く売れるはずだ!」
「!?」
彼らは再び驚愕する。子門に至っては何を想像しているのか赤面していた。
「下着になれってか・・・スーツ代は高えぞ」
そんな彼女の様子など気にもとめず、新田はロークに対して冷静にジョーク混じりの言葉を切り返す。
「別に脱ぐのは7ゲーム終わってからで良い・・・。おっさんの下着姿なんて長く見たかねぇよ」
「・・・いいだろう。俺の一張羅を賭けよう!」
「良し!」
その言葉を聞いたロークは、再びテーブルの中から5枚のコインを取り出すと、それらを新田に手渡す。新田はすぐさまその5枚を場に置いた。
「コール!」
その宣言と同時に2つ目のゲームが始まったのである。
・・・
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(3枚)
新田 9mm拳銃(2枚)
スーツ一式(5枚)
・・・
先攻後攻は交互に回ってくる為、2ゲーム目の先攻は新田である。彼はカードの山から1枚めくる。
「・・・秋の3」
「冬の5!」
1ゲーム目と同様に、序盤はどんどんゲームが進んで行く。そんな中、新田は思考を巡らしていた。
(こんな“ロシアンルーレット”みたく、自分の覚悟と度胸のみで勝敗が決まる様なゲームを提案した理由は分かっている・・・。絶対に如何様を仕込んでいるはずなんだ!)
盗みを働く連中が賭博の宣誓を守る訳が無い。それは明白である。これはキャピラも予想し、ゲームが始まる直前に新田に耳打ちしていたことであった。故に第1ゲームが始まる前、ゲームのルールを確認していた2人はそれと同時進行で、如何にして相手の如何様を破るか、それについても話しあっていた。
(手札というものが無く、両者共に“山”から何のカードが出るのか分からないこのゲームにおいて、恐らく最も効果的なのは・・・“マークト・カード”!)
「マークト・カード」とは、裏から見て何のカードか分かる様に何らかの目印が付いているカードのことである。
(しかし、事前に確認はしたが、いずれのカードも裏は白一色・・・念のため、スカーニー・リフル・テストも行ったが、何か印がある様子は無かった・・・。他に考えられるのは“マッキング”・・・テーブルの中は確認済みだから、服の中に何枚か仕込んでいるのか・・・“トップ・ブラインド・シャッフル”ならば7ゲームの内、ディーラーが向こうに回る4ゲームはこちらに勝機は無い・・・)
新田はあらゆる如何様の可能性を探る。
「・・・春の9!」
新田が思案に暮れている間にも、第2ゲームは終盤に近づいていた。この時の合計点数は“50”。そして新田に順番が回って来た。
「冬の3か・・・」
カードを確認した新田は、そのめくったカードを表向きにしてその場に置く。
「・・・ステイ!」
「!?」
ロークのステイ宣言に、新田を初めとする面々は驚く。この時の合計点数は“53”。先程の反省から察するに、“ステイ”を宣言するには早すぎるタイミングだ。しかし、すでに14ターン目まで回っており、第1ゲームと比較して、夏と秋のカードを比較的多く消費していたのは確かであったが。
「おや、随分と早い離脱だなあ」
「ああ、俺のカンがここでやめておけ、と言っているものでね・・・」
余裕ある口調を装ってはいるが、緊張しているのは明らかに新田のほうである。相手が行っているであろう如何様が何なのかもまだ分かっていない。もし相手が山積みになっているカードの1番上が何なのか分かっているとしたら、こんなに不利な状況は無い。なんとしても最終ゲームに突入するまで、如何様を暴かなければならない。
「・・・ステイ」
悩んだ末に新田が選んだのは“引き分け”であった。
(くそっ・・・! ここで“引き分け”を使ってしまったか!)
その結果を見ていたキャピラは、状況上致し方無いとは言え、新田がさらに不利な状況に持ち込まれてしまったことを嘆く。
(フフッ・・・少々迂闊だったか・・・。気付いちまったかなぁ? まあいい、どちらにしろ、こいつに“分かる訳が無い”のだからな!)
ロークは自らの行動の迂闊さを反省する。だが彼は自身の如何様に絶対の自信を持っていた。
・・・
第2ゲーム 勝者無し(引き分け)、コインの移動無し
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(3枚)
新田 9mm拳銃(2枚)
スーツ一式(5枚)
・・・
「・・・次のゲームだ!」
第3ゲームの先攻であるロークは、場にバッグのコインを3枚投げる。
「・・・スーツを3枚!」
同じく新田も、場に3枚のコインを投げる。斯くして、第3ゲームがスタートした。
・・・
第3ゲーム
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(3枚)
新田 9mm拳銃(2枚)
スーツ一式(5枚)
・・・
(先程の様子を見るに・・・恐らくコイツがやっているのは“マークト・カード”・・・! “マッキング”ならば、わざわざ相手に如何様を感づかれる行為はしないはず・・・! いや・・・、それもフェイクか?)
