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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第1章 アテリカ帝国
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旅人と宴の国 ヨハン共和国

12月25日 ジュペリア大陸 ウィッケト半島 ヨハン共和国


 陸上自衛隊の73式中型トラックがセーベまでの道のりを走る。運転手は小畑二曹から布川一曹に交代しており、その荷台では他のメンバーたちが車輌の揺れに身を任せていた。スマホで電子書籍を読む新田、地図で現在地を確認する自衛隊員たち、剣の手入れを行う近衛兵、うとうとと眠りにつくサリード。それぞれのやり方で時間を潰す中、救出された少女は女性自衛官の水沢三曹と外交官の1人である子門葵と話していた。


「子門さんは凄いんですよ! 若干27歳でアテリカ帝国への使節団の一翼を任されているんですから!」


 水沢三曹はあたかも自分のことであるかの如く、自慢げに子門の身の上を紹介する。それを聞いたニイナは少し怪訝な表情を浮かべた。


「シモンさんは女性なのに外交官なんですか?」


「え、ええ、まあね」


 子門は素っ気なく答える。ニイナはまだ納得していない表情だ。日本初の女性外交官が誕生したのは1950年のことであり、21世紀の地球と比較して男女平等の概念が希薄なこの世界では、女性が外交職に就くなど本来ならば考えられないことであった。


「・・・本当なんですか?」


「あ、信じてないな! 子門さん、”あれ”見せてあげて下さいよ!」


 ニイナの様子を見ていた水沢三曹は、子門が外交官であるということの証明である”あるもの”を見せてあげる様に促した。


「う〜ん、まあ良いか」


 子門は少し悩む素振りを見せると、懐から濃い茶色の手帳を取り出した。


「これ、”外交旅券”って言うんだけど、日本国外において私が日本国の外交官だって言うことを証明してくれるものなの。まあ、この世界ではあまり意味の無いものなんだけどね、あの2人も持ってらっしゃるのよ」


 子門はそう言うと新田と遠藤を指し示した。


「へぇ〜! 凄いですね、女性で外交官なんて!」


 自身を褒め称える少女の言葉に気を良くした子門は、鞄の中に手を入れる。


「甘い物は要らない?」


 子門はそう言うと、鞄の中に入っていたキャラメルを差し出す。ニイナは目の前に出された茶色い四角形の物体に物珍しさを感じていた。それを子門の手から掴み上げると、甘い臭いが放たれているのが分かる。たまらず口の中に放り込むと、そこから広がる甘さに堪らず顔がほころんだ。


(・・・可愛い!)


 水沢三曹はその様子を見て心の中で叫ぶ。


「もう一個要る!?」


「・・・!」


 ニイナは大きくうなずいた。女性自衛官と女性外交官、そして現地民の少女の和やかなやり取りを、外交官の遠藤は微笑ましく感じながら眺めていた。


「しかし・・・随分とリスクが高いことをする賊がいたものですね」


 その時、いつの間にか起きていたサリードが使節団の面々に話しかける。


「・・・? どういうことですか?」


 新田はスマホをボディバッグにしまうと、彼の言葉の真意を問う。


「奴隷に対する需要と依存度が他国と比較して低いヨハンでは、奴隷とする為に民を拉致することは、攫われた者の身分に関わらず重罪と決められています。発覚すれば死罪は免れません。さらにこの国は、公然の奴隷市場が存在せず、ヨハン国内に存在する奴隷は、一部を除き大体が豪商や貴族が他国から輸入したものなのです。しかし、多種多様な人種が存在するこの国では、厳しい取り締まりにも関わらず、それを狙って暗躍する人攫いが裏で跋扈しているとも聞きます。彼女もそれに狙われたのかも知れません・・・」


