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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「ノイン、再び」

 寒さ厳しい冬の入り目、いつ雪が降り始めてもおかしくない。そんなことを感じさせる中、俺たちは旅の中腹とも言うべき中継地点、ノインの村へとたどり着いていた。


「ううう……やっと着いたあーっ!」


 有り余る体力でぴょんぴょん跳ねながら村へと入っていくクロ。聞くところによると彼女はかなりの甘党らしく、旅の間に甘いものが食べられないことに軽い禁断症状を覚えていたらしい。

 俺の服の袖を掴み、強引に歩かせるクロの向かう先は甘味処だ。普通、最初に向かうべきは宿だと思うのだが……まあ、いいか。彼女にはかなりお世話になっているからな。少しくらいわがままを聞いてもいいだろう。


「そういやクロは甘いもので何が好きなんだ?」

「団子!」


 即答。よほど好きらしい。えへへー、と締りのない口元からは早速涎が垂れ始めている。そんなに食べたいのかよ、団子。


「なら今日までのお礼に俺が奢ってやるよ。好きなだけ食え」

「いいの!?」

「ああ。だけど、その前に換金所に行かせてくれ。現金が心許ない」

「ええー、ここまできて? クロもう我慢できない……」

「なら先に店に行ってろ。俺もすぐに行く」


 俺がそう告げると、わーいと無邪気な笑みを浮かべ走り去っていくクロ。

 全く。俺とそう歳は変わらないはずなのにあの子供っぽさは何なのだろうか。それなりに成長している体なのに精神だけ成長し遅れているみたいなちぐはぐさを感じる。


「……まあ、ああいう性格のほうが付き合いやすいけどな」


 苦笑を漏らし、換金所に急ぐ。旅の間に採取した珍しい薬草やら、獣の皮などの素材。加えて盗賊連中が持っていた金品を俺は持ち歩いていたのだ。クロはそういうところがかなり杜撰で、金に対しての執着が薄いのか拾っていこうとはしない。そういう意味では今回のこの換金はクロの手柄が半分以上入っているため、完全に奢りという訳でもない。


 少し歩いたところにあった換金所にはたった一人の店員しかおらず、俺が来店するのを発見するやしかめっ面で出迎えてくれた。正直、回れ右した気持ちも少しあったが近くに他の換金所がない可能性もある。仕方なしに、店主へと持ち寄った金目のものを見せると次のように言い放った。


「そうだなあ、合わせて3万とちょっとってところか。もうすぐ冬になるから毛皮は高く売れるんでね。それで良ければ買い取らせてもらうぜ」

「3万ちょいか……なあ、オヤジ。金は3万でいいから暖かいコートとか売ってもらえないか?」

「コート? 冬用のってことか? そういや見るからに寒そうな格好してるもんな兄ちゃん。旅人か?」

「ああ。これからまたケルンまで歩きだ。正直ここに来るまで5回ぐらい凍死するんじゃないかって本気で心配になってな。出来れば防寒術式のあるのがいいんだが……」

「防寒術式? ははっ、無理無理。そんな高級品は端数どころか3万あっても買えやしねえよ」


 俺の希望を笑い飛ばす店主。薄々そんな気はしてたけどやっぱり高いのか、あれ。俺も欲しかったんだけどな。


「仕方ねえ。ちっと年季が入ってはいるが、このコートを持って行け。厚手に作られてっからそれなりに寒さは防げるだろうぜ」

「いいのか? ……助かる」


 店主から受け取ったコートは確かに古臭いものだった。サイズも少しだけ大きい。地面を引きずるほどではないが、かなり余剰分が出てきてしまっている。けどまあ、いいか。寝るときの上掛けようにもなりそうだし。


「気に入ったよ、これいくらだ? 結構高そうだけど……」

「ああ、いいよいいよ。端数分で売ってやる。どうせ売れ残りだしな。来年まで倉庫で眠らせておくのもそいつにゃ酷だろう。誰にも着てもらえない服になんて価値はねえからな」