カードの山を見つめていた新田はそのまま視線を動かし、のぞき込む様にロークの顔を見る。相も変わらず彼は新田の顔を見下す様にふんぞり返った体勢を取っていた。
(こいつ・・・余裕見せやがって。いや、後ろか・・・?)
その時、新田はロークの姿勢に違和感を覚える。見下す様にふんぞり返った体勢を取るロークの視線が、自分に向いているものでは無いことに気付いた。ロークは自らの視線を新田ではなく、新田の背後に飛ばしていたのである。
無関係者を装った仲間を相手の後ろに立たせて、相手の手札が何なのか教えさせるという如何様がある。映画等にも登場する、中々お粗末な如何様だ。しかし、これが有用なのはポーカーなどの“手札”が存在するゲームに限った話であり、“ロシアンルーレット”的な要素の強いこのゲームでは無意味の筈だ。まして、後ろに居る彼の手下に何が出来るというのか。新田は試しに首を回す振りをしながら後ろを見てみたが、彼の背後には眼鏡をかけた巨漢が立っているだけである。
「・・・」
(こいつに何を求めている?)
新田は自身の後ろに立つ男が如何様に関与している可能性を考えたが、すぐに自身の考えを否定する。その後、第3ゲームに敗北した彼は、再びコインを奪われてしまった。
・・・
第3ゲーム 0点:「夏のカード」 1点:「秋のカード」
勝者 ローク
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(3枚)
スーツ一式(3枚)
新田 9mm拳銃(2枚)
スーツ一式(2枚)
・・・
その後、新田は第4ゲームにも敗北してしまい、手元に残ったコインはついにあと1枚となってしまったのである。
・・・
第四ゲーム 0点:「秋のカード」 1点:「夏のカード」
勝者 ローク
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(4枚)
スーツ一式(5枚)
新田 9mm拳銃(1枚)
・・・
「次のゲームだ!」
ロークはそう言うと、第五ゲームのベットとして場に計5枚のコインを叩きつける。
「・・・もう、コインに変えられるものは無いぞ?」
新田はもう上乗せは出来ないということを主張する。少なくとも、身の着までコインに変え、そしてそれも奪われた新田にとって所持物と言えるものはもう無かった。
「まさか今度は彼女のスーツを賭けろ、なんて言わないだろうな?」
新田は冗談交じりに左後ろに立っていた子門を親指で指差す。急に話の話題に出された彼女は、動揺する素振りを見せた。
「そうか、もうコインが無いか・・・だが、上乗せ出来るものはまだあるじゃないか・・・」
ロークはそう言うと再び新田を指差した。
「?」
新田は”まさか臓器を質に入れろなんて言うんじゃないだろうな”と思いながら、ロークの行動の真意を理解しかねていた。そんな彼にロークは衝撃の言葉を突きつける。
「次にお前が上乗せするのは、お前自身だ!」
「はあ!?」
新田は思わず頓狂な声を上げる。野村二尉と子門、キャピラも顔を見合わせていた。
「どういう意味だ? 今後お前たちの下で働けって!?」
新田はロークに言葉の意味を問う。ロークははこの問いかけに鼻で笑いながら答える。
「そんな金に成らないことをするものか・・・お前、自分らニホン人の希少価値を分かってねえな・・・」
「!?」
ロークは邪悪な笑みを浮かべると、一際大きなため息をついた。そして彼は新田たちを陥れた真の目的について語り始める。
「この大陸では見られない“特徴的な外見”・・・それだけならまだしも、国策によってほぼ全ての国民がそこいらの学者も真っ青な知識を身につけさせられていると聞いている。先日、アテリカの皇子が所有していたニホン人奴隷を、ジットルト辺境伯がユリナンスでの晩餐で破格の高値で買い取ったという出来事があった・・・。外交官だろうが何だろうが、そんな金づるをこの街からみすみす逃がせる訳が無いだろう?」
「!!」
ロークたちの意図を知った4人は驚愕する。彼らは新田を“奴隷”として売りさばく算段を立てていたのだ。
アテリカ帝国の第二皇子であるファティー=トローアスは、アルティーア帝国で攫った日本人奴隷、即ち山西と沢南の2人をユリナンス国での晩餐会にて見せびらかしたことがあった。晩餐会の参加者たちは日本人の珍しさから、彼女らを買い取りたいと申し出たのである。
最終的に1番の高額を提示したジットルト辺境伯に売り渡されたのだが、これを羨望した一部の参加者たちは、奴隷商人たちに他の日本人奴隷を探し出す様に命令を下した。彼らもその命令を知った一派であり、日本人がアテリカからヨハンに向かうことを耳にして、各地にて密偵に様子を探らせ、日本使節団を貶める作戦を企てていたのだ。
(くそっ、これが奴らの目的か! ・・・確かに奴隷狩りへの取り締まりが厳しいヨハンだが、正式に“宣誓”の下で行われた賭博の“負け”による“身売り”は、取り締まりの対象にはならない!)
