「友人」
ノインからケルンへと向かう道中、川辺で休憩していた俺たちは簡単な情報交換を行っていた。クロと藍沢に挟まれる形の俺は、焚き火の管理をしながら二人の言葉に耳を傾ける。
「今回の魔族襲撃は明らかに今までと違うパターンだね。手配書にない魔族が出張ってきたってのはそれだけ向こうが本気ってことなんだと思う……けど、それにしてはノインの被害がそれほど大きくなかったことが引っかかるの」
クロは今まで魔族を追っていた国抱えの天権保持者ということで、魔族に関する知識は俺達三人の中でも一番豊富だった。
「……だが、それは青野達が魔族にダメージを与えたからじゃないのか? 今まで被害を受けた地域はろくに反撃も出来ずにいたって聞いているが」
「でもクロ達が魔族を見つけたのはかなり被害が広まってからだよ? 特にカグラの能力があれば、ノイン程度の小さな村ならそれこそ半日もかからず壊滅させられるはずなのに、今回の被害は建物に集中していて人的被害が少なすぎると思う」
クロの話に耳を傾けている藍沢は王都でも情報収集をメインとしたチームに入れられていたようで、こういう話には興味を示した。二人の間に挟まれる俺と言えば、ただ黙って聞いているだけ。あまり魔族に関しては興味なかったってのが一番の理由だ。それなのに一番魔族に遭遇しているのが俺と言うのだからなんとも笑えない。人生とはままならないものである。
「今回俺が出会ったレオという魔族は召喚者を探しているようだった。一番とは言わないが、奴らの目的の上位に俺達がいたことは間違いないと思う」
「召喚者を? なんで?」
「そこまでは俺も知らん。だが、奴は何らかの能力者を探していたんだと思う。一人ひとり、能力を確認して不要だとか何とか言っていたからな」
「能力者を探して……ってことはどこからか情報が魔族側に漏れてたってことだよね? 裏切り者……内通者が王都にいるのかも」
「ああ、それに関しては俺に心当たりがある」
突然会話をやめた藍沢の視線が俺に突き刺さる。
なんだろう、なんだか凄く嫌な話の流れになってきている気がする。
「おい、青野。お前魔族に俺たちのこと話しただろう」
「……な、何のことだ?」
ひゅーひゅー、と下手な口笛で誤魔化そうとしてみるが失敗。藍沢は「"お前は嘘をつけない"。そうだろう?」と、嘘の天権を使って俺に自白を迫る。
「す、すいませんでした。召喚者の能力と名前、20人分ほどゲロってます」
「それなら最初からそう言え。俺は嘘をつかれるのが一番嫌いなんだからよ」
はあ、と深い溜息をつく藍沢は額に手を当て瞳を瞑る。
「……お前、怒ってないのか? 俺のせいで魔族に情報が……」
藍沢の顔色を伺う俺に、藍沢は片目だけ開いてこちらを見るとばっさりとした口調で切り捨てる。
「別に。お前が魔族に連れ去られた時点でそういう状況になってんのは織り込み済みなんだよ。王都に侵入してまで召喚者を連れ去った最初の事件からして奴らの狙いは俺たちの情報だったんだろう。今思えば、だがな」
ちっ、と舌打ちをした藍沢は情報が揃っていながら気付けなかった自分に苛立っている様子で、特に俺に対して思うところはないらしい。
「お前以外の誰が連れ去られても同じことだったろうしな。それがたまたまお前の役目になっちまったってだけだ。お前のせいじゃない……とまでは言わないが、青野には借りもある。この程度のことで責任を追及したりはしない」
「借り?」
「……ヘルゴブリンの時のことだよ」
藍沢の言葉に、ああ、と思い出す。あの時藍沢は不死の天権を持つ俺を囮にしてヘルゴブリンの探知をしたのだった。その後、紅葉にしこたま引っ叩かれていたので俺の中ではすでに終わった話だったのだが、どうやら藍沢はあれで気にしていたらしい。意外とそういうところ気にする奴なんだな。
「だからお前が魔族に情報を渡したことについてはもういい。それより俺が気になってんのは、魔族と人類の召喚者を含めた上での戦力差。そのことを王国側が把握してたのかってことだ」
じろり、と藍沢の視線が向かうのはクロ。今度はそちらに話の矛先が向かったようだ。
「国抱えの天権保持者……そんなんがいるなんて俺達は一言も聞いてねえぞ。普通、こういう時は力を合わせて戦ったりするもんじゃねえのか?」
「うーん。そういうことをクロに言われてもなあ……クロは上の人に言われたことをただ守ってるだけだし。召喚者達のことなんて気にしたことすらないよ」
「気にしたことがない? 同じ戦力なのにか?」
「うん。だって過去の文献から見ても召喚者が役に立ったケースなんてほとんどないんだよ? 期待なんてするわけないじゃん。あ……でも、お兄さんは期待以上だったからね。魔族に対して個人で渡り合える人なんてクロ達の中にもほとんどいないんだよ?」
そう言って俺の腕に抱きついてくるクロ。ほとんど常習となりつつあるクロの絡みにされるがままになる俺。
「おい、ちょっと待てよ赤毛。お前、今"達"って言ったのか? それはお前以外にも国抱えの天権保持者がいるってことなのか?」
「赤毛って……クロにはクロってちゃんとした名前があるんだよ?」
「いいから答えろよ」
「べー、そういう言い方する人には教えてあげなーい」