 強引に俺へコートを押し付ける店主。

 何だ、見かけによらず滅茶苦茶いい人じゃないか。


 俺は店に入ったときに思ったことを心の中で謝っておき、無事換金を終え、換金所を後にする。さて、次は甘味処だな。すぐに見つかるといいんだが。


「お兄さーん!」


 甘味処を探してぶらぶら歩いていると、聞きなれた声が耳に届いた。


「やっと見つけた」

「もう、遅いよー」


 俺を呼び止めたクロの元へ歩いていくと、すでに何本もの串が皿に乗っておりかなりご満喫している様子だった。というかこれいくらくらいするんだろう。イリス達といたころには食べたことなかったから相場が全く分からない。けどまあ、たかが団子だ。そんなに高いわけもないだろう。


「せっかくだし俺も食べようかな」

「それがいいよ。ここのお店の団子、結構美味しいから」


 クロの勧めに従い、一本だけ注文して食べてみるが……予想以上に美味い。元の世界で食べていた団子以上に美味い気がする。


「へえ……思ったより美味いな」

「この辺は農業が盛んだからね。米とか芋とか、そういう土地だとこういう料理も発展するんだろうねえ」


 クロの解説を聞きながら団子に舌鼓を打つ。うん、美味い。

 あまりにも美味しかったので更にもう数本、今度はそれに加えて温かいお茶もセットで頼んでみた。基本的にこの世界にきてから安いパンとかばっかり食っていたから、こういう嗜好品は本当に久しぶりだ。


 ほどよい甘みと体を芯から温めてくれるお茶のセット。うーん。やばいな。嵌ってしまいそうだ。このなんとも言えない和の雰囲気も堪らない。


「なんだか日本に帰ったみたいだな……」

「ニホン?」

「俺が昔住んでた国だよ」

「ふーん。そういや、お兄さんって召喚者なんだっけ?」

「おう。そういや話してなかったっけ?」

「話してないよー、お兄さんってば自分のことについてはあんまり喋ってくれないんだもん」

「別に聞いても楽しい話じゃないぞ」

「それでもいいよ。楽しいかどうかじゃなくて単にお兄さんのことが知りたいだけだから」


 俺と並んでベンチのような椅子に腰掛けるクロが上目遣いで俺の目を覗き込んでくる。というか……改めて近くで見ると、こいつもかなり可愛いんだよな。ステラには負けるけど。

 だが……女の子にそこまで言われて男としてはいい気になって語りたくもなるというものだ。ちょうど、団子のおかげで気分もいいし、少しだけ話してみるか。


「……俺はさ、小さい頃から父親がいなかったんだよ。俺が三歳くらいのころに事故で死んだらしくてさ。そのせいで母親も出稼ぎに出なくちゃいけなくなっていっつも一人で過ごしてた」

「…………」


 俺の語り始めた過去に、クロは黙りこくって耳を傾ける。ちらりと盗み見てみるがあまりにも真剣な表情だったのでそのまま俺を語り続けることにした。


「小さな部屋でたった独り食べる飯はなんだか味気なくてな……よく考えてたよ。もしかしたら俺の人生はこの小さな部屋の中で終わるんじゃないのかってね」

「……それで、お兄さんはどうしたの?」

「そんな一生は嫌だって家を飛び出してな。中学生……俺が12歳の頃か。近所で悪いことしてる奴らのところへ行って色々やってたんだよ」


 あの頃の俺は本当に迷惑をかけていたと思う。主に母親に。なかなか家にも帰らない俺をどう思っていたのかは分からない。そんなこと、聞いたこともなかったから。


「きっと俺は新しいことがしたかったんだと思う。俺にしか出来ない何か、とかそういうのを探してたっていうか……まあ、一言で言うならただの黒歴史だよ」

「クロ?」

「いや、お前じゃない。要は恥ずかしすぎる過去ってこと。お前にも経験あるだろ。自分は将来大物になるとか、何の根拠もない自信に満ち溢れてた時期とかさ」

「ああ……確かにクロもそういう経験あるかも。クロは剛力の天権を持ってたからね。それだけで自分は特別なんだって、錯覚したことあるよ」

「お前の場合はまた本格的過ぎる中二病の気もするが……まあ、大体そんな感じ」


 そういえば拓馬と出会ったのも確かその頃だったはず。不登校だった拓馬は近所の不良グループに属しており、俺のような一匹狼と違ってちゃんと不良らしく不良をしていた。彼がいつも頭に巻いているバンダナもそのグループのチームカラーだった赤色を基調としている。今となってはただの未練に過ぎないがな。


