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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「逃れられぬ過去」

「早くこころから逃げるぞ、リリィ! 絶対に俺の手を離すなよ!」

「う、うんっ」


 カミラはリリィの手を引き、その場から離脱することを告げる。


「ちょっとカミラ。待ちなさいよ。逃げるって、貴方一体どこへ行くつもりよ」

「騎士団の使っている拠点がこの街にもいくつかある。そこで匿ってもらうんだ。イリス、お前もどうするかさっさと決めろ。捕まるの覚悟でついてくるってんなら案内するぜ」


 指名手配されているイリスとステラにとって、騎士の根城へ行くことは自首することに等しい。魔族からの安全性は増すだろうが、別の危険が出てくる。


「……いきなりすぎるわね。ステラ、貴方をどう思う?」

「わ、私ですか? 私は……あまり騎士の方の厄介にはなりたくない、ですね。王都でのこともありますし、今は潜伏する必要があるかと」

「そうね……ならそうしましょう。カミラ、好意はありがたいのだけれど私達はここから別行動にさせてもらうわ」

「……いいのか?」

「いいのよ。むしろこれまで悪かったわね。ろくなお礼も出来ず仕舞いで申し訳ないわ」

「はっ、お前がそんな殊勝なことを言うなんてな、槍でも降ってこないか心配だぜ。だが、まあ……死ぬなよ、イリス」

「そっちもね、カミラ」


 カナタという共通の恩人を持つ二人はこれまでの協力関係に終止符を打った。カミラにとっての最優先事項は妹の安全、イリスにとっての最優先事項は真実を突き止めること。お互いに求めるものが異なる以上、どこかで別れなければならない日は来る。それがたまたま今日だったというだけの話。


 最後にイリスの胸元へ軽く拳をぶつけたカミラは、振り向くことなく部屋を後にする。そして残されるのはイリスとステラ、そして宗太郎達四人だ。


「さて……私達はこれからすぐにでもこの街を出て行くつもりだけど、貴方達はどうするのかしら? 良ければ手を貸してくれると有難いわ。私達二人だと旅をするのも間々ならなくてね」

「それは僕達にとっても嬉しい提案だけど……いいの? 僕達がついていっても」

「本心から言うと嫌よ。でも、今はそれ以外にこの場を逃げ延びる方法がないのだから仕方がないわ」


 宗太郎達は四人でも旅を続けることができる。そこにお邪魔させてもらうというのだから、イリスのほうが立場は弱い。そのはずなのにいつの間にかイリス達に宗太郎達がついていくという図式になってしまっていた。その当たり抜け目のないイリスだ。


「けど、魔族がこの街にいるんでしょ? だったらあたし達は戦いに行ったほうが良いんじゃない? きっと困ってる人もいるだろうし」


 まとまりかけた方針の中、紅葉が割り込み口を挟む。

 あまりにも常識的な発言をする紅葉に、イリスはふっ、と鼻で笑って見せる。


「貴方達で魔族に対抗できるとでも思っているの? 自殺したいのなら止めはしないけれど、その前に有り金と所持品は置いていきなさいよね。私達が使ってあげるから」

「な、何よその言い方! こっちはずっと訓練してきたんだからね! 勝てるに決まってるじゃない!」

「はあ……それなら行けばいいじゃない。誰も止めはしないわよ。あ、でもソウタロウは行かないでよ。貴方にまで死なれるとカナタに怒られそうで怖いわ」


 暗にお前は死んでもいいと紅葉に告げているイリス。どこまでもソリの合わない二人だ。やはり、この二人は引っ付けるべきではないと、宗太郎が間を取り持って仲裁に入る。


「今は言い争ってる場合じゃないでしょ。それよりこれからどうするか決めないと」

「そうですね。あまり時間はなさそうですし」


 宗太郎と奏の二人が何とか話の軌道修正を図ることで、この場は丸く収まった。街から出るにしても、魔族と戦うにしてもまずはこの場を移動しようと結論付けた一行はギルドの小部屋から外へと向かう。

 大勢の人で賑わっていた掲示板付近にもすでに人影は見当たらない。どうやらイリス達は完全に逃げ遅れているようだった。


「どっかの誰かが口を挟むから……」

「何それ、あたしのこと言ってんの?」

「だから喧嘩すんなよ、お前ら……」


 気を取り直して状況確認を開始するイリス達。まだ目に見えるような被害はここまで広がっていないようだが、不気味なまでに静まり返った街はそれだけで異常だ。


「どっちの方向に魔族がいるか分からないですね……どうしましょうか、イリス様」

「ステラ、貴方の嗅覚で見つけられないの?」

「流石に会った事もない魔族の匂いを嗅ぎ分けるのは無理ですよ。でも……そうですね。向こうの方から"血"の匂いはしています」


 ステラが指差すのは風上、ケルンの北側の土地を示していた。


「ならそっちには行かないようにしましょう」


 くるり、と反転し足先を南に向けるイリス。だが、それに反発する人物がいた。


「だからちょっと待ちなさいよ! この街は今も襲われているのよ、だったらあたし達で止めないといけないでしょ!?」


 イリスの肩に手を置いて歩みを止める紅葉はしかし、イリスの手によって呆気なく払われる。


「いつ私が貴方の仲間になったというのよ。さっきから言っているじゃない。死にたいなら死ねばいい。貴方の自殺に私達を巻き込まないで」


 どこまでも冷たいイリスの言葉はまさしく正論だ。この戦場において他者の行動を決定する権利など誰にもありはしない。だが天権という力を持ち、魔族と戦うことを頼まれていた紅葉の立場からしてみればただ一人、自分勝手に方針を決めようとするイリスのやり方が気に入らなかった。


