「奇妙な再開」
カナタがノインを出発した頃、宗太郎達のチームは無事にケルンへと辿り着こうとしていた。カナタよりケルンへ向かうよう指示されてから迅速な行動を取った彼らだが、まさか本人よりも先に現地へ到着してしまっているとは思いもよらなかった。
カナタはイリス達とはぐれたせいでノインまで徒歩で向かうことになり、更にそこでも魔族の襲撃を受けていたため大幅に到着予定がずれてしまっていたのだ。
そんな事情を知らない宗太郎一行は王都で用意した馬を使い、たった数日で王都からケルンまでの道のりを走破してしまっていた。馬を使えるということで、ノインを経由しないルートを通ったが故に起きた追い越しであり、彼らにとってはまさに予想外のことだった。
見つからないカナタにまず、彼らはギルドへ行って情報を収集することにした。情報が欲しいなら酒場かギルドへ行け、というのが通説でありこの街のギルドには酒場が併設してあったので情報を集めるにはうってつけの環境だ。
以前のヘルゴブリン討伐の報酬として、彼らも冒険者ギルドへの加入はすでに済ませてあったため、その辺りの手間を取る事もなくギルドに溶け込むことができた。
「けど、この広い街でカナタを見つけるのも一苦労だぞ。どうする?」
宗太郎の隣を歩く拓馬が尋ねる。ここに来る途中、紅葉と奏の二人には宿を探すよう頼んでいるので今は別行動中だ。
「そうだね……とりあえず一番に気をつけなくちゃいけないのはカナタ達が今、指名手配されているってこと。王都での襲撃騒ぎがあったからね。あまりおおっぴらに彼らを探すのは得策じゃない」
手配書はまだ出回っていないようだが、通達ぐらいはすでに回っていておかしくない。宗太郎はギルド内に用意されている大型掲示板でカナタに繋がる手がかりがないか探しながら答える。
「けど、土地勘のない僕らがこの街で何の手がかりもなくゼロからカナタ達を探すのは時間がかかりすぎる。普通の方法だと探し出すのはまず無理だね」
「なら、どうする?」
「一つ考えられるのはカナタを知っている人を見つけること。そうすれば助けてくれるかもしれない。でも問題なのは……」
「誰がカナタを知っていて、味方してくれるのか分からないってとこか」
宗太郎の言葉を引き継ぎ、拓馬が額に手を当て参ったといった表情を作る。この大きな街ではギルドに出入りする人間だけでも日に数百人。それら全てに聞いて回るわけにもいかず、冒険者という彼らの職業上手配されているカナタの敵に回る可能性も高い。つまり、内密に調査しようにも打つ手がないのだ。
どうしたのものかと、その場で途方に暮れる二人のもとへ歩み寄る小さな影が一人。
「おい、お前ら……そこの二人……黒髪のお前らだっ!」
まさか自分達に話しかけられているとは思わず、黒髪といわれて反応する二人。この異世界で黒髪というのはそれなりに珍しいのだ。誰が話しかけてきたのかときょろきょろ周囲を見渡し、それらしい人物がいないことに首を捻ったところで……
「こっちだ! 無視すんな!」
やや下方向からする怒声にようやくその人物に気付く。
それは小柄な女の子だった。大柄な拓馬は身長差から気付くのが僅かに遅れ、さらに少しだけ嫌そうな顔を浮かべていた。彼は昔から子供という人種が苦手だった。
「やあ、どうしたの? お母さんかお父さんは? はぐれちゃったの?」
そして、宗太郎はと言うと優しいお兄さんスマイルを浮かべたままわずかに腰を折り、少女と視線を合わせて問いかける。そして……ドゲシッ! とその顔面に拳がめり込んだ。
「金井っ!?」
その見事な吹き飛びっぷりに慄く拓馬。
しかし、周囲の人々は「あーあ、やっちまった」と言わんばかりの態度で肩をすくめたり、目元に手を当てたりと驚く様子はない。それはその少女を知るものにとっては当たり前の反応だったからだ。