「それから全うな道に戻ろうと努力してな。主に幼馴染の力によって。それで何とか不健全な生活からは開放されたんだが、今度はまた別の道に走っちまったんだ」

「別の道?」

「ああ、とんでもなく業の深い、深遠へと続く道だ。1クール毎に終わる短期アニメに幾度涙を流したことか……そうやって数多の出会いと別れを繰り返しながらも歩き続けることをやめない、やめられない人種へと俺はなっちまったのさ」

「そ、それは大変そうだね……」


 クロは俺の言っていることの半分も理解できないのか、コメントに困っていた。面白くもないおふざけはこれくらいにしておこう。というか自分語りって予想以上に恥ずかしいのな。さっさと終わらせちまいたいぜ。


「ま、俺の過去なんてそんなもんだ。それからこっちの世界に来て、色々危ない目に合いながらも何とか生き残っていますよっと、はいおしまい」


 ぱん、と手を叩いて話を終わらせる。ちょうどお茶も温くなってきた頃だし、そろそろ宿を探しにいくことにしよう。


「ほら、行くぞ。クロ」

「ちょ、ちょっと待って。最後にひとつだけ」


 クロは慌てて残っていた串団子を一本引っつかみ、あっという間に食べてしまう。一体どんだけ食えるんだよ。女って怖い……。


「それにお話の方も、ひとつだけ質問」

「ん?」

「お兄さんの過去は大体分かったよ。それで? お兄さんはこれから一体何をしようとしているの?」


 俺が何をしようとしているのか。その答えは簡単だ。

 一人だけ残った復讐対象を、今度こそ俺の手で殺す。ただそれだけ。

 でもそんなこと、クロに伝えても仕方がない。そう思ったのだが……


「……俺にはどうしても殺さないといけない人間がいる。そいつを殺すことだけが今の俺の目的だ」


 気付けば俺は本音を漏らしていた。言うつもりなんてなかったのに。


「そっか! ならクロと一緒だね!」


 俺の告白を聞き、クロは今までで一番の笑みを浮かべた。


「やっぱりお兄さんとクロは似てるんだよ。過去も、目的も!」


 俺の腕に、飛びつくような勢いで抱きついてくるクロ。あまりの勢いに前のめりになりながらもクロは体を押し付けるのをやめない。


「お、おい……」

「クロみたいな人は他にいるわけないって思ってたけど……良かった。クロは独りじゃなかったんだね」


 ぐしぐし、と猫のように頭を腕に押し付けてくるクロ。一体何だって言うんだろう。


「おい、何だよ。突然どうした」

「別にっ! 嬉しいだけっ!」


 ついに俺はクロの勢いに押され、地面に倒れこんでしまう。それなのになお迫るクロに身動きをとることすら難しい。というか……


「おいクロ! お前の馬鹿力で抱きつくな! 骨が折れるわ!」


 ぎりぎりと体から軋むような音までしてきやがった。これは本格的にまずい。


「離れろ!」

「いーやー! まだ寒いんだもん! お兄さんだけ暖かそうなコート着てるし、ずるいずるいずるいー!」

「お、お前には……防寒術式付きの外套が、ある、だろ……」


 そんな上等な服を着ていて寒いはずがない。

 だからきっと……クロの感じている肌寒さは別の理由だ。痛む体を抱えながら、俺はクロが零した一筋の涙を発見する。

 必死に隠そうとしているのは彼女なりの照れ隠しなのか、そこまでは俺にも分からない。だけど……彼女が涙を流す理由、『孤独』の辛さは心底理解できるものだったから。


(だからってこの仕打ちは……あんまりだろう……)


 クロを押しのけることが物理的にも心理的にも出来ず俺はただ、自分の体の頑丈さに期待するしかなかった。


「お兄さんっ! 大好きっ!」


 そんな状態だったからか、ほとんど始めてになる女の子から告白も全く頭に入ってこず、俺はただ痛みに耐えることしか出来なかった。



 ──ちなみに、その後甘味処の勘定で請求額に愕然とするのはまた別の話。

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