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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第1章 アテリカ帝国
10/48

15人目

12月25日 ジュペリア大陸 ヨハン共和国


 この日、クロスネルヤード帝国・ジットルト辺境伯領へ向かう日本使節団は、アテリカ帝国ルッカース村を出発し、シャントウ山地を超えて、ついに「ヨハン共和国」に入国した。途中で通過したグレノム市にて昼食と休息をとり、街を横切る河川を横断して再び出発した一行は、見渡す限り草原と森が続く地帯へと足を踏み入れる。

 この国はこの惑星テラルスにおける赤道が通過しており、国の内陸部には熱帯雨林が広がる地帯もある。一行は亜熱帯低地気候が広がる海岸に近い道のりを進んでいた。


「のどかだねえ〜」


 使節団の護衛の1人である布川幸史一等陸曹/軍曹は、73式中型トラックの助手席の窓から外の様子を眺めている。辺り一面には野原が広がっていた。その隣では小畑憲一二等陸曹/伍長がハンドルを握っている。


「・・・ん?」


 その時、布川一曹は窓の向こうに妙なものを見つける。左前方から近づいて来るそれは徐々に大きくなり、彼らが走っている街道へ向かって近づいていた。


「何でしょう? あれは」


 小畑二曹もその動く影に気づいていた。


「恐らく人間・・・じゃないのか?」


 布川一曹はそう言うと、近づいて来るのが何者かを調べる為に双眼鏡を覗く。


「・・・!」


「・・・何が見えましたか?」


 ハンドルを握る小畑二曹は、驚いた様子で何も言わない布川一曹に尋ねる。


「・・・女の子だ」


「?」


 双眼鏡の先に見えたのは、着ている衣装がはだけるのも躊躇わずに、草原の上を必死の形相で走る1人の少女の姿だった。


「一体、どういう状況なんだ?」


 布川一曹は再び双眼鏡を覗き込む。その直後、彼は少女の後方に舞い上がる土煙を見つけた。


「・・・!」


 少女が必死の形相で走る理由を知った彼は、運転席の後ろの荷台に乗っている使節団員たちの方を向いて事態を知らせる。


「前方10時の方角から武装集団が接近! 外見から賊の類だと思われます!」


「何!」


 布川一曹の報告を聞いた使節団員の間に緊張が走る。自衛隊員や近衛兵たちが万が一に備えて戦闘準備を整える中、布川一曹はさらなる報告を伝える。


「彼らの目的は我々では無い! 賊の前方に逃走中の少女1名を発見した!」


「!!」


 その知らせを聞いた使節団員たちは再び驚愕する。人と馬の足では速さが違う。少女と賊との距離は確実に詰められていた。


「どうしますか? このまま通過することも出来ますが・・・」


「っ・・・」


 小畑二曹が問いかける。使節団は予想外の状況に直面していた。通常なら救援に向かっても良いが、今は他国の皇太子の御身を預かる状況である。万が一にもサリードの身を危険に晒してしまう様なことがあってはならない。だが、このまま少女を見殺しにしてしまうのも忍びなかった。


「・・・私ならかまいませんよ!」


「!」


 サリードが発した言葉は、任務と正義の狭間で悩んでいた使節団の葛藤を吹き飛ばす鶴の一声であった。彼は自分の存在が、新田たちに少女の救援に向かうという判断を躊躇させているということが分かっていたのである。


「し、しかし、我々は殿下の御身を皇帝陛下より託されている身、殿下に万が一のことがあっては、我々は貴国に顔向け出来ません!」


 外交官の1人である遠藤は不安げな声で述べる。


「いいえ、私のことは気にしないで下さい。それにここには頼りに出来る方々が居ますから!」


 サリードは微笑みながら答えた。「頼りに出来る」という言葉を聞いて、自衛隊員と近衛兵たちは笑みをこぼす。確かに状況が状況とはいえ、少女1人を見殺しにしてしまっては後味が悪い。


「・・・了解です!」


 皇太子の言葉を拝聴した新田は、運転手である小畑二曹に向かって指示を出す。


「直ちに少女の救援に向かいなさい!」


 使節団長の命令を受けた小畑二曹は不敵な笑みを浮かべると、トラックのハンドルを強く握り直した。


「道から逸れるので揺れます! 何かにつかまって下さい!」


 その直後、車体が左に曲がって大きく傾く。乗員たちは倒れまいと壁や椅子に咄嗟につかまっていた。トラックは街道から草原に乗り上げて車内の揺れが激しくなる。小畑二曹はアクセルを踏み込んでさらにスピードを上げた。そしてトラックと少女、賊が一直線上に並ぶ。少女の体力は限界に近づいている様で、賊との距離はさらに詰められていた。