 サリードはヨハン共和国の概要について語る。そのしばらく後、ついに北方の地平線上に街が見え始める。


「街が見えました! セーベの街です!」


 助手席に座っていた小畑二曹は、最初の目的地が目の前に現れたことを伝える。12月25日の夕方、日本国使節団はこの日ついにヨハン共和国の首都セーベに到着したのである。




ヨハン共和国 セーベ市


 トラックを首都郊外に停め、使節団首都は地に足を付けた。座りっぱなしで固まってしまった体を伸ばした後、中心部に向かう彼らを待ち構えていたのは、繁栄する一大商業都市であった。


「この街はにぎやかな所だなあ!」


 新田は驚嘆の声を上げる。港に並ぶ商船、立ち並ぶ出店、街を行き交うのは、大陸のあらゆる国から集った多種多様な人種の人波、まさに国際都市と呼ぶべき街並がそこには広がっていた。


 「ヨハン共和国」・・・この世界では数少ない共和制国家の内の1つである。クロスネルヤード帝国に隣接しているが、他の周辺国とは違い、属国ではなく歴とした独立国としての地位を保っている。鉱産資源が少なく、自国内の産業が貧しいこの国は古来より国策として商業に力を入れてきた。故に首都セーベを中心として、この国はジュペリア大陸南部の海上貿易の要衝、さらにクロスネルヤードとアテリカを陸路で行き来する旅人たちが集う陸上交易の要衝として発展して来たのである。具体的には大陸の各国から集まる商人たちや旅人たちによる中継貿易で潤う商業国家なのだ。

 根幹が商業であるこの国は、他国と比較してリベラルな風潮が根付いている。それは商人や市民だけでなく、貴族や農民も例外ではない。この国では農奴というものは存在せず、農民は独立し、中国の生産責任制に近い体制が執られている。一部の農民には成金となっている者もいるくらいなのだ。また、この国の議会は特権階級だけでなく、選ばれた平民(実際には財のある商人)も参加することが出来るのだ。

 地下資源に乏しく、中継貿易に依存するこの国では奴隷への需要が低いため、国内にその市場が公然には存在しないなど、奴隷制度というものがあまり根付いていない。だが所有が認められていない訳では無いので、この国で活動する奴隷商人は、海外から輸入された者やこの国の根幹である商業主義の敗者たち、具体的には収穫に失敗した没落農民や、商いに失敗し借金に追われることとなった市民などの自ら奴隷に身を堕とす者、そう言った者たちを対象として取り扱っているのである。




首都セーベ 中心部 宿「緑栄亭」 ロビー


 旅人や商人が集まるこの街では、当然それに見合った数の宿がある。日本使節団と皇太子の一行が入ったのは、豪商や各国の貴族王族が利用する、首都の中でも最高級の宿であった。


「ようこそ、お越し下さいました! 皇太子殿下ご一行様!」


 皇太子が来たという従業員の報告を受け、宿「緑栄亭」の主人であるプテリゴ=パラタインが、宿を訪れた15人に挨拶をする。その後、下げた頭を上げるプテリゴは、目に入ったものに疑問符を浮かべる。


「?」


 皇太子の一行は数人を除いて、奇妙な装束に身を包む者たちが大半であった。顔の形がアテリカ人とは明らかに異なる彼らに、プテリゴは疑問を抱く。


(異国出身の文官か何かか? 上下一色の衣装とは芸が無い。それに召使いにあのように妙に目立つまだら模様の服を着せているとは・・・人目をはばかるということを知らんのか)


 プテリゴは新田や遠藤、子門が着ていたスーツや、自衛隊員が着ている迷彩服を心の中で蔑んでいた。その後、使節団員たちはフロントにて宿帳に名前を記入する。その様子を見ていたプテリゴは再び困惑した顔を浮かべる。


(これは、やはりアテリカの名前では無いな・・・)


