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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第三部 王都暗殺篇

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「幕間」

 王都、中枢に位置する王城の一角。ラフな格好のまま肩で風を切り歩く若者が一人。赤いバンダナを頭に巻くその人物は黒木拓馬。彼は今、とある人物に呼び出されて普段使われていない空き部屋へと向かっていた。


 その途中、廊下を歩く他の者から聞こえてくるのは先日の一件。青野カナタがクラスメイト三名を殺害して逃亡したという事件についてのことだった。


(ちっ、陰口なんて今更だろうが。何いちいち気にしてんだよ、オレは)


 普段からあまりよく思われていない彼は陰口の類には慣れっこだった。だが、それでも耳に届く罵詈雑言の数々には辟易せずにはいられない。それが真実でないと知っているのだから尚更。

 少しだけ早足になった拓馬は目的の部屋にたどり着くと、周囲に人影がいないか確認し、素早く室内にすべりこむ。そして、薄暗い室内には彼を出迎える三人の男女が揃っていた。


「遅いわよ、黒木」


 いの一番に口を開いたのは赤坂紅葉。腕を組み、壁際に寄り添っていた彼女は壁から離れ部屋の中央へと向かう。


「まあまあ、時間には間に合ってるんだし」

「ですね。それより、これからのことを話しましょう。あまり時間はないようですので」


 部屋の中央に配置されたテーブルと椅子、そこにはすでに金井宗太郎と白峰奏の両名が腰掛け、対話の用意を整えていた。


「突然呼び出して何の用事だよ、金井」


 一番最後にその席についた拓馬がこの場を作り、自分達を呼び出した宗太郎にその真意を問いただす。


「僕が今回みんなを集めたのはね、協力してもらいたいことがあるからなんだ」

「協力、ですか?」

「うん。白峰さんも知っているだろうけど、カナタが王都から離れたその原因について話しておかないといけないと思ってね」


 カナタから受け取った伝言、あの夜に何があったのかを語る宗太郎に他の三人は黙ったまま耳を傾けている。

 普通なら信じるはずのない言葉。カナタはすでに犯罪者として手配されているのだ。犯罪者が自分の罪から逃れるためについた嘘。そう捉えるのが当たり前の状況ではあったが……


「そっか、それでカナタは王都を離れなくちゃいけなくなったんだね」


 その場の誰一人として、宗太郎の言葉を疑うものはいなかった。


「うん。だから僕は今すぐにでも王都を離れ、カナタを追おうと思う。行き先についてはもう聞いているからね。皆も同行してくれると嬉しい」

「それで、カナタの行き先ってのはどこなの?」


 たまらず聞き返す紅葉に、しかし宗太郎は首を横に振る。


「ここだと誰が聞いてるか分からないから詳しい話は王都を離れてからするよ。皆はどう? すぐにでもここを出て行ける?」

「オレは問題ない。簡単な道具程度ならオレの天権で作れるから、出来るだけ身軽な格好で行こう」


 宗太郎の問いに拓馬が頷き、続いて奏も着々と計画を練る。


「でしたら私は食料品を集めておきますね。城下町にも何度か行ってますし、今日中には揃えておきます」

「え、そ、それじゃああたしは……」

「赤坂さんは皆からお金を預かって馬を買ってきてくれないかな? 道中は出来るだけ早い足が必要になるだろうから。僕はその間に旅のルートを決めておくよ」

「わ、分かりました」


 こういう時にリーダーシップを発揮するのは宗太郎だ。逆に手際の悪い紅葉は右往左往している間に話が終わってしまい、しょんぼりと肩を落としていた。


「なら決行は明日の朝に。皆、寝坊しないようにね」


 最後に宗太郎がそう締めくくり、その場は解散となった。皆が出て行った後、一人残った宗太郎は懐から地図を取り出し、旅路の選出に取り掛かる。正直、ケルンという街がどこにあるかすら分からなかったのでルートを選出するのはかなりの重労働となった。