「このまま接近! 少女の脇を通過したところで減速! 荷台より飛び降り、賊へ向かって銃撃を行う!」


 陸上自衛隊員の指揮を執る野村幸誠二等陸尉/中尉が、隊員たちに向かって指示を飛ばす。突然の実戦を迎えた隊員たちは気を引き締めていた。




「何だ、ありゃ!?」

「構うことはねえ! 言われた通り走れ!」


 賊の方も高速で走る異世界の乗り物に気づいていた。しかし、そんなことはお構い無しに少女との距離を詰めていく。その時、少女は石につまずいて地面へ倒れてしまった。


「助けてぇ!!」


 少女は悲痛な叫び声を上げる。彼女と賊との距離は30mを切っていた。正に絶体絶命、彼女は自分の運命の終焉を覚悟する様な表情を浮かべていた。その時、巨大な箱の様な緑色の物体がこちらへ進路を切り替え、スピードを上げて此方へ近づいて来るのが見えた。


「!?」


 直後、前方から近づいて来たその物体は彼女の右横を通り過ぎる。


「降下!」


 自走する緑色の巨大な箱は少女の背後で急に減速した。すると緑色の服を着た人々が箱の後ろから次々と飛び降りて来た。草の上で鮮やかな一回転を決めて受け身を取る彼らは、体勢を整えると銃と思しき黒い棒状のものを賊へと向ける。


「発砲!」


 その号令と共に、連続した銃撃音が辺りに響き渡る。凶弾を浴びせられた3頭の馬が血しぶきを上げて地面に倒れ、乗っていた賊が地面へと転がり落ちた。


「げぇっ・・・!」


 被弾しなかった2頭も銃声に驚き暴れており、乗っていた2人の賊はそれを抑える事で精一杯だった。


「くそっ! 一体何だって言うんだ!?」


 地面へ投げ出された賊の頭は、自身が乗っていた馬が眉間を撃ち抜かれているのを見て狼狽する。ふと前を見ると、緑色の集団が自分たちに銃口を向けていた。


「今すぐここから立ち去りなさい! さもなくば撃つ!」


 野村二尉が賊5人に対して警告を行う。引き金が引かれれば、次は自分が地面に伏している馬3頭と同じ目に遭うだろう。彼らには選択肢など無かった。


「・・・ずらかるぞ! ・・・お前、覚えてろよ!」


 賊の頭が捨て台詞を吐いた直後、彼を含む地面に投げ出された3人は被弾を免れた2頭の馬へ飛び乗ると、来た方へ戻る様にしてその場から立ち去る。その様子を見届けると、野村二尉は地面にへたり込んでいた少女へ声をかける。


「お怪我はありませんか!?」


「・・・は、はい」


 少女は少し怯えた様子で答える。見慣れない服装を身に纏う異国の集団に警戒しているのか、しばらく震えている彼女に、荷台の中から出てきた1人の男が近づく。


「我々は日本国より派遣された使節団。賊に追われている貴方を見つけたので、救援に参上した次第です」


 使節団長である新田は自分たちの素性を述べる。その言葉を聞いて少し緊張が和らいだのか、少女は落ち着いた表情で新田の顔を見上げる。


「大変な目に遭いましたね・・・。喉が乾いたのでは?」


 新田はそう言って彼女に水筒を渡す。少女は目の前に出された水筒を勢いよく口に含んだ。その後、水を飲んで落ち着いたのか、少女はゆっくりと口を開く。


「・・・助けて頂いて・・・ありがとうございます」


 少女は使節団員たちに頭を下げる。その後、彼女は自らの素性と、賊に追われることとなった経緯を説明した。彼女の名はニイナ=エピコンダイル。元々この近くの街から、隊商の1人としてセーベに向かっていたのだが、隊商が途中で賊に襲われた時に取り残された上に捕まってしまい、売り飛ばされそうになる直前に逃げ出したらしい。

 その時に森へ逃げ込み、馬に乗って追って来た賊を木々に紛れて何とか煙に巻くことに一度は成功したのだが、森を抜けた後に再び見つかってしまい、ここまで逃げ果せて来たということだった。


「それは災難でしたね・・・」


 ニイナの傷を治療していた衛生員の水沢小春三等海曹/三等兵曹は、彼女の身に起こった出来事に同情していた。


「セーベって言えば確か・・・」


「ええ、ヨハン共和国の首都の名、我々の最初の目的地です」


 新田は少女が述べた地名に聞き覚えがあった。野村二尉は彼の問いかけに対してこくりと頷く。


「・・・商隊に置き去りにされた彼女が、1人でセーベまで向かうのは危険でしょう。偶然とは言え、目指す場所が一緒なら、そこまで送ってあげてはどうでしょうか?」


 皇太子のサリードはニイナを73式中型トラックに乗せていく様に提案する。彼の言葉を聞いてニイナの顔が明るくなった。外務官僚の3人も彼の言葉に異を唱えることなく、顔を見合わせてうなずいた。新田はニイナへ視線を振ると、彼女に話しかける。


「ニイナさん、我々もこれからセーベへ向かいます。貴方が良ければ、我々に同伴するという形でそこまで送りますが、どうでしょう?」


「・・・はい! 是非お願いします!」


 ニイナは喜々とした様子で答え、再び頭を下げる。その後、使節団は新たなメンバーを加えて、再びセーベに向かって出発した。

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