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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「新たな誓い」

「その手をどけろッ!」


 大きく体を捻り、クロの一撃がクレイに向けて炸裂する。

 剛力の天権によって生み出されるその膂力は人間に生み出せる限界を軽く突破していた。当たればミンチにされること請け合いの一撃はしかし、鮮血を纏ったクレイの両手によって防がれる。


「ぐっ……なんだこの餓鬼! どんな馬鹿力してやがるッ!」


 捻る暴風と化した衝撃が周囲に拡散し、まるで嵐の中にいるかのような錯覚を覚える。クレイがその能力を使って威力を周囲に拡散させているのだろう。だが、それでも勢いを殺しきれないのか僅かに後退し始める。


「クレイッ!」


 屋上からカグラの悲鳴のような声があがる。突然現れた闖入者の出現により、戦況が傾いたことを理解しているのだ。しかし、今の彼女には何も出来ない。死兵はすでに先ほど俺が始末しておいたからだ。

 しかも……


「助かったぜ、クロっ!」


 先ほどの一撃のおかげで俺を拘束していたクレイの鎌も霧散してしまっている。あれを維持したままではクロの攻撃は受けきれないと判断したのだろう。だが、どっちにしろもう手遅れ。

 自由になった俺はクレイの側面から小太刀を振るい、クロの援護に回る。


「ちっ、糞がッ!」


 悪態をつくクレイは片手をこちらに回し、血の刀で俺の小太刀を受け止める。いかにも苦しそうな受けだ。最早崩れるのも時間の問題だろう。


「二対一が卑怯だなんて言うなよな。そっちだってさっきまで同じことをしてたんだからな」


 俺とクロはまるで熟練のコンビのような連携でクレイを追い詰める。ここ数日で何度か共闘した経験が生きた。クロのやりたいこと、動きたい方向、攻撃のタイミングがなんとなくだが理解できる。そして、それは向こうにしても同じ事。


「お兄さんっ!」


 何の合言葉もなく、掛け声だけで判断しながら攻め手を続ける。ここだ。この攻勢に回っているこの瞬間にこいつは殺す。殺さなくては駄目だ。


「クロっ!」


 少しやり辛そうにしているクロへ、俺は小太刀を投げて渡す。その瞬間を反撃のチャンスと見たのかクレイが血の刃をクロへ向け放つが……


「させるかよッ!」


 俺は足元に炎舞を展開。伸びてくる血の刃を回し蹴りで方向転換させる。

 そして、攻撃の後はどんな強者だろうと必ず隙が出来るもの。乾坤一擲の反撃を失敗したクレイの懐へクロが滑り込む。


「はああぁぁぁっ!」


 神速の速度で振るわれるのは俺が手渡した小太刀。横薙ぎの軌道を描いて飛ぶ銀色の閃光はクレイの腹部を抉り、血を撒き散らす。だが……浅い。

 クロは普段使っている大太刀の間合いに慣れてしまっているから後一歩踏み込みが足らなかったのだ。そして、その一歩がクレイの命運を分けた。


「勝ったと……思ったか?」


 口元から血をにじませるクレイはそれでも笑ってみせた。

 まるで勝利を確信しているかのように。


「血潮を上げろォ──血闘乱舞(ヴァーミリオン)ッ」


 そして、奴の体から放たれるのは無数の槍。傷口から飛び出した血液は近距離にいたクロへ容赦なく襲いかかりその体に裂傷を刻む。


「クロッ!?」


 背中からそれを見ていた俺は慌てて、クロのカバーに回る。奴の攻撃はまだ、終了していない。赤々と光を反射する奴の槍はそのまま形を変え、奴の体にまとわりつく。


「は、ははッ……俺のヴァーミリオンは一度体外に出しちまうともう中には戻せねえ。だからこそこれは奥の手にとっておいたんだが……誇れよ。この俺様に本気を出させたことをなあッ!」


 血を急激に失ったことで蒼白になる顔色。だが、それとは逆に燃えるような血の色が体中に装備されていた。見れば腹部の傷もカサブタのようなものに覆われ塞がってしまっている。恐らく血を凝固させ傷を塞いだのだろう。完全ではないにしろ、奴には回復能力まであるということだ。


「クロっ! おい、大丈夫か!?」

「う、ん……ちょっと食らったけど。まだいける。戦えるよ」


 腹部を押さえるクロの手には血が滲んでいる。ぱっと見たところ傷はそれなりに深そうだ。すぐにでも治療する必要があるだろう。


「お前は無理するな。俺が前に出る」


 そう言ってクロの正面に陣を取る。奴の攻撃からクロを守るためだ。


「さっきまでの攻撃と一緒にすんじゃねえぞ! 受けきれるもんならやってみなッ!」


 クレイの体中に鮮血がまとわりつく。さっきまではたった両手分だったというのにだ。その血液量は単純に見ても十倍近く増えている。そして、血液を操作する奴の魔術にしてみればそれは手数が十倍に増えたことと同義だ。


