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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇
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「戦う理由」

 太陽が燦々と照りつける中庭に、俺たちは再び集められていた。

 すでにおなじみになったルーカスさんが良く通る声を張り上げる。


「先日君たちに依頼したゴブリン討伐だが、問題が発生したため中止にさせてもらった。とある一組が『ヘルゴブリン』に遭遇したとの情報があったのでな。この固体は通常種に比べて遥かに高い身体能力を持っており非常に危険な魔物だ。怪我をしてしまったカナタ君には悪いことをしてしまった。本当に申し訳ない」


 ルーカスの言葉に、クラスメイトの視線が一斉に集まるのが感じ取れる。

 だから注目されるのは苦手だってのに……まあ、仕方ないか。


 俺を襲った魔物はヘルゴブリンと呼ばれており、数も極端に少ない希少種だったようだ。道理で強いと思ったよ。他のメンバーもあのレベルの怪物を相手にしていたわけではないらしく、その点は少しだけ安心できた。


 あれだけの身体能力だ。何人か死人が出ていてもおかしくない。いや、実際俺も不死の天権をもっていなければ死んでいた。それだけ危険な魔物だったということだろう。


「ヘルゴブリンは縄張り意識が強い魔物だ。それ故に人里に出る危険性はそれほど高くない……だが、その存在が脅威であることには変わりがない」


 拳を握り、高らかに宣言するルーカス。


「よってこれより有志を募りヘルゴブリン討伐に向かおうと思う!」


 ルーカスの言葉に、ざわめきが小波のように広がっていく。

 俺が半身を吹き飛ばされたのはクラスメイト全員が知っている。一時は生死を彷徨ったことも。そんな話を聞かされた彼らに、立ち向かう意思なんて沸かないだろう。


 少し前の薄暗い雰囲気が再び俺たちを取り囲んでいた。

 そんな中、手を挙げる生徒が一人。

 綺麗な姿勢で迷いなく真っ直ぐ手を挙げたその生徒は……


「私が行きます」


 綺麗な黒髪を揺らす、奏だった。


「カナデ君、だったかな。ありがとう。君は勇気がある」

「ちょ、ちょっと!」


 何の躊躇もなく奏を迎えたルーカスに俺は思わず待ったをかける。


「何かね? カナタ君」

「奏は女の子だぞ!? 本気であの魔物のところへ行かせるつもりかよ!」


 ヘルゴブリンというらしいあの魔物。その脅威を俺は身をもって知っていた。俺たちみたいな学生が相手をするには危険過ぎる。それが女の子ともなればなおさらだ。


「……では、どうする? ヘルゴブリンは危険な魔物だ。放置することは出来ない」

「でも、だからって……」

「カナタ君。私は何者も強制しない。有志と言っただろう? 彼女は自分の意思で戦うことを選んだのだ。その選択を尊重してやるんだ」


 確かに、奏は自分で戦うことを選んだ。

 しかし、それはクラスの皆が落ち込んでいるからだ。ここで誰も手を挙げなかったら俺たちはきっと二度と戦えない。それが分かっているから奏は手を挙げたんだ。

 皆を鼓舞するために、危険な役目を自ら買って出たのだ。そんなの……人柱と変わらない。


「カナタ君……私なら大丈夫だよ」

「……奏?」


 いまだ躊躇する俺の前に、奏は告げる。


「カナタ君が怪我をしたって聞いて私、凄くショックだった。だから今度こそ、誰も傷つけないために私は行くの。私の知らないところで私の大切な人が傷つくのは……もう、嫌だから」

「…………」


 奏の天権のことは聞いていた。

 『治癒』。それが彼女の天権。どこまでも優しい能力だ。


 けど……それは誰かの為の能力だ。

 自分の身を守ることも、外敵を排除することも出来ない能力。確かに優秀な力かもしれないが、その力は奏を守ってはくれない。


 だから……


「……俺も行く」

「え?」

「俺も行く! 奏だけに危ない真似はさせられない!」


 俺はルーカスに向かい、大声で参加を表明した。


「勿論私は構わない。助かるよ、カナタ君」


 俺と奏が参加することが決定したことで、ルーカスは改めてクラスメイトに向けて他の参加者を募り始める。

 参加を表明した一団ということで、少しだけ皆と離れたところへ移動させられた俺に、奏が話しかけてくる。


「……カナタ君は病み上がりなんだから、待っててくれても良かったのに」

「それは流石に出来ないって。体調に問題もないんだし」

「……けど」

「それに、それを言うなら奏だってそうだろう? 治癒の天権だけじゃ危険に決まっている。もっと強い天権の人に任せても良かったのに」

「そんな誰かに責任を押し付けるみたいなこと出来ないよ」

「だからって奏が責任を全部背負うことはないだろう」


 俺には奏がなんでそこまで皆の役に立とうとするのかは分からない。けど、誰か一人が損をするような構造は……好きではない。昔、宗太郎がただ一人苛められていた時の様に、俺はこの現状が我慢ならなかった。だから……


「もっと俺を頼ってくれ」


 俺は奏に告げるのだ。


「頼りないかもしれないけどさ、こんな俺でも奏の重荷を半分背負うことくらいは出来る。だからもう、一人で何でもやろうとするなよ」


 思えば昔からそうだった。

 奏はクラスの雑事を率先してこなしていた。いつも、一人きりで。クラスの男子が手伝いを申し出ても、断ることが多かったように思う。

 昔はそんな風には思わなかったけど、最近の奏を見ていると思うのだ。


「俺には……奏が無理しているようにしか見えない」


 無理をして、誰かの役に立とうとしている。

 言い方は悪いけれど、俺には奏の行動がそんな風に感じられた。


「……カナタ君は、優しいね」

「俺は普通だよ。ただ偶然気付いただけでさ」


 きっとあの日、奏が話しかけてこなかったら俺も気付かなかったことだろう。俺が奏を名前で呼ぶようになったあの日に。


「……ありがとう」


 風に乗って聞こえた声は微か。しかし確かに、奏は俺にその言葉を告げた。


「何でもないよ、これくらい」


 俺は妙に照れくさくて、誤魔化すことしか出来なかった。

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