 宿の主人としての彼の経歴は長い。そんな自分でも知らない人種が居るということに、彼の好奇心がかき立てられる。


「失礼だが、あなたの出自は?」


 彼は宿帳に記名していた遠藤に出身国を尋ねた。


「・・・我々は日本国の外交使節団です。アテリカ帝国との国交樹立交渉のため、このジュペリア大陸に訪れましたが、今は訳あって殿下と行動を共にしております」


「!」


 遠藤の一言を聞いたプテリゴは驚愕の表情を浮かべる。彼は「日本国」という国名を知っていた。それは列強の一角アルティーア帝国を完膚無きまでに打ち破った、突如極東に現れたという“謎の国”の名だった。


「ニホン国の外交官だったとは・・・お・・・お見それしました!」


 新田や遠藤たちの出自を知ったプテリゴは彼らに頭を下げる。主人に続き、フロントにいた従業員たちが一斉に頭を下げた。


「・・・はは。いえ、おかまい無く・・・」


 宿の人間たちの態度の急変振りに、遠藤は若干引き気味になる。その後、彼らは宿の中でも上級の部屋へと案内された。上階へと案内される途中、サリードは新田に話しかける。


「この宿は私も外遊などで利用しています。宿の主人の客を選ぶ態度が少々鼻につきますが、周辺の安価な宿を取るよりは安全です」


 地球でも海外のタクシーやホテルでは気をつけろと言われる様に、この世界でも旅行時における気をつけるべき事項をサリードは説明する。朝起きたら無一文となるよりは、少々高くても比較的安全が確保されている宿に泊まった方が無難だということだろう。




「緑栄亭」 5F


「へぇ〜、いい部屋だなあ!」


 新田は案内された部屋を見渡すと正直な感想を述べる。元来、他国や他地域から来る豪商や貴族王族向けの宿泊施設である「緑栄亭」の部屋は、現代世界の価値観からしても豪勢と言えるものであった。その後、案内されたそれぞれの部屋に荷物を置いた使節団は、再びロビーに集まり、1階のレストランで夕食を取る。




「緑栄亭」 1F レストラン


「私も良いのですか!?」


 ニイナは自分も夕食に同席出来ることに驚いていた。貧しい出自の彼女としては、このような高級な宿には、泊まるどころか、入ることも初めてであった。


「貴方を置き去りにした隊商探しは明日にして、今日は水沢と子門の部屋に泊まって貰ってかまいません。お金の心配は要りませんよ」


「・・・!」


 そう言って微笑む新田に、ニイナは満面の笑みで返す。


「お待たせしました!」


 運べるだけの料理を運び、2人の店員が使節団の座る席にやってきた。皿の上から漂うのは、長距離移動で疲労した空腹の体にはたまらなく感じる香りである。嗅覚を刺激し、思わず唾液が出てくる料理に、新田たちは胸を踊らせる。

 ヨル大エビの香草焼き、シャントウ芋と野菜の炒め物、海産物のマリネ、セイヨ牛の炭火焼き・・・ヨハンが誇る名物料理の数々がテーブルの上に並べられた。


「古来より、多様な文化がもたらされ、また他国からの商人と旅人をもてなすことを生業として来たヨハン共和国では、それらの影響を受け、多彩な料理文化が発達して来ました」


 サリードは新田ら日本人たちに、ヨハン料理について説明する。その後、使節団員たちは待ちに待った食事を始める。本来ならがっつきたいくらいに腹が減っているのだが、異国の皇族の前であまり無礼な醜態を晒す訳にもいかず、落ち着いた様子でフォークとナイフを使い、上品に口へ運ぶ。


「これは美味しい!」


 新田は驚嘆する。他の使節団員も顔を見合わせてその味に驚く。途中途中の食事を、ほとんどレーションやレトルト食品で済ましてきた彼らにとっては、その美味しさも一際であった。彼らはしばし歓談の時間を過ごす。


