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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「イリスの覚悟」

 ケルン南西部。主要な陸路の搬入口となるその場所には普段なら多くの荷馬車が停められていた。だが今は魔族襲撃という報告を受け、多くの住民が避難を始めたためほとんど空き地のような有様となっている。


 そんな見晴らしの良い場所に、向かい合うようにして立つ人影が四人と一人。

 少数の立場にあるシンと呼ばれた男は、しかし目の前の少女以外まるで見えていないかのような立ち振る舞いを見せていた。


「さあ、イリス。僕と一緒に来るんだ……魔王様が待ってる」


 右手を目の前の少女……イリスに向けて差し出すシン。

 しかし、一歩後ずさり拒絶の姿勢を見せるイリス。


「ふざけないで。私が貴方達と一緒に行くはずがないでしょう」

「……なんでそんなことを言う? 小さい頃の君はもっと素直な子だったのに」


 心底分からないと言った様子の表情を見せるシンに、イリスはとうとう相貌を崩して吠え立てる。


「私のことを……知った風な口で語るなッ!」


 我慢の限界に達したイリスは目の前の敵に向け、石畳を蹴って襲い掛かる。その小さな手には護身用にと持たされていたナイフが握られているが、もともとイリスは戦闘が得意ではない。殺しのエキスパートとも言うべき魔族に対してはあまりにも貧弱な装備だった。


「イリス様っ!」


 そんな無謀な突撃を見せるイリスのカバーにと駆け出すステラ。二人の最も近くに立っていた彼女はイリスを止めるか、シンに攻撃するかで逡巡し……後者を選んだ。


 ステラもイリスと同じように片手にナイフを構えてシンへと挑む。都合二振りの刃はシンの腹部に迫るが、相手は魔族。身体能力からして隔たりのあるシンに呆気なく攻撃を捌かれてしまう。


 ステラへはカウンター気味の蹴りを、イリスにはナイフを持つ手首を捻って動きを止める。


「い、痛っ……」

「君がこれ以上抵抗しないなら痛くはしない」


 淡々と言葉を吐き出しながらシンはイリスを気絶させるべく、大きく腕を振りかぶる。移動図書館の確保は魔王から魔族全体へ通達されていた優先任務だ。心情的にも、組織的にも逃すことのできない獲物を前にシンは……


「《黒の門、魔ヶ憑きの瞳、修羅の声。翼持つ者、その羽を穿つ──》」


 ──反射的にイリスから手を離し、大きく後方へと飛び退いた。


「《貫け──風の槍(ヴァン・スペア)!》」


 直後、シンの頭があった場所を通り過ぎるのは風の暴風。魔力によって生み出されたその攻撃は光の粒子を撒き散らしながら一直線に空間を翔ける。


「くそっ、外したっ!」


 見れば両手を掲げる宗太郎が悔しそうに表情を歪めている。完全に虚をついたはずの一撃をかわされた宗太郎にシンの視線が向かう。


「魔術師、だと? ……いや、その黒髪。お前、まさか……召喚者か」


 シンの視線が周囲に散る。シンから距離を取るように後退するイリス。吹き飛ばされたステラに『治癒』の天権を使う奏。こちらに両手を向けたまま第二射を放とうとしている宗太郎。


「なるほど、こっちにも召喚者のチームがいたということか。それなら……」


 呟き、溜息を漏らすシン。どこまでもローテンションな彼は二人の召喚者へと視線を向け……


「……君たちにも用事が出来た」


 一気にその距離を詰めた。

 速い。そう感じた宗太郎は瞬時に魔力を体に流し、身体能力の拡張を図る。そうでなければ目で追うことすらも困難だと察していた。だが……魔力を使った身体強化は魔族の方に一日の長があった。


 何とか最初の一撃をかわした宗太郎はそれに続く形で迫る蹴りにまで対処することができなかった。腹部にめり込むその衝撃にたまらず膝を突く。


 もともと喧嘩の得意ではない宗太郎は近距離で戦うことに慣れていなかった。一瞬で無力化された宗太郎に、他の三人も出鼻を挫かれてしまう。


 イリスも、ステラも、奏も宗太郎に比べて劣る戦力しか持ち合わせていない。一番強い宗太郎が呆気なく倒されたことで、士気の面でも影響が出始めていた。


 4対1。普通の喧嘩ならまず人数差だけで決定してしまいそうな不利を、シンは構うことなく蹴散らしたのだ。


「魔術師。君の不幸は優秀な前衛(なかま)がいなかったことだな」


 シンはそう言いながら目の前の宗太郎の髪を無造作に掴み、強引に立ち上がらせる。


「君たちは召喚されてからまだ三ヶ月程度しか経っていないはず。それなのに魔術が使えるということは……君が『魔導』の天権保持者だな」

「ぐっ……」

「眠れ」


 ──ドスッッッ!