キャピラは彼らの目論見をようやく悟る。このセーベは賭博が盛んな街でもあり、商いの失敗で借金漬けになった市民が奴隷に身を堕とす様に、ギャンブルでの借金が返せずに奴隷に身を堕とす市民も少なからず居る。そんな者たちは自己責任で奴隷身分に身を落とすことになる為、法の取り締まりの対象にはならない。
ロークの一味は賭博を悪用し、人為的に“ギャンブルで身を滅ぼす者”を生み出すことで、法をくぐり抜けた事実上の奴隷狩りをここセーベで行っていたのである。似た様な手法はこの世界の裏社会で多く見られるものであった。
(裏で如何なる事態があれど、誓約を正式に取り交わした以上、あとは奴らにとっては新田殿が賭けに負けて身売りしたという事実さえ作れれば良いだけの話だ・・・。さすれば新田殿を“売却”しても、少なくともヨハン国内では合法となる。その場合、最後の頼みの綱は日本政府がヨハン政府に対して“抗議”と、“彼の返還”を打診することだが・・・)
今の状況下で新田が奴隷に売られてしまった場合、ヨハン共和国政府は取り締まりを行うことは出来ない。その場合、日本政府がヨハン政府に圧力を掛ける他、彼を救い出す手段が無くなるが、問題はここが“海上貿易の要衝”ヨハン共和国であることだ。国内に売りに出されるならともかく、貿易船に乗せられ、海外へ売られた奴隷など追跡することは至難の業である。その為、日本政府が少しでももたついてしまっては、新田の救済は不可能になってしまうのだ。
(元は新田さんの不注意が招いた事態・・・無理矢理拉致された2人の邦人とは事情が違う。事の成り行きが成り行きなだけに、そうなってしまっては最悪・・・外務省に見切られてしまう! まあ、鞄を盗まれた新田さんが1番悪いんですけど!)
子門は想定しうる最悪の事態になった場合、日本政府と外務省に見捨てられてしまう可能性を考えていた。彼女も状況の悪化に頭を抱える。
「口上を言いな! さもねえと、そこのお役人は今すぐ国外に売り飛ばしてやる・・・」
「・・・?」
彼らが思案に暮れる中、ロークは急に叫ぶと子門を指差した。新田、野村二尉とキャピラの3人はロークをにらみつける。
「おい、それは“法に触れる行為”じゃないのか?」
キャピラはロークの発言と、彼らの目的の矛盾点を指摘する。子門は賭けのプレイヤーではない。今この場で賭けに負けた訳でもない彼女を売り飛ばせば、当然ヨハンの法に抵触するからだ。
「おいおい、兵士さんよ・・・、何も分かってねえな・・・」
「・・・?」
「俺たちは別にその気になりゃ、お前らを今すぐに“闇”に売り飛ばしたって構わねえんだ。ただ、出来れば法に触れること無く穏便に、ニホン人の奴隷を手に入れたい訳よ・・・。俺たちは平和主義者なのさ。チャンスを与えているのはこっちだってことを自覚して貰いたいもんだねえ」
「・・・!」
ロークの脅しを受けた新田たちは、相手はあくまでも賊であり彼らが本当にルールを守るという保障はないということを再認識させられる。
「少し・・・相談していいか?」
新田はそう言うと席から立ち上がり、キャピラと野村二尉の方に近づく。そして3人は小声で話し合いを始めた。ロークやその手下たち、そして蚊帳の外の子門はその様子をただ見ていた。しばらく後に話し合いを終えた新田は席に戻る。彼は意を決した表情を浮かべ、口を開く。
「・・・分かった。『俺自身』を賭けよう!」
「良し!!」
宣言を聞いたロークは、再びテーブルの中からコインを取り出す。
「そのコインはお前自身! 正真正銘最後の賭け金だ!」
「コイン20枚か・・・俺はスーツ四着分ってことか・・・?」
新田はコインの枚数に不満を漏らす。そんなことにはお構い無しに、ロークは5枚のコインを場に叩きつける。
「乗るか!?降りるか!?」
「“俺”を5枚!」
両者の宣言と同時に、第5ゲームが幕を上げる。
・・・
第五ゲーム 0点:「夏のカード」 1点:「秋のカード」
所持金 ローク “謎の”バッグ(5枚)
9mm拳銃(4枚)
スーツ一式(5枚)
新田 9mm拳銃(1枚)
自分自身(20枚)