 元々宗太郎のグループは遠征に出た経験がなく、どの道が安全かすら知識として頼るしかない状態だ。完璧なルート検出なんて出来るはずもない。


「やっぱり、誰かに旅のやり方を教えてもらわないと駄目だね……」


 ぽつりと漏れた言葉。それは独り言に過ぎないものだったが……


「なら、僕が教えてあげよう」

「──ッ!?」


 突如聞こえてきた声に、椅子から飛ぶように跳ね起きる宗太郎。声の方向へ視線を向けると、そこにはクラスメイトの只野仁志が立っていた。


「只野君?」

「ああ、そうだ。悪いけど、さっきの話は聞かせてもらったよ。こっちも色々と情報不足なんでね」

「…………」


 手を広げて近寄ってくる只野に、不審の目を向ける宗太郎。


「そう警戒しないでくれ。僕は別に君達のことを騎士団に突き出そうなんて思っていないんだから。というより、むしろ逆。僕達も君達と同じようにこの王都を離れようと思っているんだ」

「僕、"達"?」

「ああ。僕達第五班だよ。ほら、出てきていいよ、吉本さん」


 只野が声を呼びかける方向には誰もいない。だが、次の瞬間ゆっくりと空気が蜃気楼のように揺れ始めたかと思うとそこに先ほどまでいなかったはずの人影が二人分、突如として現れた。


「まさか……天権で?」

「ああ。吉本さんの天権でね。彼女の天権は触れている物体も同時に『不可視』にすることが出来る。僕と宮本さんは一緒に隠れさせてもらってたってこと」


 宗太郎の前に現れた三人組。それは先日亡くなった森を中心としたチームのメンバーだった。


「それで、僕に何をしろって?」

「別に。ただ情報交換をしておこうと思ってね。僕達は僕達でとある魔族を追うことにしたんだ。それに繋がる可能性のある情報ならどんなものでも欲しいんだよ。君達には始めての旅に必要な知識、それに道中安全な道のレクチャーをしてあげられる。どう? 悪くない取引だろう?」

「……そう、だね」


 目の前に現れたクラスメイトに敵意がないと判断した宗太郎。

 それからやや流れに押された部分はあるにしても、宗太郎は只野たちと情報を交換することにした。道中についても、ケルン方向へ遠征に出ていた只野達の経験は貴重な意見だ。全体的な損得で言えば、宗太郎側にメリットがあったことだろう。


「それで何者かが青野を嵌めようとしたっていうのは事実なのか?」

「少なくとも僕はそう信じている」

「……僕は意識を取り戻した八代とも話したんだが……青野が酒井達を殺そうとしていたのは事実らしいぞ。そのことを知った上で青野の言葉に嘘がないと言いきれるのか?」

「うん。カナタは僕に嘘をついたことなんて一度もないからね」

「……なるほど。青野は良い友人を持ったみたいだな。そういうことなら僕もひとまずは君の言葉を信じることにするよ。どの道、青野の言葉を全て疑っていたら何も始まらないからね」


 只野は宮本から聞いた森を殺した犯人についての情報を思い出す。

 その情報も出所が青野である以上、彼の言葉はどこかである程度信じざるをえない。そうでなければ彼らは前に一歩も進めなくなるのだから。


「真実はいずれ分かることだろう。前に進み続けていればいつかは、ね」

「僕も……カナタが何に巻き込まれているのか、その真実が知りたい」

「なら頑張るんだな。外でまた会うことがあれば、そのときにまた情報を交換しよう」

「分かった」


 最後に宗太郎へ激励を贈り、部屋を後にする只野。

 こうして二組のグループが王都を離れる準備を整えた。

 向かう先は別々の道。


 片や、自分達の元を離れた仲間を助ける為。

 片や、亡くした仲間の弔いの為。


 全く別の目的を胸に、彼らの戦いが今、始まろうとしていた。

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