 まるで雨のように頭上から迫る血の槍。奴の体から曲線の軌道を描いて迫り来るそれらを俺は必死にいなし、かわしていく。小太刀はさきほどクロに渡してしまったので今の俺は無手だ。しかし今回ばかりはむしろその方が良かったかもしれない。まだ使い慣れていない小太刀ではどの道この量の攻撃は防ぎきれなかっただろうから。


「ぐ……ああああッ!」


 体中に突き刺さる槍。クロにだけは攻撃を届かせないと、その場に必死に陣取り続ける。先ほどまでの攻勢から一転、精神的にもキツイこの守勢を打破するにはこれしかない。


「クロ……少し離れてろ……ッ!」


 俺は口から血反吐と共に指示を飛ばし、右手に魔力を集中させる。


《剥奪者よ、賊心あまねく現世(うつしよ)よ、骨肉排して慈悲を請え──》


 この距離は俺にとっても千載一遇の機会なのだ。絶対に逃がしはしない。


《刃は救いに非ず、その身を焦がす焔に同じ。然れば……我此処に、愚者の理を顕す──》


 俺の詠唱を聞き、クレイが焦った様な顔で攻撃を畳み掛けてくるが……俺はそれを不死の天権で受け続ける。通常魔術師は詠唱の隙が大きすぎるためサポートをしてくれる人物がいなければまともに戦えない。だが、俺の場合は攻撃を食らいながらも強引に詠唱を完成させることができる。


《出でよ──灼熱の剣(レーヴァテイン)!》


 そうして俺の右手に出現するのは灼熱の剣。俺の切り札だ。

 すでに回復にかなりの魔力を消費してしまっている俺に残された時間は少ない。この一撃に全てを賭け、足元に残された魔力で炎舞を展開。弾丸のような勢いで飛び出した俺はクレイの懐まで一直線に駆け抜ける。


「おおおオオオオオオオオッ!」


 俺の一撃を迎え撃つのはクレイの血闘乱舞(ヴァーミリオン)。無数の刃へと変貌した奴の血液は同時に俺へと襲いかかり、その侵攻を押し返す。

 左腕が斬られ宙を舞う、腹部が切り裂かれ内臓が零れ落ちる、瀕死の重傷を負いながらも俺は止まらない。ここで止まればそれこそもう二度とクレイの元へは辿り着けないだろう。

 クレイと同じかそれ以上に全身血みどろになった俺は最後の力を振り絞り……渾身の一撃を振り下ろす!

 そして……



 ──空間が衝撃に包まれた。



 俺の一撃をクレイが受け流そうと魔術を展開したのだ。静かに、しかし激しくぶつかる灼熱の剣(レーヴァテイン)血闘乱舞(ヴァーミリオン)。互角に見えたその均衡は、しかし、次の瞬間には瓦解した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 俺は確かな手ごたえを感じながら灼熱の剣を振り下ろした。奴の血が周囲にきらきらと舞いながら持ち主から離れていく。それとは別にクレイの体に刻まれた新たな傷からは純粋な血が零れ落ちている。


「ぐ……チクショウ……」


 それでもその傷もすぐに塞がれてしまう。肩から腹部にかけて斜めに走ったその傷を塞ぐのに限界まで血を失ってしまったのか肩膝をつき、頭を手で押さえているクレイ。

 だが……


「はあ……はあ……」


 俺もまた魔力を一度に大量に消費したせいで突発的な眩暈に襲われていた。まだクレイは死んでいない。止めを刺すなら今が絶好の機会だというのに、体は動いてくれなかった。


 そして、その隙に新たに現れるのはカグラの死兵達。

 いつの間に補充していたのか、数人の兵隊を引き連れて現れたカグラはまずふらつくクレイの体を支え、撤退するよう促した。


「貴方はもう限界です。一度レオさんのところへ戻りましょう。あの方ならきっと治療してくださいますから」

「お、俺はまだ……戦える」

「そんな今にもぶっ倒れそうな体で無茶を言わないで下さるかしら。私の兵隊が殿(しんがり)を務めている間に、さあ」


 クレイに肩を貸し、その場を離脱しようと歩み始めるカグラ。遠ざかる背に俺は思わず声をかけていた。


「逃げるのかよッ……勝負はまだついてねえだろうがッ!」


 迫る死兵と戦いながらカグラへ向け吠え立てる。きっと今の奴らなら俺でも止めを刺せる。かなり減ってしまったとはいえ、まだ戦えるだけの魔力も残っているからな。だが、すでに敗戦を意識しているのかカグラの足取りに迷いはない。