「俺を子供扱いすんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
そして、これまた予想通りの啖呵を切って地面にのびる宗太郎の襟を引っ張り上げガンを飛ばす少女。藍色の短髪が風に揺れ、僅かに宙を舞う。
「お、おい。お前いきなり金井に何すんだ。とりあえず手を離せ」
宗太郎に絡む少女にあたふたと慣れない様子で話しかける拓馬。彼の経験上、こういう小さい子相手には怖がられることが多いので少し距離をとって話しかけたのだが、
「ああん? ここは俺の国だ。俺が何しようと勝手だろうが」
「お、横暴な……」
怯えられるどころか、逆に怯える始末。
小さいながらも暴力グループの首領に匹敵する圧力を放っている少女はまさしく王者の貫禄を纏っていた。
「しかし、こいつカネイって言うのか? ふむ……どうやら俺の勘はまたしても的中しちまったみたいだな。こいつはいよいよ俺の慧眼が完成されつつあるらしい。我ながら恐ろしいことだぜ」
ぽいっ、とゴミ袋を捨てる主婦のような手つきで宗太郎を手放す少女。くるりと体を反転させ、拓馬に向き直る少女はヒスイ色の瞳でじっと拓馬の顔を除きこむ。
「な、何だよ……」
「となるとお前がクロキタクマか?」
「え? ……お前、何で俺の名前を?」
自分の名前が知られていることに少なからず動揺した拓馬に、その少女はふっと短く笑い、得意げな顔をして告げる。
「俺は商業ギルド・天秤の地方支部長を務めている両翼の片割れ、カミラっつーもんだ。お前らのこと……待ってたぜ」
にっ、と人懐っこい笑みを浮かべその少女……天秤のカミラは拓馬達を歓迎するのだった。
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カミラにギルド内を案内される宗太郎達はギルド最奥部にある小さな一部屋へと連れて来られた。ほとんど連行のような形だが、拒否権は彼らになかった。気絶したまま連れて来られるのと、自分の足でここまで来るの、どちらが良いかなんて分かりきっていることだったからだ。
そして、通されたその部屋で二人を待っていたのは……
「あら……お久しぶり、というのも違うかしらね。まずはここまでの長旅ご苦労様。疲れたでしょう、そっちのソファに座ってまずは寛ぐといいわ」
紅茶を片手に、一際豪華な個人用ソファに体を沈めるイリスだった。その近くには立ったまま、メイドの格好をさせられたステラの姿もある。そんな一言で言えば偉そうな態度のイリスにカミラが一言。
「おい、イリス。そこは支部長である俺の席だ。勝手に座ってんじゃねえ」
手を振り、どくように告げるが。しかし、
「そう堅い事は言わないで。さあ、そっちの固い椅子にでも座るといいわ」
「匿ってもらってる身分でなぜそこまで尊大になれるんだ!?」
足を優雅に組み、あくまで上から目線を崩さないイリスに呆れを通り越して戦慄するカミラ。彼女もかなり自尊心の高い性格をしているのだが、イリスには負けた。
「ったく……妹の借りがあるカナタの連れじゃなきゃとっくの昔に騎士団に突き出してるぜ。こんな奴」
「まあ、そうツンツンしないで。私がここで傍若無人に振舞った分の代償はキチンと対価として払うから……カナタが」
「そういうことなら俺としても色々やりやすくて助かるが……本人のいないところでそんなこと決めていいのか?」
「いいのよ。可愛い女の子を四人も待たせているような唐変木にはお仕置きが必要なのだから」
「可愛い女の子って……自分でそれ言うのかよ」
ここ数日で段々態度がでかくなりつつあるイリスと、それに振り回されるカミラ。カミラにとっては相性の悪い相手と言わざるを得なかった。
「お前も大変だな」
「い、いえ。慣れてますので……」