・・・
「・・・秋の11!」
「夏の1」
「春の4!」
「春の1・・・13!」
再びゲームが進む。カードがテンポ良くめくられていく。そしてあっという間に合計点数が50点台に達した。
「・・・秋の7」
新田がカードをめくり、ロークにターンが回る。
「あ〜あ〜・・・」
「?」
その時、新田は気の抜けた声と発すると同時に、両手の指を組んで掌を上にし、腕を高く上げて背伸びをした。
(余裕を装っているのか・・・それとも、もう勝てないと覚悟したか・・・しかし・・・)
ロークは妙な行動を取る彼の様子に戸惑う。
「なあ、お前さん・・・次のカードが何だか分かるのかい?」
直後、新田はロークに急に妙な質問を噛まして来た。要は如何様をしているのか、というあまりにもストレート過ぎる質問に、ロークはまたもや困惑する。
「ははっ! そんな訳無いだろう?」
「だよねえ〜」
彼はそう言うと、今度は右手で左肘を掴んで体側を伸ばすような体勢を取る。
「・・・」
後ろに居る眼鏡の男がわずかに動く。それと同時にロークの視線もわずかながらに移動する。
「!!」
状況証拠は揃った。その刹那、キャピラは電光石火の早業で剣を抜く。
「おい待ちな!」
キャピラが剣身を当てた先は先程から新田の背後に立っていた眼鏡の巨漢であった。人質が居る中で気が触れたかのように過激な行動をとる近衛兵に、子門と野村二尉は驚愕する。
「てめえ! 一体! 何を!」
2人と同様に、周りにいる手下たちもキャピラの行動に度肝を抜かれていた。
「動くな! さもなくばこいつの首を飛ばす!」
「・・・!」
互いに人質を抱える両者は膠着する。そんな中、新田は立ち上がると、手下と同様に驚愕した顔を浮かべているロークに向かって語りかける。
「やっと分かったぞ。如何様が!」
新田はそう叫ぶと同時に、両手をテーブルを叩きつける。彼が放つ凄味に気圧され、空気が一気に逆転する状況を感じながら、ロークは落ち着いて言葉を返す。
「何の話だ?」
「分からないか? じゃあ説明してやろう・・・」
「??」
子門は頭上に疑問符が踊っていた。新田はテーブルから手を離すと、落ち着いた口調で語り出す。
「まず、この如何様についてはやはり“マークト・カード”だ。ただ、カードはいずれも白一色。何かしら目印が無いかと凝視していたが、何も見えなかった。“トップ・ブラインド・シャッフル”の可能性もあったが、それだと俺にディーラーが回ってくる3つのゲームは、あんたにとっても運次第になってしまう。ますます分からなかったのは、お前さん、俺の顔を見るふりをしながら、後ろに視線を飛ばしていたろ? ポーカーでもあるまいし、ただの癖か何かかと思っていたが、やはり違ったな!」
「な・・・何を・・・!」
「その答えが“眼鏡”!」
新田はその台詞と同時に、背後に立つ眼鏡の巨漢を指差す。その男に剣を向けていたキャピラは、彼からその眼鏡を取り上げる。
「主に国家が機密文書を遠隔地間でやり取りする場合に用いられる“透明インク”! サクトアの魔法工房にて作成されている高価な代物だ。賊がこんなものを所有しているのは驚きだが・・・」
取り上げた眼鏡を自身の耳に掛けながら、キャピラは説明を続ける。
「一見、無地の裏面だが、この“専用の眼鏡”を通して見ればカードの裏面に“透明インク”で書かれた文字が見える!」
キャピラはそう言いながら、テーブルの上に山積みになっているカードを、裏向きになるようにしたまま一枚取り上げる。
「これは・・・、冬の8だな」
そのカードを表へめくり返すと、キャピラが予言した通り冬の8のカードが現れた。
「眼鏡をかけたこいつは、瞬きの数でカードの点数をあんたに教えていた訳か・・・あんた自身が眼鏡を掛けていれば、キャピラ殿ならすぐに感づくからな・・・」
「っ・・・!」
「魔法を知らない我々日本人にとっては脅威だが、ただ如何様としては二流品! もう少し手先の技術と演技力を上げることだな・・・。ところで宣誓では“ゲームはご破算”、“不正には償い”を、だったかな?」
「!」