「分かったわよ……もういい。あたしは一人でも行くから」

「紅葉ちゃんっ!?」


 親友である奏の言葉さえ振り切って走り出す紅葉。向かう先は北側、ステラが先ほど血の匂いを嗅いだ方角だった。


「ちっ、どいつもこいつも勝手やりやがって。振り回されんのはオレのキャラじゃないっつーの……おい、金井! オレは赤坂を追う! お前は白峰を連れて先に逃げる準備しとけ! すぐに追いつく!」


 頭をがしがしと乱暴にかき回し、紅葉の後を追って走り出す拓馬がそう言い残す。止める間もなく行ってしまった二人に、おろおろとステラが周囲に忙しなく視線を彷徨わせていた。

 自分が教えさえしなければ、とでも思っているのだろう。


「仕方ない……赤坂さんのことは黒木君に任せて僕らは先に行こう」

「そうね。邪魔者二人がいなくなって丁度良いわ。このままケルンを出発してしまいましょう」

「そ、それは流石にあんまりですよ、イリス様……」


 先陣を切って南側に向かうイリスと、それに続く形のステラ、宗太郎、奏。

 彼女達がその人物と遭遇したのは紅葉達と別れてから数分と経っていない頃だった。


「……止まれ」


 突如としてかけられた声は背後から。

 反射的に振り向くと、そこには痩せ過ぎた枯れ木のような男が立っていた。

 歳は大体30代前半といった頃だろうか。のっぺりとした黒髪は目元を完全に覆い隠しており、陰気な雰囲気を漂わせている。


「誰……?」


 一番後ろにいた奏が一同に視線を送るが、誰もが怪訝そうな顔をしておりこの男の知人ではないことが伺えた。こんな時にたった一人で立ち尽くす男はゆっくりとこちらに向けて近づいてくる。

 反射的に一歩後ずさる奏に向け、どんどんと近づいてくる男。


「止まりなさい」


 ざっ、と奏と男の間に割り込んだのは小柄な影……颯爽と銀髪を揺らすイリスだ。しかし、イリスの静止の声も聞かず男は更に近づいてくる。


 ──仕方がない。


 イリスは瞳を男の眼球に合わせようとして気付く。


(ちょっ!? 髪、邪魔っ!?)


 男の目元は前髪によって完全に隠れてしまっているということに。夢想眼でどうにかしようと思っていたイリスは完全に出鼻をくじかれ、内心焦りまくっていた。

 肝心なところで役に立たないイリスは自分に向かって伸びてくる男の手に何の対処も出来ず、そして……


 ──パアンッ!


 手を叩くような音と共に勢い良く男の腕が上方に向けて跳ね上がる。

 見れば男の懐でステラが右足を大きく掲げており、男の手を蹴り上げたのだと分かった。


「イリス様、下がって!」


 そのまま、体を地面すれすれまで沈め、男に向けて飛び上がるように拳を放つステラ。俗にカエルパンチと呼ばれることもある膝の屈伸から勢いを付けたアッパー気味の一撃だ。

 男は眼前に迫るその一撃に、上体を逸らしてかわすと勢い良く後方へ飛び退る。その俊敏な動きは明らかに一般人のものではない。


「やっぱり……貴方が魔族ですね」

「……はあ」


 ステラの追求に男は溜息を漏らす。面倒なことになったと言わんばかりの態度は言葉にはしないまでもステラの言葉を肯定していた。

 そして……




「まさか貴方……シン?」




 辛うじてステラに助けられたイリスは目の前の男に向け、疑惑の声を投げかける。それはイリスが誰にも語ったことがない過去に由来するものだった。


 ──かつて、ヴェンデ・ライブラという"義理"の父親に拾われる前のイリスの話。


「ああ……久しぶり。イリス」


 シンと呼ばれた男はどこまでも感情の篭らない声でイリスの名を呼ぶ。それはイリスと旧知の間柄であることを示していた。


「さっき偶然君を見つけて……本当に驚いた。小さい頃から変わらないな、君は。でも驚いてばかりはいられない。見つけた以上、君は連れて帰らなくてはならない……」


 時折喋ることに疲れたかのように間を挟むシンは最後に一言、イリスにとって決定的な言葉を告げる。



「──魔王様が君のことを待っている」



 それは誰にでもある過去と言う名の鎖。

 逃れられないイリスの運命を現す言葉であった。

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