舌を出し、両手を顔の横でひらひらさせるクロに藍沢のこめかめに青筋が浮かぶのが見えた。どうやらこの二人は相性がかなり悪いらしく、こうしてよく険悪な雰囲気になる。さっきまでちゃんとした会話になっていたのに。はあ……。
「おい、クロ。話が進まないから教えてくれ。俺も気になる」
「お兄さんが知りたいなら教えてあげるね」
「このアマ……」
ぎりぎりと握りこぶしを作る藍沢はとりあえず放置して、クロから話を聞く。
どうやら国抱えの天権保持者は毎年何人か輩出され続けており、それら全てが全国各地に散らばり魔族を探し続けているらしい。能力の相性などから数人で活動するものもいれば、クロのように一人で動き回るものもいると言う。
「でも戦闘向けの天権は貴重だから実際に魔族と戦える人なんてほとんどいないよ。クロだって戦闘特化の天権なのに負けちゃったしね」
「……確かに俺も藍沢も戦いに向いた天権じゃないしな」
この場にいる召喚者二人のどちらも戦闘向けの天権ではない。記憶にある天権を探してみても確かに、戦闘特化と言える天権は数えるほどしかないような気がする。
「ぶふっ……お兄さんの天権が戦いに向いてないとか……ふふ、冗談にしては出来すぎだよね」
「笑ってんじゃねえよ」
思わずといった様子で笑みを漏らすクロになんとなくむかついたので、クロの頭をとりあえずわしゃわしゃと乱雑に撫で付けておく。俺だって好きでこんな変な能力してるんじゃないんだからな。
「だがそれは王国側が俺達に情報を隠していた事実の説明にはならないよな。前々から思っていたが、王国は俺たちに何かを隠している。それが今回の事件で完全に俺の中で決定された」
両手を組み、クロに視線を送る藍沢は言葉を続ける。
「おい、赤毛は何か知らないのか? お前は王国側の人間なんだろう?」
「だーかーらー、そういうことはクロに聞かないでって。クロは詳しい話なんて分からないんだから」
「……ちっ、使えねえ」
「きーっ、何よその言い草っ!」
ふんっ! とお互いそっぽを向く二人。だから俺を挟んで喧嘩するなっての。
「ああ、でもあの子なら少しは事情知ってるかも」
突然ぽんと手を打つクロは何かを思いついた様子。
「あの子って……誰だよ」
「王都に行った時何度か会ったんだけどさ、今は王城で働いているみたいなんだ。お兄さん達は王城で暮らしてたんだよね? だったら会ったことないかな。クロと同じ国抱えの天権保持者」
「だからそれは誰だって聞いてんだよ、赤毛」
相変わらずせっかちな藍沢の言葉に憤慨するクロをなだめつつ、続く言葉を待つ。すると……クロの口から俺にとって懐かしい名前が飛び出してきた。
「──『シェリル』。あの子なら何か知ってるんじゃないかな? クロよりずっと頭良かったし」
「シェリル……だと?」
クロの放ったその人名に、俺の思考は瞬間的にフリーズした。話の流れが全く繋がらず、混乱してしまう。だがクロは確かに言った。王城で働いていたという先天性の天権保持者がシェリルだったのだと。
しかし、それは……その事実は俺にとって決して安易に飲み込めるようなものではなかった。
「何? どうしたのお兄さん、顔色悪いよ?」
こちらの顔を覗きこみ心配してくれるクロへ、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶ。
「シェリルは……死んだ。魔族が王都に襲撃してきた日に。俺のことを庇って……」
「え……」
今度はクロが驚く番だった。
何があったのか、どうしてそうなったのかを説明する俺にクロは頷き。泣きそうな、寂しげな表情を浮かべる。それはクロと一緒にいて始めてみる表情だった。
「そっか……そうだったんだ」
「……クロはシェリルと仲良かったのか?」
「それなりに、かな? シェリルは色んな子と仲良かったからクロが一番の友達じゃなかっただろうけど……クロにとってはシェリルが一番のお友達だったの」
しゅん、と下を向くクロは捨てられた子犬のように痛々しく映った。それだけショックだったのだろう。タイミング的なこともあり、もう少し上手く伝えてやればと良かったと後悔した。
「シェリルは自分の天権が好きじゃなかったみたいで、よくクロの天権を羨ましがってたよ。そのたびクロは励ましてさ、それで……やっと……やっと自分の居場所を見つけたばっかりだったのに……う、うう……うわあああんっ!」
話している途中で我慢できなくなったのか、クロは俺の胸に飛び込むと大声を上げて泣き始めた。こんなところで思わぬ人物の繋がりに驚きながらも、俺はその体を優しく抱きとめる。
クロから聞いた話、自分の天権を好きじゃなかったという話が妙に俺の心に残っていた。俺はあの日、最後の日にシェリルから貰った言葉の全てを記憶している。俺の天権を褒めてくれた、あの子の言葉を。
「ごめん……ごめんな、クロ」
「ひぐっ、お、お兄さんのせいじゃ、ないよ」
涙で顔をくしゃくしゃにしながらもクロは俺を責めなかった。責めて当然の相手だろうに、悔しくて悲しくて、その怒りを誰かにぶつけたいだろうに。
同じ痛みを背負うことになったクロへ、俺はそれ以上の言葉を見つけることができなかった。