「すみません、少し席を外しますね・・・」


 食事を始めてからおよそ40分後、ニイナはそう言うと椅子から立ち、使節団の面々に頭を下げる。


「トイレならそこ右ですよ」


「・・・!」


 彼女がトイレの為に席を立ったのだと思い込んだ新田は、レストランの出入り口の付近を指差した。図星だったのか否か、ニイナは赤面していた。


(デリカシーの無い人だなあ・・・)


 配慮に欠ける新田の言葉に、水沢三曹は呆れていた。赤面した少女はそのままレストランの出入り口へと走って行った。


「この後はどのように?」


 ニイナが席を離れるのを見送った後、野村二尉が今後の予定進行について新田に尋ねる。


「この街に一泊した後、とりあえずニイナさんの隊商を探しましょう。宿の主人によれば、港の隊商宿に行けば首都入りした隊商について分かるらしいです」


「・・・」


 新田の説明に使節団の面々はうなずく。


「それと同時進行で、トラックを移動させる組と、水と食料の調達を行う組に別れ、各自の行動をとります」


 彼らが翌日すべきことは大きく分けて2つある。1つは使節団が乗ってきた73式中型トラックの移動だ。トラックは現在首都の郊外に停めてあるのだが、実際に街中を歩くことでトラックが市内を問題無く通過出来ることを確認したので、これを街の中心部まで持ってくる事が1つ、そしてもう1つが食料と水の買い出しである。元来、この街へはそれを目的としてやって来たのだ。

 その後の協議の結果、前者は、買い出しに参加しない皇太子サリードと近衛兵のノード、衛生員の水沢三曹、医官の柴田一尉、そして自衛隊員の1人の戸田二曹、計5人が行うこととなり、残り9人で買い出しとその荷物運びをすることとなった。

 しばらくして、夕食を完食した彼ら15人はそれぞれの部屋へと戻り、旅の疲れを癒す。


・・・


首都セーベ とある屋敷の一室


 その頃、この街のある屋敷の一室にて、ある不穏な動きが起こっていた。あくどい人相をした1人の男が、部屋の窓辺に立つもう1人の男に、信念貝を介して外部から入って来た報告を伝えていた。


「報告に依りますと、彼らはアテリカの皇太子を引き連れ、ここセーベに入ったとのことです。また彼らは現在、緑栄亭に宿泊しており、明日の昼にはここを出ると・・・」


「よしよし・・・では計画通りに事を進めろ。奴らをこの街から出してはならん・・・」


「はっ!」


 主の命令を聞いた部下の男は一礼した後、その部屋を後にした。


・・・


「緑栄亭」 5F


 夕食を終えた新田と遠藤は彼らの部屋に戻っていた。旅の疲れを癒すため、遠藤はベッドに横たわっている。


「これは・・・ワインかな?」


 部屋を物色していた新田は、小さなテーブルの上に果物の盛り合わせと共に置かれていた紫色の液体が入った瓶を手に取った。


「備え付けらしいです。この部屋に泊まる客用だそうで」


 遠藤はボーイから聞いていた部屋の説明について述べる。


「じゃあ飲んでいいのか」


 遠藤の言葉を聞いた新田は、少しばかり嬉しそうな顔を浮かべる。側に置いてあった栓抜きでコルク蓋を抜くと、グラスを手に取り、その中にワインを注いだ。


「酒なんて、ここ2週間近くは飲んでいなかったですからね・・・ボトル1本分のワインくらい、罰は当たらないでしょう」


「・・・確かに!」


 遠藤も意気揚々とした様子でグラスを手に取る。


「じゃあ、この旅が無事に終わることを願って乾杯しましょうか・・・!」


 新田はそう言うと、遠藤が手に取ったグラスの中にもワインを注ぐ。新田は遠藤と向かい合う様にして自身のベッドに腰を下ろした。


「では、旅の無事と目的の成功を願って・・・乾杯!」


カチャン!


 虚空で交錯するワイングラスの音が、2人の部屋に響き渡った。

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