「……貴方にはまた大きな借りが出来てしまいましたわね。アオノカナタ。この借りはいずれ、魔王様と共に返済させて頂きますのでそのつもりで」


 不穏な言葉を残し、カグラとクレイは死兵を囮に街並みへと紛れていく。取り逃がしたことに対する悔しさはあった。だが、今は……


「くそっ……おい、クロ! 大丈夫か!?」


 先ほどからぐったりとして地面にへたり込んでいるクロの方が心配だ。


「だ、大丈夫だよ、これくらい……」

「いいからまず傷を見せろ。治療が必要なら……ッ!?」


 言いかけて気付く。クロの腹部が真っ赤な血で濡れているのだ。尋常な出血量ではない。俺は慌てて了解も取らずにクロの服を剥ぎ取り、その柔肌を外気に晒す。


「こ、こんなところでもう……エッチなんだから、お兄さんは……」

「馬鹿やろう! んなこと言ってる場合か! これ……どう見ても重傷じゃねえかッ!」


 クロの脇腹の肉は深く抉られており、相当量の血液が外部に流れ出していた。恐らく……クロはもう、助からない。普通の人間なら間違いなく意識を失いそのまま死んでいるだろう傷を受けているというのにクロは気丈にも笑みを浮かべていた。


「あはは……格好悪いなあ……お兄さんのこと、助けるつもりで助けられちゃうんだもん。やっぱりお兄さんは……凄いなあ……」

「良いからっ! もう喋るな! 今手当てを……助けてやるから!」


 俺は自分の服を脱ぎ捨て、クロの腹部へと覆い被せ強く抑える。出血が止まらなければこのまま失血死してしまう。まずはどうにかして血を止めなければ。


(くそっ……どうすればいい? 傷口は脇腹だ。ロープか何かで失血をとめることも出来ないし、こうやって押さえてるしかないのか?)


 こんな時に適切な処置の方法が分からない自分に腹が立つ。自分の傷はすぐに治るもんだからこういう知識を集めることを怠っていたツケが回ってきたのだ。


「クロ? おい、しっかりしろ! 絶対に目を閉じるんじゃねえぞ!」

「そのお願いは聞けない、かも……」


 ゆっくりと、だが確実に迫る死にクロの表情はどんどん蒼白になっていく。このままだとクロは死ぬだろう。俺にとってただの他人なんかでは済ませられないクロが、だ。


 思い出すのはここ数日の旅路。

 本来なら独りで旅をしなければならないところだった。そんなことに俺が耐えられただろうか? 分からない。分からないが……俺はこの唐突に現れた少女に確かに助けて貰った。


 恩がある。死なせたくない。

 だが、想うだけで現実は変えられない。


「クロ……俺は……」

「……大丈夫。これはお兄さんのせいなんかじゃないから。クロはクロの意思に従って生きてる。今も昔も……それに、これからも。だから……そんな顔しないで、ね?」


 クロの細い指先が俺の頬に触れる。そうして初めて気付いた。俺はいつの間にか涙を流していたということに。

 俺は悲しんでいたのだ。目の前の少女との別れを。なぜ? と思わないでもない。俺とクロはつい数日前まで赤の他人だった関係だ。しかも殺し合いから始まったその関係。歪なんてものじゃない。奇妙としか言いようがない関係性を失うことが、俺はなぜそんなにも"惜しい"と思ってしまう?


「お兄さんの気持ち、分かるよ……クロもずっと独りだったから。でもね……だからこそ、気付いたのなら大切にしなくちゃ。もう独りは嫌なんでしょう? お兄さんも」


 次第に小さくなるクロの言葉。しかし、彼女は確かに言ったのだ。お兄さん"も"、と。それはつまりクロもまた、この別れを惜しんでいるということに他ならない。



 ──また失うのか?



 脳裏を過ぎるのはそんな疑問だった。もう二度と失わないと、誓ったはずではなかったか? それなのに俺は……また失うのか?

 その問いに誰も答えてはくれない。

 それもそのはず。その答えは俺の中にしかないのだから。


「ごめん……お兄さん。クロ……ここまでみたい」

「何を言ってる。俺は……お前を失いたくない……っ」


 少しでも体を温めなければと、クロの細い体を抱きしめる。


「あ、はは……その言葉だけで……もう報われた。手向けの言葉でこれ以上のものはないよ……ありがとね、お兄さん」


 ゆっくりと語るクロの目が段々細くなっていく。そして……


「ああ……全く、詰まんない人生だったなあ……」


 そう言って、クロの瞳が完全に閉じられた。

 最早その瞳は光を映すことはない。


「…………ッ」


 そして、俺は……

 ──死ぬ行くクロを前に、たった一つの誓いを胸に抱くのだった。

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