如何様を看破された上にそれをこき下ろされ、ロークは言葉が出ない。新田のこの言葉に観念したかと思いきや、彼は突如立ち上がり新田たちに向かって怒鳴り散らした。
「うるせえ! ゲームが何だ! そんなもの、もう構わねえ! もうこんな回りくどいことは御免だ! お前らをここでとっつかまえて売りさばけば済む話! 売上金も俺たちだけのものだ!」
ロークの叫びに呼応し、彼の手下たちは突如飛びかかる様に襲いかかって来る。
「きゃあ!!」
子門は悲鳴を上げる。キャピラも剣を構えて応戦しようとする中、新田は落ち着いた様子で野村二尉に語りかける。
「ゲームは終わりか・・・。確かに“ゲーム”はここで終わりの様ですね? ねえ、野村さん?」
「ええ、そうですね」
新田の問いかけに野村二尉は頷く。
「な、どういう意・・・」
ロークは新田の言葉の意味を問う。しかし、その全てを言い切る前に店の扉が突然破られた。薄暗い店内に日の光が差し込む。それを後光の様に背負い、立っている人影が見える。その人影は1つの物体を店の中に投げ込む。
「閃光発音筒!」
「目と耳を閉じろ!」
野村二尉が叫ぶ。直後、新田と子門、そしてかろうじてその声に反応出来たキャピラは目を閉じた。
ピカッ!!
「うわぁー!!」
ロークとその一味は閃光発音筒が発した閃光と爆音によって一時的に視力を失ってしまう。その隙に乗じて、4人は人質となっていたニイナと盗品の鞄、ついでに誓約書を奪還し、その場を逃走した。
・・・
セーベ市街地
賭博場から一目散に逃げ出した新田たちは、多種多様な露店が軒を連ねる街の中央の噴水広場に辿り着く。
「いや〜助かりましたよ」
新田は閃光発音筒を投げ込んだ高尾上級陸曹長に、感謝の言葉を述べる。
「本当に心配しましたよ・・・ちょっと離れている間にまさかこんな事態になっていようとは・・・」
新田ら5人と離れてバッグの捜索を行っていた“買い出し班”は、バッグが発見されたという野村二尉の無線を聞き、本来の任務である買い出しを行っていた。しかし、それを終え、購入した物資の73式中型トラックへの積み込みが終わっても尚、姿を見せない彼ら5人を不審に思い、再び市中の捜索に向かったのであった。聞き込みの末、彼らの足取りを掴んだ高尾は、新田らがゲームをしていた店の窓から懐中電灯で野村二尉に対して合図を送り、閃光発音筒を投げ込む時機を伺っていたのだ。
「本当にどうなるかと・・・思い・・・ました・・・! ありがとうござい・・・ます・・・!」
涙を見せながら礼を述べる子門は、逃走に成功して気が抜けたのか地面にへたりこんでいた。
「ニイナさんも・・・こんなことに巻き込んでしまって申し訳無い・・・」
彼らの脇で立ちすくんでいた1人の少女に、新田は詫びを入れる。
「あ、いえ、私は大丈夫です」
人質となって恐ろしい思いをしたであろう彼女は、健気な様子で答えた。
「じゃあ、貴方の隊商を探しましょうか・・・」
「そ、そうですね! それが最初の目的ですし・・・!」
新田の言葉を聞くと、子門は元気を取り戻したように立ち上がった。
「じゃあ、早速港に向か・・・」
「そんなものが本当にあればの話ですが」
「・・・え?」
直後、子門の言葉を遮って新田が発したのは衝撃の一言であった。場の雰囲気が凍り付く。
「ちょっ・・・新田さん貴方何を言って・・・!」
「・・・」
突如訳の分からないことを述べる上司に抗議しようと、子門は彼のもとに近づこうとするが、キャピラによって静止される。
「演技はもう良いでしょう。ニイナさん・・・それが貴方の本名なのかは知りませんが・・・」
「もういい加減にして下さい! その子がどれだけ怖い思いをしたと・・・!」
子門はキャピラに静止されながらも上司に抗議する。そんな彼女の言葉を気にも止めず、新田は冷たい視線を1人の少女に向ける。動揺した様子のニイナはゆっくりとその口を開いた。
「新田さん・・・、それは・・・“いつから”?」
「!!」
今までの無邪気な表情が、まるで魔女の様に変わるその瞬間、彼らはその背筋に何か冷たいものが這い上がる様な感覚を覚えた。