 呻く宗太郎の腹部に向け、思い切り拳を叩き込むシン。鈍い音と共に宗太郎の体が崩れ落ち、地面に激突する。


「か、金井君っ!?」

「安心していい。気絶させただけだから。でも……君は"不要"なんだ。『治癒』の天権保持者」


 シンの向けてくる眼光に、思わず背筋が寒くなる奏。

 今まで向けられたことのないその感情に恐怖しているのだ。


 ──それは『殺意』。


 シンの言っていた言葉の意味は分からなかったけど、自分が今から殺されるのだということは分かった。

 足が竦む。心が軋む。今すぐに逃げろと脳内が警鐘を鳴らし続けている。だが目の前で横たわる宗太郎を前に、どうしても逃げるという選択肢を取ることができなかった。


 それが『治癒』の天権を持つという意味。白峰奏という人間の在り方だった。

 しかし……その美しいと形容されるべき性格もこのときばかりは裏目に出る。すでにシンに対して対抗できる人間は残されていないのだから。


 迫るシンに、立ち尽くすことしか出来ない奏。

 その目の前に……


「待ちなさい!」


 痛む右手を手で押さえるイリスが割って入る。

 さきほどと全く同じ焼き直しだった。しかし、今度は前回以上に状況が悪い。それでも毅然と魔族に立ち向かう様はまるで英雄譚に登場する主人公のようですらある。


「邪魔をしないでくれ、イリス」

「貴方の目的は私でしょう。この人達は関係ないわ」


 奏は目の前の少女の言葉に、思わず目を見張っていた。

 さっきまで紅葉や拓馬のことを置いていこうとすらしていたというのに、今、まさにこの少女が提案しようとしているのはその逆。自分を犠牲に宗太郎達を助けようとしているのだ。


「悪いけど……いくらイリスの頼みでもそれは聞けない。僕は魔王様から命令を受けているからね。召喚者は一部の人材を除いて排除しなくてはいけないんだ」


「一部の人材……そう、それが貴方達の狙いというわけね。でも、だったらなおさら貴方の好きにはさせられない」


「へえ……イリスが誰かの為にそこまで言うなんてね。もしかしてその人達のこと好きなの?」


「見当外れね。彼らのことが好きなんじゃない。単に貴方のことが嫌いなだけよ」


「酷いな……小さい頃はあんなに面倒みてあげたって言うのに」


「…………」


 全くショックを受けた様子もなく語るシンに、忌々しげにイリスが表情を崩す。それはカナタにすら語ったことのないイリスの過去に由来するものだった。


「私は……もう貴方達の所有物なんかじゃないッ!」


「所有物、ね。僕は君の世話をしていた間もそういう風に見たことなんて一度もないよ」


「黙れ!」


 沈痛な面持ちでイリスが叫ぶ。

 義理の父親であるヴェンデにしか話した事のないイリスの過去……



 ──かつてイリスは魔族に飼われていた。



 生まれてからしばらくの間。どうしてイリスがそこにいたのかは彼女自身にも分からない。だが"彼ら"は確実にそこにいた。魔族という極少数の種族にとって自分達の生活を維持することはとても難しかった。


 だから彼らは飼育した。


 自分達の食料を、住処を、衣服を、武器を作るための家畜として。

 まるで人間が豚を飼うかのように、彼らは人間を飼っていたのだ。


 そしてその中にイリスがいた。攫われて来たのか、家畜の一人が身篭ったのかは定かではないが。そのコミュニティーの中に確かに存在していた。


 そして……当時、イリスの"飼育係"だったのがこのシンという男なのだ。


 イリスはそのことに疑問すら覚えず、ただ漫然と与えられた役割に従事していた。生まれた時からその環境にいたのだ。疑うなんて発想すら生まれてこない。


 始まりからして間違っている物語(シナリオ)にイリスが気付いたのは彼女が7歳の時だ。森へ薬草の採取に赴いていたイリスを攫った人物がいた。


 その人物の名はヴェンデ・ライブラ。


 魔族に敵対する集団は召喚者だけではない。クロと呼ばれる戦闘員と同じように、ヴェンデも王国に選ばれた勇者の一人だったのだ。


「もう心配いらない。君はもう……魔族と関わり合いになる必要はないんだ」


 優しくイリスの体を包むヴェンデに対してイリスは派手に抵抗した。魔族の元へ戻ろうとする彼女を前にヴェンデが一体どんな心境だったのか分からない。頬に一筋の涙を流すヴェンデは強引にイリスを魔族領の外へと引っ張り出した。

 そして……


 ──イリスは世界を知った。


「貴方達が今更私に何の用があるのかなんて知らないし、知りたくもない。そして父の死の原因を作った貴方達を許すつもりもないわ」


「……なんだろうね。この気持ち。まるで反抗期になった娘を見ているみたいだ。僕、娘なんていないけど」


「──ッ! 馴れ慣れしく話しかけるな! 私はもう自由を手に入れた! 誰にも私の人生の邪魔なんてさせない!」


「そう。だけど僕らにも事情がある。『悲願』があるんだ。悪いけれど連れて行かせてもらうよ」


「貴方が私の邪魔をするというのなら……良いわ」


 突如、イリスの醸し出す雰囲気が変化する。

 シンはざわつく肌にぴりぴりとした緊張感が走るのを自覚する。まるで獰猛な獣にでも出会ったかのような悪寒。それはイリスという少女を古くから知るシンにとって始めての体験だった。


 それもそのはず……その力は義理の父親であるヴェンデから継承したものなのだから。シンの知るところではない。

 視線を合わせた対象と精神をリンクさせる魔眼。『夢想眼(ジーレ・シーラー)』。だがその強力な力の本質はただ視線の合った相手を精神世界へ引きずりこむことだけではない。


 移動図書館の司書たる役目を帯びるイリスにのみ使える奥の手。

 イリスは好きなタイミングで移動図書館にアクセスすることができる。それはつまり……


「私は今、ここで……私の過去を清算するっ!」


 頭の中にある記憶をいつでも、どんなものでも引き出すことが出来るということ。そしてそれは"継承された全ての記憶"に及ぶのだ。それが意味するところは唯一つ。


「《無限の彼方に人は待つ。無間の地獄を耐え抜いて。夢幻の形を希う。人の世の情けなるものの為、今こそ……》」


 イリスは脳内に貯蔵されている"360種類"もの禁術からその魔術を選び、詠唱を完成させる。


「《飛翔せよ──胡蝶の夢(レヴェリング)》ッ!」


 自らの過去に決着をつけるべく、イリスの孤独な戦いが今、幕を上げた。

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