それとは逆に好意的なのがステラだ。カミラにとってステラは口調や態度、雰囲気が妹に似ている事もあり大変好ましい人格をしていた。そのぴこぴこと動く獣耳も彼女の琴線に触れまくっている。
ふにふに、ふにふに。最早無意識で伸びていたカミラの手はステラの耳を存分に堪能してから元の位置に戻る。それから何もなかったかのように宗太郎達へ向き直るカミラ。二人は当然の如く、事情についていけていなかった。
「あの……とりあえずカナタがどこにいるか教えてもらいます?」
宗太郎がおずおずと手を上げて質問する。若干腰が引けているのはさきほどもらった一撃のせいかもしれない。
「ふん。そんなの私たちのほうが教えて欲しいわよ」
ずずず、と行儀悪く紅茶を一気飲みしたイリスが空になったカップをステラへと手渡しながら言う。どことなく不機嫌なのはやはりカナタがいない影響だろう。
「イリス様はずっとカナタさんのこと心配していましたからね。そろそろ戻ってきてくれないと心労で倒れてしまわないか心配です」
「べ、別にカナタのことなんてこれっぽっちも心配してないわよ。ただ旅の道具もなく、一人で取り残されたカナタが困ってないかなーって思っただけよ」
人、それを心配と言う。
その場の全員が思ったが、口には出さない。出せるような空気ではなかった。
「……というか後ろの図体でかい貴方! 良く見れば私たちの邪魔してきた奴じゃない!」
そして、ようやくそこで拓馬の存在に気付いたのかソファから飛び上がりイリスは拓馬の元へと詰め寄る。身長差がありすぎて、詰め寄るというにはいささか迫力が足りなかったが。
「ちょっとあれからカナタがどうなったのよ!? まさか貴方に負けたはずないと思うけれど、優しいカナタのことよ。きっと貴方に必要以上の怪我をさせないよう手加減して時間を食ったに決まっているわ! つまりここで今カナタが私たちに合流できていない原因は全て貴方にある! これがどういうことか分かってるの!? もしカナタに二度と会えなかったら貴方のせいだからね!」
最初は怒っているのかと思いきや、良く見ればふるふるとイリスの瑠璃色の瞳に涙のようなものが溜まっているのが見えた。イリスの叱責はもっともなものだったので拓馬には何も言い返すことができなかった。
彼自身、カナタのことを思っての行動だったのだが結果的に中途半端な結末を残してしまったことに少なからず罪悪感を感じていたのだ。
「イリス様。興奮しすぎて若干うざい女になってしまっていますよ。少し落ち着いて紅茶でも飲みましょう。私、また淹れてきますから」
「うん……ありがと、ステラ」
ステラに誘導され、すとんとソファに座らされるイリス。
どっちが年上だか分からない光景だ。
「えーと……色々話し合う必要がありそうなんだけど。とりあえずイリスさん達が僕達のことを探してくれていたってことでいいのかな?」
微妙な空気の中、気を取り直すように事態確認に腐心するのが宗太郎だ。
宗太郎は王都にいた時、比較的イリス達と会話を交わしていたので拓馬よりは彼女たちについての知識があった。イリス達からしても、宗太郎は王都から逃げられるよう助力してくれた恩人なので拓馬に対するような棘もなく会話に加わってくる。
「そうよ。カナタが王都を離れるように言っていたから、きっと貴方ならケルンへ来ると思ってね。けど肝心のカナタがいないから私がわざわざカミラに頼んで黒髪の冒険者を探してあげたのよ。感謝してもいいわ」
「実際に捜索したのはほとんど、っつーか完全に俺だったけどな」
「私たちは今、表に出るわけにはいかないのだから仕方ないじゃない」
指名手配されているイリス達は騎士の目に止まるわけにはいかないという道理は分かる。分かるが……どうにも納得がいかないカミラなのだった。




